デスマーチからはじまる異世界狂想曲/愛七ひろ


  <虹のお肉>



「ルルさん、このビーフシチューっていう料理、すごく美味しいです!」


 要塞都市アーカティアの勇者屋に、聞き心地のいい弾んだ声が響いた。

 声の主はルルそっくりの美貌をした店主のロロだ。瞳の色や金色をした髪以外はルルと見分けが付かない。


「ありがとうございます、ロロさん」

「これも西方諸国の名物料理なんですか?」

「いえ、これは『勇者の国』の料理なんです」


 今いる要塞都市アーカティアの周りにある樹海迷宮は、色々な種類の魔物肉が手に入るので、飽きが来ないように、この間まで観光副大臣として西方諸国を巡っていた国々の料理をふるまっていたんだけど、今日はネタが尽きたので元の世界の料理を出してみた。


 もっともビーフシチューといいつつ、牛肉ではなく牛型の魔物タウロスの肉を使ったんだけどさ。


「ロロ、アーカティアならではっていう珍し料理はある?」


 観光副大臣として各地の名産品や名物料理を収集する仕事を思い出したので尋ねてみた。


「ありますよ。『虹のお肉』って言うんです」

「虹のお肉~?」


 ロロが口にした言葉に、タマが反応した。


「ポチはとってもとっても興味があるのです!」

「タマも興味あるる~?」

「わたしもちょっと気になるわ。虹って雨上がりの空に出るアレよね?」


 さらにポチとアリサまで反応すると、他の子達まで興味を惹かれて集まってきた。


「そうですよ。虹の色にちなんだ、アーカティアの謝肉祭に出される六種類の肉料理の事です」

「虹なら七種類じゃないの?」

「六種類じゃないんですか? アーカティアでは昔から虹は六色って言われてますけど?」

「人種的なモノかしら?」

「虹の色数は地球でも国によって違うらしいよ」


 国によっては八色もあったり、二色しかなかったり実に様々だ。


「シャニクサイ~?」

「きっとお肉の犀なのです!」


 タマとポチが腕や尻尾をブンブン振って喜んでいる。

 もっとも誰もが喜んでいる訳ではなく――。


「むぅ、肉料理」

「ミーアちゃんが好きそうなのもありますよ」


 頬を膨らますミーアをロロが宥める。


「肉、嫌い」

「六種類の内の一つは豆料理なんです」

「豆?」

「はい、勇者様が畑のお肉だからって言って、肉嫌いの人の為に捻じ込んだらしいです」

「やるわね、勇者」


 それって、ロロとルルの曽祖父である勇者ワタリの事じゃないだろうか?


