Report 15 最強の敵(13)
【Side - 翔栄】
(微動だにしなくなったな。放心状態か?)
翔栄は、顔を下げたまま動かなくなった青梅賢治を訝った。
(まあ、それならそれでいい。このまま
戦いも一段落着き、そんな風に考えていた――その時だった。
ヴウウウゥゥゥン――
賢治の身体から、円状の赤い光が放出された。
目を見開く翔栄。
奔る赤い閃光が、十二天将全ての式神を襲う。
一薙ぎで横に両断され、光の粒子となった。
「……!!?」
翔栄は一歩も動けず、何の対応をすることもできなかった。
こんな経験は、初めてのことであった。
額から耳の後ろを伝って、喉元へと冷や汗が伝う。余りの出来事に半分凍りついた脳みそで、必死に思考を試みる。
(……こんな変化は報告されたデータにねえ。極限状態で、〔鍵〕と〔扉〕の力が最大限に引き出された? いや、あり得ねえ。コイツらの力は「共鳴」を司るという。〔扉〕は遠くへ吹っ飛んでしまっているし、コイツ単独でこれだけの力を引き出せるとは考えがたい。大体、〔鍵〕と〔扉〕の純粋な霊波動の色は青緑のハズだ。共鳴の錬度が上がって新たな精霊を召喚できるようになるときに放たれる霊光は虹色。
……すると、まさかこれは、〔鍵〕とは無関係の術……?)
慄然とする翔栄と対照的に賢治は、実に自然な動きで立ち上がった。
「――!」
翔栄は、慌てて刀印を賢治に対して向ける。
「ん……」
目をこする賢治。それはまるで眠りから醒めた、幼い子どものような仕草だった。
そして、開かれた目のその瞳は――さっきの光の刃のような、鮮やかな赤に染まっていたのだった。
「よく、みえない……」
そう言って、賢治は眼鏡を外した。それを、制服のポケットへ無造作に入れる。
――じろり。
それから赤い両目が、上目遣いに翔栄の方へ向けられた。
「……きみが、いじめたんだよね」
不機嫌そうな声で、賢治が言った。
「……あ?」
「きみが、
ゾクリ――
その問いを聞いて、翔栄は鳥肌が立った。
賢治の仕草は、さっきまで戦っていた賢治とは全くの別人のようであったからだ。
「ゆるさないよ」
ゆっくりと右腕を上げる賢治。翔栄はいつでも迎撃できる構えを取りながら、この異変について分析していた。
(この不気味な
賢治の奇異な言動から翔栄は、根拠のない一つの予断が脳裏に浮かんだその時――
「……
遠くから、甲高い声が近づいてくる。
木々の間から、赤い本が飛んできた。現世が戻ってきたのだ。
「! 〔扉〕のガキか……!」
現世の声が木々の間で響き渡ると、またしても驚くべきことが起こった。
スゥ……。
突如、賢治の両目から緋色が抜けていったのだ。
「なっ……!」
驚愕する翔栄。
虚ろで透明な赤色をしていた瞳は、確然とした意志を見せる黒い瞳へと戻った。
「……現世?」
賢治は、現世の方を向いて言った。
「オレは、一体何を……? って、眼鏡してねえ!? 何で!?」
賢治の口調が元に戻った。さっきまでの不気味な気配は一切感じられない。
「大丈夫か賢治!」
問い質す現世。
「あ、ああ。……そうだ! 十二天将!!」
賢治はブレザーのあちこちに触れて眼鏡を探す。外ポケットから取り出して、装着し直した。
「って、あれ? どこにもいねえ?」
キョロキョロと、不可解そうに辺りを見回す賢治。
(やはりそうか……)
その様子を見て翔栄は、こう思った。そして、自分の予断が当ったことに戦慄する。
(――コイツ、いま自分が何をやったのか憶えていねえ!)
何か別の存在が賢治に憑依したか、あるいは賢治の中の別人格が交代したか。今しがたの賢治の言動は、そうとしか思えなかったのだ。
しかしこんなことは、報告されたデータには全くない情報である。
(……!)
