第3話 一目惚れ

今日も雨がしとしとと降り続いている。ここ数日、太陽を見ていない気がする。


上京してきてからもう10年がたった。いい大人になれてきているのかはわからない。どんなふうに人に見られてるだろう。自分に自信が持てない。僕の悩みの一つだ。誰かに褒められたい。認めてもらいたい。愛されたい。


僕は高校を卒業と同時に実家を飛び出してきた。一人暮らしを始めてからというもの苦労の連続であった。誰かに認められることは少なくなり、職場でも人間関係はうまくいかないことのほうが多い。よく同僚や先輩と揉めるしソリが合わないことが多くある。


「嫌われたくない」


っていう気持ちが常にあっていつも我慢して仕事をしてしまう。

僕が我慢すればほかの従業員が楽になる。我慢すればいい人でいられる。

いつもそう思ってた。入社1年目の頃は社会の流れというものがわからず我慢することでしか仕事はできなかった。我慢することこそ社会人の鏡だと。常に心がすり減り一言では言えないくらいに大変だった。一回だけ爆発したことがある。お酒の席で社長と大喧嘩して会社を辞めた。裁判沙汰にまでなった。その時から我慢することはよくないんだって気づいた。今では昔に比べて我慢することは少なくなった。でも相手を目の前にすると常にいい人であり続けようとしてしまう。いつも心にあるのは


「嫌われたくない」


と思う気持ちしかなかったから。少し辛気臭くなってしまい申し訳ない。

こういう「昔は大変だった」って話をするあたり自分は確実に年をとってきてたんだと感じる。


そんな自信がなく、小心者で八方美人な僕の前に現れたのが彼女だった。

人の目を気にせず僕の懐にどかどかと入ってきた彼女に僕は一目惚れをしていたんだと思う。この一週間、なぜか彼女の事ばかり考えていた。


「なんだったんだろ。あの人は。」

「お酒一気に飲んでたけど好きなのかな?」

「そういえば旅行の写真、食べ物が多かったけど料理が好きなのかな?」

「どうしてそんなに人に踏み込んでくるパワーがあるんだろう。」


彼女の事ばかり。

仕事に集中しようとしても、ふとした瞬間に彼女が脳裏に現れる。一週間前にたった数分しか会ってないはずの彼女がなぜか忘れられない。どうしちゃったんだろう。

ここのところ胸が痛い。ちくちくする。彼女の事を考えるとぼぉーっとなる。いやいやありえない。彼女はキャバ嬢だ。


僕がお金を払って接客してもらっただけに過ぎない。あのキャバクラという空間にほだされているだけだ。まやかしだ。僕の今の状況はまるで恋じゃないか。あまり自分の症状を認めたくなかった。いい年した大人が恋に落ちかけて仕事が手につかなくなるなんて滑稽だし、まるでドラマの世界じゃないか。あれはありえないことが起こるから面白いのであって現実で起きても何のメリットもなく辛くて悲しいだけなのに。


僕が思う大人の恋は、そこそこいい人と知り合い、仲良くなってその流れでお互いにいい年だからって、わりきったような関係で終わるものだと感じていた。そもそも出会いも何もない職場と家の往復の毎日。たまに生活を彩るのは男の先輩と行くキャバクラぐらいなもの。出会いはないと冷めていた。


そんな僕の席に彼女は現れた。キャバ嬢として。


もう一回行きたい。もう一回あって話をしたい。彼女の近くにいたい。


僕はきっとまたあのキャバクラに行くことになると思う。

その時にこの胸のもやもやが晴れるはずだ。


早くすべてを熱く包み込む真夏の太陽が見たい。夏はすぐそこにあるようで待ち遠しい。ただただ、無情に気温だけが上がり湿気が多く息苦しい。東京の梅雨は苦手だ。

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