第四話 夢

 

 目が覚めると、見慣れた病室の天井が真っ先に目に入る。

 なんだ、助かったのか、手術も成功したってことなんだろう、身体に違和感も感じない、非常に馴染んでいる。

 まるで、ぐっすり寝てお昼ごろに起きた休日のように心地のいい目覚めだった。

 ふと横を見ると、彼女が俯いていた。どうやら、寝てしまっているのだろう。

 久しぶりに見る紗季は、何処か懐かしく感じた。しかし、何故いるのだろう、あんなに一方的に突き放したというのに、紗季はなぜ、ここに居るのだろうか。

 考えるがすぐに答えは出た、というより、答えが置いてあったのだ、紗季を突き放してから、数えることをやめ、ろくに見ていなかった、カレンダーには、書いた覚えのないメモが、今日と思われる日付まで毎日分書かれているのだ、見間違えるはずもない、紗季の字だ。

 きっと、毎日来て、書いていたのだろう。そうして、感傷に浸っていると紗季が目覚める。


「あ、あれ、一真さん?え、起きたんですか!」

「うん、紗季、起きたよ」

「一真さんんん!!」

「うん、紗季、落ちついt」


 最後まで言う間もなく、紗季は抱き着いてくる、なんだろう、紗季は毎回これをしないと気が済まないのだろうか。


「紗季、ごめんね、突き放すようなことをして」

「ううん、大丈夫、勝手に来てたもん」

「分かってるよ、あれ見たから」

 

 カレンダーを指さす。

 紗季は、泣きながら、笑い楽しそうに話す。

 いつも、紗季は笑っているのだ。それから、しばらく、俺への文句と、愚痴をひとしきり聞いた。しかし、どうしても聞かなければいけないことがあった。


「紗季、また、こうやって話せてるってことは、手術は無事だったんだよね」

  

 緊張する、やはり、命がかかった会話というのは、重みがあるのだ、この空気感が苦手だ。しかし、今回ばかりは少し期待もあるため、まるでクリスマスの子供の様に、ワクワクもしていた。


「それなんだけどね、おじい様が言ってたんだけど、手術自体は大成功って言ってもいいんだって、でも、いつ再発するかは分からないし、経過観察が必要だって。いつ、容態が急変してもおかしくないって」

「そうか、ありがとう、わかったよ、紗季にはたくさん迷惑かけたね、退院したら、たくさん恩返しするね」

「いいよー、期待しとくけど、あ、そうだ、これみて!」


 紗季は、鞄から、人形を取り出す。人形には俺の名前が刺繍されていた。


「一真さんの今後の健康を祈って、作ったの!一真さんそっくり」


 全く、調子のいいやつだ、まぁ、そんなところも好きなんだが。

 あれ、でも、なんかおかしい、なんか、急に息苦しい、だめだ、ナース、コ―、ル


「一真さん?大丈夫?」

「うん、紗季、大丈夫だ、ちょっと、具合が悪くて」


 紗季は、いつも通り、直ぐに手を握ってくれた、やっぱり安心する。


「一真さーん、大丈夫ですかー?どうかしましたか?」


 ナースが入って来る、紗季は驚いて離れてしまう、握ってくれていた手もうっかり放してしまう。

 

「紗季、、」

「脈が、先生呼んできますね、頑張ってください、奥さん、良かったら、手を握って話しかけていてください」


 ナースは、慌てた様子で、病室を出ていく。

 なんだよ、まるで、俺が危ないみたいじゃんか。

 俺は、ちょっと、息が苦しいだけで、そんなに、大事にしなくたって、いいのだ。

 畜生、早く、俺は大丈夫だと言ってやりたいのに、だんだん、意識も朦朧としてくる。


「ごめん、一真さん」

「紗季、何も謝る必要なんて、ないだろ」


 紗季の手は、震えていた。


 あぁ、駄目だ、意識がもう飛んでいきそうだ、まさか、もう、逝ってしまうのか。

 駄目だろ、俺は、妻のことを一生かけて守るって決めたんだ。


「ねぇ、私の事が、心配?」


 なんだこれ、聞いた事ある、なにか、覚えが。

 あぁ、いつか見た、悪夢だ、くそ、正夢だったのかよ、時間を無駄にするなって、こういう事かよ。確か、最期に泣かせちゃうんだよな。やだな、笑ってる紗季が好きだ、笑ってない紗季は紗季じゃない。最後に全部伝えなきゃ。


「あぁ、心配だよ、でも、俺は、死んだとしても絶対に紗季のそばに居る」

「え、一真さん」


 急に、声を大きく出したからだろうか、苦しさが一気に体中に回る、酸素がこの空間にないんじゃないかって程に苦しい。


「紗季、俺はもう、死んでしまうのかもしれない、だけど、紗季はずっと笑っていてほしい、最期のお願いだ」

「……」


 あぁ。もう限界が近い。


「ずっとずっと守っていたかった、こんなに心配にさせるのは紗季ぐらいだよ、過保護なんかじゃない、紗季はずっと心配だ、守ってやれなくてごめん、でも、いつでも絶対にそばに居る、だから気にするな」

「もういい、一真さん、もうしゃべらないで」


 いいや、まだだ、まだ伝えなきゃ、もうこれが最後だ。


「紗季、ずっとずっと愛してる、」

 

 言い切る前に、紗季は俺にキスをした。


「ねぇ、一真、ほんとにありがとう、全部全部伝わった、まだまだたくさん言いたいことあるんでしょ、でもそれも伝わったよ、大丈夫、ほんとはちゃんと聞きたいけど、私からも言いたいもん、」


 わがまま、紗季らしい、別にこれでいいんだ、紗季が紗季らしくしているんだから、この紗季が大好きなんだ。


「一真、こんなバカで天然で、危なっかしくて、わがままで、嘘吐きで、めんどくさくて、、、それで、それで、一真のことが大好きで、好きで好きでたまらなくて、ほんとはまだ一緒に居たいって思っちゃってるズルい私を愛してくれてありがとう、守ってくれてありがとう、来世ではさ絶対に私よりもっともっといいとこばっかの女の子と出会うんだよ、私の事なんて守ってないで早く、次の人生歩むんだよ!」


 あーあ、こんなの、ずるいじゃないか。

 だめだ、やっぱり決めたよ。

 冷えていく身体を抱きしめる紗季に最後の力を振り絞って話す。言葉の代わりに生気が抜けていくのが分かる。


「ばーか、全然分かってないな、そういうのは、来世でも出会おうね、だろ、それにそのお願いは聞けない、来世なんてどうでもいいんだよ、俺は、ずっとずっと、何年だって、君のことを天国で待つ……」


「一真!」


 爺ちゃんか、もうおせーよ。

 俺は、言いたいこと全部言って、紗季の言いたいことも全部聞いた。

 あの日、祭りの日に、ささやかれた言葉、時間を無駄にするな、最後の最後で、取り返せただろ。

 あぁ、幸せだったな。

 

10月15日


俺は、あの日見た夢とは違う、笑顔でいる紗季に抱きしめられながらを終えた。






 

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