そんな翔栄の困惑を掻き消すように騒音が森に響き渡った。
二十人近い統率の取れた足音と、木々を掻き分ける
ガサリ――
陰樹が大きな音を立てて、掻き分けられた。
「動くな! 円島魔導警察だ!!」
【Side - 賢治】
賢治たちの前に、ポリカーボネート製と思われる透明なライオットシールドを装備した天然パーマの若い刑事が現われた。
後ろからものものしい黒ずくめの防具をつけた人間が次々と現れて、アサルトライフルを下に向けたまま賢治たちを包囲していく。肩には、桜の上に五芒星をあしらった紋章が設えられていて、その下には「魔導警察特殊戦術部隊 STT Sorcerial Tactical Team」と刺繍されている。上を見上げると、空中にも飛行箒に乗った部隊員が取り囲んでいた。
「二人とも、魔装を解きなさい!! 杖および魔道具を全て捨てるんだ!!」
賢治は、緑のモッズコートを着た若い刑事の顔に見覚えがあった。
(あの人はたしか、池田さんと一緒にいた……?)
「円島魔導警察・機動捜査隊の
若い刑事――大楠が再度警告する。
賢治はひとまず「《
「さあ、黒コートの君も早く――うわっ!?」
「二人じゃないのだ」
賢治の力場が収束されると同時に、現世の力場も収束された。
ゲーティアの変身が解けて、人間の姿の現世が現われる。
「銃を下げろ。特務陰陽保安士・五星院翔栄だ」
『!』
ビシィッ。
翔栄に五星院の名前を出されると、STTの面々は途端に敬礼をし始めた。
だが、大楠一人だけ首を捻って、訝る表情をした。
「? 何を言っているんだ。五星院家の人間だろうと誰だろうと、さっさと両手をあげなさい」
「……疑うなら、俺の胸ポケットにある身分証を取り出しな」
そう言って翔栄は、両手をあげた。
大楠は、「オイ! 何をする気だ!」というSTTの一人があげた制止の声も聞かず、警戒しながら翔栄に近づく。そして黒コートの胸ポケットに、手を入れてゴソゴソとする。
すると、縦開き式の陰陽保安士の証明である身分証が出てきた。大楠は眉間に皺を寄せながら検分する。
「ええと……特務陰陽保安士、五星院翔栄……。本当に五星院家!? しかも、こんな子どもが陰陽保安士!? あり得ない!!」
驚愕の声をあげる大楠。
そのとき、STTの一人がぐいっと彼のモッズコートのフードを引っ張った。
「いい加減にしろ大楠巡査ッ!! その方は五星院家当主にして陰陽大臣・五星院真の御子息であり、特務陰陽保安士だ!!」
すると現世が「五星院真の息子だと!?」と叫んだが、誰も取り合わない。
「痛デデッ!! 痛いって分隊長!! と、特務陰陽保安士って何スか?」
「陰陽寮から能力や実績を見込まれて、正規の採用枠とは特例に与えられる役職だ!! 魔導警察だったら
がさり。またもや藪が大きく動いた。
「――! 翔栄様!? それと、魔導警察か!?」
それは、賢治たちから聴取を取った陰陽保安士であるエルワンだった。彼の後ろには一緒にいた明日葉三等保安士に、エルワンの部下であろう二人の保安士もいた。
「だ、誰だおたくら!? ――痛デッ!!」
驚く大楠だったが、STTの隊員に拳骨を喰らった。
「この方も五星院家の陰陽保安士だ! 頼むから、これ以上恥をかかせないでくれッ!!」
「失礼。二等陰陽保安士のエルワン・和久・ジロー=カバントゥ・五星院です。先刻庁舎を襲撃したマガツのテロリストを追っていたら、ここへ辿り着いた次第です」
エルワンは、身分証を提示しながら周囲を見渡す。倒れる灯に、桐野とイソマツに目を向けて眉間に皺を寄せる。
「翔栄様、これは一体どういう状況ですか?」
「マガツの女は俺が木気符の雷撃で沈めた。で、それで抵抗されたから残り二人も魔睡蟲で失神させた。それだけだ」
それから「ジロー=カバントゥ、五人全員を清丸町魔導病院へ搬送しろ」と指示した。
「わかりました。しかし被害者たちは、回復して検査に問題がないと判断し次第、庁舎に移送して事情聴取致します」
「それでいい。魔導警察は非常線の維持に努めろ。ただし、捜査は俺たちが執る。移送できる被害者と加害者は、準備ができ次第即刻陰陽保安局へ移送しろ。それらが終わったら、後始末だけやっておけ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
