第十二話 二度目の裏切り
「──アルヒ・クリーヴズ卿。騎士団長殿から呼び出しだ」
朝礼が終わり、各々が持ち場につくなかアルヒはアルフレッド・ネヴィルに呼び止められた。
「え? 今から本部ですか?」
討魔騎士団長が在籍するのは、この支部ではなく首都にやや近い本部の方だ。
今から向かうには遠すぎる。
「いや。既に騎士団長殿が直々にいらっしゃっている。すぐに向かえ」
「えっ、キースリーさんが? 珍しいな」
「そうだ。騎士団長殿は多忙。あまり待たせるな」
「あ。ハイ」
「待て」
アルフレッドに背中を向けたところを、またアルヒは呼び止められる。
顔だけ向けて彼を見ると、彼は腕を組んで言った。
「貴君と騎士団長殿の関係は知らないが、その呼び名は改めたほうがいいだろう」
「あ、スイマセン」
「それと──。きな臭い匂いがする。知り合いと言えど、気を抜くなよ」
「はい。気を付けます……?」
そう言われても、アルヒにはクラレンスを疑う理由がない。
しかし、アルフレッドの表情は真剣で、アルヒをからかおうとしているようには見えなかった。
アルヒは首を傾げながらも、クラレンス・キースリーの下へ向かった。
「急に呼び出してすまないな、クリーヴズ卿」
臨時の団長室のドアを開けると、黒髪の高潔な騎士──クラレンス・キースリーが堂々と座っていた。
アルヒは一礼し、姿勢を正す。
「いえ。しかし、どうして俺を?」
騎士団長が下級の騎士たちに用がある場合は、本部に呼び寄せるのが定例だ。それなのにわざわざ出向いたということは、それほど重要な何かがあるということだ。
「大事な話がある──ことは、もう承知の上だな。君には、妹がいる。そうだな?」
「はい。ちゃんと血も繋がってますよ」
回りくどい聞き方だ、とアルヒは思った。クラレンス・キースリーとは昔からの付き合いだ。当然、妹とも会ったことがある。
「君の妹が世界樹の使者だと判明したそうだ」
ここも知っている範囲内の話を告げられる。しかしアルヒはそれに大声を上げて過剰な反応を見せた。
「そうなんですよ! 今どうなってるか知ってますか?」
「──いや、詳しいことは俺も知らない。ただ……」
とまで言って、クラレンスは黙る。
何か口にするのを躊躇っているようだ。
──何かがおかしい。
そう思うも、アルヒには原因がわからない。何かがいつもと違うのは確かだ。
だが、アルヒは信じて疑わなかった。クラレンスには言えないことがあっても、後ろめたいことはなにもないのだと。
だからこそ、アルヒは油断していた。
──アルフレッドの忠告を忘れて。
「すまない」
ようやく口を開いたクラレンスは、不意に立ち上がった。
そして、アルヒに向かって右手を伸ばす。その手はアルヒの喉に触れ、異変をもたらした。
「あ、ぐ……」
アルヒは突然訪れた苦しみに悶る。
──首が熱い。痛い。苦しい。息ができない。
「なに、を……!」
「君の妹は、一度王に逆らった。その罪の報いとして、罰を受けた。連帯責任として、君にも同じ罰を与えることになった」
「罰……?」
アルヒは痛みの原因に触れ、そこに異物がついていることに気がついた。
何かわからず更に触ると、棘のようなものが指を刺す。
血が垂れてきて、アルヒの黒い制服に染み込む。
「グレースが罪なんて犯すはずがない。何か勘違いがあったんだ……!」
──そうだ、間違いない。きっと、何か少しお転婆なところを見せて、王の不興を買ったのだ。
それか、王がなにかひどいことを言って、グレースを怒らせた。
そうでないと、ありえない。グレースは優しいいい子だ。王に歯向かうなどあるはずがない──。
「……っ王に勘違いなどない。その決定は、どんなものよりも正しい。そう教わったのではないか? クリーヴズ」
「……俺は王が嫌いだよ。そんなん、キースリーさんが一番良く知ってるはずだし、キースリーさんも同じ気持ちだったはずだ。なのに、なんで」
「王の命令は絶対だ。やれと言われればやらねばならないし、その命令に反抗することは不可能。例え、友の命を失うことになったとしても、王の命令に抗うことがあってはならない……」
クラレンスの自分に言い聞かせるかのような答えに、アルヒは深いため息をついた。
「……わかりました。それが、キースリー閣下の答えですか。でも、俺は諦めませんよ」
「クリーヴズ?」
「この魔法をかけたのはエリーでしょう? それなら、説得すればいい。エリーならきっと聞いてくれる。本当はこんなことしたくないはずだから。同じ魔法が、グレースにもかかってる。そうですね?」
「おそらく。しかし、やめておけ、クリーヴズ。死ぬぞ」
「俺が死ぬなんてあり得ると思います? 悪魔に襲われても死ななかったんですよ」
「その魔法は、王及び第三王女の操作はもちろん、王族への反抗心や加虐心でも作動する。作動すればすぐに首を絞めにかかり、君は失血か窒息で死ぬ。いくら頑丈な君でも、耐えられない」
「そう言うってことは、本気では止めてないんでしょう? わかってますよ、キースリー閣下の立場ぐらい。迷惑はかけないようにしますから」
「……忠告したぞ」
「忠告ありがとうございます、閣下。せいぜいここで俺の無謀さに感動しててくださいね。俺にできないことはありません。俺が、母さまの息子であり、キースリーさんの弟子である限り」
アルヒは得意そうな笑みを浮かべ、礼もせず部屋を後にした。
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