創造錬金術師は自由を謳歌する 故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました/千月さかき


  <トールとルキエとメイベルと羽妖精ピクシーと「勇者世界のゲーム」>



「勇者世界には『王様ゲーム』というものがあるそうです」


 ある日の午後。

 ルキエとメイベル、羽妖精ピクシーのソレーユとルネの前で、俺はそんなことを言った。

 ここは、俺の工房のリビングだ。

 ルキエもお忍びでやってきて、仮面を外してくつろいでる。


「やり方が書かれた古文書を見つけたので、やってみませんか?」


 俺はテーブルの上に、古文書の写しを置いた。

 みんなにもわかるように、勇者世界の文字はこの世界のものに書き換えてある。


「ふむ。興味深いな」

「面白そうですね」

「やってみたいのよ」

「あたくしもお付き合いいたします」


 ルキエとメイベル、ソレーユとルネはうなずいた。

 4人とも、つきあってくれるみたいだ。


「それじゃ、やり方を説明しますね」


 俺は古文書の写しを読み上げていく。

 ルールは簡単だ。


 人数分のクジを作り、その中に王様の印と、1から4までの数字を書いておく。

 王様のクジを引いた者は、数字のクジを引いた者に命令することができる。

 命令するまでは、誰が何番なのかを知ることはできない。

 あんまり変な命令はしないこと。


 ──ルールは以上だ。


「やりかたは分かったが……このゲームの意図がわからぬ」

「意図ですか? ルキエさま」

「うむ。異世界勇者は強い力を持っておった。じゃが、自らが王になりたがる者はいなかった。なのにどうして王になりきるゲームをしておったのじゃろう?」

「おそらく……王様のような覚悟を持つためではないでしょうか?」

「そうか! 勇者は、超絶の力を持っておったから……」

「強大な力には責任が伴うものです。圧倒的な戦闘能力を持つ勇者たちには、民をまきぞえにしないような覚悟……つまり、民を守る王のような覚悟が必要となります」

「彼らは王様になりきることで、その覚悟を育てておったということか」

「ゲームであっても覚悟を持ち、本気で取り組む。それが異世界勇者の強さの秘密なのかもしれません」


 俺とルキエはため息をついた。

 勇者世界のことが明らかになっていくたびに、彼らとの力の差を実感する。

 それでも、ルキエは魔王領の王として、俺は勇者を超えたい錬金術師として、勇者の研究を続けなければいけないんだ。


「でも、トールさま。私たちがするのは、勇者世界の『王様ゲーム』のまねごとですよね?」

「そうなのよ。あまり気負わない方がいいのよ」

「ルネも同意見でございます」


 まぁ、確かに。

 メイベルとソレーユとルネが言うのも、もっともだ。


「そうですね。これはお茶会の席ですから。気軽に『王様ゲーム』を試してみましょう」

「今回はあくまで練習ということじゃな」

「はい。それじゃ、まずはクジを引く練習からはじめましょう」


 俺はあらかじめ作っておいたクジを取り出した。

 細い筒に、5本の棒が入っている。

 先端が黄色く塗られているものを引いた者が王様。

 数字が書かれているクジを引いた人は、命令を受ける側だ。


「それじゃ、やってみましょう。ルールはわかりましたね?」

「承知しておる」「わかりました」「「やってみましょう」」


 俺とルキエ、メイベル、ソレーユとルネは一斉にクジを引いた。

 全員が後ろを向いて、クジの中身を確認して、と。

 せーの。


「「「「王様だーれだ!?」」」」


「──って、なんで一斉に余の方を見るのじゃ!?」


 あ、しまった。

 でもなぁ。ルキエは本物の魔王──つまり王様だ。


『王様だーれだ』と口にすると、どうしてもルキエの方を見ちゃうんだよな。

「ちなみに、ゲーム上の王様は誰ですか?」

「……余じゃけど」

「さすがルキエさま。すごいくじ運ですね」

「じゃがなぁ。『王様だーれだ』で、皆が一斉にこっちを見るのは落ち着かぬ」

「確かに、そうかもしれませんね」

「ゲームなのじゃから、無理に『王様』にしなくてもよいのではないか?」

「でも、勇者世界のゲームですから、ルールを変えると謎の現象が起こるかもしれませんし」

「ならば、王様より上位の者の名前にするのはどうじゃ? 魔王である余も命令の対象になるのであろう? だったら、もっと上の存在の名前を使うのもよかろう」

「一理ありますね」

「じゃろう?」

