第五話 悪魔の殺害予告
「ぶっ──」
威勢よく決意の言葉を叫んだバージルだったが、それで状況が変わるほど世界は甘くない。
バージルは立ち上がったところをすぐさま白黒髪の少年に横腹を蹴られ、顔を苦痛に歪めながらよろめく。
それでも諦めない彼は、闘志の消えない瞳で白黒の少年を睨みつけた。
その態度が癪に障ったのか、
「お前、ほんとうぜえ。死ねよ」
白黒の少年は真顔でバージルに拳を振り上げ、すんでのところでバージルが掌でそれを受け止める。
少しの間だけ力は拮抗するが、やはり疲れが出ているのかバージルが押されていく。
ここで誰かが介入すればどうにかなるかもしれないが、怪我を負ったアルヒでは無理だ。
「誰か、助け──」
「すまない。遅れた」
アルヒの必死の求めに応じたのは、あの『勇者』だった。
ドラゴンに掴みかかったあと振り落とされてしまったが、なんとか体制を立て直してこちらまで来てくれたらしい。
『勇者』はアルヒの傷ついた体を見つめると、苦痛が蘇ったかのように頬を歪め、アルヒを見るも苦しい姿にさせた悪魔に視線を移す。
『勇者』は緊迫の表情を浮かべたまま何も言わず、白黒の少年と掴み合うバージルの元へと走っていった。アルヒはバージルの安否を確認しようと目を大きくするが、横から視界を遮った人物がいるせいでできない。
「あなた、大丈夫?」
視界を遮る人物はどうやらアルヒに用があったようで、アルヒはバージルを見るのを諦めて人物に目を向ける。
その人物はまるで『聖女』のように、白い衣服を身に纏う美しい女性だった。
このような清らかな女性が、この薄汚い、しかも荒らされた貧民街に存在しているとは思えず、思わずアルヒは女性の顔を凝視してしまう。
「あなた、酷い怪我ね。少しじっとしていて。その様子では動くのも難しいかもしれないけれど」
女性はアルヒの傍らに寄って屈み込み、白くしなやかな指を母と自分の血で汚れるアルヒの体に触れさせた。
その指の先から温かみのある白い光が生じ、だんだんとアルヒの傷を覆っていく。
「ま、ほう……?」
「いいえ。これは魔法じゃない。『願いを叶える力』よ。それよりも、黙っている方がいいわ。思ったよりも重症だから」
光が傷口を温かく包み込むと、少しずつ痛みが引いていくのがわかった。
光は骨を接ぎ、ぐちゃぐちゃになっていたアルヒの内臓を元に戻していく。
やがてすっかり痛みが遠のくと、アルヒは再び立てるまでになっていた。
「これで大丈夫。でも、体力まで回復したわけじゃないからまだ動かないほうがいいわ」
「で、でも、バージルが……」
「バージルさんはあの子? あなたのお友だち?」
「うん」
「なら、大丈夫よ。バージルさんを助けに行った彼、あれでも一応強いから」
女性が目を向けた方を見ると、いつの間にか『勇者』が白黒の少年と剣を交えていた。
剣を交える、といっても白黒の少年が持っているのは剣のような何かであって、剣ではない。
刀身は細く黒く、柄は複雑な意匠がついていて格好良くも見えるが──、
「持ちづらそう」
アルヒは正直な感想を口に出してしまい、はっと両手で口を塞ぐ。あの悪魔に聞かれたら何か言われそうだと思ったのだが、杞憂に終わったようだ。
白黒の少年は『勇者』と戦うのに夢中で、アルヒの言葉は耳に入っていない。
「くそっ、なんだよ、お前。さっきからクソみたいに俺たちの邪魔をして」
『勇者』の剣が白黒の少年の黒い剣を押しやり、彼らの間に距離が開く。白黒の少年は肩を弾ませながら、慣れない手付きで剣を構え直す。
『勇者』はまだ余裕の様子で、
「私たちも君たちがここに来なければ、邪魔をするつもりはなかった。君たちが君たちの住む場所でずっといるのなら、こうして私たちがここに出向くこともなかった」
「つまり、帰れってことかよ」
「いいや、違う。──君たちは今ここで、私たちに殺されてもらおう」
『勇者』の銀の剣が輝き、円を描きながら白黒の少年の肩口へ向かっていく。
ギリギリのところで少年は回避するが、見るに体力は限界。『勇者』の方が遥かに優勢だ。
何度か同じやり取りが繰り返されると、白黒の少年は誰に向かってか空に叫んだ。
「あぁー! やめだやめだ! こんなクソつまんないとこもういられるかよ。……おい!」
何かを呼んだかと思うと、遠くで暴れまわっていたドラゴンが白黒の少年の方へ飛んできた。
少年は頭上にドラゴンが通ったタイミングでドラゴンの足を掴み、宙に浮き上がる。
『勇者』は焦って少年に斬りかかるが、タイミングが合わず切っ先は空を斬る。
「──逃げるんだ」
アルヒの呟きに、目ざとい白黒の少年は唾を撒き散らしながら、
「おい! そこの『半魔』! 勘違いしてんじゃねえぞ! 俺たちは別に、逃げるんじゃねえ! つまんなくなくなったから帰るだけだ! いいか、『半魔』!」
少年は何故か、ドラゴンを同じ場所に滞空させながら話し続ける。
アルヒは『半魔』と呼ばれることに釈然としないものの、何も言わずに白黒の少年の言葉を待つことにした。
「俺たちはいつかお前を殺しにきてやる! その時まで精々生きてるんだな!」
ドラゴンの足に掴まる少年の体はだんだんと小さくなっていき、星の輝く空へと消えた。
「そんな恨まれるようなことはしてないと思うんだけどな」
むしろ、恨みたいのはこっちの方だ。
母を失ってしまったことの痛みを今一度感じながら、アルヒは星空の下静かに瞼をおろした。
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