Report 10 製薬工場廃墟での激闘(2)

(星野……!? くそっ、なんて頑丈なヤツなんだ!)


 《レストレイニング・ワイヤー》を短縮詠唱をするつもりだと一瞬に悟った賢治は「《アブラカダブラ》!!」と唱えた。賢治の合計勁路負担率75。


「《アブラカダブラ》!!」


 だが、対応された。


「させるかッ!!」


 現世がまた星野めがけて突っ込んでいく。

 バシンッ!

 だが杖ではたかれて、明後日の方向へ飛んだ。


「ぬうっ!」

「現世!」


 チェインが解決する。

 星野の《アブラカダブラ》が賢治の《アブラカダブラ》を打ち消す。

 そして力場が展開する星野の一発目の呪文は《レストレイニング・ワイヤー》――ではなかった。

 空中に、ビビッドな灰色で鈍く光る円陣が浮かぶ。

 そこから、トカゲとコウモリを足して割ったような奇妙な召喚精霊サモン――ガーゴイルが三体召喚された。それらの召喚精霊は何故か、各々の尾が赤い紐で結び付けられていた。


「しょ……召喚呪文だと?」

「《エトール・ガルグイユ Etoles gargouilles》、地術系と生術系の合系召喚呪文よ。《レストレイニング・ワイヤー》だと、さっきみたいに強引に拘束を解かれかねないでしょう?」


 現世は諦めて、賢治の方へ戻ってきた。


「くっ! 賢治! こっちも召喚だ!!」

「この射程だとどうする!? バルバトスはまだ召喚できないぞ!」


 『ゲーティア』にはいくつかのルールがある。

 そのうちの一つに、一度召喚して帰還した召喚精霊は最低でも四時間は経過しないと、再召喚することができないというルールがある。

 バルバトスを召喚した一雨戦からは一時間ちょっと経過したばかり。まだバルバトスを召喚することはできない。


「こいつなのだ!」


 そう言って現世は、デカラビアの項目を右に表示した。


「わかった! 《星獣侯爵デカラビア――召喚》!!」


 賢治の目の前に、見慣れた召喚の円陣が浮かぶ。

 諒子を見る。動かない。どうやら、通してから判断すると踏んだようだ。

 召喚の円陣から、青色のヒトデのような姿をしたデカラビアは出現した。

 

 【69. 星獣侯爵デカラビア Marquis of Astrobeast, Decarabia】

  戦闘力 A-(攻撃 B 体力 B 射程 B 防御 A 機動 A 警戒 B)

  霊力 A- 教養 B 技術 B 崇高 C 美 D 忠誠心 D 使役難易度 III


「フンッ、状況は把握した。ガーゴイルごとき小物相手とは、見縊みくびられたものだな」


 デカラビアは傲然と言い放つ。


「タンドレス! トリステス! ガランティ! ――〔紅撃風車ムーラン・ルージュ〕!!」


 星野が命じた。

 どうやら三体のガルグイユ――ガーゴイルの名前のようだ。


「ガルルルルル――」


 三体のガーゴイルはうがいのように喉を鳴らして、三つの赤い紐の結び目を中心にしてぐるぐると廻り始めた。すると赤く光る霊波動が生じ、デカラビア目がけて放った。

 

「〔五芒星のペンタグラム魔防壕・シェルター〕」


 デカラビアが円柱型の結界をつくり、〔紅撃風車〕の霊力場から自分だけは・・・・・身を守った。


「ぎゃーっ!」

「ぬおーっ!」


 賢治と現世はそのまままともに食らってしまい、後方へ2メートルほど転がった。


「デカラビア! お前だけ助かってどうするんだよ!」

「フンッ。この程度の攻撃で守ってもらわなければならない主なぞ、従う義理はないわ」

「なっ――ビビって結界の中に閉じこもるヤツに言われたくねえ!」

「何だと貴様……。よかろう、そういう態度を取るのならば吾輩はずっとこの中に引き籠ってやる」

「てめ――」

「よすのだ賢治! デカラビアの忠誠心は『D』! マルコシアスやバルバトスのようにはいかないのだ!」


 「忠誠心」とは、召喚精霊が召喚主に対して従順な態度をどれだけ取れるかという指標である。他の項目と同じく、SS、S、A+、A、A-、B、C、D、E、Zの順番で、SSに近いほど従順で、Fに近いほど態度が反抗的になる。

 ちなみに現世が例として出したマルコシアスは「S」、バルバトスは「A」である。


「あっははは! 無様ねえ! そんな身勝手な召喚精霊を召喚して、一体何になるっていうの!?」


 賢治は、星野の挑発を無視して考える。


(〔五芒星の魔防壕〕は《サモン・ディポーテーション》などの強制帰還呪文なども通さないはずだ。星野はいま、デカラビアが動き出す瞬間を狙っている。まずは、星野を中二階から降ろさないと……!

 ……ん、待てよ。中二階の下は通路になっていて、空間があるはずだ。建築の資材は、手入れされていないからボロボロ。そして星野が得意な系統は、地術系。資材を変形させたり、利用したりするものが多い)


 そこで、賢治のなかにあるアイデアが閃いた。


(それならば、もしかすると……!)


