Report 11 憎悪を萌すもの(6)

「緒澤さんだって!?」


 賢治が驚愕の声をあげる。

 蔵人の隣に立っていた術師は、情報屋の緒澤平祐だったからだ。


「あのさあ……。俺が本気でこんな連中とつるむと思う? この格好も踏まえて、もう少し考えろよ。その単細胞の頭脳でさ」


 平祐はまだフードを目深に被って、黒いマスクをしたままだから、表情は読めない。だが声音からは、明らかな怒りが感じ取れた。

 ここでようやく、賢治はあることに合点がいった。

 この短時間でどうやって情報を収集し、徳長に伝えることができたのか。

 それは自分自身が、白銀衆の構成員として潜伏していたからだ。


「うるせえ、てめえの都合なんざ知るかッ!! 蝙蝠みてえにフラフラコソコソと棲家すみかを変えては人の秘密を嗅ぎ回りやがって!!」

「……余計なことをペラペラと。これ以上仕事の邪魔をするならその口、二度と開けないようにするぞ?」

「それはこっちの台詞だ。上と下の唇を縫合ほうごうしてやろうか、人類の悪性腫瘍め」


 険悪な雰囲気をまとう二人に、賢治は動揺して現世に訊いた。


「な……なあ。どうしちゃったんだ、あの二人?」

「おお、まだ知らぬのか。維弦先生と緒澤さんは昔からの知り合いだけど、会えば必ず殺し合いになる犬猿の仲なのだよ」

「……それ、犬猿の仲って表現で済むレベルじゃなくね?」


 硬直する維弦と平祐の二人に業を煮やした蔵人が「おい何してる! さっさとこのジンガイを片付けろ!!」と平祐に命令した。


 バキャッ!

 だが、それに対して平祐は裏拳で答えた。


「う……ぷ」


 蔵人は鼻血を噴き出して、その場に昏倒する。


「うるさいよ差別主義者レイシスト


 平祐は心底うんざりしたような顔で、維弦に近づく。


「あーあーあーあー。何か月も準備して潜り込んで色々探ってきたのに、これで全ッ部終わりだよ。どうしてくれるんだお前。責任取るためここで死んでくれる?」


 そう言って平祐は、何もないところに左手をかざした。

 すると、平祐がいつも愛用している飛行箒が突然現れたのだ。隠しヒドゥン・魔装イクウィップメントである。


「《シャドー・バヨネット:バリスティックタイプ》!」


 平祐が詠唱した。

 杖先ではなく持ち手のところに紫光の円陣が出現し、黒い影が取り巻いた。やがてそれは銃剣がついたライフルの形になって実体化し、平祐の右腕に絡みつく形で固着した。

 平祐はおもむろに飛行箒をまたぎ、そして急発進させる。飛行箒を使った銃剣突撃である。

 だが維弦はそれを難なくかわして、擦れ違いざまに鋭い爪で平祐の腹を引き裂こうとした。


「フンッ」


 だが、動きを予測していた平祐は銃剣の向きを変えて維弦の爪を弾いた。

 そして――

 ギガガガガガガッ。

 鋭い狼爪ろうそうと影の銃剣が、目にも止まらぬ何度もぶつかり合い、火花を散らした。平祐が距離をとるために飛行箒を上昇させようとするたびに、維弦が跳躍しては鋭い爪をふるって叩き落とそうとするため、タイミングをつかみ損ねていた。


「……う、嘘だろ。飛行箒に乗った相手に生身で、それも互角以上に戦えているぜ……」


 デモ隊の一人が、大口をあんぐりと開けてつぶやいた。

 他の連中も、おおよそ同じような反応だった。

 次元の違う戦いに、誰もが呆気にとられてその場を見届けていた。

 そして、それは賢治たちも同様であった。


「維弦先生には、隠し杖があるからねえ……。平祐さんも下手に動けないんだよね」

「いやいや、何ノンキに解説しているんだよイソマツ! あの二人止めようぜ! このままじゃ、施設がメチャクチャになるじゃねーか!」

「《側算》してみなよ。ウチらで止められると思う?」


 賢治は桐野に言われるまま「《側算》」と唱えた。

 ピピッ。

 維弦と平祐、それぞれの術師闘力値がマールボスの心眼鏡に表示される。


【羽山維弦】


  戦闘力 A(攻撃 A+ 体力 A+ 射程 A- 防御 A- 機動 A- 警戒 S)