大楠が、横柄な態度の翔栄に口を挟んだ。
「また俺たちを捜査から外すんですか!? 自治区全体を脅かす事件が起こっているのにも拘らず、こんなに蚊帳の外にされちゃったら……俺たちはどうやって区民の安全を護れというのですか!!」
息巻いて大楠が言うと、STTの隊員が「おい、大楠!」と彼をふんじばった。
「国民の安全を願っているのは、俺たちも同じだ」
すると、エルワンが口を挿んできた。
「だが、捜査には順序というものがある。本件は術師界の公安に関わる重大事件であると同時に、極めて専門性が高い案件だ。まずは陰陽保安局で対応し、所轄の魔導警察は我々の報告を待ってもらおう」
「しかし――」
まだ納得のいかない様子で、大楠が盾突こうとした――そのときだった。
「賢治くん!! 現世さん!!」
藪が掻き分けられ、聞き慣れた声が響いた。
徳長涼二だった。
「先生!? その怪我、やられたんですか!?」
ワイシャツを夥しい血で汚している徳長を見て、悲鳴をあげるような声で賢治が言った。
「大したことはありません。それより、あなた方は何ともありませんか?」
そう言うなり、徳長は見つけた。陰陽保安士たちに介抱されて、車両に乗せられる桐野とイソマツの姿を。
「……! 桐野さん! イソマツくん!」
徳長が駆け寄った。
だが、保安士二人に止められた。
「彼らはどうしたのですか?」
「そのものにやられたのだ!!」
現世が、翔栄を指さして言った。
「眠らせただけだよ。何度も説明させんな、だりい」
「あなた……、五星院翔栄ですね。五星院真の指示でここに来たのですか」
すると、翔栄の額の静脈がくっきりと浮かび上がるのを見た。
「さっきから、ウゼえんだよてめえら……。次、あのクソヤロウの名前を口にしてみろ。そうしたら――」
「どうするおつもりですか? 僕がその五星院真くんなのですが」
ねとっとした声が響き、翔栄の目に嫌悪を驚愕の色が宿る。
「……! てめえ!!」
「親父に向かって、てめえはないだろう」
翔栄の背後に、五星院真が立っていた。
「五星院真……!」
(あいつが五星院真……! たしかに、生徒手帳を拾ってくれた人だ……!!)
「これは! 陰陽大臣!!」
現世と賢治は警戒の視線を向け、魔導警察職員と陰陽保安士たちは一斉に敬礼をした。
「陰陽……大臣? え!? 本物!!? ――痛ッ!!」
「さっさと敬礼しろ馬鹿者!!」
驚きのあまり敬礼を忘れている粗忽者の大楠の頭に、またしてもSTTの分隊長の拳骨が降った。
「おぬし! これは一体どういう了見なのだ!!」
怒り心頭の現世が、ズカズカと真の前に出る。
「おぬしの息子は、いきなり現世たちを自分たちの支配下に置くべく連行しようとし、私闘を申し出てきたのだ! およそ公僕としてあり得ぬぞ! 一体どんな教育をしている――」
パンッ。
現世の言葉は、その乾いた音で留められた。
真が現世の頬を張ったのだ。
「どんな教育をされている、と訊きたいのはこっちの方なんだけどね。リトル・レディ」
突然のことに、茫然とした顔を浮かべる現世。その左頬は、ほの赤く腫れていた。
「現世!! てめえッ!!」
賢治が駆けだそうとした。だが、エルワンに右手を捕まれて止められた。
「離せ!!」
「ならん! 大臣には、指一本触れさせん!!」
真は現世に、ぐっと顔を近づける。
「いま一緒にいる人物が信頼できないからといって、自ら竜巻に呑まれて逃げるなぞ、下策にもほどがある。死にたいのか?」
「それは……!」
現世が言いかけたが、真が言葉を切るように叱責を続けた。
「君の身に万が一のことがあってみろ。その責任が最も問われるのは、他でもない君らの庇護者である徳長涼二だ」
「……!」
現世は下唇を噛み、黙り込んだ。
「コトは同盟の内部だけに留まらない。術師界の政治的均衡は崩れ、その混乱は汎人界にまで波及するだろう。――自分の身に宿った『力』がこの世界においてどれだけ重要か……その重みをいま一度自覚しろ」
それは、大変厳めしい口調だった。手帳を拾ってくれたときの穏やかな態度は、露と消えていた。
「現世さん、いま五星院さんが言ったことは本当ですか?」
徳長が現世に訊く。
