第四話 剣の重み

 修練生の寮から討魔騎士団の寮に荷物を移したアルヒは、騎士団本部のクラレンスが職務を行う団長室に訪れていた。


「少しは落ち着いたか」


「別に、最初から乱してはないですよ」


 彼は少しの反抗のつもりで唇を尖らせる。


「にしては目が赤い気がするが?」


 冗談を言っているにも関わらず相変わらずの無表情を貫き通すクラレンスを、アルヒは瞬きで応じた。


「気のせいじゃないですか」


「……まあ、気持ちは分からなくもない。だが、私が君を聖騎士にさせたいと思わせるのが君の役目だ。誠心誠意、頑張って欲しい」


「ひとつ、聞いてもいいですか」


「何だ?」


「どうして俺が討魔で、バージルが聖騎士なんですか」


「それは先程伝えたはずだ。挫折を味わうのも、強くなるための一つの手だと」


「それだけじゃ納得できません。せめて、なんでわざわざ討魔だったのかを教えて欲しいのですが」


「簡単な話だ。アルヒ・クリーヴズ。君には絶対に生きるという強い意志がある。生きると決めた者は意外としぶとく生きる者だ。だが、彼にはそれがない。復讐を終えたら死んでしまってもいいと考えているに違いない」


 クラレンスは一息つくと、


「君には生きるということの真義を知ってもらい、彼には生きる意志を得てもらおうと思った。ただ、それだけだ」


「それじゃあ──」


「この話はここで終わりだ。これから討魔騎士団としての仕事が始まる。休んでいる暇などない」


 結果次第では聖騎士に配属されることもあるのか、というアルヒの言葉は遮られてしまった。

 クラレンスは立ち上がり、背後の壁に飾ってあった一振の剣を持ち上げた。


「アルヒ・クリーヴズは本日より討魔騎士となる。心して励むように」


「ありがとうございます」


 実に乱暴な手つきで剣が差し出される。

 ──その剣は見るからに重そうな、漆黒をベースに金の装飾が入った鞘に収まっている。

 アルヒは剣を受け取ると、深々と一礼した。


 剣帯に鞘を収め、ふっと息を吐いて気合を入れる。

 これからは、討魔騎士団としての重みが全てこの剣にかかっている。

 この剣が折れる時は自分が死ぬ時。だから、何としてでも折る訳にはいかない。


「さあ、随分と長引いてしまった。本題に入るとしよう」


「本題?」


「君は討魔騎士団の仕事を知っているか?」


「そりゃ、もちろん。授業で習いますし」


「君のことだから居眠りしていたのではないかと思ったのだ」


「何ですかさっきから。冗談とかいうタイプでしたっけ」


「そうだな。冗談も程々にしよう。久しぶりに君とこうして一対一で話したものだから、距離感を掴みかねていたのだ」


「そんな事しなくても俺らの距離は0クラですよ! ついさっき1000ホリルになりましたけど!」


「それは随分と遠くなってしまったな。残念だ」


 クラレンスはアルヒの無遠慮な態度に言及することなく、軽く冗談を受け流す。

 上司にも分け隔てなく接するのが、アルヒらしさだ。

 気難しいクラレンスがこうして冗談を言えるのも、そんなアルヒだからこそとも言える。

 そして、置かれた距離を挽回しようとはしないのも、彼らしいところか。


 クラレンスは仕切り直すように背筋を伸ばした。


「討魔騎士団とは、その名の通り」


「悪魔を討伐する勇敢な者たちが集まる騎士団──ですよね」


「その通りだ。我々討魔騎士団は日々国民の安心安全な暮らしを守るために尽力している。貧民街の悲劇より13年経つが、未だ悪魔の勢力は衰えず、国民の不安も絶えない。さらに、7年前の雪辱も果たせぬままだ。近々、大規模討伐隊が編成される予定だ。それにはもちろん君と、聖女も参加する。それまでにきちんと力をつけて貰わなくては」


「大規模討伐隊!? 何考えてるんですか! 7年前の悲劇を忘れたんですか! あんなに多くの被害を受けてまだ諦めきれないだなんて!」


 7年前の雪辱とは、悪魔を討伐し調査するために組まれた大規模討伐隊が見事に返り討ちにされ、多くの被害を出した事件だ。

 その討伐隊には当時隊長であったクラレンスも参加しており、そこで大切な人を失った彼としては、忘れられぬものとなっているはず。


「それは私も重々承知している。しかし、これは国王の命令だ。逆らってはならないし、準備は着々と進んでいる。君は精々生き残れるよう鍛錬を重ねるのみだ」


 クラレンスの表情からは、この件に関しての感情は読み取れない。


「あのクソジジイ、何考えてんだ!」


 このジジイと言うのは、アルヒの暮らすフィランツェ王国の国王だ。年齢は60を超えているが、その胸に抱く野望は今もなお燃え続けている。

 大方、悪魔を倒した報酬として自分の利を得たいだけなのだろう。


 アルヒの怒りにクラレンスは口だけで笑うと、


「怒るのもその辺にしておけ。……話が逸れてしまった。大規模討伐隊に向け、新たな隊が結成された。君は今日からその隊所属となる」


青薔薇隊エリルでも金薔薇隊ケリルでもなく?」


青薔薇隊エリル金薔薇隊ケリルも白だろう。その上片方はもう無い。せめて一方は黒のを言え」


「すんません」


「君の所属は萌葱隊だ。隊長はオーブリー。平民の出で姓は無いが腕は確かだ。彼の部屋は下の階の東端。挨拶してくるといい」


「わかりました」


 アルヒは一礼し、その場を立ち去ろうとする。

 すると突然、部屋の電話がけたたましい音を鳴らし始めた。


「はい、こちらキースリー。何用で? ……了解。すぐに向かわせる」


 アルヒが様子を眺めていると、キースリーは受話器を置いた。


「早速、任務だ。アルヒ・クリーヴズ卿」


「はい!」


「西パクストン地区にてウーフラの群れとビドアン2体が確認された。至急向かい、討伐せよ」

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