Extra Report 2 Lovableな奴ら(1)

 中間テストが終わって、昼に下校した水曜日のことである。

 賢治はいつもの練習場で、召喚呪文の練習をしていた。


「《魔工総裁まこうそうさいマールボス――召喚エクスヴォケーション!!》」


 魔装した賢治が唱える。

 賢治の足許に、ひし形とそれを囲む四つの六芒星、それを閉じ込める正円の周りを四つの五芒星で取り囲んだ円陣が浮かび上がる。そしてその前には、三角の中に円が描かれた円陣が浮かぶ。

 前方の円陣から、カチャカチャという機械音を立てながら人型の召喚精霊と作業台が出現した。

 召喚精霊は、ライオンのたてがみのような蓬髪の老人だった。上はダブレット。下は現代のニッカポッカの原型となったブリーチェス。その上にエプロンを着用しているという、近世西洋の職人じみた格好をしている。

 作業台には様々な工具が散らばっており、フェルトの収納ボックスには無数のレンズが収められていた。


【5. 魔工総裁マールボス President of Arts and Crafts, Marbas】

 戦闘力 D(攻撃 D 体力 B 射程 D 防御 E 機動 D 警戒 D)

 霊力 A- 力場安定性 A- 教養 B 技術 A+ 崇高 B 美 C 忠誠心 B 使役難易度 III


「こんにちは、ご主人。何をお作りしますか?」


 しわがれた声でマールボスが言った。

 賢治は眼鏡をスッと取って、マールボスに差し出す。


「この眼鏡を、妖力で〔隠形〕されても見えるようにして欲しい」


 そう言うとマールボスは、賢治の眼鏡を「承知しました」と応えて受け取った。


 賢治はこの間のヤマチチ・キメラとの戦いで、妖力による〔隠形〕の恐ろしさというものを嫌というほど体感した。そこで何か対策がないかと現世と話し合っていたら、「それでは、この者はどうなのだ?」とアイディアを提案された。

 新たに召喚できるようになった召喚精霊の中に、マールボスというものがいた。

 この召喚精霊は冶金や鍛治の召喚精霊であり、賢治の眼鏡を〔隠形〕の見える魔道具に改造できるのではないか。そう現世は考えたのだ。

 そして、どうやらその予見は正しかったようだ。


 コォォォォ――カコンカコンカコン。

 マールボスは、作業台の上や引き出しにある様々な工具を取り出し、恐るべき早さで賢治の眼鏡に手を入れていく。


「できましたぞ」

「早ッ!」


 渡してから5分も経たないうちに眼鏡を返されたため、賢治は思わず口に出してしまった。

 手に取ってみた眼鏡は、渡す前と全く変わってなかった。

 おもむろに装着する。つるやブリッジに違和感はない。


「ご主人。これをご覧くだされ」


 マールボスはそう言って、紫色に光る蝶の入った小瓶のふたを開けた。

 蝶が、ひらひらとマールボスの周囲を回り続けた。


「これが、はっきりと見えますか」

「……ああ。ばっちり見える! 他のみんなはどうだ?」


 賢治は、現世たちに訊く。


「現世には、あれが見えたり・・・・見えなかったり・・・・・・・するぞ」と、現世。

「たまに消える時がある……」と、桐野。

「見えるときと見えにくいときがあるね~」と、磯松。


 裸眼の三人の反応を聞いて、賢治はこの眼鏡の機能が確かなものであることを確信した。


「これは『エーディンの蝶』と呼ばれる妖虫ようちゅうです。魔性の蝶で妖力を備えており、気が向いたときにしかその姿を人に現しませぬ」


 マールボスがこの実験について補則をする。


「これなら、〔隠形〕を使ってくる相手とも対応できる! 本当にありがとう、マールボス!」


 賢治はもう一度、礼を述べた。


「ただし。ご自身と余りに霊力差がある使い手が相手だと、効力がありませぬ。お気をつけ下され。

 それと、このレンズの細工はそれだけではありませぬ」

「まだあるのか!?」

「左様。試しに、誰か他の術師を左のレンズに入るように顔を向け、《側算 measurement》と唱えてみて下さい」


 賢治はマールボスに言われ、適当な相手を探す。


「堺、いいか?」

「いいよ、別に」

「よし……。《measurement!》」


 すると、「ピピッ」という音を立てて、賢治の眼鏡に何か表示された。


  戦闘力 B(攻撃 B 体力 B 射程 C 防御 B 機動 C 警戒 A-)

