Q:転生したので働かなくてもいいですか?A:駄目です。

まるひろむ

Q:始めなくてもいいですか?A:駄目です。

「目覚めよ、働き者の冒険者よ」


 脳裏に、美しい女性の声が響く。


 俺はゆっくりと目を開ける。


「目覚めましたね。自分の名前を覚えていますか?」


 俺の、名前?


「………忘れ、ました」


「そうですか。まあ、それも無理はないでしょう」


 眼前に広がるのは、真っ白な景色。


 そしてその中に1人だけ佇む、美しい女性。


「貴方は一度死にました」


「………死んだ?」


「はい。貴方はブラック企業に勤めて、睡眠時間は毎日1時間の中13連勤をし、過労で倒れた所を車にはねられて死にました」


「………ブラック企業?13連勤……?」


 あぁ、そうだ。そういえば、そうだった。

 地獄のような日々で毎日寝る間も無く、あの日とうとう横断歩道でぶっ倒れたんだ。


「貴方は十分に働きました。なので、貴方の望みを叶えてあげましょう」


「俺の………望み?」


 望み?………そんなの、決まってる。


「………裕福で、働かなくても良い人生が欲しいです」


「なるほど、裕福で働かなくても良い人生ですね。わかりました。では貴方を有力貴族の息子として転生させましょう」


「貴族の息子ですか?………いいですね」


 貴族の息子。

 ………まあ、ある程度の勉強はしなくてはいけないだろうが、何もせずに日々を暮らすよりはマシだ。


「貴方はこの瞬間から、カゼハ・カヤンです。いいですね?」


「カゼハ………それが、俺の名前……なんだか、しっくり来るような………」


 と、俺の足元が強く発光する。


「ま、眩しい………」


「貴方はもうすぐ、2度目の目覚めをします」


「2度目の、目覚め?」


 光がより強くなる。


「はい。貴方は赤ちゃんから人生をやり直すのです」


 光で、女性の姿が見えなくなる。


「さぁ、もう時間はありません。では、新たな人生を歩み下さい………」


 体に力が入らなくなり、世界は光に包まれ――



「あ、言い忘れてましたけど、特殊能力もおまけでつけときましたよ」



 ――俺の意識は途切れた。



 ◆◆◆◆◆



「………ぎゃぁ、んぎゃぁ………」


 耳元で、赤ちゃんの泣き声が聞こえる。


「……ぎゃぁ、んぎゃぁ、んぎゃあ………」


 確か、赤ちゃんの泣き声は、大人に不快に思わせるような周波数をしているのだとか。


 だから、大人がそれを止めるために赤ちゃんの元へ駆けつけてくるらしい。


「…………おぎゃぁ、んぎゃぁ………」


 ほら、母親らしき人がやって来た。

 早く俺の隣の赤ちゃんを………



「おーよしよし、良い子だから、ねんねしましょうねぇ」


 俺の体は、女性の体によって軽く持ち上げられてしまう。


 そしてその瞬間に初めて、耳元で再生されていた赤ちゃんの泣き声が自分から発せられていたという事に気づいた。


「………んぎゃぁ、おぎゃぁ……」


 あの、これどういう状況ですか!?


「………おぎゃぁ……」


 あの、説明してください!


「……ぎゃぁ……」


 あの、すいませーん!


 ………ダメそうだ。


 どうやら俺は、俄には信じられないが、生まれ変わった上に赤ちゃんになってしまっているようだった。


 ………まぁ、元いた世界よりはマシか。


 あの会社は酷かった。上司は無能だし、人に仕事を押し付けるし、失敗しても俺のせいだし、休みは無いし………


 よし、前世の記憶での失敗を生かして、今世はあんまり働かないように―――



「………あら?何かしら、このアザ……」


 母親らしき人は、俺の腕を触る。


「………なにか見た事あるような……」


 怪訝な顔をして、俺の腕を睨みつけている。


 と、直後、突然顔色を変えて走り出した。


「あ、あなたー!!た、大変、大変です!」


 ちょ、はし、走らないで!?揺れる、揺れるー!!



「どうしたんだい慌ただしいね。とりあえず、落ち着いて。何かあったのかい?」


「あ、あの!こ、この子の腕のアザを見てください!」


「うん?どれどれ……」


 父親らしき人が俺の腕をとって見つめる。


 と、この人も同様、目の色を変えた。



「こ、これは!け、《剣聖の刻印》じゃないか!?」


「で、ですよね!?」


 ………は?あ、あれ?雲行きが………



「間違いない!これは1000年前魔王を討ち滅ぼした剣聖の腕にあったとされている刻印と全く同じだ!」


 なんかやけに説明してくれるな!?


「この子は、間違いなく将来剣聖と呼ばれるぞ……今すぐ剣術の師範の手配をするんだ!この子が剣を握れるようになったら、絶対に剣の稽古をさせるぞ!」


「は、はい!わ、わかりました!」


 ちょ、ちょ、ちょっと待って!?

 剣の稽古?それ、聞いて無いですけど!?


「この子は間違いなく世界を救う……間違いなく、この時代に生まれた魔王を、再度討ち滅ぼしてくれるぞ!」


 ちょ、え!?魔王を、討ち滅ぼす!?そんな、荷が重いですって!


「……んぎゃあ、おぎゃあ………」


「はっはっは、この子もよくよく泣いておるわ!きっと、将来剣聖になる事をこの子も夢見ておるのだろうな!」


「………ぎゃぁ、んぎゃぁ………」


 違う、違うって!俺、剣聖になんかなりたく無い!ただ平和に人生を謳歌したいだけなのに!



 だが、俺の声は届く事はない。


 なんで、なんでこんな事に―――



 ――― あ、言い忘れてましたけど、特殊能力もおまけでつけときましたよ。



 思い出したぁぁあ!!!あの女神みたいな奴、余計な事してくれたなぁぁぁあ!!!?



「これで我が領土と我が国の将来は安泰だなぁ!はっはっは!」


「………おぎゃぁ、おぎゃぁぁぁ………」


 お、俺の平和な人生を、返してくれぇぇぇ!

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