第二話 違和感

 俺たちが住む街、青木町は、都市部の近くでありながら、未だ開発が進んでおらず、自然が豊かで、静かな雰囲気の町だ、そういうところが都会の雰囲気に疲れた人に秘かに人気なようで、有名人とかもここに別荘を建てたりするようだ。

 そんな静かで落ち着く雰囲気の青木町も一年に一度、とても騒がしくなる日があるのだ、それが今日、9月30日、お祭りの日だ、この地に根ずく道祖神、天探目あめのさぐめを祀ったものだという。年に一度ということもあり、紗季もテンションが高くなっている。


「ねぇ、一真さん、疲れた」


 紗季が、頬をつたう汗を拭きながら、そういう。何故汗をかいているのかというと、祭りの会場まで、結構長い坂があるのだが、浴衣の割には走るように駆け上ってきたからだ。


「お疲れ様、やっぱり紗季には敵わないよ、早すぎる」

『違うよー、一真さんが遅すぎるの、私なんか、浴衣が着崩れしないように、気を付けて走ったんだから』


 言われてみれば、確かに、紗季は汗をかいていること以外には、まるで走ったようには見えない、昔から運動神経は良いし、器用なのだ。


「まぁ、運動音痴な俺にも少しは合わせてほしいよ」

『それもそうですね、次から合わせます』

「それいつも聞いてる」


 それからしばらく他愛もない話をして、汗も引いたので、会場に入ることにした。そのとき、人ごみに紛れて、妙なことを耳にした、いや、耳にしたというよりは、確実に耳にのだ。


「残り少ない時間を無駄にするなよ」


 すぐに後ろを振り向くが、それらしい姿は見当たらなかった。なぜだ、なんのことだ。俺はだんだん冷静さを欠き、慌てる。


「一真さん」


 俺は急に耳元に響く声に驚いた。


「大丈夫ですか?走ってもない癖に、汗かいてますよ?」


 紗季だった、紗季は俺の手を握って続ける、その手は暖かく強く握られていた。


「なにも、心配しなくても、私はここに居ますよ、いつまでもずっと」


 紗季の声でやっと冷静になる、なにも、さっきの言葉は俺に言った言葉ではないはずだ、俺には紗季がいる、大丈夫だ、そう言い聞かせた。


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