  霊力 B 力場安定性 B 教養 B 技術 B 魅力 C 統率力 C


  総合評価 B級術師


「何だ、このパラメーターは!?」


 賢治が疑問の声を呈すると、マールボスはこう答えた。


「『リチャードソン=サムソン・スケール』に基づく『術師闘力値 Artists Combat Level』と、その各項目から評価された、『術師闘級 Artists Combat Rank』です」

「リチャードソン=サムソン・スケール……。あの、ゲーティアの召喚精霊のアレか?」

「あれは、召喚精霊や妖獣など術師でないものの強さを闘力値に互換した『術師闘力換算値 Converted : Artists Combat Level』です。本来は術師の強さを測る、この術師闘力値に由来するものなのですよ」


 徳長が横からそう言った。


「なるほど……。それで、B級術師ってどのくらい強いんですか? たしか、Z、E、D、C、B、A-エーマイナス、A、A+エープラス、S、SSダブエスの10段階ですよね?」

「その通りです。2014年の魔導教育庁の調査だと、18歳以上の平均術師闘級は『D』です。国防魔導軍の平均が『B』と言われています」

「えっ!? ということは、堺はプロの軍人並みに強いってことですか!?」

「まあ、そういうことになります。完全に超高校級ですね」


 賢治は、尊敬の眼差しで桐野を見る。


「……いつも一緒に練習してくれているけど、すごいヤツだったんだなお前」


 すると桐野は、そんな褒められるようなことでもない、とでも言わんばかりの表情でサラッとこう返す。


「こんなもの、あくまでも目安だからね。うちの学校にも、二年生だったら何人かはいるよ。例えば、アンタと対戦した一雨大貴いちゅうだいき。あれはB級術師だよ」

「……え!? あれでB級!?」


 賢治は驚愕した。

 あの時、一雨が忠告しなければ確実に賢治たちは負けていた。

 相性の悪さもあったとは言え、結果は辛勝といっていい有様だった。


「あ、いや! お前のことを下に見ているとかそういうことじゃなくて――」

「……いいよ、別にそんなこと。まあだから、飽くまで目安だってこんなの。一雨との戦いで分かっただろうけど、相性にも大きく左右されるからね。ちなみに、廣銀兄弟の識人おとうとの方が同じB級、茂人あにきの方が|A-級だよ」

「ちなみに賢治が知っている術師でいうと、大体こんな感じなのだー。いっちゃんは、ほとんど術を使わないからよく分からぬ」


 そう言って現世は、右ページに次の表を表示した。


〈術師闘級〉


  S級 徳長涼二涼ちゃん

  A級 緒澤平祐平ちゃん 羽山維弦維弦先生 麻枝まえだ 星野諒子諒子どの

  A-級 青梅賢治&因幡現世 小田イソマツ 山吹圭子 唐紅英流 廣銀茂人

  B級 堺桐野 廣銀識人 一雨 みずのと

  C級 麻塩

  D級 小林山


  ?級 因幡清一郎いっちゃん


〈術師闘級に対応するゲーティアの召喚精霊の強さ〉


  A級相当 マルコシアス バルバトス

  A-級相当 アモン ダンタリオン デカラビア

  C級相当 フルフル ヴォラク


 賢治が「なるほど、これは分かりやすい」とつぶやいた。

 すると徳長が、こう言ってまとめようとした。


「桐野さんが先ほど言ったように、闘力値および闘級というのは飽くまでも目安に過ぎません。もちろん実力が開き過ぎていれば、勝率はそれだけゼロに近づきますが……。目先のパラメーターに捉われていると、かえって勝機を逃してしまうこともあるのです。心の眼を以って実戦に臨む心がけを、忘れないで下さいね」

