Report 15 最強の敵(14)

 東部支局に戻った真と翔栄は、一階の「来客室」に向かっていた。


「お帰りなさいませ、大臣」


 扉の前に立っていた、縮毛の男性が言った。


「開けてくれ」


 真がそう言うなり、男性は黙々と開錠作業を始めた。シリンダー錠にカードキー、そして霊紋システムの三重ロックを次々と解除していく。分厚い合成金属の扉が開かれ、「どうぞ」と部屋を差し閉める。


「二人で話がある。わかっているだろうが、誰も入れるんじゃないぞ」


 護衛にそう告げる真。護衛は「了解っス」と、敬礼をする。

 中に入る二人。ガラスのテーブルを挟んで、革張りのソファが二つ。あとはサイドボードとロッカーが一つずつあるだけという、全体的に質素な部屋である。けれども、扉は先述した通りの厳重さであり、壁は衝撃に強い材質になっていてRPG-7の攻撃にも耐える設計になっているなど、防災面・警備面においては貴賓室より優れているのだ。


「さて……。それじゃ始めようか、翔栄……」


 翔栄に背を向ける真が、こちらに振り向いた。 

 右手に握られた青い札と赤い札――木気符と火気符が、力場を展開する。

 パーン!

 破裂音とともに、色とりどりのロールテープや紙くずが煙とともに舞った。

 真の顔は、仕事では絶対に見せない緩みきった表情になった。


「翔ちゃ~ん! 16歳のお誕生日、おめでとう~ッ!!」


 そして満面の笑顔で両手を広げて、翔栄に駆け寄った。

 ムギュッ。

 真の顔に、翔栄の靴底がめり込んだ。


「寄るんじゃねえ、加齢臭がするだろうが」


 翔栄は、心底嫌そうな顔でそう言った。


「フフフ……。翔ちゃんは相変わらず、愛情表現が下手だなあ」

「嫌悪感が顕わなのを、身勝手に解釈してんじゃねえ。殺すぞ」

「つれないなあ……。お前が新東京自治区の学校に通うために、山城自治区の本家を出て一人暮らしを始めてから一ヶ月半も会えなくて、お父さんどれだけ心配したと思っているんだい……?」

「その父親面が、うぜえんだよ……実の家族でもねえクセに・・・・・・・・・・

「やれやれ、どうしたらご機嫌を直してくれるかなあ? そうだ! 今晩はお父さんがお前の部屋に行って、手料理をつくってあげよう。本家に初めて来た日・・・・・・・・・に食べた、クローマラのハンバーグがいいかい?」

「来たら呪殺じゅさつしてやる。国務大臣が任期中に家族に殺されるって、翌日の新聞が楽しみだなあオイ?」

 

 真はフーッ、とわざとらしくため息をついた。


「翔ちゃん、そういう態度は親子の時間ならいいけどね……仕事の時間でそれじゃあ、困るんだな。


――どうして僕の指示を待たずに、『門』の保有者と容疑者に実力行使した? そして何故その処遇を、勝手に決めたんだ?」


 真の表情が、先ほどの仕事用のそれに戻った。赤いフレームの眼鏡の奥で、鋭い眼光が閃く。


「……何か問題があるのか?」


 ギョロリッ。真は、急に顔面を至近距離に寄せてきた。

 斜に構え、まるでヤクザが恫喝するような姿勢だった。さっきとは打って変わった、とても愛する息子に対するそれとは思えない態度である。


「オイオイオイオイオイオイオイオイ……、問題あるに決まっているだろう。僕の予定じゃあ河辺灯を怪我させることなく捕らえ、即東部支局へ移送する予定だったんだ。ところがお前は、保有者とその護衛、容疑者の全員を、距離の近い清丸町魔導病院に搬送させなければならない情況をつくっちゃった。あそこを運営するのは、同盟とつながりが深い医療術師結社……。連合が手を・・・・・出しにくい場所・・・・・・・ってことだ。当事者たちを連合の手からできる限り離れさせるよう動くなんて、一体何を考えている?」


