Extra Report 2 Lovableな奴ら(3)

「さっきから、ごちゃごちゃとうるせえぞ!! そっちが来ねえなら、こっちから行くぞ!!」


 辛抱を切らした武が、光の剣を振りかぶって賢治たちに向かってきた。


「わっ、何だこの男は!」


 だがゼパルは、主人の身の安全など全く気に留めることなくサッと避けた。


「《オーバーグロウン・グレイトヴァイン》!」


 桐野が唱える。

 アスファルトを突き破って、十本前後の蔓が武を縛り上げようとした。


「ハッ、ヒッ、フッ、ヘッ、ホオッ!!」


 だが光の剣が、向かって来る蔓を次々と切り落とす。


「《オイリィ・ヘルズ》!」

「¡Heyエイ!」


 切り落とされた蔓から、油がにじみ出る。そこへイソマツの〔バクチク〕の火球が飛んできた。

 武は「おっと!」と言って、後方へ飛び退いて炎から身を逃れる。

 礼央が「キャー、武かっこいー!」と黄色い声をあげる。


「青梅! さっさとゼパルを帰還させな!」


 桐野が言った。


(あの後調べて分かったゼパルの超能力はたしか……)


 だが、その声は考え込んでいる賢治に届いていなかった。


「賢治、おぬしもしかして……」


 現世はどうやら、賢治の狙いが読めたようだ。


「ああ、そうだ。――ゼパル! お前、あの二人のカップルを見てどう思う!?」


 急に名前を呼ばれたゼパルは「ああ?」と不機嫌そうな声をあげた。


「フン……。そうだな、容姿に違わず関係も・・・なかなかに醜いね」


 その声が聴こえた武は、ゼパルに食ってかかる。


「何だとコラ! てめ何つったああ!?」

「大声を上げるな。耳障りだ。お前の口臭で鼻が曲がる……。そんな甲斐性で、よく二人も・・・女を持てたものだ」


 ゼパルがそう言うなり、その場にいた人間全員が凍りついた。


「……武、どういうこと?」


 さっきまで喜色満面だった礼央が、一気に強張った顔になって武へ詰め寄る。


「な、何マジんなってんだよ。あんなクソ召喚精霊、パチこいてんにきまってんじゃねーか!」

「なるほど、今日は片方の女には『兄貴のお見舞い言って来る』って嘘ついてんのか。その女には『オジキに呼び出しくらった』って言ったり、ワンパターンだな。そのうち女たちだけじゃなくて、親分や兄貴分にバレてとっちめられるぞ」

「て、てめえなんでそれを……ハッ!」

「フーン、アンタの言う『呼び出し』ってのは浮気の密会だったんだー。フーン、フーン、フーン……死ねバーカ!!!」


 パーン。

 礼央が武の頬を思い切り引っぱたく気持ちの良い音が響き渡った。

 その成り行きを、桐野とイソマツはポカーンとした顔つきで見届けていた。


「これが、ゼパルの超能力……〔鉛の恋路リードゥン・ロマンス Leaden Romance〕!」


 賢治が言った。

 イソマツが「何だいそれ?」と訊く。


「この間の召喚は短すぎて、ロクにどういうヤツなのかもわからなかったからな。あとで現世と一緒に調べたんだ。すると、この超能力を持っていることがわかったんだ。〔鉛の恋路〕の効果は、対象の術師の恋愛関係における『秘密を暴露する力』と、『悪感情を増幅させる力』の二種類がある。その力場をゼパルは今、展開したというわけさ」

「な、なんてこすっからい能力を持った召喚精霊なんだよ……」


 桐野が呆れて言った。


「そうか? 洋の東西を問わず、昔から魔術は自分の欲望を叶えたり、他人の邪魔をしたりするために使われてきたろ? むしろ、ゼパルのような能力はよく使われたんじゃないかな」


 この賢治の見識は正しい。

 一部の真面目な求道家を除いて、民間で頒布はんぷされていた魔導書というものは大抵の場合、『お金持ちになりたい』だの『異性にモテたい』だのといった、極めて低俗な現世利益の目的で使われた。身もフタも言い方をすると、自分は「勝ちまくり! モテまくり!」で、他人は「負けまくり! フラレまくり!」となることを願うのが、魔導書の主たる役割だったのである。