「そういえば異世界勇者で『破邪神竜王魔眼の使徒』と名乗っていた人がいましたね」

「おったな。右眼に眼帯をつけて、常に左腕がうずくと言っていたと聞いておる」

「その勇者の主人の名前を借りましょう」

「『破邪神竜王様だーれだ?』か。良いな」

「メイベルとソレーユとルネはどう思う?」

「私は賛成です。その方が、陛下もやりやすいと思います」

「ソレーユも賛成なのよ」

「あたくしも同感でございます」

「よっしゃ。それじゃ今から『王様ゲーム』は『破邪神竜王様ゲーム』にしよう」

 ということで、今回のくじ引きは無かったことになった。

「ところでトールさま。このくじなのですが、細い鎖がついているのはどうしてでしょう?」


 メイベルが自分のくじを手に、つぶやいた。

 彼女の言う通り、この『王様ゲーム』もとい『破邪神竜王様ゲーム』のくじには、細い鎖がついている。ブレスレットの先に、小さな飾りがついているような感じだ。

 ちなみに、身体の小さな羽妖精たちには、ペンダントにちょうどいいサイズになってる。


「鎖がついているのは、参加者が身につけておくためだよ。中にはいくつかの魔石が仕込んであって、身につけたら外れないようになっているんだ」

「そ、そうなのですか!?」

「この『破邪神竜王様ゲーム』は、王様のような覚悟を手に入れるためのゲームだからね。参加者にも、当然、『王様を目指す者』としての覚悟が求められるんだ」

「……やはり異世界勇者たちも、同じようにしていたのでしょうか?」

「たぶんね。勇者たちのことだから、王様の命令に従わなかったときは、手元のくじが爆発してたんじゃないかな?」

「爆発ですか!?」

「勇者だからね」

「トールさまがおっしゃると、すごい説得力がありますね」

「勇者なら、多少の爆発なんか平気だろうし」

「では、このくじにも爆発する機能が?」

「それはないよ」

「ですよね。さすがに爆発は危ないですから」

「ただ『光の魔石』でピカピカ光るようになってるよ。ほら」


 俺はみんなの前に、自分が引いたくじをかざした。

 しばらくすると、数字を記した部分が光り始める。

 光はだんだん強くなり、効果範囲も広がっていく。


「これを手首や首に着けていたら、すごく気になるよね? 自分が王様の命令を果たさなかったことが、まわりにもわかっちゃうから」

「確かに……そうですね」

「ゲームとはいっても、勇者世界のものだからね。これくらいのギミックは必要だと思うんだ」

「王様の命令を果たしたら光は消えて、ブレスレットも外れるのですね?」

「そうだね。王様……じゃなかった『破邪神竜王様』が『忠実なる臣下よ。汝の使命は果たされた!』と叫ぶと、機能停止するようになってるよ」

「……理にかなっていますね」


 メイベルはうなずいた。

 隣でルキエと、羽妖精のソレーユとルネもうなずいてる。

 まねごととはいえ勇者世界のゲームをやるからには、真剣じゃないと。

 でないといつまで経っても、勇者たちに追いつけないような気がするんだ。


「ルールは承知した。では、今回はくじを引く練習だけ、ということじゃな」

「そうです。ではルキエさま。やり直しの宣言をお願いします」

「うむ。『忠実なる臣下よ! 汝の使命は果たされた!』」


 かちん。


 ルキエが宣言すると、ブレスレットから光が消えた。

 俺たちはそれを筒の中に戻す。

 筒の先端から鎖だけ出して、くじの引き直しだ。


「それじゃいくよ。せーの」


 俺たちは一斉にくじを引いて──


「「「「「破邪神竜王様だーれだ!?」」」」」


「……余じゃな」

「本当にくじ運がいいんですね。ルキエさま」

「命令をお願いいたします。陛下」

「楽しみなのよ」

「わくわくいたしますね」


 俺とメイベルはブレスレットとして、ソレーユとルネはペンダントとして、引いたくじを身につける。

 しばらくすると俺とメイベルの手首で、ソレーユとルネの首のあたりで、くじが光り始める。

 数字は持ち主にしかわからないようになってる。

 あとはルキエが命令を告げるだけだ。


「くじが発する光は結構目立つのじゃ。しかも、余の命令を果たさぬ限り外れぬとはな。王としての覚悟が試されるゲームというのもわかるのじゃ」

「勇者世界の者たちは、このゲームを飲み会でもやっていたらしいです」

「彼らはそんな席で人生を賭けておったのか!?」

「勇者ですからしょうがないですね」

「う、うむ。じゃが、今回のこれは勇者世界の研究のためじゃからな。簡単な命令にしよう」