 真がそう詰問すると、翔栄は「ケッ」と言って目をそらした。


「何を考えている……だって? それはこっちのセリフだ。この爆破をマガツがやっただと? バッカじゃねえの、朱雀門から玄武が出るぜ。日本最強クラスの術師がウヨウヨしているこの陰陽保安局の施設に、骨董品みてえなテロリストごときが潜入して爆破するなんて、できるわけがねーだろが。関係者が手引き・・・・・・・でもしねー限りはな・・・・・・・・・


 その言葉を聞いた真は、露骨に眉をひそめた。


「……陰陽保安部の中に内通者がいる、と……? まさかお前ともあろうものが、マスコミハイエナどもが言っているようなことを鵜呑みにしているわけじゃないだろうな。魔導貴族が僕ら京都五星院家派・・・・・・・・・東京五星院家派・・・・・・・に分裂していて、白銀衆と山吹光影が後者であるなどという」

「外聞なんざ関係あるか。論理的に導き出された仮説だアホ。とぼけるのも大概しろよ。アンタなら身を以って知ってんだろ。初代・特務陰陽保安士だったアンタなら。司法陰陽師は、そんなヌルい奴らの集まりじゃねーってことを――」


 翔栄の言葉は、そこで中断された。

 真の右掌底てのひらが、翔栄のみぞおちに深くえぐりこんだからだ。たった一歩の踏み込みで、真は翔栄の急所を的確に捉えた。


「がっ――は」


 背中を曲げ、咳き込む翔栄。


「……仮にそうだとして、お前が知ってどうする……? 陰陽寮の一職員に過ぎないお前が……」

「……ムカつくんだよ……。法を守るのが仕事、とか言っておきながら……、政局の争いで、公益よりも権力に依存する、テメーらみてーな奴らが……」


 ズンッ。右足をさらに半歩踏み込む真。翔栄の胸を、さらに深く抉る。


「! ――ぐえっ」


 耐え切れず、唾液を吐き出す翔栄。


「タテマエやキレイゴトばかり言う大人が、コソコソ汚いこと企んでいるのが気に食わないから、邪魔してやろうってか……。余りにも子どもっぽい理屈だ。お父さん、そういうの感心しないな……」


 真、翔栄の顔を覗き込むようににらみつける。そして、念を押すように叱責をする。


「いいか、翔栄……。これは、社会人の先輩としての忠告だ。お前を京都五星院家・・・・・・の当主である僕が迎え入れた理由は、嫡子が女子のみ・・・・・・・だった・・・四代前の・・・・の落胤の曾孫・・・・・・|であるということだけじゃない。僕は、未登録術師のしがない孤児だったお前の天性・・を見抜いたんだよ。そして、その見込みは正しかった。お前は見事、十二天将すべてを召喚することのできる始祖・五星院有星ごじょういんゆうせい以来の快挙を成し遂げたのだ。


 ――だが、社会に出ればそんなことは関係ない。


お前は、特務陰陽保安士という盤上の駒に過ぎないんだ。ゲームの駒が盤を壊したり、プレイヤーに逆らったりするか? 駒の役割を果たすことが、社会の成員としての務めであり責任だ。それが全うできないというなら、ゲームから・・・・・取り除かれてしまう・・・・・・・・・だけなんだよ」


 忠告? 恫喝の間違いだろ――翔栄はそう思った。

 胸にめりこんだ右手が離れ、解放される翔栄。よろけて、転びそうになる。


「まあ今日のところは、このくらいで許してやろう。だけど次は、お父さん一人じゃかばい切れないかもしれないよ。……」

「う……うるせえ、この鉄面皮が」


 扉のノブに手をかける翔栄。


「あ、待った。一つだけ答えてくれ」


 退室しようとする翔栄を、真が呼び止める。


「あ?」

「お前。あの二人に、十二天将を全てやられたな?」


 その指摘に、翔栄は戦慄する。


「……どうして。そのことを」

「霊力場に直接触れればわかるさ。あれは術師に宿る、憑依型の特殊な召喚精霊だからね……。ダメだよ、こういう大事なことは言わなきゃ。あいつらを一斉召喚されて全てを退けられる術師など、世界でも両手で数えられるくらいしかいないのだからね……。一体どんな術を使われて、破られたんだ?」