「こ、この野郎ーッ!! ぶっ殺してやるッ!!」


 ブチ切れた武が、光の剣を振り回しながらゼパルの方へ向かって来る。怒りで冷静な判断が取れなくなっているようだ。

 さっきまでの余裕はどこへやら、ゼパルは「ひいっ!!」と情けない悲鳴を上げて逃げ回る。

 こうなったらゼパルの仕事はもうない。お役御免である。


「《帰還》!」


 賢治はゼパルを戻した。


「堺、イソマツ! オレの後ろへ! ――《鈍牛総裁モラクス、召喚》!」


 賢治の目の前に、白く光り輝く召喚陣が浮かび上がる。

 そこに、体長7メートルはくだらない巨大な緑色の牡牛が地響きを立てて出現した。それは、ちょうど道を塞ぐほどの大きさだった。


「ぐっ――邪魔だこのクソ牛!! ハッ、ヒッ、フッ、ヘッ、ホオッ!!」


 武は珍妙な掛け声を挙げながら、滅茶苦茶に光の剣でモラクスに切りつける。

 だが、モラクスはビクともしなかった。

 

「く、くそったれ!! これでも起きねえかッ!!」


 光の剣が、モラクスの眉間を突いた。

 ――ピクッ。

 すると、何とモラクスが目を開けたのだ。


「はあ、はあっ……。やっと目覚めたその眠そうな目、永遠に使えねえよーにしてやるよ!!」


 武が光の剣でモラクスの眼球を抉ろうとした――そのときだった。


 ぶもおおおお――ッ。


 狭い道にものすごい雄叫びが響き渡った。

 モラクスが、怒ったのである。


「い!? い、い、いいいいいッ!!?」


 モラクスは巨大な体躯たいくを勢いよく持ち上げて、前足で武を踏みつぶそうとした。


「まずいのだ賢治!」

「モラクス、《帰還》!!」


 賢治と現世は、慌ててモラクスに指示呪文を唱える。

 ピタッ。

 武の鼻先でモラクスの前足が止まる。

 モラクスの足許に、召喚陣が展開される。そして、煙となって陣ごと消えた。


「……ふう。さすがに、あれの直撃を食らったら骨の一本や二本じゃすまなかっただろ」


 モラクスが消えた後には、腰を抜かしてその場に倒れ込んだ武の姿があった。


「さあ、帰るのだよ」


 現世が言った。

 賢治が「ああ」と応えた。


「いや~、モラクスには驚いたね。あんなに寝起きが悪いんだ!」

「まるでカ○ゴンだな。こないだは起きなくてよかった……」


 イソマツと桐野が言った。


「ああ。だからゼパルもモラクスも、力を発揮できる時と状況があるってことなんだ。アイツらが使えないんじゃない。アイツらの力を発揮できるようにしてあげるのが召喚術師サマナーの役目なんだよ。なあ、現世?」