 ルキエは緊張した顔で、俺たちを見回した。


「では、2番は4番のいいところを見つけて、ほめるのじゃ! いい加減にやるでないぞ。心から、思いのたけを伝えるのじゃぞ!」

「わかりました」


 俺は手を挙げた。


「むむ? トールは2番か、4番か?」

「ほめる方ですね」

「2番じゃな。では4番は?」

「……私です」


 メイベルが手を挙げた。

 なるほど。俺はメイベルをほめればいいんだな。

 だったら簡単だ。

 メイベルにはいいところがたくさんある。むしろ、ほめない方が難しいくらいだ。


「じゃあ、いくよ、メイベル」

「お、お待ちください」

「え、なんで?」

「だ、だって、トールさまは誰かをほめるとき……手加減しないですから」

「いや、俺は常に思ってることを言ってるだけなんだけど」

「だ、だからドキドキしてしまうのです!」

「でも、あんまり時間をかけると、ブレスレットがピカピカ光ってうっとうしいし」


 俺は手首につけた、鎖状のくじを見た。

『光の魔石』の効果で、光がどんどん強くなる。

 命令を果たすのに時間をかけるとこうなるんだ。

 ソレーユもルネも、まぶしそうに目を細めてる。早めに命令を果たした方がいいな。


「それじゃいくよ、メイベル」

「ま、待ってください。私はまだ、心の準備が……!」

「メイベルのいいところは──」

「お、お待ちくださいトールさま──っ!」


 数分後。


「──というわけで、メイベルはすごく魅力的で、いつも俺はそんな彼女に助けられていると」

「『忠実なる臣下よ。汝の使命は果たされたのじゃ!』」


 かちゃん。


 俺の手首からブレスレットが外れた。

 光も消えて、ただの鎖がついたくじに戻る。


「第1回目はここまでじゃ。トールよ」

「でも、ルキエさま、まだイントロなんですけど……」

「メイベルが限界じゃ。ここまでにするがよい」


 ぴくぴく、ぴくぴく。


 気づくと、メイベルがテーブルにつっぷして震えていた。

 顔も首筋も。エルフ耳の先端まで真っ赤になってる。

 素直にほめたつもりだったんだけど、メイベルには刺激が強すぎたらしい。


「なるほど……やはり勇者世界のゲームは危険だということですね?」

「……危険なのは、錬金術師さまの方なのよ」

「……聞いてるだけなのに、あたくしたちもドキドキしてしまったのでございます」


 ソレーユとルネは、メイベルの肩をさすってる。

 落ち着かせようとしているみたいだ。


「ありがとうございます。少し落ち着きました」

「良かったのよ」

「お力になれたのなら、幸いでございます」

「はい。ソレーユさん、ルネさん」


 それからメイベルはルキエの方を見て、


「では、陛下。続きをお願いいたします」

「う、うむ。では『破邪神竜王様ゲーム』の2ラウンド目じゃ」


 俺たちは再びくじを引いた。


「「「「「破邪神竜王様だーれだ!?」」」」」


「……って、また余が『破邪神竜王』か!?」

「ルキエさまは本当に強運なんですね」

「たまには命令される方をやってみたいのじゃが……まぁいい。次は3番が1番の肩をもむのじゃ。こりがほぐれるように、念入りにな」

「わかりました。ルキエさま」

「トールが3番か。では、1番は?」

 メイベルが手を挙げた。

「…………ううむ」

「…………申し訳ありません。陛下」

「いや、メイベルのせいではなかろう?」

「もし、気が進まないようでしたら、取り消しても……」

「『王様』……いや『破邪神竜王』か。とにかく、王の名の元に命じた以上、たやすく取り消すわけにはいくまい」


 ルキエは俺の方をじっと見て、


「ではトールよ。メイベルの肩を揉むがよい!」

「わかりました。じゃあいくよ。メイベル」

「お、お待ちください。さっきの後遺症でまだドキドキしているのです」

「大丈夫」

「そ、そうなのですか?」

「マッサージは得意だから。ほら、人体構造を知ることも錬金術師には必要だからね。メイベルの肩こりを、効率的にほぐせると思う」

「そういう問題ではありません……って、あ、トールさまのブレスレットが、また光りはじめました。わ、私が肩を揉んでいただかないと、トールさまが眩しい思いをすることに……で、でもでも」

「しょうがないよね。『破邪神竜王様』の命令だから」

「トールさま……どうしてくじが光る機能をおつけになったのですか……って、ちょっとお待ちください。今の状態でトールさまに触れられてしまったら。あ、だめです。そんな! 心の準備が────っ!」


