第十六話 予期せぬ訪問

 ──ヴォルドリー王国を相手取った防衛戦争の勝利。

 その結果をもたらしたのは、聖女エリーであると各種新聞紙面で大々的に報道された。

 だが──。


「今日も、ない」


 グレース・クリーヴズの名は戦争が終わって1か月経ってなお、その生死含め報道されることはなかった。

 今日──実際には昨日のものだが──の王国紙には、エリーが国王から褒美を与えられたという記事だけが載っている。


「お前の妹、今日も載ってないのな」


 黒パンを齧りながら呟くリアムに、アルヒは肩をすくめてみせる。


「エリーがすごいのはわかるし、色々知れて嬉しいけど……。グレースが無事なのか、それだけでも知りたい、のに」


 手にした新聞をテーブルの上に投げ、ため息をつく。その新聞をリアムが手に取って丸め、ぶんぶんと振る。


「あのさぁ、前も言ったが、聖女が死んだら大問題だ。記事にならないわけがない。なってないってことは、大丈夫ってことだ。だからそう、貴重な情報源を雑に扱うなよ」


「ごめんって」


 と言いながら、リアムのせいで丸みが付いた新聞を眺める。

 リアムの言う通り、恐らくグレースは死んでいない。それは、アルヒの首輪が外れていないことからも推測できる。

 だが、死んではいなくても、ひどく傷ついていたら? 敵軍に攫われていたら?

 目を閉じるとそんなことばかり頭の中に浮かんできて、安心して眠ることもできない。


「クリーヴズ卿。今考えても仕方のないことだ。いずれ分かることだろうことに惑わされ、自らを疎かにするな」


「そうだよ、アルヒクン。ボクの直感だけど、妹ちゃんは無事だよ」


「そうですかねえ」


 アルフレッドとベネットに諭され、アルヒは口を尖らせる。

 そんなアルヒの横でふんぞり返っていたリアムが、毎日繰り返しているこのくだりに飽き飽きしたかのように欠伸をして話題を変える。


「それで、今日は何の話があるんすか? 呼び出した当人が見当たらないんですけど」


「隊長は団長と話をされている。終わるまでしばし待たれよとのことだ」


「団長と? 最近よく来ますね。前はクリーヴズの件でしたっけ?」


「おいおい、ヒューゴ! それはもう何か月も前の話だろ? そんなん、よく来るって言わないぜ?」


「うるさい」


 普段は突っ込む側である双子の弟ヒューゴが、突っ込まれる側である兄エリックに訂正される。それが不満だったのか、彼は仏頂面でエリックをなぐり、立場が元に戻る。


「いてて。てか、今回は何の話なんだろうな? またアル関連か?」


 アル、と彼しか使わないアルヒのあだ名を口にしたエリックの発言に、アルフレッドが首を振る。


「俺も要件は聞いていないが、違うだろう。この時期から察するに、恐らく──」


「おーにーいさまっ──────!」


「ん?」


 アルヒはなんだか突然呼ばれたような気がして、首を傾げる。

 周囲を見ると、彼らにも声は聞こえていたようだ。そろって頭に疑問符を浮かべ、声の出所を探し始める。

 そしてアルヒと同時に声の主に思い至ったベネットがアルヒを見て──。


「リアムクン! アルヒクンの横から離れるんだ!」


「え、なんで……って、うわ!」

「へ? どう……ぅぐえっ!」


 リアムの腕を引っ張ったベネットを見ていると、視界が急に押し潰された。

 目も口も腕も何かに圧迫され、身動きが取れない。もごもごと言いながら足をじたばたとさせていると、ようやく顔を圧迫するものがなくなった。


「お兄様! 久しぶり!」


 とてもよく知っている声。それと、開けた視界に映るのは、赤い瞳と長い銀髪を頭の上で束ねた少女──。

 アルヒがその安否を案じていた、愛する妹グレース・クリーヴズだった。


「……え? グレース? 良かった、無事だったんだな。でも、どうして急に──」


「あっ、お兄様、避けて!」


 と、グレースがアルヒの腕を引っ張るも間に合わず、アルヒの胸を何者かが押し潰した。


「うぐ」


 何度も潰されて悲鳴を上げる肋骨をかわいそうに思いながら、アルヒは自分を押し潰した2人目の人物を見上げる。

 その人物は静かにアルヒの上から降り、白いブーツを床につけると、


「大丈夫ですか。聖女様」


「ええ。大丈夫です。それよりも──」


 しゃがんだグレースが伸ばしてきた手をアルヒは取り、立ち上がる。

 

「お兄様、大丈夫? ごめんね、のっかっちゃって」


「俺なら大丈夫、治ってきた。……っそれよりも! グレースの方が、大丈夫なのか? 戦争で──」


「感動の再会のところ申し訳ありませんが、説明を願います。そこの馬鹿ではなく、聖女様と、聖騎士殿に」


 混乱する場を収めようと動いたのは、アルフレッドだ。彼は同時に、眼鏡の奥でアルヒに沈黙を促してくる。


「あっ、ごめんなさい。お兄様もごめんね、お話は後で。その、私たちがここに来たのは──」


 グレースが目をくるくるとさせながら状況の説明を試みるが、それは叶わなかった。


「説明の必要はない。一先ず、適当に座ってくれ。グレース殿にバージル殿。長旅でお疲れだろう。尤も、一秒もかからない旅だっただろうがな」


 と、扉を開けて忽然と現れたオーブリーは、客人をぞんざいに出迎えながら、一番奥の中央にある席に座った。

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