「うむ! その通りなのだ! また一歩学んだな賢治!」

「……いや、待てよ」

「賢治?」

「――まだ、本当の力を引き出してやれなかったヤツがいる」




   ★


 翌日。

 賢治たちは、いつもの練習場に集まっていた。

 そして、どのようにムルムルの超能力を有効活用するかを考えていた。


「といっても、本人は喋れないんじゃねえ……」

「グリフィンの言葉を翻訳するような呪文はないのかの?」

「あったとしても、オレのレベルじゃ習得できねーよ」


 イソマツ、現世と賢治が頭を悩ませていると桐野が口を挿む。


「あのさ、そもそも『喚起かんき』ってできないの?」


 賢治が「喚起……?」と首をひねる。


「はあ……。アンタ、呪文学で習ったでしょ。外部に直接精霊を呼び出す『召喚』と対になる召喚魔術で、自らの内部に精霊を引き込むんだよ。『憑依ひょうい』の一種だね」

「ひょ、ひょうい? オレの身体に?」


 賢治は「憑依」という言葉にやや狼狽えた。


「そう。そうすれば、青梅に憑依したムルムルが、霊障に憑依されることになる。現実の憑代はアンタなんだから、それで喋れるようになるでしょ」

「……なるほど! それは試してみる価値があるな! ――現世」

「うむ……、少し調べてみるのだ」


 本の中の現世が、頭を手を当てて考え込むようなしぐさをする。ゲーティアの中身に意識を働かせ、探っているのだ。


「むむっ! これは!」


 そして2分ほど経過して、声をあげた。


「どうした現世!?」

「賢治! ムルムルの肖像の下を見るのだ!」


 表示されている精霊のイラストの下には、「Chant "Exvocation"」という英文が表示されているはずだった。

 けれども今は、違う一文が記載されていたのだ。


 Choose "Exvocation" or "Invocation" ?(「召喚」か「喚起」か、選べ)


「インヴォケーション……?」


 桐野が「それが、『喚起 Invocation』だよ」と言った。


「しかし、何故急にできるようになったんだ……?」

「それは麻枝との戦いで、共鳴のレベルが上がって召喚できる精霊が増えるようになったときではありませんか?」


 竹林の中から戻ってきた徳長が言った。

 その両手には、この間の市松人形のケースが抱かれていた。


「なるほど……! もしかしたらこの『ゲーティア』は共鳴のレベルが上がると、召喚可能な精霊が増えるだけじゃなく、新しい機能・・・・・も搭載されていくのかもしれない……!」


 賢治が仮説を唱える。


「いずれにしても、今は喚起ができるということなのだ! 早速やってみるのだよ!」


 だが賢治は、未だに躊躇ちゅうちょしていた。

 自分の中に別の存在が入り込んでくる。

 抵抗があるのは当然だ。


「大丈夫ですよ賢治くん。もし何か問題が起こったら、私がすぐに対応しますから」

「先生……」


 その徳長の言葉に背中を押されて、賢治は意を決して杖を構えた。


「《霊媒伯爵ムルムル――喚起インヴォケーション》!」


 賢治の足許にいつもの円陣が出現する。

 しかし前方の円陣は賢治の目の前ではなく――真上に出現した。


(これが……喚起! オレに降りてくるということか……!)


 頭の中が、急に霧がかったように感ぜられた。

 子どものグリフィンが、頭の奥からやってくる。

 やがて五感が全て閉ざされ――真っ白になった。


 ……

 …………

 ………………


(なんだろう、このぼやぼや……)


 真っ白の光から、ぼやけた景色が広がった。

 そして(これ、邪魔だな)と、おもむろにメガネを外して捨てた。


(……やっぱり、なんだかよく分からない)


 だが目に見えるものが何なのかは、ぼやけが解消されてもいま一つピンと来なかった。

 ここがどこなのか。

 自分を見ている彼らは誰なのか。

 その全てを自分は知っているはずだ。

 けれどもどうにも記憶がぼんやりとしてしまい、それが何なのかが頭の中で言葉にならないのだ。

 ただわかることは、自分を見ている赤毛の男の子も栗色の髪の女の子も、本の中にいる女の子も、和装をした男性もみんな、賢治を見て驚いた顔をしているということだけだ。


(何か話しかけようとしても、言葉にならないや……)


 男性が杖を取り出した。

 そして何事が唱えると、大きな水の鏡が空中に出現した。 


 そこには、鳥のような鉤爪とくちばしを持ち、小さな翼を背中に生やした賢治の姿があった。


 それは、いつもの賢治とはかけ離れた姿だったのだが、賢治は何故か(ああ、自分だ)とはっきりと認識できた。


「******!」


 男性は鏡を消し去り、人形の入ったケースに杖を向けた。

 そして杖の先が光った。

 その瞬間、賢治には宙に浮かぶそれ・・が見えた。


 人形から、人形と同じような容姿をした黒髪の少女が。


 彼女は、口をぱくぱくとさせる。

 けれども、何を言っているのかがわからない。

 だから、賢治は――自分が彼女の口になることになった。


(……〔幽霊の口寄せ〕)


 少女がこっちへ、吸い寄せられるように近づいてくる。

 そして、視界は暗転した。


 ――怨みがましくその顔を見せるんじゃないよ! やたら早く伸びる髪の毛が気持ち悪いったらありゃしない!