 数分後。


「……揉まれてしまいました。トールさまに、じっくりと……肩を」


 ぴくぴく、ふるふる。


 再び、メイベルがテーブルにつっぷして震え出す。

 すでにルキエは「『忠実なる臣下よ。汝の使命は果たされたのじゃ!』」と宣言して、俺のブレスレットを外してくれてる。

 でも、メイベルの肩を揉んでるうちに、夢中になっちゃったんだ。意外と凝ってたから。

 メイベルはいつも俺のために仕事をしてくれてるからね。

 この機会に恩返ししようと思ったんだけど……やりすぎたみたいだ。


「……メイベルさま。しっかりして欲しいのよ」

「……次がございます。次こそ、錬金術師さまに色々して差し上げるのでございます!」

「は、はい!」


 ソレーユとルネにはげまされて、メイベルは顔を上げた。


「へ、陛下。次をお願いいたします。次こそは私がトールさまを……」

「いや、そろそろやめようと思っておったのじゃが」

「……そんなぁ」

「だって、余ばっかり『破邪神竜王』になるんじゃもの」


 うん。そうだね。ルキエは妙にくじ運がいいから。

 そのせいで毎回『王様』──じゃなかった、勇者の言うところの『破邪神竜王』になってるんだ。

 なんだか、気の毒になってきた。


「それじゃ、次で最後にしましょう」

「そうじゃな」

「わ、わかりました。気合いを入れてくじを引きます」

「やりますのよ!」

「がんばるのでございます!」


 俺とルキエ、メイベル、ソレーユとルネは3回目のくじを引いた。

 その結果──


「「「「「破邪神竜王様だーれだ!?」」」」」」


「あ、今回は俺が『破邪神竜王』です」


 よかった。

 最後までルキエが『破邪神竜王』だったら、どうしようかと思った。

 今回は俺に命令する権利があるのか。

 それじゃ、できるだけ普通の命令にしよう。


「では、1番の人が、そこにある『携帯用超小型物置』を振ってください。そこから転がり落ちてきたものを、2番の人が使うということで」


 こんなこともあろうかと、ゲーム用に『携帯用超小型物置』を用意しておいたんだ。

 中には適当なものを詰め込んである。

 もちろん、危険なマジックアイテムは入っていない。

 出てきたものを使っても、問題はないはずだ。


「は、はい。1番はソレーユなのよ」


 羽妖精のソレーユが手を挙げた。


「それじゃ、ルネが手伝ってあげて。ふたりで『携帯用超小型物置』転がして欲しいんだ。それで出てきたものを、2番の人に使ってもらおう」

「わかりましたのよ」

「せーの、で転がすのでございます!」

「「せーの!」」


 羽妖精のソレーユとルネは、ふたりがかりで『携帯用超小型物置』を転がした。

 開いたままの扉から、アイテムが転がり出てくる。

 出てきたのは──えっと。


「……水着だね」

「3着出てきましたね。ひとつは私用のものです」

「そっか。メイベルが2番だったのか。じゃあ、隣の部屋で着替えて──」

「い、いえ。私は4番です」

「ルネは3番なのよ」

「ソレーユは先ほど申し上げた通り、1番なの」

 ということは、2番はルキエということになるわけで……。

「…………むむむ」


 ルキエはじっと水着を見つめたまま、うなってる。

 彼女の手首では、ブレスレット状のくじが光り始めてる。

 このままだと、だんだん光が強くなるはずだ。

 うん……魔王陛下に、眩しい思いをさせるわけにはいかないな。