  霊力 A 力場安定性 A- 教養 A- 技術 S 魅力 S 統率力 A


  総合評価 A級術師


【緒澤平祐】


  戦闘力 A+(攻撃 A 体力 A- 射程 A+ 防御 A- 機動 S《C》 警戒 S)

  霊力 A+ 力場安定性 A+ 教養 A+ 技術 S 魅力 A 統率力 A-


  総合評価 A+級術師


「す、すげえ……。A級とA+級の対決か」

「ちなみに『機動』の《》《かっこ》は、飛行箒に乗って修正される前の値なのだ」


 維弦の首から下げられた聴診器は導体になっている。それで何かを唱えられるのを恐れて、下手に平祐が《シャドー・バヨネット:バリスティックタイプ》を収束させようものなら、たちまち隙ができて爪の餌食になる。

 一見単純に見える力のぶつかり合いだったが、その背景には高度な読み合いが展開されていることが窺えた。

 ある時、平祐が何かを感じ取ったかのように校舎の方をちらりと見た。


「――!」


 平祐は銃の引き金を引いた。

 ドギュウウウウウン!!

 すると爆発的に霊力が脹れあがった影の銃剣が、維弦めがけて発射された。

 避けることはできそうにない維弦は、両手を打ち鳴らすようにして――


 バヅンッ!!


 ――白刃取りを行った。


Grrrrrrrrrグルルルルルルルルル!!!」


 だが霊力の銃剣の勢いは止まらず、維弦は身体ごと押された。校庭の地面に維弦の足が引き摺られる痕を豪快に残して、そのまま校舎へ激突した。


 賢治が「羽山先生!」と身を案じる声をあげた。


「……ッ! くそっ、手の皮がむけちまったぜ」


 維弦がつぶやいた。

 その手に握られている影の銃剣は、霊力を使い果たして霧散した。

 賢治は思わず、胸をなでおろした。


「ってオイ平祐!! どこ行くんだ、てめえッ!!」


 維弦が空を見上げて怒鳴った。

 平祐は大空のなかですでに、ティーバッグくらいのサイズになるほど高い高度を飛んでいた。


「まーいいか、もう仕上げっちゃ仕上げだから。だけど維弦、お前が邪魔したことには変わりないからな。きっちり絞ってもらえよ」


 そう、よく意味の分からない捨て台詞を吐いて消えていった。


「な、なんだかよく分からんが、人狼野郎は大分ダメージを食らったみたいだな」

「そ、そうよ! コイツらを何とかするのよ!」


 白銀衆の連中が正気を取り戻したように再び動き始めた。統率の取れない暴徒は、杖を滅茶苦茶に構えはじめては思い思いの呪文を詠唱をし始めた。


「! ――《再展開 Reopen》!!」


 危機を察した賢治は力場を再展開して、トリネコの杖をようやく再生した。

 しかしその時には既に、無数の光線が賢治目がけて飛んできていた。


「青梅!」

「賢治くん!」

「賢治!」

「クッ、賢治!」


 桐野、イソマツ、現世、維弦が一斉に動き出し、あるいは杖を構えた。

 だが、間に合いそうになかった。


(ダメだ、間に合わ――)