 賢治は突然、星野の方向へと駆けだした。

 そして、突然デカラビアへの謝罪を表明した。


「ごめん! オレが悪かったデカラビア! お前の判断は正しいから、オレがお願い・・・をするまで、そのまま結界の中にいて欲しい!」


 この突飛な言動に現世は驚き、「賢治!?」と声をあげてしまった。

 そして、星野との距離が5メートルくらいになったところで呪文を唱えた。


「《ビルディング・プレート――For five times》!!」


 すると星野の真下の壁に、五枚の土の板が伸び上がった。


「階段を作って昇る気か!? だが、お前は具現化呪文は……」


 現世は、眉間に皺を寄せて賢治の行動に苦言を呈した。

 賢治の作った《ビルディング・プレート》の生成物は階段のように昇れる綺麗な水平には到底なっておらず、全てが斜めになっていた。これでは、這ってでも昇るのは難しいだろう。


「フン! アンタが満足に具現化呪文で生成できないことは、さっきの試合で証明済みよ!! ――《ゲオバレット・ガトリング》!!」


 星野がそう詠唱すると、彼女の目の前に灰色に鈍く光る円陣が出現する。そこから石でできたガトリング砲の魔道具アーティファクツ兵器ウェポンが生成された。すると、彼女のいる中二階の通路や壁全体に「式」が浮かび上がった。


「《プロテクティブ・シールド:ゲオキネシス》!!」


 賢治の杖の先に、灰色に輝く霊力場の盾ができる。


「《Fire》!!」


 星野はそう叫び、銃身を賢治たちに向けて、クランクと呼ばれるレバーを握り、ぐるぐると回す。ガトリング砲は灰色とも銀色ともつかない光に帯び、星野の足許の資材から石の弾丸を生成しては、轟音をあげて発射した。

 ダダダダダダダダダダダダ!!

 賢治の作ったビルディング・プレートは、《ゲオバレット・ガトリング》による弾丸で粉々に粉砕される。これらの破片と石の弾丸は、《プロテクティブ・シールド:ゲオキネシス》によって防がれた。


「賢治! 背後にガーゴイルが!!」


 ガトリングの銃撃の斜線と重ならないよう、賢治の背後に移動したガーゴイルが今まさに〔紅撃風車〕を放とうとしていた。

 賢治たちは星野の術により、前後から攻撃を仕掛けられようとしていた。


(くそっ……! まだか!! まだなのか!!)


 星野は、勝利を確信して慢心仕切った様子で哄笑をあげる。


「あははは!! ホンット無策ねえ!! さあ、勝敗は決したわ! Rassemblezの姿勢を正す時間よ――」


 そう言いかけて、クランクの回転も止めた。

 ガトリングが止まっているのにもかかわらず、星野の足許が振動している。

 星野は、さぞ違和感を覚えたに違いない。

 けれども、気づくのが遅かった。


 彼女の立っている側の中二階の部分では、至る所にヒビが入り、一瞬にして蜘蛛の巣のようにヒビがめぐり渡った。


 その亀裂は、星野の足許を中心として広がっていた。


「……そうか賢治! お前、これを狙っておったのだな!!」


 ようやく賢治の意図がわかった現世は、顔を綻ばせて賢治に言った。


「そう……。ここの資材はどこも、二十年近くも手入れされず放置されていた。それなのに地術系の呪文で使いまくれば、中はスカスカになってしまい、いずれは自重で崩れるだろう。――その機会を、オレはずっと待っていたんだ!」


 星野は動けなかった。

 彼女が立っている床は既に音を立てて振動していて、一歩でも動いてしまえば崩れそうだったから。


「くっ、タンドレス! トリステス! ガランティ! 私を持ちあげなさい!」

「デカラビア、お願いだ!!」


 賢治がそう、お願い・・・した。


「フン、最初からそう言えばいいのだ!!」


 デカラビアは自分の〔五芒星の魔防壕〕を解いて回転し、触手の鋭い刃で三体のガーゴイルを真っ二つにした。

 ダメージが許容量を超えたガーゴイルたちは、粒子となって消え去った。


「デカラビア! 彼女に〔五芒星の魔防壕〕を!」


 その直後、デカラビアは〔五芒星の魔防壕〕の力場を再展開して、星野を円柱型の結界の中に閉じ込めた。


「きゃあっ!」


 結界に閉じ込められる星野。

 その直後、星野の立っているところが崩れ始めた。

 やや心配そうな目で見ている現世に、賢治はこう言う。


「大丈夫。あの結界は物理的な障壁しょうへきにもなる。あの中にいる限り、安全だ」


 だが、星野は思いがけない行動に出た。


「……クソッ、《ブロークン・テリトリー》!!」

「結界を解く呪文だと!? なんて馬鹿なマネを!!」


 現世は、瓦礫に呑まれようとしている星野の方へ向かっていった。


「《アブラカダブラ》!!」


 賢治は唱える。

 だが〔五芒星の魔防壕〕の結界が《アブラカダブラ》の力場を遮ったため遂行不可能となり、そのまま消滅した。

 星野の《ブロークン・テリトリー》が発動して、〔五芒星の魔防壕〕が術解された。勁路負担率は50。星野の合計勁路負担率は100。

 がくんっ。

 合計勁路負担率が100になった賢治は、急激に体が重くなってその場に倒れ込んだ。


「アンタらの術なんかに……、選ばれたヤツらの・・・・・・・・施しなんかにッ・・・・・・・、……誰が助けられるかッ!!」


 そう言って、星野は瓦礫に呑み込まれた。


「諒子どの――ッ!!」


 だが、現世がそこへ向かっていった。


「現世――ッ!!」


 地面に伏せたまま、賢治は手を伸ばす。

 賢治と現世を羨んで彼らからの手を払う星野、彼女を救いたいと捨て身で突撃する現世、現世の身を案じる賢治。

 三者の激しい想いはぶつかり――、巨大な力場を展開した。

 ブワッ。

 青緑色の光が、三者を包んだ。

 そして――

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