オンラインゲーム内で最強お兄様の妹になりました。

阪 美黎

第1話*ようこそ『オーレリアン・オンライン』へ(1)

 黄色い線までお下がりください、の決まり文句の後に滑り込んで来た電車に乗り込むと同級生の森山千絵と出会った。

 『わたし』に気づくと、ぱっと表情を明るくさせて軽く手をあげる。

「アヤ!」

 呼ばれて近づく。彼女は窓際に立ち、ひとりだった。

 彼女とは小中学校が同じで、卒業後、高校が別れても交流が続いている仲の良い友達のひとりだ。

「ちーちゃんも今帰りなんだ」

「うん、たまにアヤと電車で会えるから、今日ももしかしたらって思ってたんだー」

 と彼女は笑った。

 『わたし』の名前は藤崎絢音。とある女子校に通う高校二年生だ。

 伝統的セーラー服の絢音と異なり、千絵は開放的でおしゃれなブレザー姿。ショートカットがよく似合うかわいい顔立ちで、ロングヘアーにしてる絢音とはあれこれが対照的。

 絢音は彼女を『ちーちゃん』呼び、彼女は『アヤ』と呼ぶ。幼馴染のよくある風景。

「明日から夏休みだけど、アヤはもう予定決まってるの?」

「学校の子と遊ぶ約束してるけど、休み中でも委員会はあるから何日か学校に出るよ」

「うわー出校日だって嫌なのに、委員会かぁ…」

「そう図書委員なの。うちの学校、結構大きな図書館があってね、司書さんのお手伝いも兼ねてるの」

「さっすが、大学までエスカレータの有名私立お嬢様学校。施設のレベルが違う」

「身の丈にあってない感じがすごいよね。うちのお父さんは普通のサラリーマンだし…」

 周囲はお嬢様と呼ばれるような類の子も多いが、絢音は立派な庶民の括りである。

「けど、おばあちゃんもお母さんも同じ学校なんでしょ?そういうのすごく憧れる」

 千絵は瞳を輝かせた。

「えーーそうかなぁ?伝統みたいな感じになってるだけだよ。正直、わたしはちーちゃんと同じ学校がよかったなぁ。共学だし、楽しそう…」

 ぼやくと「確かに、それは残念だった」と千絵も頷く。

「じゃあ、特に大きな予定がないなら、ちょーーーっとお願いがあるんだけど!」

 千絵は軽くて手を合わせて絢音を見る。

「お願い?…どんな?」

 小首を傾げる絢音に、千絵はスマホを取り出して素早くタップしたのち、画面を見せる。

「これこれ!」

「?」

 覗き込むとそこには非現実的な幻想的世界観の中で、優雅な書体で彩られた文字が浮かび上がっている。

『オーレリアン・オンライン』

「………」

 絢音は指でそのまま下へとスクロールさせると、「MMO」やら、「新規登録者募集中!」の言葉が踊っており、そうつまり。

「オンラインゲーム?だよね、これ」

「そうだよ、スマホ版はPC版のおまけみたいなものだからできることはものすごく限られてるんだけどね」

「…えっと、それでどんなお願い?」

「それ!アヤはゲームできる人じゃん?わたしこのゲームで遊んでるんだけど、実は、夏休みに入るから公式が大規模なキャンペーンを始めたんだよね。新規フレンド紹介と登録でガチャの石が100個プレゼントされるの。新規登録してくれたフレンドは同じように石を100個くれるだけじゃなく、さらに10連ガチャ無料の特典付き」