「『白紙のグラマティカ・魔導書タブラ・ラシス』!!」


 突然、賢治の足許に真っ白な頁だらけの本が降ってきた。

 ――カッ。

 本は白い光を放つと、バラバラに頁が解けた。そして、賢治に向かっていた光線や円陣ごと消滅した。

 賢治は以前、これに似た効果を持つ術を見たことがある。


 《レディ・タブラ・ラーサ Redi, "Tabula rasa"》


 それは射程内の力場を全て、強制的に収束させる呪文であり、対校試合のときに唐紅英流が唱えたものだった。今の魔導書は、この《レディ・タブラ・ラーサ Redi, "Tabula rasa"》を引き起こすことができる魔道具なのだろう。


「……間に合ったか!!」


 野太い声が響いた。

 賢治が振り向くと、そこにはピッチングフォームをしたままの五分刈りで目がやけに細い大男が立っていた。


「池田さん!?」


 それは、箕借神社で賢治たちとひと悶着をした魔導警察の刑事・池田正司いけだ しょうじ警部補であった。


「何だお前、何で俺の名を知って――あっ、てめえはこの間の赤毛のガキ!! それに羽山!! 何でてめえらがここにいるんだよ!?」


 イソマツと維弦の姿を確認するなり、池田が喚いた。


『円島魔導警察だ!! 全員杖を捨てて、手をあげなさい!!』


 直後、特大ボリュームのスピーカーが鳴り響いて校舎に反響した。

 賢治が周囲を見渡す。

 すると、そこには大変厳めしい光景が広がっていた。

 

 高さ三メートル弱ほどの大きさをした人型のロボットが何台も、学校の敷地を包囲していたのだ。胸の部分には、菊の上に五芒星の円陣という魔導警察のマークが設えられている。


「な、何だこれ……!」

「魔導警察の機動隊が所有する霊動鎧サイコ・アーマーなのだ。霊力によって動く、魔道具アーティファクツ兵器・ウェポンなのだよ」


 現世が賢治の疑問に答えた。


「魔導警察……、ずいぶんお早い到着だね」


 桐野が嫌味を少し込めてそう言うと、予想外の人物がそれに応えた。


「私が呼んだんですよ。いやに・・・重い腰を叩くのに、とっても骨が折れました」

「……! 涼二先生!?」


 いつの間にいたのか。

 賢治たちの目の前に、徳長涼二の姿があった。


「先生、一体どこにいたんですか」


 桐野がそう訊くと、徳長は右眉をピクリと動かした。

 そして、質問を質問で返した。


「それはこちらの台詞です。なんで皆さん、ここにいるんですか? 私、帰って大人しくしてろって言いましたよね?」


 その冷たい声を聴いた途端、賢治は心臓を氷の手でわしづかみにされたような気分になった。


「おい、徳長涼二。そのガキどもとアンタがどういう関係かは知らねえが、『同盟』の話ならあとにしてくれ。そいつらは参考人として、署まで来てもらう」


 池田が割り込んできた。


「この子たちは無関係ですから。……刺草いらくさ署長とは話を通してありますので、掛け合ってください」


 だが徳長は意に介さず、そう素っ気なく言った。

 その態度が池田の神経を逆なでにした。


「……政治屋風情がいい気になるなよ。いつまでも幅を効かせられると思ったら大間違いだぜ、このヤクザどもが」


 拳を固く握りしめ、肩をわなわなとふるわせて池田が毒づいた。

 彼は心の底から納得が行かない顔で、その場から去ろうとした。

 その途端、賢治の中にある感情が逸った。


(――お礼を言わなきゃ)


 賢治は、考えるよりも先に「あ、あのっ!」と声が口を突いて出た。

 池田が足を止める。


「……危ないところを、ありがとう、ございました」


 たどたどしく賢治はそう言った。


「――仕事でやっただけだ。礼を言われる筋合いはねえ」


 背中を向けたままそう言って、池田は向こうへと去っていった。


「皆さん、こっちへ来て。ここに来てから起こったことを、全て聞かせてもらいますよ。――あ、羽山さんは連行してくださって大丈夫です」


 徳長は、賢治たちを校舎の裏へとつれて行った。

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