 ――全く、だんな様は何であんな鬼の遊女との間に子どもなんてこさえるかねえ。


 ――人じゃないんだから、いっそひっそりと……。


 ――早まるんじゃないよ。人じゃないにしても、見た目は人なんだ。見つかったらコトだよ。


 ――お前はずっとその地下で大人しくしているんだ。奥様の言いつけだからね。私を恨むんじゃないよ。


 憎悪が込められた醜い顔が、次々と浮かんでは消えていく。

 胸がむかむかとする。

 頭がぐるぐるとまわる。


 ――いやだ。


 厭だ厭だ。


 厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ。厭だ厭だ――


「落ち着いて」


 ぴしゃり。

 と、頬を打たれたかのような錯覚を覚える。

 男性の凛とした声によって、賢治の乱れた心は平静へと戻された。それは、吹き荒れる風が一瞬で凪いだようだった。


「ここにはあなたを責める者も、閉じ込めようとする者もいません」


 心が落ち着くと、もう一つ驚くべきことに賢治は気づいた。

 ムルムルに乗っ取られたことによりさっきまで理解できなかった彼らの言葉が、憑依した少女の霊障物を介することにより理解できるようになっているのだ。


「この先もずっと、あなたを苦しめるものはもう現われません」


 男性が説得を続ける。

 不思議なことだが、男性が言葉をかけるたびに、賢治の心のなかの蟠りが解けていくように感ぜられたのだ。


「お行きなさい。あなたを愛する人の、待つところへ……」


 男性がそう言うと、周囲が光に包まれた。

 何も見えない。

 すると、煙が立つように人の影が立ちのぼった。

 それは、足首まで届くような長い髪を棚引かせている和服の女性だった。

 その目は金色に妖しく光っていた。

 けれども恐ろしい印象はなく、どこか懐かしささえ感ぜられた。

 女性が笑う。

 温かな笑顔が、長い苦しみから自分を解放し、全てを受け入れてくれる。

 胸が温まり、目頭が熱くなった。


 ――ふわっ。


 賢治の中から、少女のシルエットが浮かび上がった。

 人形に憑りついていた霊障物が、賢治から遊離したのだ。

 全てが暗転する――


「《***・*********》!」


 さっきの男性の声が、響き渡った

 闇を、淡い桃色の光が引き裂く。


 ………………

 …………

 ……


「……治!、……賢治!」


 不意に呼ぶ声がして、賢治は我に帰った。


「現世……?」

「おお、ようやく正気に戻ったか!」


 賢治は頭がぼんやりしていて、何がどうなったのかよくわからなかった。


「オレは一体……ハッ! そうだ、ムルムルは! あの人形の霊は!? というよりオレ、変な姿になってなかった!?」

「落ち着きなさい、賢治くん」


 徳長が言った。


「喚起している間は人鷲獅子ウェアグリフォンになりましたが、もう戻りましたよ。ほら」


 徳長が杖の先に、水鏡を生成した。

 鏡に映る賢治は、喚起していたときに見たグリフォンと人が合体したような姿ではなく、いつもの人間の身体に戻っていた。


「ムルムルなら私が《サモン・ディポーテーション》で帰還させました。人形に憑いていた霊障物は消滅致しました。仏教系伝統魔術で言うところの、『成仏』です」


 徳長が言った。


「成仏……。ああ、そうだ先生。オレ見たんです。あの幽霊の過去と、彼女が彼岸に旅立つをところを……」


 ムルムルを介して体験した、人形に憑りついた少女の記憶と意識。

 それは賢治の心を、ぎゅっと締め付けるようなものだった。


「あの子の母親は……亜人だったのですね」


 霊障物を作り出した少女の記憶から生み出された幻像のなかに、面妖な和服の美女がいた。

 賢治は、それを少女の母親と理解した。


「そうですね。あの女性は、恐らく『毛倡妓けじょうろう』でしょう」

「けじょうろう?」

「日本に古くからいる亜人の一種で、すぐに生える長い黒髪が特徴とされています。人によっては、黒髪から異性を惹きつける匂いを放つことができる超能力を持っていおりまして、その能力を活かすために遊郭ゆうかくなどでヒトに紛れて働いていたこともあったそうです」

