百花宮のお掃除係 転生した新米宮女、後宮のお悩み解決します。/黒辺あゆみ
<籠も色々あるものです>
秋といえば食欲の秋、実りの秋、収穫の秋――とにかく食にまつわるものばかりを連想してしまう
秋と言えば芸術の秋、もの作りの秋でもあるのだ。
「秋っぽい活動をしないと、なんか秋なのに損した気分になるよね~♪」
そんな風に独りごちながら、雨妹は手を動かしている。
今雨妹が作業しているのは、籠作りだった。
というのも、百花宮の敷地内に生えている竹が間引きのために伐採されたものが、ごみ捨て場にデデーンと転がっているのを発見してしまったのである。
これを見て、雨妹はピンときたわけだった。
「竹籠を作ろう!」
そう思ったのには訳がある。
なにせ雨妹が手に入れられる籠というのは、掃除に使う籠のような大きなものはあっても、小物入れのような小さくてお洒落な籠というのを見ないのである。どうやら宮女の手に入る籠は実用性一択なようだ。
――まあね、細工物の竹籠って高そうだもんね。
きっとそういうのは、高貴な人たちの元へ持っていかれるのだろう。
そんな背景があり、「だったら自分で作ってやる!」と考えたのである。
実は雨妹は、前世で竹籠作りをちょっとやっていたことがあるのだ。
雨妹は前世でも基本ミーハーだったので、「すごい!」と思ったことは取り合えずやってみる人間だった。なので観光で訪れた先で見た竹籠を気に入り、ワークショップに参加して作ったことがある。そして籠作りは竹ではなくても、市販の紐などでも代用して作れるので、その後も思い出したように作っていたものだ。
そして今世での籠作りは、辺境でやっていた作業なのでお手のものである。ただしあちらは竹が手に入らなかったので、背丈のある草や木の皮だったりしたが。
そんなわけで。
雨妹はごみ捨て場の竹を工具置き場から借りた
当然他の宮女から「なにをしているんだコイツは?」という目で見られたり、一方で田舎出身の宮女からは「ああ、なるほど」という顔をされる。都や大きな里では籠は買うもので、田舎だと自分で作るものなのだろう。こんなことでも都会と田舎の格差を知ってしまった雨妹である。
それはともあれ。
雨妹は部屋に持ち込んだ竹を細く裂いて、裏の節などの余計な箇所を削って竹ひごに整えたら、あとはそれをひたすら編んでいくだけだ。竹の表面の皮を剥ぐ場合もあるが、雨妹は青竹のままで問題ない。竹の色が変色していいくのも、竹細工の楽しみである。
さらに、ごみ捨て場を探っていたら建物を解体した廃材なのか、黒く変色した竹も運よく手に入れたので、これも竹ひごにして模様を入れるのに使うことにした。
そんなわけで。
「フンフンフ~ン♪」
現在、雨妹は鼻歌を歌いながら、毎日夕食後の自由時間に籠作りにいそしんでいるのである。
ちなみに、少々欲張って多めに竹を持って帰ったので、
というわけで美娜も加わって二人でお喋りしながら籠を作り、結果として雨妹は、少々大きめの楕円形の籠に持ち手を付けたものと、小さな四角や丸、三角の籠が出来上がった。
しかしこれで終わりではない。雨妹が作りたいのは、籠と巾着袋を合体させた意匠のものなのだ。
雨妹は溜め込んでいた端切れから似合う意匠の布を選び、巾着になるように縫い、それを籠に縫い付けた。
「出来たぁ!」
こうして完成したお洒落な竹籠に、雨妹は歓声を上げる。
「へぇ、可愛いじゃないか」
美娜は巾着袋と合体した籠を初めて見たようで、驚いていたものの褒めてくれた。
どうやらこの国では、こういう籠は出回っていないらしい。籠と巾着を合わせるだけのものなのだが、この両者を合体させようと考える者が現れていないようだ。
雨妹も前世で最初にコレを考えた人は天才だと思う。
「中が見えないし、もし落としても中身が零れないでしょう?」
「確かに。それに紐をつけたら持ちやすいさね」
雨妹の説明に「ふんふん」と頷く美娜だったが、彼女の作った籠もなかなかにいい出来だ。
美娜は大きめの籠を一つ作ったのだが、模様のような網目で編まれており、さすが彼女は手先が器用だし、籠作りにも手馴れている。
「美娜さんの籠、お洒落です!」
「ありがとうよ。久しぶりに作ったけど、覚えているものだねぇ」
美娜は嬉しそうにそう言った。
それからも籠作りが興に乗り、美娜と二人で材料の竹ひごがなくなるまで作ったのだが。
「うん、作り過ぎたね」
部屋にコロコロと転がる小さめの籠を見て、雨妹は「う~ん」と唸る。
小物入れのつもりだったので、作ったのはどれも片手に乗る大きさだ。手巾やちょっとした道具などを帯に挟んだり袖に入れたりして失くすこともあるだろうが、この小物入れに入れておけば失くさないというわけだ。
しかし、そんな便利な物もこんなにたくさんはいらない。
雨妹は「さて、どうしようか」と考える。
「……
やがてそう思い付く。
美娜も籠巾着を珍しいと言ってくれたし、きっと流行にうるさい太子宮で使っても馬鹿にされないのではないだろうか?
