Conclusion

 清丸町魔導病院で検査を終えた賢治・現世・桐野・イソマツ・徳長の五人は、二時間もしないうちに陰陽保安局東部支局へ移送された。

 桐野とイソマツは搬送後すぐに覚醒して、治療と検査を受けた。目立つ怪我もなく、後遺症も残らないとのことだった。徳長は本来なら入院しなければならないほどの重傷だったが、自分が付き添うことなく賢治たちを保安局に入れるわけにはいかないと、無理を押して一緒に聴取を受けることにした。

 なお、河辺灯はすぐに緊急手術を受けたが、無事成功して今は集中治療室に入っている。意識はまだ取り戻していない。

 賢治たち五人は東部支局へ来庁するなり、以前つれられた取調室で事情聴取を受けることになった。

 取り調べを終え、最後に徳長が取り調べを受ける頃には、時刻は既に夜の九時を回っていた。


「……うむむ」


 現世がうとうととしていると、桐野が「大丈夫、現世?」と声をかける。


 取調べ室のあるフロアの廊下で賢治たち四人は座り、徳長を待っていた。

 全員、疲労が顔に出ていて起きているのがやっとという様子だった。


(……次元が違い過ぎる。戦いにすらなっていなかった……)


 賢治は、今日の戦いのことを振り返っていた。胸に満たされた敗北の苦汁が喉の奥からせり上がってきて、唇を歪めた。

 この一か月間、彼らを苦しめてきたマガツとの戦いがようやく終わったというのに、何ら達成感も安心感も湧いてこなかった。


「おい、お前ら! 来い!」


 ズカズカと大きな足音を立てながら近づいてくる大きな影があった。

 エルワンだった。


 イソマツが不機嫌そうに「¡Ufウッフ......!(何?) また取り調べ?」とぼやく。


「いいから来い!」


 エルワンがいつになく冷静さを欠いた態度で怒鳴った。その隣では、所在なさげに狼狽えている明日葉もいた。

 徳長がいない状況で、賢治はついていくべきかどうか迷った。


「徳長先生がいるこの建物のなかで、変なことはしないでしょ。万が一のときは、僕とキリちゃんが君たちだけでも逃がす」


 イソマツが賢治に耳打ちをする。不承不承四人は、エルワンに言われるままついていくことにした。

 廊下の一番奥でエルワンが止まる。そこには、賢治たちが開けたことのない扉があった。エルワンがドアノブを開けて、勧められるままに入る。

 そこは、大きなポリカーボネートで仕切られている部屋だった。その向こうに、見覚えのある顔があった。


「島嵜さん……!?」


 それは、円島特別訓練魔導学校高等部の生徒会長である島嵜美生だった。

 だがその表情や素振りは この前に会ったときと全く違っていた。社交性の高さや鷹揚おうようさは片鱗もなく、ただ不安で怯えているといった感じだった。


「これはどういうことですか!?」


 賢治が言うと、明日葉が応えた。


「彼女には……、マガツの幹部『干』というコードネームで、松元の指示を十干へ仲介していた容疑がかかっているのです」

「干……Kanだって!?」


 賢治は驚愕の声をあげた。

 Kanとは、「門」の共鳴の力で垣間見た麻枝の記憶によると、彼とメールでやり取りをしていた人物だ。

 賢治たちはその存在を、現場工作をする十干たちを支持している、マガツの幹部ではないかと予断していた。


「島嵜さんがそうだっていうのか!? そんな! ウソだ!」

「ウソじゃない!!」


 エルワンが横から口を挿んできた。


「逮捕した他のマガツの構成員たちから証言は得ている! そして、お前らが三日前と二日前に接触した情報もトクマから訊き出した!」

「それで? わたしたちとの関係を疑っているの?」


 桐野が、イライラした声で訊いた。

 すると明日葉が答えにくそうに言う。


「……島嵜は、あなた方のことを知らないって言うんです。河辺灯のことも……」


 何を言っているのかわからなかった。

 あのとき灯の掃除を引き受けて、桐野と灯の再会の場を取り持ってくれたのは、島嵜だ。そして翌日、賢治たちを迎え入れてくれたのも。


「意味がわからない……。オレたちは一昨日、島嵜さんと会うために間違いなく円島特別訓練魔導学校に来ています。それは訊いたんじゃないんですか」

「もちろん調べました。来校者の名簿にも、あなた方の名前も、その次に河辺灯の被害者である火村の名前もありました。だけど名簿に記されていた時間には、そもそも島嵜は学校に来ていなかったって言うんです」


 青ざめる一同。

 得体の知れない寒気が賢治を襲い、鳥肌を立てた。


「……では現世たちが知る島嵜どのは、一体何者なのだ?」


 現世が、震える唇でつぶやく。

 賢治は横目で、ポリカーボネートの向こうの島嵜を見た。目が合った島嵜は、まるで凶暴な動物にでも出くわしたかのように動揺した。


「し、知らない! 私、何もやってない! こんな子たちも知らない! 早くここから出して!!」


 賢治たちを指さして、悲鳴のような声をあげる島嵜。ほとんど、恐慌状態といってよいほどだった。


(……何がなんだか、さっぱりわからない……)




   ★


「ふう……。こんなもんでいいか」


 明日の開店準備を終えた緒澤平祐は、そう一人ごちた。

 丙と賢治の墜落を見届けた後、緒澤平祐は徳長に連絡を入れたが応答がなかった。どうやら松元に変身した灯に気を取られていたようで、気づかなかったみたいだ。平祐は徳長の居場所がわからなかったため、合流することは敵わなかった。

 丙と賢治に顔を見られてしまった以上、言い逃れはできないので、しかたなく先んじて陰陽保安局へ行くことにしたのだ。

 取り調べを終えて喫茶パキラに戻ったのは、夜の七時過ぎだった。そこでようやく、徳長から返信が返ってきたのである。



 お疲れ様でした。全員無事です。詳しくはまた機会を設けますので、そのときにお願いします。 徳長



 賢治たちと徳長が陰陽保安局に移送されたのはその後すぐだったから、行き違いになったということだ。


(臨時休業することになったんだから、御礼は弾んでほしいよね)


 一階の店舗フロアの電気を消す平祐。キッチンの脇にある階段を上がる。二階の廊下には、二つのドアが設えられていた。向かって左のドアを開く。

 部屋の中に入ると、そこには異様な光景が広がっていた。パソコンやその周辺機器でいっぱいであるのだ。パソコンデスクは四台あり、うち二台はデスクトップパソコン。残り二台はノートパソコンや周辺機器が設えられていた。タブレットも、数枚転がっている。壁には無数のケーブルが張り巡らされている。

 平祐はクーラーの電源を入れ、デスクトップパソコンを立ちあげる。

 起動するまでの間、徳長と連絡を取ったスマホとは別のスマホで、メールをチェックをする。そのうちの一つを開いた。


 送り主の名前は、「ローゲン」と表示されていた。


 文章量自体は少なかったが、内容は暗号や隠喩に満ちていて、第三者が見ても日常会話にしか読めないようになっている。

 平祐は慣れた手つきで、その返信を打つ。

 それから、リュックサックの中にある高橋の手帳を開いた。


 そこには、五星院真の手帳と全く同じ図形が描かれた円島の地図が描かれていた。


「んんっ……」


 お互いのひじを掴み、背中を伸ばす。


「全く、人使い荒いよね。みんな」

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