「心の眼……。そうだ!」


 徳長の忠告を受けた賢治は、何か閃いた素振りを見せた。


「この眼鏡はまやかしを破り、指標を与える……いわば心眼だ。決めた! オレの心眼を養うこの眼鏡を、『マールボスの心眼鏡しんがんきょう』と名づけよう!」


 賢治がそう宣言すると現世が「おおっ! カッコいいのだ!」と興奮して言った。対照的に桐野は「中二病……」と冷笑気味に言った。


「さて。それではマールボスに《帰還》してもらい、次の召喚精霊を出しますよ」


 徳長が言った。


「はい! ありがとう、マールボス! 《戻れ return》!」


 賢治はマールボスにお礼を言って、《帰還》させた。トネリコの杖の先に、煙になったマールボスが戻っていく。


「それでは、まだ召喚したことがない召喚精霊……。第61席の悪魔、ザガンを召喚しましょう」


 徳長がそう言うと、現世はザガンのページを開いた。

 そこには、12歳くらいの少年がの肖像が描かれていた。


【61. 錬金総裁れんきんそうさいザガン President of alchemy, Zagan】

 戦闘力 C(攻撃 C 体力 C 射程 B 防御 E 機動 A- 警戒 B)

 霊力 A- 力場安定性 B 教養 B 技術 D 崇高 E 美 A- 忠誠心 E 使役難易度 IV


「《錬金総裁ザガン》――召喚!!」


 賢治がそう唱えると、二人の目の前に再び召喚円陣が浮かび上がる。

 そこから赤紫の激しい光ともやが放出され、中央に小さな影が競り立つ。


「イェーイッ!! ザガン様、参上!!」


 靄が晴れるとそこには、エメラルド色のマントをまとった赤紫色のツーサイドアップの少年の姿があった。


「ザガンはその二つ名の通り、錬金術を得意とするのだ」

「錬金術って、古代から近世にかけての西洋で研究されてきた学問で、今日の化学ばけがくの起源になったやつだよな? これは魔術なのか? 超能力なのか?」

「伝統魔術なのだ」


 『伝統トラディショナル魔術・マジカルアーツ traditional magical arts』とは、賢治たちが勉強している現代魔術の対義語であり、宗教的教義や民間信仰などを背景とした従来の魔術である。

 1950年代後半。リチャードソンは『既存の宗教や民間信仰から切り離された、学べば誰でも使うことのできる、スタンダートとなりうる技術と教養』として現代実践魔術という魔術体系を開発した。その成立過程で、このような区分がされたという訳だ。伝統魔術の代表例として、陰陽道、古神道、密教、カバラ、ウィッチクラフト、近代西洋儀式魔術、その他宗教的背景や民間信仰を背景に持つ呪術全て――そして、西洋の錬金術が挙げられる。


「なるほど! 魔術を使うってことは、ダンタリオンと同じタイプの召喚精霊ということか。よし! ザガン、早速錬金術を何か見せてくれないか!?」


 賢治がそう言うなり、ザガンは口の「へ」の字に曲げた。


「は? 人にものを頼むときに言うことは?」

(……!)

「お前さぁ~、こんなこと子どもでも知っているぜ。まあ、見たまんま子どもみてーだけどな。ニャハハハ!」


 賢治は直感した。

 こいつはデカラビアと同じで「扱いにくいヤツ」だ、と。


「見ての通り忠誠心はDなのだ……。ここは慎重に、言葉を選ぶのだよ……」

「ああ……。ザガン総裁、錬金術を見せてもらえませんか? 何卒お願いします」


 賢治は敢えてへりくだり、ザガンにそう頼んだ。

 するとザガンは「フフンッ」と鼻を鳴らして、地面に円陣と文字を書き始めた。

 それは、簡素化された現代実践魔術の「陣」とは異なる、極めて複雑な図形だった。自分の尾を噛む蛇で円陣をつくり、その中には七つの角を作る星を描くように太い線を引いていき、中には上の三角に横棒がひかれた六芒星が描かれた。その周囲には、複雑な記号とラテン語の文章が配置されていく。


