Report 11 憎悪を萌すもの(5)

 複数のシナジーとリバースシナジーの合わせ技が、勝敗を決した。

 炎の竜巻の直撃を至近距離で食らったサイバネティック・シルフィードは、その場に倒れて霧散した。

 召喚主の蔵人は、真っ黒になった状態でデモ隊の方まで吹っ飛ばされたようだ。


「水術、地術、電術、理術、……そして生術と火術。ダンタリオン、君は一体何系統の呪文を唱えられるんだ?」

「全系統唱えられます。現代呪文だけじゃなく、伝統呪文も多少なら……」

「すごいのだ……。敵なしではないのか?」

「そんなこともありません。お二人ならわかるでしょう? 私は霊力が低く、攻撃力自体は大したことありません。ですからこうして、シナジーを積極的に狙うしかないのです」

「いやいや、その判断が即座にできることがすげーよ……」


 決着のつき肩の力が抜けて歓談する三人とは対照的に、白銀衆のデモ隊には重い沈黙がのしかかっていた。


「そ……。そんな、蔵人さんが負けるなんて……」

「あり得ねえ! どうしちまったんだよ蔵人さぁん!」

「てめえクソガキ! 汚ぇぞ!」


 そして現実を直視出来ない、ボキャブラリーが貧困な悲鳴が響き渡った。


¡Perfecto!ペルフェクト(さっすが!) 賢治くんたちの圧勝だ!!」

「ねえ。あの炎、現世に引火していたりしないよね?? ねえ? ねえ??」


 歓喜の声をあげるイソマツと、試合の結果よりも現世の無事を心配する桐野であった。


「さあ。約束通りここから立ち去ってもらおうか」


 賢治が蔵人にそう言った――次の瞬間であった。


「《サモン・ディポーテーション》!」


 どこからともなく、強制帰還の呪文が詠唱された。

 淡い桃色の光線がこっち目がけて飛んでくる。


「《アブラ――》」


 賢治は当然対応しようとした。

 だが中断した。

 若獅子隊の巨漢四人が、賢治と現世目がけショルダータックルをしかけてきたからだ。


(……ッ!! 《スタン・フラッシュ》!)


 賢治は咄嗟に短縮詠唱して、一人を気絶させた。

 だが、三人は間に合わない。

 迫る三つの肉の壁に潰される――


 カ゛ツ゛ン゛ッ!!


 激しい衝突音が鳴り響いた。

 現世が自分の角の角で一人の男の頭を強打して気絶させ、

 桐野が《スタン・フラッシュ》で一人の男を失神させ、

 イソマツが〔バクチク〕の火球でひるませたところをハイキックで昏倒させた。

 ダンタリオンは残念ながら強制帰還されてしまったが、済んでのところで何とか助かった――かのように思えた。


「ぐっ!! 離せ!! はーなーせーッ!!」


 四人の巨漢の後ろから出てきた若獅子隊の術師が、現世をその丸太のように太い左腕で捕らえていた。


「現世ッ!!!!!」


 桐野が、瞳孔をカッと開いて喉が裂けんばかりの大音声をあげる。

 そして、静脈が浮き立った手で杖を握りしめて現世を捕らえている男へと向けた。


「ぐッ……!!」


 だが男が右手に握る杖を現世に向けているのを確認するや否や、彼女はそこで硬直した。そして、ギリギリと歯噛みをする。


「グップフフ……」


 不快な笑い声がした方向へ、賢治は振り向く。

 すると、へらへらとほくそ笑む蔵人の姿があった。

 ブチンッ。

 賢治の中で完全に、何かがキレた。


「て゛め゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!」


 賢治は蔵人に杖を向けた。


「《ワンド・ブレイク》!!」


 新たに出てきた若獅子隊の一人が、賢治に向けて詠唱した。

 対象の術師一人の持つ杖を破壊する呪文だ。勁路負担率50。


「おっと、対応するなよ!! このガキがどうなってもいいのか!!」

「……ッ゛ッ゛ッ゛!!!!」


 顔中に血管を浮き出させて憤怒する賢治は、すんでのところで行動を止めた。

 バキャッ!

