第十七話 言葉にできない違和感

「国王陛下は、此度の戦勝に多大な貢献をなした聖女2人にそれぞれ褒賞を与えることを決定した」


 一同が着席したのを確認すると、オーブリーがグレースらに代わって状況説明を始めた。

 円滑な進行のため、アルヒの妹との再会や親友との会合はひとまず据え置かれた。


「内容は、聖女個人の願いを一つ叶えること。それで、そこのグレース殿は愛する兄と再会することを希望した、とのことだ。間違いないな?」


 オーブリーはアルヒの隣に座るグレースに目配せをする。

 グレースは落ち着いた様子でオーブリーと目を合わせ、静かに頷く。


「はい。間違いないです」


「でも、わざわざここに来たのはどうしてなんだい? わざわざ君が来ないでも、アルヒクンに君のもとに来させればいい話じゃないか」


 ベネットに問われ、グレースは目を左右に揺らしながら答える。


「えっと、お兄様は忙しいだろうから、わざわざ呼び出すのはどうなのかなって思っ……たんです。それに、エリー様の力を借りれば、ここまでは一瞬で来れますから」


 グレースの受け答えに、アルヒは片眉をピクリと動かす。

 何か、言語化できない違和感がグレースにある。しかし、その原因を突き止める前に思考をリアムによって遮られてしまう。


「コイツを一瞬で帰したってやつか。それで? 目的は達成された訳ですが、これからどうするおつもりで?」


「あ、それは……」


「賢明で残酷な国王陛下は聖女の願いを聞き入れると同時に、とある任務を与えた。それが、この地域一帯の悪魔の偵察だ。国王陛下はある悪魔を探している。もちろん、探すだけで討伐する必要はない。7年前のような被害を出すつもりはないとのことだ」


 グレースが何か口にする前に割り込んだオーブリーは、鉄兜の下で淡々と続けた。

 しかし、説明を受けてもなお当事者とアルヒ以外の人間はまだ疑問のありそうな表情だ。それを一番にエリックが椅子の背に仰け反りながら言葉にする。


「偵察っていつもやってるじゃん。何でわざわざ?」


「さあな。私は伝え聞いただけだ。本意は分からない」


「その悪魔って何なんだ? 探してるって、何で?」


「『羊飼い』ピメネル。六芒星悪魔の一人で、人型であるとされているが詳しい容姿は分からない。探している理由は──」


「国王の私的な理由、では?」


 オーブリーが少し言い淀んだのを、アルフレッドが間髪入れず発言する。

 それに対しオーブリーは静かにゆっくりと頷く。


「それが団長殿の見解だ。そして、団長殿の意思でもある」


「……なるほどね」


 リアムが何故か得心したように肩をすくめ、他の隊のメンバーもどこか納得がいったような顔をしている。その一方、アルヒだけが先程からついていけていない状況だ。


「どういうこと? 俺全然ピンと来てないんだけど」


「クリーヴズ卿は知らないかもしれないが……」


「知ってますよ。ただ、こいつが阿呆なだけです。構わないでください」


「ちょ、バージル!?」


 突然の親友の辛辣な言葉にアルヒはたまらず声を上げる。


「確かに俺はアホだけど……」


「コイツの察しが悪いのは俺たちも十分承知してますよ。それで? アルヒの馬鹿は放っておくとして、俺たちは聖女様に協力すればいいってことですか?」


「団長殿はそうおっしゃっていた。これから3日、聖女に協力し、王国へ貢献せよ、と」


「見返りは?」


「もちろんない」


「ははっ。結局いつも通りだな! オレはいいぜ!」


「俺たちに断る権利はもとよりないぞ、ニックス卿」


「じゃあ、ボクも協力するよ。なんたって、君のお兄さんには世話になっているからね」


「あ、えと。ありがとう、ございます……?」


 という訳で、突然やってきた2人の訪問客と討魔騎士団萌葱隊は協力体制を敷くことになったのだった。






「さっきはごめんね、お兄様。あんまりお話しできなくて」


「ううん。俺の方こそ、ごめん。グレースのこと助けたかったけど──」


 アルヒとグレースは訓練場に下りる階段の隅に座り、顔を向き合わせながら話す。

 とはいえ、あまり目が合っているとは言えなかった。

 アルヒはグレースの赤い瞳を見るのが辛くてできなかったし、グレースも、なぜかきょろきょろと下を見てばかりでどうしたって目が合わない。

 そんな中、アルヒはグレースの首にアルヒと同じものを認める。


「その蔦の首輪……」


 棘こそ今はないものの、それはエリーの力によって生み出された薔薇の蔦であり、アルヒたち兄妹を縛る枷だ。

 この首輪があるせいでエリーは国王に逆らえないし、アルヒもグレースを助けに行けなかった。


 グレースはこちらをちらと見ると、首に巻き付いた蔦を見て少しほっとしたような表情を浮かべた。


「あ、そっか。お兄様もつけてるんだね」


「そうなんだよ、色々あって……。でも、大丈夫。俺が必ずどうにかするから」


 方法は見つかっていないが、いつか必ずエリーを説得して、この枷を外してもらう。

 その覚悟を、アルヒはようやく妹の前で口にできた。しかし、グレースは目をやや見開いてゆっくりと首を横に振った。


「ううん、お兄様。大丈夫だよ。だって──」


 グレースは先程見せた安堵の表情を再び浮かべると、愛おしそうに首の蔦を撫でた。


「これは、私たちを守ってくれるものだから」

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