「他にはどんな料理があるの?」

「えーっとですね。辛ーい赤鳥鍋、橙色の豚芋汁、黄甘煮、緑タレの蒸し肉、青皮肉饅頭、藍豆のシチューがあります」

「紫色はないのね。やっぱ忌み色だからかしら?」

「さあ? たぶん、紫色は毒草や毒茸が多いからじゃ無いでしょうか?」


 アリサの疑問にロロが答える。

 そういえばアーカティア周辺の毒草や毒茸は紫色が多かった気がする。


「ロロさん、その六種類の料理はレシピが公開されているんですか?」

「ええ、ルルさん。調理ギルドが公開してくれているので、勇者屋にもレシピ本がありますよ」

「謝肉祭はいつあるのですかと問います」

「五日後です」


 それはいい。それなら、仲間達の休養期間中に入っている。


「なら、皆で作ろうか?」

「「「賛成!」」」「なのです!」


 オレが提案すると間髪を容れず仲間達から同意を得られた。





「まずは手分けして材料から集めましょう!」

「一つ目の赤鳥鍋に使う三首鳥――これは鳥ならなんでもいいみたいだ」


 オレは勇者屋にあったレシピを確認しながら言う。


「えー、そこは本式でやりましょうよー」

「ういうい~」

「ポチもホンシキがいいと思うのです! 重要じゅーよーなのです!」


 タマとポチが興奮した顔で言うが本式が何かまではよく分かっていない感じだ。


「本式じゃしかたないね。三首鳥を狩ってきてもらおうか」

「鳥ならルルですね」

「分かりました! 狩猟用の魔法銃があるので、それを使います」


 リザに振られたルルが元気良く頷いた。

 わりと序盤に造ったのに出番がなかった魔法銃なので、ぜひとも活用してほしい。


「でも、私一人じゃ見つけるのが大変なので――」

「行く」


 ミーアが名乗り出る。


「ミーアちゃんが一緒なら心強いです!」

「ん、任せて」


 ルルに褒められたミーアが胸を張る。

 彼女の召喚する疑似精霊シルフなら索敵も思いのままだ。


「二つ目の黄甘煮は肉ならなんでもいいみたいだ。基本的に余った部位を入れて作るごった煮みたいな感じだね」


 何でもいいとはいえ、樹海迷宮で手に入る肉に限定した方がいいだろう。

 市場の露店主達にヒアリングすれば、合う肉や合わない肉が分かるはずだ。


「三つ目の緑タレの蒸し肉は剣鎧古陸獣――ステゴザウルス風の恐竜を使うみたいだ」


 もっとも狩るのが大変だから、普通は代替にトカゲ系の肉を使うらしい。


「あー、いたわね、そんな魔物」

「ステゴ、ですか?」

「ほら、背中に菱形の剣みたいな棘が生えてるこんもりした古陸獣よ」

「あれですか。歯ごたえ良い棘肉が大変美味でした」

「あはは、……あれが味わえるのはリザさんくらいだと思う」


 アリサが遠い目で乾いた笑いを漏らす。

 肉好きのポチでさえ、途中で顎が痛くなったと言ってお代わりをしなかったほどだ。


「肉は残ってるの?」

「勇者屋の保存食の材料に使い切っちゃったから、新しく狩ってきてほしい」

「はいなのです! 肉はポチにお任せなのですよ!」

「タマも行く~?」

「私も一緒に行きましょう」


 獣娘達が張り切って志願したので、剣鎧古陸獣の狩猟を任せる。


「四つ目の青皮肉饅頭は面子豚だから在庫はある。他にも野菜を色々と使うけど、これは市場でよく見かけるのばかりだから大丈夫だ」

「面子豚はとってもジューシー~?」

「はいなのです! ポチも面子豚のトンカツが大好きなのですよ!」


 面子豚料理の美味しさを語る二人の頭をぐりぐり撫でる。

 カツ丼やカツカレーも美味しいけど、面子豚の生姜焼きも捨てがたい。在庫は潤沢だけど、減る速度も速いんだよね。


「五つ目の豚芋汁に使うのも『面子豚』だから同じだね。一緒に使う芋がないけど市場に行けば揃うと思う」


 何度か使った事のある芋だし、たぶんあるだろう。


「六つ目の藍豆のシチューに使う藍豆は市場で見かけたし、他の具材も市場で揃うと思う。他の素材と一緒に買い込みに行こう」

「なら値切りはわたしに任せて!」


 アリサが腕まくりして宣言する。


「なら、私は荷物持ちでアリサちゃんと一緒に行きますね」