「本当なのだ……」
「何故そんなことを?」
「五星院どのは、誘拐犯を追跡しているとウソをついて賢治を追っておった……。これは、あり得ないことだと現世にはわかるのだ。五星院どのは、賢治に発信術をつけたのだ」
バッジを見て、現世は言った。その意味を徳長は、わずかな仕草で諒解したことを示した。
「先生。オレ、学校でこの人に手帳を拾われたんです! 多分ここに術が!」
賢治は、エルワンの丸太のような腕の間から手帳を徳長に差し出した。
「おい! 勝手な真似をするな!!」
徳長は左手で、その手帳を手に取る。そして霊力場を展開し、生徒手帳が緑色に光り出した。
「ぐ……くく……!!」
徳長の左手にくっきりと静脈が浮かび、顔からは脂汗が滴っていた。術を探り当てるため、いま出せる限りでの霊力を全て費やしているのだ。
〔円月剣風流鎌鼬術奥義――
通常の〔刺風獄〕は風術系の霊的結界を張り、結界に触れた生物に対して攻撃をする術だ。だが、この説明は実のところ正しくない。〔刺風獄〕の結界は、物質に対して反応するのではなく、霊力場に対して反応するのだ。展開・収束というものの、生物は皆、微弱な霊力場を常に放っている。その微弱な霊力場に反応して干渉するため、その力場の発信源である術師はダメージを受けるのである。
この仕組みを応用したのが、〔刺風獄・摘〕だ。結界の境界ではなく、結界のなかの霊力場に干渉して、それを摘出するのだ。
バチン!
ピンク色の火花がかすかに弾けて、結界の外へ消えていった。
「出た! 霊波動なのだ!!」
徳長は霊力場を収束させる。その途端に、ガクンと膝をついてしまった。
「徳長先生! ――ぐっ!」
賢治は駆け寄ろうとしたが、エルワンに押さえつけられて筋肉が悲鳴をあげた。
「はあ、はあ……。五、五星院さん……。直前に賢治くんと会ったなど、……さっきは、全く聞いていませんでしたよ……」
徳長は息絶え絶えに、真に詰問する。
「わざわざ言う必要がありますか? 目の前で生徒が手帳を落としたら、
真のその言葉に、賢治は耳を疑った。
「……理事長? どこの?」
「馬鹿な質問をするな。五色高以外のどこだというんだね」
「いやいやいや! 理事長の名前くらい知っていますよ! 下の名前までは憶えてないけど、校長と同じ『
狼狽える賢治。名前のことがなくとも、信じられるはずがなかった。術師界のトップエリートである魔導貴族の頂点に立つ五星院家の魔術師が汎人界の学校、それもはっきり言って大したことない地方の私立の理事長をやっているなどということが。
「五星院さん……。いえ、理事長の言っていることは、本当です。……五行とは、五星院家の
だが徳長が、賢治の疑問を払拭させる答えを教えてくれた。
「は、はんじんめい……?」
「境界企業の社員など、術師が汎人界で仕事を行うにあたって、術師界の戸籍と名前しか使えないのは、不便やトラブルが生じます。それを解決するために、術師界法で汎人界にもう一つの戸籍と名前を持つことが許されているのです。例えば、山吹家の汎人名は『
何ということだと、賢治は思った。自分が在籍する学校のトップが、対立勢力の代表と同一人物であるとは。
徳長が、以前に言っていたことが思い出された。
……地理的に術師界に近く、かつ多くの人が集まる場所というのは、術師界成立以前から関わりが深く、現代までもその影響が残っているところが多いのです。そういう場所には、カルト宗教や過激派などの反社会的な術師結社が潜伏し、諜報や破壊活動といった工作をすることがあります。そして五色高もそのような場所の一つなのです。新任教師などで、少し疑わしい人間が入ってくる度に、私は害のある存在かどうかを調べることにしているのです……
(……! ちょっと待てよ。五色高が五星院家の親族経営ってことは、創立したのも当然五星院家。これって、つまり……)
すると、賢治の脳内に電流が走り、「そういう、ことか」と思わず口に出してしまう。
「オレは五色高に潜伏している術師が、術師界への防波堤となっていると思っていたが……。そうじゃなくて、五色高自体が防衛拠点ってことなのか?」
そう言って賢治はハッ、と自分が口を滑らせたことを恥じた。
すると真は、口の端を歪めて「ご名答だよ、青梅賢治くん」こう答えた。
