第2話*ようこそ『オーレリアン・オンライン』へ(2)
女神に示された扉をくぐると、そこは街中だった。
閉じられた扉は触れてみても再度開かれることはなく、今までいた場所は教会のような施設であったことを知る。
チュートリアルのスタート地点は公式が管理している始まりの街『クレメンティア』だということは事前に理解していたので、驚きはしなかった。
施設を出るとすぐに石畳の公園が広がり、中央には噴水がある。中世のヨーロッパを思わせる街並み。
周囲を見渡しながらVRの精巧さにただただ感動をした。
「すごい街並みがリアルできれい……」
VRヘッドセットの性能がよければ、もっと美麗なのだろうがアヤの物は中程度なのでいわゆる4Kや8Kといった世界ではない。しかし、個人的には中程度でも不満のない画質だと思った。進化し続けるゲームの凄さを体感する。
周囲には自分と同じようにゲームをはじめたばかりの初心者たちが、これまた同じように(有象無象な装備で)街を眺めてうろうろしている。
「よかった…自分だけじゃなかったみたい……」
失礼ながら有象無象仲間がいることに安堵しつつ、フレンドチャットを開く。ログインしたら千絵に連絡すると約束していたからだ。
「ログインしたよ、っと」
メッセージを打ち込むと、すぐに返事がかえってくる。
『登録してくれてありがとう!すぐそこにいくから噴水周辺で待ってて!』
「りょーかい」
短く返信して、噴水のへりに腰掛けて待っていると「アヤー」と彼女を探すように呼びかけてくる獣人姿の少女アバターに気づく。
「え?あ、ちーちゃん?!」
はい、と手をあげて立ち上がると、「その呼び方やめて!」と声をひそめながら近寄ってくる。
「ここでは『リル』って名乗ってるから、それで」
「ご、ごめん。リルちゃんね」
「ちゃんはなくていいよ」
苦笑する獣人の少女の口調は、まさに千絵なので安堵する。
「ちー…じゃない、リルはケモ耳ちゃんなんだね」
「そうだよー。耳がピコって動かせてて可愛いんだよ。尻尾もぶんぶんできるし」
と言ってピコピコ動かして見せると、アヤは「かわいいっ」と手を叩いた。獣人キャラでもよかったかもしれない。
「…それにしても、アヤはなんかリアルとかわなんないヒト族アバターだね」
「かけ離れすぎてものすごく可愛くしちゃうと現実に戻ったときにちょっと悲しくなるから」
「そんなの気にしなくていいのに。仮想世界なんだから」
ははっと笑う千絵こと、リルはアヤの装備を見て「ガチャ惨敗って感じだねぇ」と眉を寄せた。
「うん、すごいザコ感漂っててつらい」
「リセマラ禁止されてるとはいえ…初回はたくさんガチャ回せるから、SSRも出るよね?」
「わたしガチャ運がないみたい。ほとんどノーマルだった」
「うわー…それは本当につらい」
しかしここでふと、最後の方に出たアクセサリーを思い出す。
「あ、そういえばね、LSSRのアクセサリーが出たよ。すごい派手な演出で」
アヤの言葉にリルは目を見開く。
「え、マジで?!LSSR?!どんなのだったの?!」
身を乗り出して問いかけてくる。
「え、えーっと、ちょっと待ってね」
システム画面を開いて一つだけ虹色に輝いているアイテムを開き、アバターに装備させた。
「これだよ」
アバターがまとったのは、襟飾り…ブローチだ。
有象無象なスタイルにそぐわない、輝く豪華なそれ。光の角度で色を変える青緑の大きな石が金の台座におさまっている。
「うわ、すっごい綺麗。こんなの初めて見たよ。なんて名前なの?」
「えっーとねぇ…“オーレリアンの
見たまま告げると、リルは「ええ」とおののきながら口を引きつらせた。そして、周囲を素早く見渡し小声で告げる。
「隠して、それすぐにしまった方がいい!」
「どうして?」
「いーから!」
リルの剣幕に気圧されて、アヤはすぐに装備から外す。
襟飾りが消えたことを確認すると、リルはアヤの手を引いて公園の隅に連れていく。
「どうしたの」
「ちょっと検索するから、待って」
リルはそのまま棒立ちになり、別件でネット検索を始めていた。
「リル……リルちゃん…??」
「うお…っ、やっぱりそうか!」
「?」
検索を終えたらしいリルはアヤに向き直ると言った。
「さっきのアイテム、あれ今回の新規登録キャンペーンに合わせて実装された大型アイテムだよ!とてつもないレアアイテムのひとつだよ!」
「……えっと…そうなの?」
リルは興奮気味だがその理由がよくわからないアヤ。とてつもないレアといわれても、先ほどスタートしたばかりではピンとこないのだ。
「排出率がめちゃくちゃ低いシリーズで、ワールド内にそれぞれひとつしか存在しないっていうレジェンドアイテムだよ。アヤ、すごいよ!」
「う。うん」
気後れしながら頷く。とにかく、すごいものを引き当てたようだった。
「アイテムの効果もきっとすごいはずだよ!」
「そ、そうかな…」
「そうだよ、だってレジェンドアイテムだよ?!説明読んでみてよ!」
「………」
とりあえず、アヤはシステム画面でアイテムの説明を読んでみることにした。
『オーレリアンの襟飾り』(装備コスト無し)
オーレリアンの名を冠する特殊稀少アクセサリー。純粋な蝶光石でのみつくられた襟飾り。オーレリアンシリーズは他に指輪、耳飾り等が存在するがそれぞれ世界に1点しか存在しない。
襟飾りはこれらの中でも中心アクセサリーであり、これを得た者は特殊召喚が発動可能(ただし時と場所は選べない。非装備時でも発動される)。
また、このアイテムは売却、破棄、譲渡はもちろん、第三者による剥奪等も不可である。
「……って、書いてある」
なんだろう、そこはかとなく不安を煽る文言が並んでいる…ような。
「すっごい、オーレリアンオンラインでそれぞれ1つしかないって、その中のひとつをアヤが引き当てたってことじゃない!豪運だよ、豪運!!」
「…え、でもなんか、危なそうな気が…」
特殊召喚が発動可能って何なのだ(しかも時と場所は選べないって)。
「召喚って、一体なにを召喚するの。ひたすら怖いんだけど」
「売却や破棄も譲渡も、剥奪も不可ってところがひっかかるけど、でも間違って捨てちゃったり、奪われたりしないって意味では安心だよね」
「ええ?ま、まあそうかもだけど」
リルはポジティブだ。
「うん、よし、とりあえず初心者に優しいクレメンティアの街を案内するよ。はじまりの街だけあって物価も安定してるし、ここは公式の監視が厳しいから罰則行為は一切できないようになってるの。初心者煽ってくるやつもいないから、安心していいよ」
「うん」
とりあえず、オーレリアンの襟飾りについては棚上げしておこう。
リルのオンライン仲間に紹介され、チュートリアルを交え、世界観に慣れつつ彼らに助けられながらレベル上げを少しだけして、その日はログアウトした。
襟飾りのことなどすっかり忘れて。
だから、謎のレジェンドアイテムはそのまま無用の長物と成り果てるはずだった。はずだったのだが。
まさか『あんなこと』が起こるとはこの時のアヤは知る由も無いのである。
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