「ロロ一人じゃ持ちきれないから、ナナも一緒に――」

「待って、鳥を狩りに行くのがルルとミーアだけじゃ、魔物に奇襲された時が心配だわ。ナナはそっちに回ってもらえないかしら?」


 アリサにそう言われたナナがオレに視線を向けたので頷いてやる。


「イエス・アリサ。ルルの護衛は任せてほしいと告げます」


 鳥狩りにはオレが一緒に行くつもりだったけど、ナナなら適任だ。


「なら、オレはナナの代わりに荷物運びをするよ」


 これで役割分担は完了だ。


「それじゃ、手分けして集めよう!」

「「「応!」」」「なのです!」


 賑やかに気勢を上げ、オレ達は謝肉祭の準備を始めた。





「ここの市場は賑やかねぇ~」


 オレはアリサとロロを連れ、要塞都市の市場に来ていた。

 ハムっ子達は勇者屋でお留守番だ。


「気のせいか全体的に値上がりしてないか?」

「そうですね。皆、謝肉祭の準備をしていますから」


 オレの問いにロロが答える。

 そんな話をしている内に、生鮮食品を扱うエリアへと到着した。


「――あれ? 無いな」

「若様、何か探しているのかい?」


 目的の品が見当たらなくて困っていると、馴染みの露店主が声を掛けてくれた。


「藍豆と根芋を探しているんですが、見当たらなくて――」

「そりゃそうさ。今の時期だと藍豆と豚芋汁用の根芋は、市場で手に入るわけないさ」


 オレがそう切り出すと、露店主は一つ溜め息を吐いて答えてくれた。


 どの家でも使うし、お祭りに露店を出す人も多いから、朝一番に売り切れるそうだ。

 マップ検索した限りでは、どの露店にも在庫がない。


「ちゃんと予約しなかったのかい?」

「予約ですか?」

「――あっ」


 予約と聞いたロロが声を上げた。


「ロロたん、もしかして予約していたり……」

「ごめんなさい。お仕事が忙しくて忘れてました」


 アリサが一縷の望みを掛けて尋ねたが、ロロはすまなさそうな顔をして首を横に振った。


「私が勇者屋を継いでからは、自分の家で作る事もなくなったので……」

「露店で買ってたの?」

「それもありますけど、大魔女様が塔前広場で振る舞ってくださるので、そこでご相伴に与ってました」


 ロロによると、どの料理も競争が激しくて、食べられるのは一種類か多くて二種類らしい。


「予約していないなら、冒険者に頼んでみたらどうだい? ロロちゃんなら、冒険者の知り合いが多いだろ?」

「冒険者って事は樹海迷宮で採れるの?」

「そうだよ。栽培している者もいるけど、基本的に自生しているのを採取したモノが売られているね」

「なら、簡単ね?」


 アリサがオレを振り返って目配せした。


「そうだね。オレとアリサでちょっと採ってくるよ」

「採ってくるって、けっこう競争が激しいぞ?」

「大丈夫です。ちゃんと穴場がありますから」


 会話中に行ったマップ検索で、すでに過疎地の穴場は調査済みだ。

 オレ達は市場で買える材料だけ買い集めて、残りの藍豆と根芋を採取しに向かった。





 ロロには市場で買った材料の下ごしらえを頼み、オレはアリサと二人で群生地帯へとやってきていた。


「うっわー、すごいわね。刈るのが大変そう」

「藍豆の蔓があちこちに巻き付いているから、普通に採取するのは大変そうだね」

「どうしよう? まとめて刈って、戻ってから仕分ける?」

「そうだね。その方が良さそうだ」


 一つずつ丁寧にやっていたら、時間が掛かるし腰を痛めそうだからね。


「アリサ、頼む」

「おっけー! ――空間切断ディメンジョン・カッター!」


 アリサが空間魔法で刈り取った一帯を、まとめてストレージへと収納する。

 後はストレージ内で種類別に分けてから、不要な雑草を元の場所に取り出す。これでストレージ内には鞘入りの藍豆とその蔓だけが残る。

 久々にストレージのチートさを実感してしまった。


「あっという間に終わったわね。次は根芋よね。どこに転移したらいい?」

「場所は鬼人街と邪神殿の中間くらいだ」

「だったら、鬼人街から行きましょ。邪神殿の周りには臭う沼が多いから」

