第5話*生ける伝説・死神ヨミ

 唐突なるドラゴンの襲撃とヨミの登場、そして鮮やかなる撃退劇。

 そのヨミと名乗った青年は現れた時と同じように、瞬く間に消えてしまった。少し会話はできたものの…彼は一体何者だったのか。

 理解が追いつかないあれやこれに見舞われ、アヤはただただ呆然とする。

 そしてやっと意識に恐怖が追いついてきたアヤは、その場でへたり込んだ。

 距離を置いて事態を見守っていたリルたちが駆け寄ってくる。

「アヤ、アヤ、大丈夫?!」

 膝をついてリルはアヤを覗き込む。

「………た…」

「え?」

「…こ、怖かったよぉ…!」

 アヤはリルに抱きついた。

 ドラゴンにちょっと小突かれただけでも一撃死してしまうようなHPのアヤからすれば、絶望でしかなかった。ヨミという青年が現れなければ力尽きていただろう。ゲームといえども、死は怖いものだ。

「あー…よしよし、もう大丈夫だからね、アヤ」

 いたわるようにリルは背中を撫でた。

「……それにしても、どうしてビギナーしかいない場所にドラゴンが現れたのかしら。こんな話、聞いたことがないわ」

 マナが訝しむと、ケンタも頷いた。

「それに、あいつアヤを狙ってなかったか?俺たちに見向きもしてなかっただろ。ドラゴンが特定のプレイヤーを狙うなんて話も聞いたことがないよ」

 本来、ドラゴンは彼らのテリトリーを侵害したり、こちらから戦いを挑まない限り、牙を剥くことはないはずなのだが。

「…ドラゴンはともかく、さっきアヤを助けてくれた人、どこ行っちゃったの?」

 リルは困惑しながらアヤに問いかける。

「わからない、消えちゃったの。でも名前は聞いたよ。ヨミさんっていう人だった」

 その名前を出した瞬間、アヤ以外の3人が同時に声を上げた。

「「「ヨミ?!!」」」

 きっちり声を合わせて。

「ヨミって、まさかあの〝死神・ヨミ〟?!」

「ランカートップの?!」

「それなら納得だわ、単騎でドラゴン撃退とか、並のプレイヤーに成せることじゃないもの」

「しかも、なんかすごい軽装じゃなかった?あんな紙装備でドラゴンと戦えるものなの?」

「上級精霊まで召喚してたわよね…」

「そっかー…あれがヨミかぁ…。すげー…俺、はじめてヨミを見たよ…」

 3人とも興奮気味に会話を繰り広げている中で、アヤだけが置いてけぼりだ。

「……あの…、みんな、ヨミさんを知ってるの?」

 初心者ゆえの無知さで首をかしげる彼女に、リルは目を剥いた。

「知ってるも何も!!」

 リルはアヤを引き剥がして立たせると、興奮そのままにまくし立てる。

「ヨミ、それは生ける伝説!オーレリアン・オンラインのトップランカーのひとりにして、少数精鋭ギルド『アヴァリス』を率いるギルドマスター!この世界に13本しかないレジェンダリー武器、ヴァルキリーシリーズのうち、4本はヨミが所持しているという化け物プレイヤーだよ!ヨミからヴァルキリーシリーズを奪うために戦いを挑んだ猛者たちはことごとく返り討ちにされて、終いには恥を捨ててヨミひとりに多勢に無勢で戦いを挑むも全て徒労に終わり、彼の周りには屍の山が出来上がったというエピソードは超有名!そこでついたあだ名が死神ヨミ。多くのプレイヤーたちは羨望と畏怖を彼に抱いているのよ。ファンクラブ(非公認)だってあるくらいなんだから。他にも諸々ありえないような伝説が残ってるけど……とにかく、桁違いの強プレイヤーなのよ」

「…そ、そう、なんだ…」

 リルの勢いに引き気味になりながら、アヤはこくこくと頷いて見せた。

 確かにとても強そうなプレイヤーだとは思ったが、そこまでとは。

 初心者すぎて、ヨミさんの凄さがいまいちわからないけど。

 それにしても、死神、とは…。

「…ヨミさん、優しそうな人だったよ。アバターもすごく綺麗だったし」

 それぞれのパーツが1ミリでも配置がずれたら台無しになりそうなほど、完璧なキャラメイク。

「アバターの見た目はイケメンでも、中身は100キロ超えのおっさんかもしれねぇぞ」

 ケンタが肩をすくめる。

「……えぇ…それはちょっと想像できないなぁ…」

 まるで理想の王子様像を体現したような外見と、ケンタ曰くの『100キロ超えのおっさん』が結びつかない。

「ヨミと話をしたのでしょう?何か今回のヒントになるようなこと言っていなかった?」

 マナに問われて、アヤは会話を思い返す。

「…これは、イベントだって言ってたような。ドラゴンの名前は……えーっと…モルス・ヴァーミリオン?という名前で、どうやらわたしのこのブローチが直接的な原因っぽいようなことを言ってた…かなぁ」

 曖昧になってしまうのは、頭の中がまだ混乱しているから。

 ブローチは、すでに青緑色の石に戻っている。

「…イベントかぁ…まあ、それっぽかったよね」

 リルは戸惑いながらも頷いた。

「…ガチャで引き当てたっていう、そのブローチが原因だなんて…不穏ね」

「でも、アヤのピンチに偶然じゃなくヨミが現れたっていうなら…もしかして、ヨミとも何か関連があるんじゃないのか?その様子じゃ、心当たりがあるような口ぶりだったってことだろ?」

 ケンタの言葉に、アヤはハッとした。

「そ、そういえば…このアイテムの説明文に、特殊召喚が可能って…書いてあった!でも時や場合は選べないって。……ま、まさか…」

「…ええ?それ、ヨミを召喚できるってこと?あのヨミを、無節操に?…というか、ヨミを召喚しなければならないような出来事が起こり続けるってことよね」

 気後れがちにリルが言葉にすると、思わず皆沈黙する。

「………いや、すごいけど、すごいアイテムだけど…なんか…」

「あんまりありがたくないアイテムっていうか…」

「公式名物『呪いのアイテム』ね。つまり、これからアヤは今回みたいな特殊強制イベントに巻き込まれるってことよ。……御愁傷様」

 マナの冷静な言葉にアヤは青ざめ、一同無言になる。

「あ、あーでも、ほら、あの生ける伝説とお近づきになれるわけでしょ?考えようによっては、ラッキーアイテムかもしれないじゃない?!……たぶんだけど」

 リルのフォロー虚しく、アヤは力が抜けてその場に倒れこむ。

「……やだよぉ…ドラゴン怖いよぉ…そんなすごい人と関わり合いたくないよぉ…普通に楽しくみんなとゲームしたいよぉ…」

「大丈夫だよ、アヤ。そんなに頻繁にイベントなんて起こらないって!ヨミは普段、自前の飛空挺を拠点にしてるっていうし、ここから遠く離れた空中都市にいるから、顔合わせることも稀なはずだから。トップランカーが初心者にわざわざ会いになんて来ないよ!そんな奇特なことしないって。ね?…ね?!これからも一緒に遊ぼうね?!」

 リルは必死にアヤを励まし続けた。

 ところがリルの予想は大きく外れることになる。

 後日、アヤに会うため生ける伝説自らが(奇特にも)初心者の集うクレメンティアにやってくるのだから。

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