第五話 初陣ならず

 ガチャガチャと金属の擦れ合う音を鳴らしながら、アルヒは仲間たちと共に通りを駆け抜けていた。

 呼吸は荒く、汗が頬を流れる。

 目的地に至るまではあと何分かと、アルヒは汗を拭った。


 西パクストン地区というのは、騎士団本部からさして遠くはない。しかしこの世界には馬以外の交通手段がないため、移動にはやたらと時間がかかる。

 事実、アルヒも走り始めて既に10分は経っているだろう。

 体力には自信がある方であったが、10分も全速力で走り続けるのには限界がある。


「やっぱ、馬借りときゃ良かった……!」


 召集された仲間が5人いるのに対して、厩にいた馬は1頭のみ。その場にいなかった隊長が遅れてくることを考えれば、下っ端であるアルヒたちが使う訳にはいかなかった。

 しかし、一刻も早く現場に到着するべきということを鑑みれば、一人でもいいから馬を使うべきだったのだ。


 そこまで考えて、アルヒは首を振る。

 目的地まであと数分も走れば辿り着く。今更引き返すなど、言語道断。

 被害が広がる前に駆けつけなければ、騎士団がある意味がない。


「あともういっちょぉっ!」


 小川にかかった橋を渡り、アルヒたちはようやく西パクストン地区、小さな集落に辿り着いた。

 アルヒはわずかに剣を抜き、周囲を警戒しながら集落へと入る。

 木造の家の全ての窓が閉められており、人の気配は一切感じられない。


 おそらく、悪魔の出没に息を潜め、殺されぬようにしているのだろう。

 悪魔は人の音と匂いを嗅ぎ取り、襲ってくる。この集落は悪魔の出没する『穢れた大地』と隣接しているので、そういった身の守り方を覚えているのだ。


 アルヒもそれに倣ってゆっくりと歩を進める。

 1、2、3と進んだところ、右耳が獰猛な鳴き声を捉えた。

 瞬時に彼は方向を変え、走り出す。

 家を1、2軒抜けると、深紫色の液体が視界を覆った。


「あ……」


 剣の鞘を握る手の力が自然と抜けた。

 それと同時にアルヒは、自分は遅すぎたのだということを痛感する。


 到着した現場では、既に悪魔が大量の血を地面に流し、命を散らしていた。

 報告にあった、ウーフラ12体とビドアン2体だ。


「一体誰が──」


 アルヒたちより先に着いた人はいないはず。

 アルヒは声を漏らしながら、悪魔の死体の山、その頂上に立つ人影に気が付いた。


「お前たち、遅かったな」


「……っ!」


 そう山の上からアルヒたちを見下ろしたのは、萌葱色の甲冑で全身を覆った、背の高い男だった。

 手には悪魔の血で汚れた、身長の3分の2はありそうな大剣が携えられている。

 男の、頭を包み隠す兜の下から出たくぐもった声に、アルヒの隣にいた騎士がすばやく敬礼した。


「遅れてすみません、隊長どの。馬が1頭しかなかった上に、新入りがそれに乗らないと聞かないもので」


「ほう?」


 新入りというのは間違いなくアルヒのことだ。

 騎士の言葉に、大男は腕を組んで首を傾げた。

 そこでまずいと思ったアルヒは、隣に立つ騎士と同じように敬礼する。


「すいませんでした! 馬は、後から来られる隊長が乗られるかと思い!」


「そうか。だが、私は馬には乗らなかった」


 緊張感のある空気にアルヒは背筋を伸ばし、大男の次の言葉を待つ。


「お前が今日からの?」


「はい! アルヒ・クリーヴズです!」


「そうか。……アルヒ、私は馬は使わない。今後はそれを覚えておくように。……他の隊員も、今後同じようなことがあった場合には、新入りの言葉を聞く必要は無い」


「「は!」」


 いくつかの声が重なると、大男は満足したように大剣を背中の鞘に収めた。


「処理隊は?」


「今向かっています」


「そうか。では隊員は各自の持ち場に戻るように。後、アルヒ・クリーヴズ卿は後で私の所に来るように。分かったか?」


「分かりました!」


「そうだ。まだ自己紹介をしていなかったな」


 全身鎧の大男は、改まったようにアルヒに体を向けた。


「私は萌葱隊隊長、オーブリーだ。よろしく頼む」






 その後、隊長オーブリーとの挨拶はつつがなく終了し、アルヒは宿舎の部屋で荷物を広げていた。


「おい、お前アルヒって言ったか?」


 アルヒが新品の黒い騎士服を壁に掛けていると、無愛想な声が背中に掛かった。


「え、あ、そうだけど?」


 服を掛け終えハンガーから手を離したアルヒは、その声の主の方向を振り向く。

 声の主は、リアム・マーヴィロスという名の、アルヒと同室で同年齢の青年だ。

 彼は瑠璃色の瞳でアルヒをまじまじと眺めると、


「お前、有名人だよな」


「そうか? まあ確かに、髪が白いから他よりは目立ってたけど……」


「違う。お前、青薔薇隊目指してたんだろ?」


「そうだけど。それがどうしたんだ?」


「お前、鈍いな」


 彼は片手で本を広げたまま、ベッドの上で脚を組む。


「青薔薇隊ってのは、騎士団の中でも討魔にも引けを取らないほど不人気な部隊だろ? それにわざわざ志願する奴がいるって、噂されてたぜ?」


「別にいいだろ。俺はエリーを守りたいんだ」


「はぁ? 噂には聞いてたが、本当にそんな理由だとはな」


「……知ってるよ。エリーは人を殺した。だから、多くの騎士にも、国民にも嫌われてる。知ってるさ、そのくらい」


「なら……」


「だからこそ、だ。エリーは簡単に人を殺せるような子じゃない。何か理由があるに決まってるし、そのことで気を病んでるかもしれない。だからこそ、俺が守ってやりたいんだ」


「ふん。……だが、その覚悟も台無しだな。討魔になったんじゃ、その夢はもうただの夢だ」


「悪いが、俺は夢では終わらせないぜ? 俺は必ず青薔薇隊エリルに入って、エリーを守る」


「は。どういう理由があってここに入ったのかは知らないが、可哀想だな。そこまで願ってるのに入れさせてもらえなかったとは」


 アルヒは肩を竦め、同感の意を示す。


 いつまで立っていても締まりがないので、部屋の端に置いてあった椅子に腰を落ち着ける。

 腕を組んでリアムを見ると、彼は既に会話は終えたとでも言うように本を読み始めていた。


「お前は?」


 アルヒが声を掛けると、リアムは不機嫌そうにアルヒを見た。


「──なんだ」


「お前は、どうして討魔になったんだ? 俺と同じで無理矢理か? それとも、お前も悪魔に復讐したくて討魔に入ったのか?」


 彼は本を閉じてベッドの上に置き、組んだ脚の膝を抱えてアルヒを見据える。


「聞きたいか?」


 アルヒは頷き、次の言葉を待つ。


「──俺は、無理矢理入らされたわけでも、復讐がしたいわけでもない。……ただ、殺して殺して殺しまくりたいんだよ。あの、悪名高い悪魔サマらを、な」


 そうリアムは頭を傾け、不敵な笑みを浮かべたのだった。

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