 問い質す真。


(……これは言い逃れできねえな)


 翔栄は観念し、起こったことを正直に話した。


「赤い光……」

「うん?」

「俺はアイツ――青梅賢治を手詰まりまで追い込んだ。それでさらに追い打ちをかけるように、十二天将全てを一斉召喚してやったんだ。……それからすぐに、ソイツは起こった。赤い光の刃が、青梅の身体から放出されたんだ。そしたら、十二天将がまとめてやられちまったんだよ」


 真は、眉をピクリと動かした。

 翔栄は、言葉を続ける。


「あれは一体、何なんだ? あんな力を持っているなんて報告は、聞いていねえ。それとあんときには、〔扉〕の力を持ったガキ――因幡現世は林の向こうに吹っ飛ばされていて、そばにいなかった。ゲーティアのような〔扉〕と〔鍵〕の共鳴の力とは考えにくい」

「……質問しているのはこっちだ、翔栄。今言ったことが、全部か?」


 翔栄は、首肯した。

 真は、伏し目がちにこうゆっくりと答える。


「その事象については、それだけでは何ともいえないな……。まあいい。このことは他言無用だ。他の陰陽保安士にも一切話すな」


 それから真は「引き止めて悪かったな。お疲れ様」と言って、目を合わせることなく背を向けた。

 翔栄はその態度に訝りながらも、来客室を退室した。


(……クソ野郎め! てめえの腹心算はらつもりはわかっているんだよ。五星院家は四代前に、京都五星院家と東京五星院家に別れた……。京都五星院家は分離以後衰退の一途を辿り、分家であるはずの東京五星院家と立場が逆転している。それが四代前の隠し子である男児の系統である俺が見つかったことにより、本家復興の光が差し込み始めた……。それを良しとしない、東京五星院家および山吹家光圭派や唐紅家・廣銀家といった東京五星院派の魔導貴族たちの鼻を明かすにゃあ、俺が次期当主として相応しい器だと、知らしめなければならねえ。……俺のことなんざ見ちゃいねえくせに親父面すんじゃねえよ、権力欲の権化がッ!!)


 胸のあたりには、真の掌底突きによるダメージがわだかまっており、姿勢を正すと鈍い痛みがして呼吸に苦しんだ。もし彼が常人の体力と霊力しかなく、真が手心を加えていなかったら、このくらいではすまない。肋骨は粉砕され、最悪心臓が破られていた可能性もある。

 翔栄は、鈍痛に苦しみながら、今日のことを思い起こしていた。


(……あの赤い光。世界最強クラスの召喚精霊である十二天将を、一撃で全て葬られるなんてありえねえ。そして引っかかるのは、それを聞いた五星院真の態度……。クソッ、わかんねえことだらけでムシャクシャしやがる……!!)




   ★


 来客室に一人残された真は、大儀そうに革張りのソファに腰掛けていた。


「そうか……。〔剃刀かみそり〕が、目覚めたか……」


 どこか遠くを見るような目で、真はつぶやいた。

 それから、ベルルッティの黒いビジネスバッグを引っ張り、中から何かを取り出す。黒革の手帳だった。その最後のページをめくる。


 そこには、円形の陸繋島――円島の地図が描かれていた。

 この地図には円の中に五芒星という、奇妙な図形が敷かれていた。


 地図の八箇所に、赤ボールペンで○が記されていた。内側の正五角形の頂点に四つの○、円に内接する外側の五つの三角形の頂点に四つの○が。さらに五芒星と円周の交点に、次のような単語が意味深に万年筆で書かれていた。


 扉 鍵 深淵 鎌 剃刀


 真は内側の正五角形の、右上から二番目の頂点――この東部支局が位置する場所に、真は赤のフリクション・ボールペンで○をつけた。

 十の交点があるこの図形で、○がついていない頂点はあと一箇所――隠水の森の西側に広がる金長村きんちょうむらの西端だけだ。


 その地図をしげしげと眺め、真は「フン」とほくそ笑んだ。……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る