「それじゃ、『破邪神竜王様ゲーム』はここまでにしましょう」


 俺は、ぱん、と手を叩いた。


「みんなもお疲れさまでした。それじゃ『忠実なる臣下よ──』」

「待て、トールよ」

「……すいませんルキエさま。命令の内容に問題がありました。取り消させてください」


 以前、水に強い新素材を錬成したときに、それを素材に水着を作ってもらってたのを忘れてた。

 作ったのは3着。メイベルとルキエ用、それと羽妖精たちのサイズに合わせたものだ。

 もちろんルキエ用のものは、服職人さんにサイズだけ伝えて作ってもらってる。それを『携帯用超小型物置』に入れておいたんだ。

 ……でも、この場でルキエに水着を着せるわけにはいかないよな。


「これはお主に手配してもらった、余とメイベルと、羽妖精たちの水着か」


 でも、ルキエは真剣な顔で、水着を見つめている。


「それがうっかり、転げ出てきたということじゃな……むむむ」

「事故です。だから、今回の命令は無しにしましょう」

「トールよ」

「はい」

「お主はこのゲームは『王様のような覚悟を持つためのもの』と言うておったな」

「言いました」

「だからこそお主は、命令を果たさぬ限り外れないブレスレットを作ったのじゃな?」

「そうですね。ルキエさまの手首で、ピカピカ光りはじめています」

「うむ。なかなか眩しいものじゃな」

「うっとうしいですよね」

「命令を果たさぬ者を責めているようでもある」

「その通りです。だから今すぐ解除して──」

「じゃが、余は帝国に学び、お主は異世界勇者に学ぼうとしておる」

「……そうですけど」

「その余とお主が、『破邪神竜王様ゲーム』の命令を取り消すわけにはいかぬじゃろう?」


 ルキエは宣言した。

 胸を張って、きっぱりと。


「余は魔王ルキエ・エヴァーガルドである! 王に二言はない! このゲームをやると決めたからには、この水着を着こなしてみせよう!」

「わ、わかりました。それじゃ俺は席を外しますね」

「駄目じゃ」

「駄目ですか」

「今のお主は『破邪神竜王』じゃろう!?」

「やっぱりその設定は捨てた方がいいと思います」

「ゲームが終わるまで駄目じゃ。トールは自分の命令の結果を見届けよ」

 ルキエは水着を手に、席を立った。

「そのカーテンの向こうで着替えてくる。少し待っておれ」

「隣の部屋との間にある、真っ白なカーテンですね?」

「う、うむ。見えぬ場所で着替えるのなら問題あるまいよ」

「……わかりました」

「うむ。待っておれ……って、なんと!? この水着は上下に分かれておるではないか!? ど、どうしてじゃ……?」

「すいません。城の服職人さんに『着る人は成長期で、これから背が伸びる』と伝えたので」

「……む、むむむ」

「上下に分かれていれば、長く着られると思ったんです」

「も、もうよい! とにかく着てみるのじゃ──っ!」


 ビキニタイプの水着と共に、ルキエはカーテンの向こうに移動した。

 そうして彼女は着替え始めたのだけど──


「「「「……あ」」」」


 カーテンに、ルキエの影が映ってる。

 胸元のボタンを外すルキエ。上着を脱ぎ捨てるルキエ。

 彼女がシャツのボタンをゆっくりと外して、脱ごうとしたところで──俺の目は塞がれた。


「お、お許しください。トールさま」

「ここまでなのよ」

「この先は、とてもまずいのでございます。錬金術師さま!」