「分かった。異論はないよ」

「それじゃ、私をギュッと抱き締めて――転移テレポート!」


 事前に設置した刻印板を目印に、アリサが転移を実行する。


「さて、行きましょ――あら? ご主人様、ここら辺にも藍豆の蔓があるわよ」


 アリサが鬼人街の煉瓦壁を這う蔓を指さした。

 よく見るとそこら中にある。


「このゴブどもめ! あたしが目を付けた藍豆を返しやがれぇえええ!」

「こなくそぉおおお! それは俺様の豆だぁあああああ!」


 向こうの方から冒険者の雄叫びと、デミゴブリンの悲鳴が聞こえてきた。

 どうやら、藍豆収穫クエストを受けた冒険者達が、デミゴブリンと死闘を繰り広げているらしい。


「刈る?」


 アリサが困った顔で問う。


「いや、もう十分な量があるし、他の冒険者の為に置いておこう」


 オレはアリサを抱えて、天駆で目的地へと向かう。

 目撃されないように低空を飛んだ。


「――この辺なの?」

「そうだよ。雑草が多くてわかりにくいけど、この辺り一帯に芋が埋まっているみたいだ」

「待って、虫が多そうだから、虫除けを焚いてからにしましょ」


 オレが高度を落として着地しようとしたら、アリサから待ったが掛かった。

 下生えを伸ばした魔刃でカットして、芋の蔓を掴んで引っ張ると鈴なりの根芋が土の中から出てきた。黄色く細長い芋だ。フォルムはニンジンに似ている。


「わたしもやりたい! これでも幼稚園に通っているときは、『芋掘りアリサちゃん』って怖れられてたのよ!」


 腕まくりしたアリサが、手袋をした手で芋の蔓をむんずと掴んだ。


「うおりゃあああああ!」


 アリサが勢いを付けて蔓を引っ張る。


「ぐぬぬぬぬぬぬ」


 顔を真っ赤にして力むが、ステータスを知性(INT)値に極振りしている幼女が引き抜けるほど、樹海迷宮の植物は柔ではないらしい。

 オレはそっとアリサに手を添えて、引っ張るのを手伝ってやった。

 あっさりと抜けた芋の蔓にバランスを崩したアリサがひっくり返りそうになったので、軽く支えてやる。


「ありがと、ご主人様。こんなに手強いとは思わなかったわ。ポチやタマを連れてきたら良かったわね」

「今度は皆で来ようか」


 ポチやタマなら大喜びで芋掘りをしそうだし、この一帯には採り切れないほど根芋がある。

 アリサは一回で満足したので、オレは「理力の手」を使ってザクザク引き抜いて、必要十分な量の根芋をゲットする。ご近所さんに配る為に、ちょっと余分に回収しておこう。


「ひょっとしたら、ルル達も苦労しているのかしら?」

「ちょっと見てみようか――」


 空間魔法の「遠見」で確認したら、ルル達は既に何羽もの三首鳥をゲットしており、すでにミッションを完了していた。


 獣娘達の方も大きな剣鎧古陸獣を仕留め、血抜き作業を行っている。周囲を駆け巡る冒険者達からは、羨望の目で見られていた。

 見かねたのか、タマが剣鎧古陸獣のいる場所を教えてあげている。


「――大丈夫みたいだね」


 さすがはミスリルの探索者。心配するまでもなかったようだ。





「とれびあーん、なのです!」

「幸せの香り~?」


 ポチとタマが調理場から流れてくる香りにメロメロだ。


 いくつかの料理は下ごしらえに二日ほど掛かるモノもあるので、その間ずっとポチとタマを始め仲間達やハムっ子達から「まだ?」「味見はいらない?」と何度も聞かれる事になってしまった。


「さすがは『虹のお肉』なのです! ポチはこの香りだけでご飯何杯でもいけそうなのですよ!」

「はれへりへり~」

「二人とも、そろそろお店が忙しくなる時間です。手伝いなさい」

「あいあいさ~」

「はいなのです。ハタラ・カザルもの食うべからずなのですよ!」


 リザに促されてタマとポチが店番に向かう。


 オレ達は繁忙時間以外は謝肉祭の準備に大忙しだ。

 皆の協力でできた時間を使って、赤鳥鍋、橙色の豚芋汁、黄甘煮、緑タレの蒸し肉、青皮肉饅頭、藍豆のシチューの調理を進めた。シチューや豚芋汁や肉饅頭はかなり多めに作ったので、謝肉祭中に来た常連客に配ろうと思う。


