第六話 少年たちの選択
「あら、目が覚めたのね」
色素の薄い肌に、艶やかな金髪と輝く赤眼の女性が、こちらをじっと見つめていた。
「エリー……?」
アルヒは思わず呟いて、途端に耳を赤くする。
一瞬だけ自分の知っている人かと思ったのだが、よく見れば違った。特徴こそは合致しているが、大人びた顔立ちと膨らんだ胸はアルヒの知っている人にはない。
「あら。あなた今、エリーと言ったの?」
「う、ううん。違うよ」
アルヒは見つめてくる女性を別の人と勘違いしてしまったことが恥ずかしくて、嘘をついてしまった。
幸い彼女は気にしない様子で、
「あらそう。……ところで、あなた大丈夫? もう痛いところはない?」
そう言われて初めて、アルヒは自分がどこかのベッドの中で寝ていることに気づいた。
慌てて起き上がり、辺りを確認する。
広い所だ。アルヒが暮らしていた家の何倍も広い。部屋にはアルヒの寝ているベッド以外にいくつものベッドが並べられており、その全てで誰かが白い毛布を被って寝ている。
「ちょっと。急に起きたらダメじゃない。大丈夫なの?」
アルヒは女性に肩を触られながら、また大人しく寝かせられる。
上目遣いに女性を見つめ、アルヒは口を尖らせた。
「もうどこも痛くないよ」
「本当に?」
「うん」
「でもまだ大人しくしていなさい。怪我を治すのは自然治癒が一番だから」
「あとどのくらい?」
「そうね、少なくとも今日いちにちは」
「そっか。あ、おばさん」
「おばさんじゃないわよ」
女性はなぜか笑ってアルヒを見る。
アルヒは戸惑いながらも、
「お姉さん」
「そうよ。いい子ね」
「お姉さん、バージルは? バージルは大丈夫なの?」
「そう焦らないの。ほら」
女性は今にも起き上がりそうに頭を上げるアルヒを抑えて、アルヒの隣のベッドを示す。
その指の先を見れば、見慣れた濃い青色の頭が白い枕の上にのせられていた。
「バージル!」
アルヒは思わず飛び起き、女性の止めようとする手も振り切ってベッドの上で眠るバージルの下へ駆け寄った。
アルヒの唯一無二の親友は、傷ひとつない様子で静かに眠っていた。だが、アルヒの音が煩かったのか、眉を顰めて瞼を少しずつ開けていく。
「ア、ルヒ?」
「大丈夫? バージル」
「あ、ああ……」
バージルは何やら朧げな顔でアルヒの顔を捉える。そして何かを思い出したかのように目を大きく開いた。
「ああぁ──ッ!」
彼らしくもなく顔を手のひらで覆って叫ぶ様子に、アルヒは呆然とする。
「どうしたのっ。バージル」
アルヒは叫ぶバージルの肩を揺すって意識を向けようとするが、それでも彼は一心不乱に叫び続ける。
「母さん、父さん……。アーサー、セシル……っ。どうしてっ──」
そっとアルヒは手の力を抜き、優しくバージルの背中をさする。
「どうして、死ななきゃならなかったんだよ……」
虚しい思いが親友の口から吐き出され、アルヒは眉を歪めて何も言わずに親友を抱擁した。
バージルが鼻水をすすりながら泣くのを聞いて、アルヒも少しずつ涙が出てきた。
母の最期の姿を思い出すと、更に涙が溢れてくる。
「グレース……」
同時に、家を出てからまだ一度も話せていない妹のことを思い出し、その姿を探す。
妹のことは母が抱きかかえていたから、アルヒは彼女がどこに行ってしまったかを知らない。
慌ててバージルから見を離し、辺りを見回す。するとすぐそばに先程の女性がいた。
「あの、お姉さん」
「なあに?」
アルヒの身長に合わせてしゃがみ込んだ女性に、
「妹は……?」
「妹さん? さあ……」
首を傾げる女性を見て、アルヒは胸がドキリとした。もしかしたら、母が自分を庇ったときに妹も巻き込まれてしまったのかもしれない。
だが、母の体の近くに妹はいなかった。それに、母が妹を抱いたまま危険なことをするとは思えない。
「君の妹というのは、この子のことか?」
少し遠くにそんな声が聞こえて、アルヒは振り向きドアの近くにボロボロの黒いマントを身に纏った茶髪の男性を見つけた。
その傍らには赤く長い髪をボサボサに乱した少女が立っていた。その手には小さなウサギの人形が握られている。
「グレース!」
「兄さま!」
アルヒが叫ぶと、少女は覚束ない足取りで走ってきた。
抱きついてきた少女──妹の自分より少し高い頭を撫で、アルヒはほっと息をつく。
「よかった、よかった……」
何度も何度もしつこいほど妹の頭を撫で回し、再会を喜ぶ。
「兄さま。怖かった……っ」
「そうだな。怖かったな。生きててよかったなっ」
母は失ってしまった。でも、妹は生きている。
「バージル……」
妹が生きていると分かると今度はバージルのことを思っていたたまれなくなって、妹のことを抱きながらもバージルを横に見る。
バージルはただ俯いていて、アルヒのことを気にかけている様子はない。
「感動の再会のところ悪いが、少し私の話を聞いてはもらえないだろうか」
コツコツと足音が近づいてきたかと思うと、妹を連れてきてくれた男性がアルヒたちを見下ろしていた。
よく見れば、アルヒたちを救ってくれた『勇者』だ。
「……『勇者』さま」
「なに? 『勇者』? そんなやつがどこにいる?」
「ちょっと、クラレンス。言い方。子どもの前なんだから、もうちょっと優しく言いなさいよ」
「すまな……すみません、姫様。でも、彼は『勇者』と……」
「大方、あなたのことを勘違いしてるとかじゃない? ちゃんと説明してあげたらどうなの? 話を聞く前にね」
「ああ、そうだ……そうですね」
女性と、クラレンスと呼ばれた男性が会話をしている。アルヒは何を言えばいいかわからず、妹の頭を抱えながら呆然と口を開ける。
「私は、討魔騎士団一番隊隊長、クラレンス・キースリーであります。勘違いされているようですが、私は『勇者』ではありません」
──『勇者』ではないのか。
アルヒはあまりピンと来なかったが、バージルはわかったらしい。
「討魔、騎士団!」
バージルは目を見張って叫ぶ。
「本当に討魔騎士団なんですか!?」
「ああ、そうだ」
いつも冷静なバージルが、先ほどからどうにもおかしい。少なくとも、アルヒの知っている彼ではない。
「なら……!」
バージルは唇を噛んで騎士クラレンスに懇願する。
「俺を、弟子にしてください! 何でもするから、俺を強くしてあいつに……! 悪魔に、復讐させてください!」
「強くするのは、私ではない。君自身が強くなるのだ」
クラレンスは冷たい表情で目を赤くしたバージルを見下ろす。
そのあまりにも無機質な様子にアルヒは背筋がゾッとするのを感じたが、バージルは勇敢にも頭をコクリと下げた。
「よし、いいだろう。今後の君に期待する。──そこの、君は?」
クラレンスは冷たい視線をアルヒに向けた。
喉が渇き、心臓が高鳴る。
「君は、どうしたいんだ?」
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