 ……うん。そうだよね。

 魔王陛下の着替えを俺が見るわけにはいかない。たとえそれが影でも。

 というか、カーテンにルキエの影が映った理由がわかった。光るくじのせいだ。

 ルキエはあれを右腕に着けた状態で、横を向いて着替えてる。

 だから光がルキエを照らして、カーテンに影を映し出してたんだね……。


「お、お待たせなのじゃ」


 しばらくすると、水着姿のルキエが姿を現した。

 よく似合ってた。

 真っ白なビキニ姿で、まっすぐ見られないくらいきれいだ。


「ん? どうしたのじゃトールよ。メイベルもソレーユもルネも、妙な顔をして。や、やはり余に、こんなかわいい水着は似合わぬか?」

「……いえ、すごくお似合いです。ルキエさま」

「……おきれいです。陛下」

「……すごくかわいいのよ」

「……すばらしいのでございます」

「う。うむ。ありがとう。じゃが、どうしてみんな、そんなに微妙な顔をしておるのじゃ?」


 ルキエは言った。

 俺はルキエの右手首にある、光を放つくじを指さした。

 そうして、彼女に右手だけをカーテンの向こうにかざしてもらう。その左手の前に、俺の手をかざすと……カーテンに影が映って──


「──────っ!?」


 ルキエの顔が真っ赤になった。

 ちなみに、その直後に俺は『忠実なる臣下よ。汝の使命は果たされた』で、くじを解除した。


「あ、あわわわわ。な、なんということじゃ」

「だ、大丈夫です! メイベルたちが目を塞いでくれたから、俺はルキエさまが着替えるところは見ていません!」

「……ほ、本当じゃな」

「……は、はい」

「そ、そうか」

「やっぱりこの『破邪神竜王様ゲーム』は危険ですね。ここまでにしましょう」


 まさか、ルキエの着替えを見ることになるとは思ってなかった。

 いや、影だけだけど。上着を脱いだあとはまったく見てないんだけど。

 でも、同じ事故が起こらないとも限らない。

 やっぱり勇者世界のゲームは危険なんだね……。


「いや……余がこんな姿になったまま終わるのは気が進まぬ」


 でも、ルキエはビキニの胸を張って、宣言した。


「もう1回じゃ! それで最後にするのじゃからな!!」


 そんなわけで『破邪神竜王様ゲーム』は、もう1ラウンドだけやることになった。


 その結果。


「次はソレーユが『破邪神竜王』なのよ。じゃあ、3番の人は、1番の人の肩を揉んで欲しいのよ」

「3番は俺ですね。で、1番の人は……?」

「ま、待て。余は水着姿なのじゃが!? 肩紐がほどけないか不安なのじゃが……。い、いや、やめなくともよい! 王に二言はないのじゃ。二言はないのじゃからな!!」


 ──そうして行われた次のゲームで起きたことは──魔王権限で語れないことになった。


 ただ、わかったことが、ひとつだけある。


 ブレスレットを手首につけたまま、ビキニを着た人の肩を揉むと、鎖が引っかかって大変なことになるということだ。しかも気づかずに手を動かし続けると、水着がとんでもないことになる。


 あれはまさに、魔王権限で箝口令かんこうれいが発せられるほどの事故だったんだ……。


 こうして『王様ゲーム』は、魔王領では禁止にされることになり──

 俺たちは勇者世界の恐ろしさを、改めて思い知らされたのだった。

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