 《ワンド・ブレイク》が通り、賢治の杖が破壊された。


「これはどういう了見なのだ!! 約束が違うではないか!!」

「ケッ! あんなのはただの事故だ!! こんな勝負は無効だ!!」


 激怒する現世に対して、蔵人は傲然ごうぜんと居直った。


「あんな火災旋風巻き起こして、校舎まで燃え移ったらどうする気だ? そういうところまで考えが回らなかったのか?」


 何の罪もない生徒が生活をしている日中の学校に、塀を破壊して侵入しようとしていた人間が何を言っているのか。どうしようもない開き直りである。


「いいぞ、蔵人さん!」

「蔵人さんその通りよ! こんなクソガキ論破しちゃって!」

「憂国の戦士に盾突いた罰だ!! 砂にしちゃってくだせえ!」

「げっへへへ!! くたばりやがれ、ジンガイに味方する売国奴め!!」


 デモ隊は、一層醜悪さを増した歓声をあげた。


「¡Quéケ・ gilipollasesヒリポシャセス・ deデ・ mierdaミエルダ......!(このゴミクソ野郎ども……)」


 イソマツが、あらん限りの冷酷な声音でつぶやいた。

 すると賢治の、猛烈な熱に襲われていた頭が急激に冷えた。

 全てを唐突に悟ったからだ。


(……そうか。これが「政治」なんだ)

 

 衆愚は、鬱屈とした現状に立ち向かうヒーローを期待している。

 その手段と目的が明らかに間違ったものであったとしても、そんなものは・・・・・・どうでもいい・・・・・・のだ。


 自分たちさえ気持ちよくさえなれれば、それでいい。

 自分たちさえ生き残れれば、それでいい。


 そういった存在への本能を実現する構造が、「政治」なのだ。


 政治は全てを呑み込む泥流であり、この流れに個々の存在は融け合ってしまっている。それは蔵人さえも例外ではなく、彼は流体運動の作用点に過ぎない。

 ここではもはや、言葉は全て無益であり、最も不純で純粋な「力」の現象があるのみなのだ。

 したがって、言葉による取り決めで行われる決闘などは、もはやただの茶番と化すというわけである。


(……だったら、自分にできることはただ一つ。


 こちらも「力」で、この吐き気を催す「力」の集合体をせき止めるしかない。

 

 白銀衆の連中が、オレたちを「人間」だと思っていないのと同じように――オレもコイツらを「人間」だとは最早思わない)


 そんなふうに考えると賢治は、不思議と頭がスッキリとした。

 相手が人でないならば、「なんでこんなひどいことを言うんだ」とか、「なんでこんなひどいことができるんだ」とか迷い悩む必要がなくなったからだ。

 暴力への恐怖と躊躇ちゅうちょが、全て消え失せた。


(ためらうことはない。目の前で暴れているのは「人間」ではなく、ただの「有害物質」だ。――ただ、今はこいつらを排除することだけ考えろ)

 

 そう思った賢治は、周囲を見渡した。

 賢治たちを取り囲む若獅子隊の屈強な術師たち。

 その隙間から――普通の人に見えるデモ隊が見えた。

 そこには、ベビーカーを押す若い女性や杖を突いた老人が見えた。

 賢治は条件反射的に思った。


(狙うなら――あそこだ)


 それから恐ろしく冷えた声で「イソマツ、堺」と呼びかける。


「あのじいさんに向けて攻撃だ。活路を開いてくれ」


 すると、桐野は目を見開いた。

 賢治から、こんな冷酷な判断が告げられるとは思わなかったのだろう。


「青梅……!」


 桐野が一層の渋面を浮かべて躊躇する。

 犯罪行為に加担しているとはいえ非戦闘員、それも一般的に社会的弱者とされる杖を突いた高齢者に暴力を振るうことに抵抗を感じるのは当然のことだ。


「……ダメだ。危険すぎる。動いた瞬間に現世がやられかねない」

「でも現世を助けるにはそれしかない。それとも怖いのか? 人を傷つけるのが」

「馬鹿! 頭を冷やせ!」


 桐野は思わず声が大きくなり、白銀衆の連中に聞かれたんじゃないかと目をキョロキョロさせる。


「……どうしたんだよ一体、アンタらしくないぞ」

「先にしかけたのはアイツらだ。ここにいるのもアイツら自身の意志だ。相手が誰だろうと、オレたちとこの校舎の中の人たちにとっては関係ない。もうオレは、コイツらを人とは思っていない」

「――賢治くん。『人を殺す覚悟をすること』と、『人殺しと同じ土俵に立つ』ことは違うよ」


 そう割り込んできたのは、イソマツだった。


「! ……イソマツ」


 賢治はイソマツを見る。


「キリちゃんの言うとおり、少し『Tranquilízateトランキリザーテ(頭を冷やす)』しようか……」


 その目は、いつものルーズで気さくな友人のそれではなかった。

 冷徹でいながらも、何かを諭すような視線……それは歴戦の兵士が、若年兵を叱咤するような雰囲気があった。


「ぐっ……。すまぬ、みんな……!!」


 現世は、極めて悔しそうな声をこぼす。

 自分はいいから構わずこいつらを懲らしめろ――そう言えない自分の立場を、心の底からいとうような彼女の心情が込められていた。


「さあて、どうしてくれようか。まずはオレに恥をかかせたメガネのオスガキ!! てめえから恥を掻いてもらうぜ!! グップフフフフ!!!」


 蔵人が下卑た笑いをあげた次の瞬間、それ・・は起こった。


「Wooooooooo――」


 狼の遠吠えのような声とともに、若獅子隊の術師たちが宙に舞った。

 あるものはズタズタに引き裂かれ、あるものは殴打の痕をつけ――頑強な体躯たいくの男たちが、つむじ風に吹かれる葉っぱのように吹っ飛んだ。

 そのうちの一人に現世を捕らえていた男が含まれていた。


「……! 今だ、現世!!」


 賢治が叫んだ。

 現世は賢治の声に呼応するように動き、賢治の許へと飛び戻った。

 次々と落下する男たち。

 死屍累々の若獅子隊の中心に、誰か立っていた。

 賢治は目を凝らして、その姿を確かめる。

 