「活かすって……、それって体の良い搾取じゃないんですか」

「その通りです。当時にこんな言葉はありませんが、エンパワーメントに見せかけた搾取といえるでしょう。そういう時代だった……で済ませてはいけない、現代でも通じる重大な人権問題です」


 賢治は複雑な気持ちになった。

 見た目や能力など、生まれ持った特性を以って自己実現と社会参加の両立を果たすことは、本人にとっても社会にとっても望ましいことである。けれども実際は、その特性に対して偏見を持たれるか、あるいは利用されて搾り取られることに始終してしまうことが往々にしてある。

 このような問題は、どのような世界でも起こり得ることで、現在でも引き続いてるのだ。

 今回の稀有な経験を通じて賢治は、このことを一層強く意識し直すことだろう。


「……しっかし」


 しんみりした表情を歪めて、賢治は片方の口の端をあげる。


「オレ、喚起も憑依も今日が初めてですよ? それなのに両方一度に経験するって……しんどいッ!!」


 今になってどっと疲れが出た賢治が、そう零した。

 全身が強烈にだるく、高熱が一気に下がったような虚脱感がすごい。

 しかし徳長はしれっと、


「まあ、相当負担がかかるに決まっていますよ。召喚精霊に霊障物の両方を身体に入れるんですから」


と受け流した。


「だったら止めてくださいよ!」

「ムルムルの力を引き出したいと言ったのは、あなたじゃないですか。だから黙っていたのです」


 それから「あなたを信じていたんです。決して、早くこの人形の謎を解き明かしたいから、とかじゃありませんから」と付け加えた。


 だが、賢治は疑わしく思った。


「この人、ナチュラルに鬼畜なところが結構あるから」


 そっと桐野が耳打ちをした。


「さて。それではまだ今日は一体しか召喚しませんが、次は何を召喚しますか?」


 徳長に言われ、賢治はこう答えた。


「ザガンを召喚してみたいと思います。前回、オレはアイツの潜在能力を引き出せなかったように思います」 


 すると「本当に大丈夫か」と、イソマツと桐野が怪訝な顔をした。


「賢治くーん、何かアイディアはあるのかい?」

「いや。オレは錬金術のことはさっぱりだし、正直言って無策だ」

「ちょっとちょっと、またイタズラされるのは冗談じゃないよ」

「大丈夫。アイツはゲーティアの精霊のなかでも知性が高く、話せばわかるやつだと思う。だからアイツと話し合って、アイツ自身に『どうしたいのか』を聞き出して、能力を活かす方向性を決めようと思うんだ」


 現世が「おお賢治! それは、召喚精霊との絆を深める良い考えだと思うのだ!」と言った。


「そうと決まれば現世、早速召喚するぞ!」


 ……

 …………

 ………………


「ニャハハハ!! どーだどーだ! ザガン様の『ワキガ錬金術』は!!」


 ザガンが描いた錬金術の円陣から、茶色の煙が絶え間なく吹きだしている。辺り一面には、酸っぱさと生臭さと油っぽさが混じった臭いが立ち込めた。

 どこから持ってきたのかガスマスクで完全防備をするイソマツは我関せずの表情を浮かべ、桐野は憤怒の表情でザガンを追い回す。

 現世はその光景を、後悔の渋面を浮かべながら眺めている。


「あの……徳長先生……」


 気まずそうに懇願するように、賢治は徳長に話しかける。


「あなたが召喚するって決めたのでしょう。自分たちで何とかしなさい」


 落胆と苛立ちに包まれる賢治たちとは正反対に、ザガンは実に楽しそうに走り回っていた。


「うーん、やっぱオレ様って天衣無縫てんいむほう!」


――(了)

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