「ロロちゃんいるかい? これ、藍豆と根芋を貰ったお礼よ」

「わー、美味しそう! ありがとうございます! 皆で食べますね!」


 多めに収穫した藍豆と根芋をご近所さんに配ったお返しに、色々な料理を頂いている。

 それらのお返しの料理は、謝肉祭の準備に追われて簡単な食事になりがちな日々を彩ってくれた。


 そして謝肉祭当日。全ての料理が完成した。


 ダイニングだと料理を並べるスペースが足りないので、庭にテーブルを並べて特設会場を作ってみた。


「たりほーなのです! ご馳走が一杯でポチはどうにかなっちゃいそうなのですよ!」

「おう、あめーじんぐぅ~」


 ポチとタマが料理の上で鼻をスンスンさせて、くねくねと踊っている。

 嬉しくてたまらない様子だ。


「ロロ、ご馳走」

「ロロ、美味しそう」

「ロロ、食べていい?」


 ハムっ子達の目は肉料理の周りに並べた付け合わせのブロッコリーとサイドメニューの揚げ芋や藍豆のサラダにロックオンされている。


「ご主人様、一言どうぞ!」

「皆のお陰で謝肉祭の準備ができた。美味しい料理を食べて英気を養ってほしい!」


 獣娘達が早く食べたそうなので、スピーチは短く纏めた。


「いただきます」

「「「いただきます」」」「なのです!」


 アリサの音頭で皆が食事を始める。


「こっちの赤いのはダメなのです。きっと辛いのですよ」

「ならば、赤鳥鍋は二人の分も私が完食いたしましょう」

「私も辛いのは大丈夫ですからお手伝いします」


 リザとロロが赤鳥鍋を最初に選んだ。


「タマは豚芋汁~? 脂の甘みと芋の甘みが仲良しさん~?」


 タマがうっとりと目を細める。

 気に入ってくれて良かった。ナナがあく取りを頑張ってくれたお陰だね。


「黄色が呼んでるから、ポチは黄甘煮にするのです!」

「それも美味しそうね。結局タウロス肉を使ったんだっけ?」

「そうだよ。市場でタウロスのスジ肉が一番合うって教えてもらったんだ」


 そのお礼に、教えてくれたお姉さんには、タウロスのスジ肉各種をプレゼントしてある。


「とってもとっても美味しいのです! スジ肉がほろほろで甘~いタレとなのです!」


 ポチ、それを言うならマリアージュだ。


「わたしは蒸し肉を行ってみようかしら? 緑色のタレが気になるけど――ってほうれん草みたいな味のタレね。思ったより生臭くないわ。ショウガっぽい香りもするわね」


 ビタミン不足になりがちな要塞都市に相応しい料理だ。


「柔らかいし、私も好きかも。アリサ、この蒸し肉を裂いて、こっちの葉野菜にくるんで食べると美味しいわよ」


 ルルが開拓した食べ方をアリサに告げる。


「へー、レタス巻きみたいな感じかしら――美味っ。めちゃめちゃ美味しいじゃん」

「タマも気になる~?」

「ポチだって気になるのです」


 アリサが大げさに驚いたから、タマとポチが飛んできた。

 せっかくの謝肉祭なので、二人だけじゃなく、他の面々にも葉野菜巻きを作ってあげよう。


「マスター、青皮肉饅頭が美味と告げます。パリパリで肉汁が溢れて、そう美味しいのです」


 ナナは春巻きみたいな料理を気に入ったらしい。

 山椒みたいな香辛料が入っていて、ちょっとピリ辛だけどナナの口に合ったようだ。


「藍豆のシチュー?」

「そうだよ。見た目は透明なスープだけど、とっても美味しいよ」

「食べる」


 ミーアが水のように透明なスープに入った藍豆をスプーンで掬って口に運ぶ。

 一口食べたミーアが目を見開いて髪の毛を逆立てた。


「甘い香りなのに、すっぱいの! すっぱいのに、豆は甘いの。とっても不思議な味でびっくりしたわ。アメージングなの。でもでも、くどくなくてさっぱりしていて、とっても美味しいの! 本当よ?」


 ミーアが久々の長文でまくし立てた。

 よっぽど驚きの味だったらしい。


「ロロいる~?」

「ティアさん! こっちです! お庭にいるから来てください」


 店の方からティアさんの声が聞こえたので、ロロが立ち上がって大きな声で呼ぶ。

 しばらくしたら、ティアさんが大きな包みを持って勝手口から庭に回ってきた。


「今日は塔前広場の振る舞い料理を食べに来ていないみたいだったから、適当な料理を包ませて持ってきたんだけど――必要なかったみたいね」

「そんな事ありません! ありがとうございます、ティアさん」

「そうなのです! お肉は幾らあっても困らないのです」

「ういうい~」


 いつの間にかポチとタマがロロの傍に移動していた。

 たぶん、ティアさんの抱える包みから漏れる美味しそうな匂いをキャッチしたに違いない。


「どうぞ、こちらに掛けてください」


 ティアさんから包みを受け取り、ロロの傍に席を用意する。

 受け取った包みはルルが引き受け、新しい大皿に盛ってくれた。どうやら、勇者屋のレシピ集とは違ったレシピが存在するらしい。


「ロロー! 振る舞い料理貰ってきたよー」


 今度は常連のノナさんがやってきて、その後も次々と常連客が顔を出す。

 常連用に準備していた大鍋料理は瞬く間に底を突き、途中からは干し肉を肴に酒盛りへと移行し始めたので、酔っ払いは酒場へと送り出した。


「楽しいですね、サトゥーさん」

「そうだね、ロロ」


 常連に飲まされてほろ酔いのロロが、オレの肩に頭を預ける。


 既にハムっ子達や仲間達のほとんどは食べ過ぎで、まん丸お腹を上にして寝ており、今はリザとルルの二人が空っぽのお皿を流しに浸けに行ってくれている。


「むにゃむにゃ、もう食べられないわ~」

「ポチは、ポチはなのです。まだまだ食べられるのですよ」

「ういうい~、タマもねばぎばっぷ~」


 ベタな寝言を言うアリサの左右で、ポチとタマが食欲に溢れた寝言を漏らしている。


「二人とも、あれだけ食べてもまだ食べ足りないのですか?」


 リザが優しい笑顔でポチとタマにタオルケットを掛けてやる。


「ご主人様、お水です」

「ありがとう、ルル」


 ルルがロロの反対側に座る。


「ロロさん、寝ちゃったんですね」


 言われて視線を向けると、ロロが安らかな寝息を立てていた。


「また、こんな風にお祭りをしたいですね」

「もちろんさ。来年もまた祝おう」


 こういう楽しいお祭は何度あってもいいものだ。


「今度はティアさんの持ってきたレシピに挑戦するのもいいね」

「はい、ご主人様。皆で一緒に作りましょう!」


 ルルと水のグラスで乾杯し、次を約束する。

 来年も楽しい日になる事を祈願して。

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