(――羽山先生!?)


「病院であれだけお灸を据えてやったのに、まだ懲りてねえのか……あぁん!!?」


 そこには、額に静脈を浮かばせながら鋭い爪を伸長させた羽山維弦の姿があった。


「て、てめえは!! 何でここに居やがるんだ!!」


 狼狽した声で、蔵人が叫んだ。


「屋上で煙草吸っていたら、遠くで煙が上がるのが見えてな……。学校医として見過ごすわけにゃいかねえって来たわけだが、やっぱりてめえらか。――どうやらそんなに、この俺の治療を受けてえみてえだなオイ」

「か、風由の敵討ちだ!! このジンガイをぶっ殺せ――ッ!!」


 蔵人の指示に従って黒ジャケットの巨漢十数人が、杖部隊と格闘部隊に別れて維弦に一斉攻撃をしかける。

 無数の火の玉が着弾し、霊力の鎖や植物のつるが維弦を拘束した。


「うおおおおおおッ!!」


 ブチブチブチンッ。

 だが維弦はそれらをものともせず、あらゆる生成物を引き千切りながら突進した。


「ば、化け物――」

「〔狼爪旋風斬〕ッ!!」

「「「ぎゃああああッ!!!」」」


 そして先ほどと全く同じように、若獅子隊の術師たちは宙を舞った。


「てめーらは、ちょっとやそっとの問診じゃすまさねーぞ……。こっちゃあ、二徹で気が立ってんだ。頭のてっぺんから足の爪の先までキッチリ診てやるから気合入れろよ」


 怒り狂うを維弦の姿を見て、やや緊張感のとれた様子で桐野とイソマツがつぶやく。


「何か……。すごく腹を立てているねえ」

「さっき、清丸町病院に殴り込みに来たのをつまみ出したって緒澤さんが言っていたからね」


 賢治もすっかり毒気を抜かれてしまい、ことの成り行きを傍観してしまっていた。


「さて、廣銀蔵人……。てめえは一番キッツイ施術をしなくちゃいけねえが、心の準備はOKか? 言っとくけど麻酔はねえぞ」


 瞬く間にノックアウトされた若獅子隊の術師たちが死屍累々と並ぶ道を、維弦は一歩一歩蔵人ににじり寄りながら言った。


「ひ、ひ、ひいいいッ!! だ、誰かこのジンガイを止めろオオオオッ!!」


 怯えきった蔵人が、焼き焦げて使い物にならなくなった杖を振り回しながら喚いた。

 距離を十分取れたと確信した維弦が、地面に膝をつく蔵人の、その膝目がけて一気に駆け出した。

 それはプロレスのシャイニング・ウィザード――冥狼ガルムズ闘技法カンプフクンストでは、〔冥狼猛蹴閃めいろうもうしゅうせん〕と呼ばれる技の構えだった。

 維弦の左足が、蔵人の右膝に乗る。

 そして維弦の右膝がモーメントを利かせて蔵人のこめかみに突き刺さる――その直前での出来事だった。


「《グラヴィティ・リパルシヴサークル》」


 蔵人のかたわらに立っていた、パーカーのフードを目深に被って黒いマスクをした痩身そうしんの男が、杖を懐から出して唱えた。

 すると、蔵人の側頭部と維弦の右膝の間に紫色の円陣が出現した。円陣の中央に維弦の右膝が命中すると同時に、その周囲の空間が円盤状に歪んだ。

 そして、維弦の身体の回転が反時計回りから時計回りへと跳ね返された。


「くっ――!」


 ザシィ!!

 維弦はとっさに地面へと飛び降り、逆方向へと半回転して止まった。

 《グラヴィティ・リパルシブルサークル》の円陣は重力霊波動の霊力場が展開されており、加えられる力に反発する斥力が働いている。それによって、維弦は跳ね返されたのだ。

 紫の円陣がスウッと消える。


「……何ッで」


 維弦の眉間の皺がグッと深くなる。

 それは、攻撃を妨害されたからではなかった。

 そして思いもよらない名前を、腹の底から絶叫した。


「何でてめえがここにいるんだ、緒澤平祐――ッツ!!」

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