「う、うん」

「わたし無課金勢だからこういうチャンスを逃したくないっていうか…」

「………なるほど」

 言いたいことはわかった。

「ガチャの石が欲しいからわたしの登録して欲しいわけね」

「有り体にいうとそういうこと」

 千絵はうんうんと頷く。これについての気まずさはないらしい。

「うーん、だけど、わたしMMOやったことがないんだよね。このタイトルは名前だけは知ってるけど、中身もよくわかってないし……それにオンラインゲームは、怖い」

 ゲームそのものは嫌いではない。絢音には弟がいることもあって、コンシューマゲームタイトルについてはそこそこ詳しいのだが、オンラインゲームについてはほとんど無知だ。

「ほら…オンラインゲームって人間相手じゃない?何かしらトラブルに巻き込まれそうで…」

 あわわ…と震える絢音に「悲観しすぎだよ」と千絵は苦笑する。

「大概はみんな普通だよ。もちろん嫌なやつらもいるけど、オーレリアンは警察機構や自警団なんかもあるし、マナーは守られてる方だと思う。警戒した方がいいプレイヤーは公式が分かりやすく表示してくれてるしね。それに、アヤがはじめてくれたらわたしのフレンドたちに紹介するし、イジメとかはないから安心していいよ」

「う、うん…なら、大丈夫、かなぁ?」

「大丈夫大丈夫。感性に合わなかったら退会していいんだし」

 千絵はあっけらかんと言い放った。

 義理を通す必要はない、と言ってくれているのだろう。

「うん…じゃあ、お試しでやってみようかな…夏休みだし」

 時には未知の世界に踏み出す勇気も必要である。

「本当?!やった!じゃあ、わたしのIDを知らせるから、登録画面でフレンド紹介項目で入力してね!レベルあげとか一緒に手伝うし!楽しみ!」

 千絵は本当に嬉しそうに笑っていた。



 ※



 さて。

 千絵と別れて帰宅後、夕食を済ませてから『オーレリアン・オンライン』の公式HPを開いて概要を調べる。

 オーレリアン・オンライン(略してオーレリアン)は、創造神(女神)オーレルの名を持つ大陸を舞台としたファンタジーオンラインRPGである。広大な大陸と、豊かな海、点在する島々と空中都市等で構成された自由度の高いオープンワールドでプレイヤー登録数250万人を超える大人気MMOである。

「…うん、とにかくすっごい有名だってことはわかった」

 風呂から出た絢音はひとつ頷いた。

 しかし、ゲームは習うより慣れろ、である。理屈は後からついてくるものなのだ。

「…よし、じゃあ…とりあえず登録してみよっかな…」

 PCの前に座り、新規登録画面を出すと上から順に文字を打ち込んでいく。

「……プレイヤーネーム……うーん、『アヤ』でいいかなぁ……あ、フレンド紹介IDは…」

 千絵がスマホに送ってきたIDを入力する。

 確認画面をまたいで、登録を完了させると『アヤ様、オーレリアン・オンラインへようこそ』と女性的な合成音声とともに文字が鮮やかに流れ、案内役である公式キャラクター・女神オーレルが登場する。

 ここより、新しい世界のはじまりだ。

『それでは、VRヘッドセットを装着してください』

「あ、はいはい」

 PCに接続する形のVRヘッドセットを取り上げると、ゆっくりと頭にかぶせる。

「…まさか、これを使う日が来るとはなぁ…」

 興味があったので17歳の誕生日に買ってもらったのだが、使われることなくホコリをかぶっていた。

『画面の明暗はこれでよろしいですか?コンフィングを確かめてください』

「はーい」

『視覚効果、音声、コントローラーの感度に問題がなければ、そのままプレイボタンを押してください』

「えーっと」

 コンフィングは調整用なので画質は粗めだが、仮想現実の景色が眼前に広がる。首を振って距離感を確かめたり、音声と効果音の大きさをそれぞれ順に確かめると確定ボタンを押す。

『それでは、キャラクターメイクに入ります。キャラクターはオーレリアンにおけるあなたの分身アバターです。ゲームを進めることでアバターの外見をより変化させていくことが可能です』