(さすがに魔術は真面目にやってくれそうだな……)


「ん? 中央の『水』と『風』の記号は、化学や現代魔術だと水素と窒素。水素が3に対して窒素は1の比率。その周りには硫黄の記号……」


 どうやら徳長には、ザガンの描く錬金術の円陣と式の意味が理解できるようだ。

 そして、見る見る青ざめて行った。


「賢治くん!! ザガンに《中断》の命令を!!」


 徳長が叫んだ。

 だが、遅かった。

 ザガンの円陣が光り出す。

 そして、毒々しい茶色の煙が噴き出した


「〔烈風衝〕!!」


 徳長の右手から、緑色の霊光をまとった風術の旋風が炸裂した。茶色の煙が〔烈風衝〕で吹き飛ばされる。 

 だが臭いは拡散してしまい、賢治たちの鼻をもいだ・・・


「うぅうぅうぅ~ッ!!」

「¡|Puajピュアフ!(うえ~!)」

「ゲホ、ゲホッ!!」


 ゲーティアに変化している現世以外は、各々臭いで悶絶した。


「ど、どうしたのだみんな!」

「現世さん……。ザガンが生成したのはアンモニアや硫黄、そして窒素を含む有機化合物のインドールやスカトールです」

「アンモニアや硫黄が臭いのはわかるが、インドやスカってなんなのだ?」

「早い話が、ウンコの臭い・・・・・・です」


 徳長が鼻をつまみながらそう言った。


「ニャハハハ!! どうだ、ザガン様の得意技『ウンコ錬金術』は!! 次はゲロの臭いだッ!!」

「《サモン・ディポーテーション》!!」


 徳長は懐から杖を取り出して、強制帰還の呪文を唱えた。勁路負担率は15。

 薄いピンク色の光線がザガンに命中する。

 だが彼のエメラルド色のマントの霊力場が展開されて、呪文は無効化された。

 マントには白く光る文章が浮かび上がっていた。


 ――Tabula smaragdina


「タブラ・スマラグディナ……『エメラルド・タブレット』ですって!?」


 徳長が驚きの声をあげる。

 ようやく立ち直った賢治が、鼻をつまみながら徳長に話しかける。

 

「エメラルド・タブレット……?」

「『エメラルド・タブレット』とは古代の錬金術師、ヘルメス・トリスメギストスが記したとされる碑文のことです。そこには錬金術の基本的な考え方である、『大なるものは小なるものへ、小なるものは大なるものへ』という物質の循環が説明されております」

「それが何で、先生の呪文を無効化できる理由になるんです……?」

「『エメラルド・タブレット』において物質の循環は、地上から天界へ、天界から地上という、別の世界から別の世界への転移の形で理解されます。その転移の極意が記されている『エメラルド・タブレット』に守られている彼は、自分以外の人間の手によって集積コレクティブ・幻想界ファンタズムレギオン へ帰還させようとするあらゆる営みから守られるということです」

「……つまり、アイツが自分の意思であのマントを脱がない限り、戻すことができないってことですか!?」


 徳長は、やや憐みの顔で「そういうことになります」と言った。


「なんということなのだ……」

「このガキ、ぶっ潰す!! 《オーバーグロウン・グレイトヴァイン》!!」

「OK、キリちゃん……。おイタする子にはおしおきが必要だね……」

「ニャハハハ!! いっくらでもぶっぱなしてやるぜ!」 


 轟音と土煙が、練習場で巻き起こる。

 桐野とイソマツが、ザガンを力づくで捕らえようとあらゆる術を使っているからだ。

 だがザガンはめげずに、うまい具合に二人の攻撃を避けては錬金術の円陣と式を描いていく。

 三者とは対照的に、脱力した賢治と現世はその場を諦観した


(こいつは「ハズレ」だ……!!)


 この光景を見ながら賢治は、この前に召喚した「使い道がよくわからない」ゲーティアの召喚精霊のことを思い出していた。

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