――よし、そうしよう!
そうと決まれば雨妹は早速鈴鈴に手紙を書いて、掃除の帰りに太子宮の近くまで行って渡すことにした。
「おぉ~い、鈴鈴!」
「雨妹さぁん!」
待ち合わせ場所に行くと、鈴鈴は先に来ていた。
それはいいのだけれども。
「どうして
そう、鈴鈴だけと待ち合わせたばずなのに、何故か立彬が一緒にいるのだ。
問われた立彬が、ジロリと雨妹を見下ろしてくる。
「お前の手作りというのは奇怪なものが多いので、念のための確認だ」
とても失礼な事を言われた。
――人を「危険物生成機」みたいに言わないでくれる!?
雨妹はプウッと頬を膨らませて憤慨するが、立彬の存在は気にしないことにして鈴鈴に話しかけた。
「実はこの間、運良く竹を拾ってさぁ、それで籠を作り過ぎちゃって。鈴鈴が使わないかなって思って、お裾分けなの」
雨妹はそう言って、風呂敷のように籠を包んで背負ってきたものを「よいしょっ」と降ろす。
「竹とはそのように、偶然拾うものだったか?」
立彬がそのように呟いて首を捻っているが、今の彼は空気なので聞こえないフリだ。
「へぇ、籠ですか。私はよく蔓を編んで作ってました」
雨妹の様子を見ながら、鈴鈴がこう述べた。
鈴鈴的には籠と言えば蔓らしい。草と木の皮だった雨妹よりも、ちょっと都会の匂いがする籠である。
「ジャーン! どうぞ貰って!」
「わぁ、籠? 巾着?」
雨妹が地面にしゃがんで布を広げて中を見せると、籠巾着を目にした鈴鈴はやはり驚いた。
「竹籠にね、巾着の上の方を縫い付けているの。可愛いし、色々便利でしょう?」
「はいっ、素敵です!」
雨妹がテレビショッピングのような口調でお勧めするのに、鈴鈴もしゃがんで籠巾着を一つ手に取る。
「籠だから、巾着袋の底が破れて中身が落ちることがないんですね!」
「そういうことなのです!」
鈴鈴が見出した籠巾着の利点に、雨妹は胸を張って大きく頷く。
なにせこの国にはミシンのような機械がないので、よほど熟練の針子の手による巾着でもない限り、縫い目が甘い場所から中身が落ちるということはよくある。それが籠底になるとなくなるわけだ。
「ほぅ、籠もしっかり編めているし、巾着部分も縫い目が確かか。雨妹お前、ずいぶん器用だな」
鈴鈴の隣に同じようにしゃがんで籠を一つ手に取った立彬が、しげしげと観察している。
「ふふん、もっと褒めていいんですよ!」
褒められたら嬉しくなる雨妹は、空気だった立彬に対して怒っていたことを水に流すことにした。
「そうだ、立彬様も一つどうですか?」
鈴鈴が思い付いて勧めている。確かに籠は複数あるので、立彬が一つ貰ってもよくはあるのだ。
「む、そうだな……、手巾などを汚してしまった後で懐や帯に仕舞うのは、少々障りがあることではあるな」
「そうですね、そこから服が汚れちゃいますもんね」
立彬の懸念は、掃除係である雨妹の日常の問題だ。汚れ物は隔離して持ち歩きたいのである。
「まあ、この通り作り過ぎちゃいましたから、立彬様にも分けてあげてもいいですよ!」
精一杯に偉そうな態度で告げる雨妹に、立彬は「ふん」と鼻を鳴らす。
「そうまで言うなら、貰ってやらんこともない」
そして立彬から「偉そう返し」をされた。いや、あちらは実際に偉い人なのだけれども。
「お二人とも、仲良しですね」
鈴鈴が微かに笑ってそう言うのに、雨妹は微妙な気持ちになる。仲が良いというか、存在に慣れているのは確かだろう。
それから、三人で籠巾着を「ああだこうだ」と見分する。
「では、これを貰い受けよう」
立彬が選んだのは、丸籠で緑の巾着の物だった。色合い的に、男が持っていても浮かない意匠ではある。
「残りは鈴鈴にあげる!」
「ありがとうございます、日替わりで使えますね!」
雨妹が残りを布に包み直すと、鈴鈴が嬉しそうに受け取った。
「それに、私も籠を作りたくなっちゃいました!」
さらには鈴鈴はそんなことを言う。蔓はそこいらに生えているので、竹籠よりも作りやすいかもしれない。
「もし上手くできたら、雨妹さんにもお裾分けしますね!」
楽しそうにそう話す鈴鈴にとって、それは故郷を思い出す作業なのだろう。
「うん、楽しみにしているね!」
雨妹は笑顔でそう返す。
こうして、秋の日が穏やかに流れていくのだった。
ちなみに、この後一部で籠巾着が流行ったのは、また別の話である。
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