 どんなゲームでも初期のアバターは簡素なものであるが、オーレリアン・オンラインは比較的緻密なキャラクターメイクが可能な方で、キャラクターメイクだけでも楽しめる。

「楽しいは楽しいんだけど、こういうのって、自分のセンスが滲み出ちゃうから正直苦手」

 苦笑いを浮かべると、少しずつパレットで基本アバターに変更を加えていく。

「中二病みたいな見た目にしてみたいけど、悪目立ちは避けたい……地味めにしておこう…」

 オンラインゲームへの恐怖心が捨てきれない絢音であった。

 そうして仕上がった絢音こと、アヤという名のアバターは彼女のリアルに近い、黒髪にブラウンの瞳という、控えめなヒト型の少女の姿となった。

『そちらのアバターでよろしいですか?』

「はい」

 決定すると目の前からアバターは消える。そして、絢音はアヤのアバターを纏った。

『では、装備、アクセサリーを揃えましょう』

 と、女神は微笑む。無機質だった空間が一転、五色の巨大な魔法石が囲むようにして大型魔法陣が森羅万象の中に浮かび上がる。

「うわー、すごい」

 画質が上がり、一気に細密な美が広がる。感動して見渡す。

『魔法陣の中央にある精霊石に触れると、装備やアクセサリーが召喚できます。初回は30回連続召喚が可能です。また、アヤ様はフレンド紹介コードをお持ちですので、さらに無料召喚10回分が追加されます。まずは精霊石の前にお進みください。精霊石に触れることで召喚を開始いたします』

「キタキタ。ガチャだね」

 オンラインゲームのお楽しみといえば、やはりガチャは切り離させない。

「そもそも…何が出るのかよくわかってないんだけど…無料分は全部回してみようかな」

 魔法陣の中に入り、公式女神が促すまま、浮かんでいる精霊石にゆっくり触れる。わくわく半分、戸惑い半分で。

 すると5色の魔法石がその色を強く放ち、魔法陣に流れ込んでくる。精霊石にその光が到達すると、ぱっと強い光を放ち、召喚が開始された。

 次々に浮かび上がっては消える『装備』や『武器』のほとんどはノーマルランク。まれにレアが出るが、スーパーレアや、その上のスーパースペシャルレアなどはほど遠く、無料召喚石が次々と無為に消費されていくのであった。

「…まあ、最初はこんなもんなんだろうなぁ…」

 落ち込みながらも、召喚石の残りを確認すると残り10回分。

「…よーし、最後の運試しってことで!」

 いけぇ!!と精霊石に触れる。

 せめて、レア!!レアをお願いします!!

 祈りながら見つめる先で召喚されるのは、やっぱりノーマルランク。

「…ぐ…これは、本当に運がないのかも…」

 がっくり肩を落としたその先で、今までにはなかった反応を精霊石が示す。

 魔法石の輝き方が尋常ではなく、さらに森羅万象が七色に輝き出したのだ。

「うん?!この派手な演出…ま、まさか…!」

 ここにきて、スーパーレアが?!

 息を飲んで見守るアヤの視線の先に現れたものは……虹色に輝く文字『LSSR』と豪華なアクセサリーだった。

「な、なんかすごいの出たっぽいけど……ア、アクセサリーかぁ…」

 何に使えるんだろう?どうせなら武器がよかったなぁ…と内心ぼやきながらも、ガチャをするための召喚石を使い切った。

 ほぼノーマル装備の冒険者が出来上がった瞬間であった。

「び、微妙…」

 有象無象感に打ちのめされながらも、女神はにこやかに進行する。

『おつかさまでした。オーレリアン・オンラインはどこへ行くのも、何をするのもあなたの自由。広大な世界があなたを待っています。どうぞ、心の赴くままにお楽しみください。…それでは、オーレリアン・オンライン、スタートです』

 森羅万象の召喚の間に豪奢な扉が現れ、女神が指し示す。

 その扉を出たら、きっとオーレリアン・オンラインの世界が広がっているに違いなかった。

 斯くして、アヤはオーレリアンの民の一員となったのである。

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