第二話 その怒りは友のために

「──え?」


 アルヒは数分の沈黙ののち、やはり言われた言葉が理解出来ずに、とぼけた声を出した。


「ど、どういうこと……ですか?」


「どういうこともそういうことも無い。アルヒ。君は今日から俺の部下、そして俺たちの同志だ」


「えっ? キースリーさ、じゃなくて閣下の部下に? バージルじゃなくて俺が?」


 焦るあまり非公式の名で呼びそうになり、アルヒは取り繕うように言葉を紡ぐ。

 キースリーは特に気にする様子もなく、普段と変わらず唇をきつく結んで深く頷いた。


「で、でも俺、聖騎士に希望を──」


「それは俺が無理を言った」


「えっ。キースリーさんが俺を討魔に?」


 しまいにはいつも通りの呼び方になってしまったが、それに怒りを見せたのは呼ばれた側ではなく、アルヒの後ろで控えていた黒い制服の騎士だった。


「クリーヴズ君。君は閣下に失礼だとは思わないのか?」


 二人の黒騎士の片方、茶色い髪を後ろで結んだ男が冷たい青色の瞳をアルヒに向ける。

 アルヒはちらとその男を見、「すみません」と顎を突き出すように頭を下げた。

 さらに無礼を上塗りする態度に男は右眉を上げ苛立ちを見せる。がしかし、見た目以上に寛大なキースリーは男を一瞥し、片目を瞑った。


 上司の、アルヒの態度に今は目を瞑るよう、という合図に反抗するほど男に度胸はなく、彼は腰を曲げて後ろへと下がった。


「なんで討魔にしたんですか」


「君は白の奴なんかより黒の方がよっぽど似合っている」


「いや、俺は白髪なんで白の方が似合ってるかと……」


 冗談をする癖が出たアルヒであったが、キースリーは一笑もしない。討魔騎士代表の彼としては真面目も大真面目、本心から出た言葉だった。


「……もしかして、バージルを聖騎士にさせたのもキースリーさ……閣下なんですか?」


「ああ。そうだ」


 悪びれる様子もなく頷く男に、アルヒは頬を強ばらせる。

 キースリーは他の誰でもなく、身寄りを失ったバージルを引き取った張本人だ。もちろん、バージルが討魔騎士を目指していたことも知っている。知った上で、キースリーは騎士団長として、バージルの後見人として、彼を育てていた。


 だがしかし、今何と言ったか。彼を、バージルを、聖騎士にさせたと言ったのだ。

 アルヒは知っている。二ヶ月前、聖騎士になったと落ち込み悔しがる彼の姿を。彼は寮の中、自宅であるキースリー邸に戻ることも出来ぬまま、ひとりトイレで泣いていた。


 しかしアルヒは声をかけることが出来なかった。なぜなら、バージルが復讐のために騎士になることをアルヒは否定し、一方的にではあるが彼とは縁を切られていたのだから。


 泣き止めば家に戻り、キースリーに励まして貰えるだろうとばかり思っていた。だが、実際は違ったのだ。バージルは彼自身に裏切られ、アルヒもまた信頼を置いていた彼に裏切られた。


「どうして──っ! あなたは、バージルが一番信頼をしてた人だ! なんでそんな裏切るようなことを──っ」


 掴みかからんと前に出たアルヒは両側から押さえつけられ、キースリーの前で地面に這い蹲る形になってしまった。


「一度は挫折を味わうのも、強くなるひとつの手だ。──頭を冷やしてまた私の前に来るといい。次は、団長室に来るように」


 そう言い残して去ろうとする男の黒いマントを、アルヒは必死の思いで掴んだ。


「あなたはッ──。変わってしまった! あの人が死んでから──!」


 冷光がアルヒの目を貫き、ついに全身から力が抜ける。そのまま黒騎士たちに押さえつけられ、アルヒは去っていくキースリーの背中を、恨めしそうに眺めていた。



▼▼▼▼▼



「何でなんだよっ──!」


 荷物をまとめて来いと言われたアルヒは、虚しい思いを抱えたまま部屋に戻って来ていた。

 八つ当たりのためにそこにあった枕を壁に投げつけ、肩を激しく上下させる。


「あの人はどうしてこう──っ」


 またも怒りが込み上げてきた彼はベッドの脚を蹴り、元々古かった木のそれは簡単に折れてしまった。


「くそっ」


 一瞬どうしようかとも考えた真面目なアルヒだったが、どうせすぐここを出ていくのでどうでもいいと修繕を諦める。後から呼び出されてやいやい言われるだろうが、そんなことは今の怒りに比べればどうでもよかった。


 普段は全く怒りを見せないアルヒがここまで怒っているのも、きちんと意味があった。

 まずは、意思も尊重されずに討魔になったこと。しかし、これが一番の怒りではない。

 彼が最も怒っているのは、キースリー自身がバージルを聖騎士にしたことだ。

 理由は前述の通り。バージルの努力を最も傍で見てきたはずのキースリーがそれを裏切ったことにあった。


 アルヒは、自分のことはどうでもよかった。

 ずっと、気がかりだったのだ。何かと周りを気にしてばかりだったバージルが落ち込んでいるのではないかと、悔しがっているのではないかと。昔のように自分が励ますことは出来ないから、ずっと落ち込んだままなのではないかと心配だったのだ。

 その度に思い続けていた。

 ──大丈夫。きっと、キースリーさんが俺の代わりをしてくれている。


「バージル……」


 旧友のことを思う度に、アルヒは過去の自分を悔やんでばかりだ。

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