「フロンティアがこの世に現われたとき、必ず混乱が起こるものだ……。術師界とて、例外ではなかった。当時、汎人界の人民主義者たちと術師界の魔導人民主義者たちは汎人と術師の垣根を越えて、成立直後の混沌とした術師界に、反政府運動を波及させようとしたのだ。その兵隊を募るのには、まっさらな汎人の青少年たちを
真は一方的にしゃべり続ける。
「だが時代は下って、情況が変わった。同盟と連合が和平宣言をし、人民主義者たちも市民運動を中心としたソフト化路線に進むことになった。それで五色高は、連合の汎人界監視機関としてではなく、連合と同盟が協調しながら、術師界と汎人界の相互の世界が潜在的に与えている相互影響を監視する場となったのだ。そのためには、『ごく普通の地方にあるパッとしない私立学校』という体裁を取り続けるのは、同盟にも連合にも都合がいいんだよ。だが、ここまで素行の悪い生徒が多くなるのは想像できなかったし、この状況を改善するために同盟の事実上の代表まで入ってくるような状態になるとは、思いもしなかったけれどね」
「話が逸れてますよ、
徳長が、苦虫を噛み潰したような表情で言った。
「なんで、手帳に追跡術をかけて、私にウソをついたのかを訊いているんです」
「まず、ウソをついたことは謝ろう。そして、君たちに独断で動いたことも」
嘘がバレたというのに、真は泰然とした態度を一切崩さなかった。
「私はね、自前の情報網で事前にマガツが今日襲撃する可能性が高いことを掴んでいたんだ。そうなったら賢治くんが真っ先に狙われるだろうということも。だから私自ら、追跡術をかけたというわけだよ。あのときに嘘をついたのは、怪しまれて事態がこじれるのを避けたかったからさ」
「翔栄くんがここにいたのも、あなたが賢治くんの位置を教えたからですか?」
すると翔栄が「ちげーよ、馬鹿」と毒づいた。
「俺の任務はマガツの一人あたりの強さが想定以上だった場合、増援が来るまで援護に回るため、月輪山で待機することだった。ところが、松元に扮したテロリストのくそでかい力場を感じ取ったんでな。それで、独断でここに来たんだ」
「『自分たちの支配下に置くべく連行する』と言ったのは、どういう理由だ?」
「『連行する』って言っただけだ。『連合の支配下』云々は、そのガキの言葉であり妄想だ」
すると現世が、「『バレちゃあ仕方ねえ』とほくそ笑んだではないか!! あれは現世の言い分を認めたのと同じことなのだ!!」と反論した。
「本当なのか? 翔栄。そうであれば、たとえお前が言ってなくとも、思わせぶりな発言をして不要に挑発をしたということだ」
「チッ……。余りに身勝手な理由で公務を邪魔されたんでね。ちょっとからかってやったのさ。〔扉〕と〔鍵〕の力量がどのくらいのものか、知りたいと思ってね」
真は、あらん限りの渋面を浮かべた。
「手帳の金バッジを何だと思っている? お前には、『組織』の一員という重みをいま一度分からせないとダメなようだな……」
それからエルワンの方を向いて、こう告げる。
「ジロー=カバントゥ。徳長さんも一緒に、相州陰陽魔導病院へ」
「ちょっと待てよ。相模は遠すぎる。俺の指示でさっき、一番近い清丸町魔導病院を指定したからそこにしろ」
翔栄が言った。すると真は、唇を歪めて「そうだな」と言った。
「全員、清丸町魔導病院へ」
エルワンが「了解しました」と答え、きびきびと動く。
「五星院真さん。一つだけ伝えておきたいことがありますが、いいですか?」
「何かね?」
「今後は、私たちを出し抜くような行為は謹んでください」
徳長が、険しい表情で指摘する。
「情報共有しよう、といった矢先にこのようなことをされては、信頼しようがありません。我々の足の引っ張り合いで傷つくのは、子どもたちなんですよ?」
すると真は、「ああ。申し訳なかった」とと言いながら、背を向けた。
「さあ、こちらへ」
エルワンが徳長に言った。
魔導警察は陰陽保安士たちの指示に従い、非常線を維持するため散っていった。
森を出るまでの間、賢治と現世、徳長の三人は始終無言だった。
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