蜘蛛ですが、なにか?/馬場翁
<666>
「悪魔?」
ギュリギュリこと管理者ギュリエディストディエスは眉間に皺を寄せながらおうむ返しにその単語を口にした。
悪魔。
言わずと知れたファンタジー生物の定番だ。
なんで悪魔の話題を出したかって言うと、大した意味はない。
ふと、そういえばこの世界に悪魔っているんだろうか? って気になっただけ。
最初は魔王に聞いてみたんだけど、魔王も悪魔を見たことはないらしい。
この世界、ファンタジーに見せかけておいて、結構定番を外してくることが多いんだよな。
エルフはいるけどドワーフはいないし、そのエルフにしてもあれはイメージとは大いに異なるエルフっぽい何かだし。
あ、精霊はいるらしい。
ただその精霊にしても私が想像するようなものじゃないっぽい。
ゲーム脳的に言うと精霊って自然豊かなところとかにいて、自然をこよなく愛していたりもしくは自然そのものの化身的な存在で、交流を重ねると契約することができたり。
そういうイメージだったんだけど、この世界の精霊はある日突如発生して機械的に人を襲う魔物なんだとか。
契約? できるわきゃねーだろ!
うん、期待外れ。
え? お前根っからのボッチ気質なんだからそもそも交流できねーだろって?
……時には不都合な真実から目をそらさなきゃならないこともあるんだよ。
さて、精霊がいるんならもしかして悪魔もいるんじゃないか、って思ったのが事の始まり。
私の勝手なイメージなんだけど、精霊と悪魔って似てると思うんだよね。
ほら、どっちもなんか実体があいまいだし、精霊界と魔界って違いはあるけど普段は異界に住んでたりとか、共通点が結構あるじゃん?
精霊と悪魔って属性とか住んでるとこが違うだけで近縁種なんじゃないかって思うんだよ。
あくまで私の勝手なイメージなんだけどね。
だから精霊がいるんなら悪魔もいてもおかしくないんじゃないかなーって。
それでそういうこと知ってそうなギュリギュリに興味本位で聞いてみたんだよね。
「貴様、悪魔のことを知ってどうするつもりだ?」
ところがどっこい、ギュリギュリってばすごく真剣な表情で問い詰めてくる。
単なる興味本位だったんだけど……。
「ただの興味本位」
ここは誤魔化してもしょうがないので素直にそう言っておく。
ギュリギュリは私の真意を見定めるかのようにじーっと見つめてくる。
別にこっちは嘘ついてないしやましいことなんてないので平然とその視線を受け止める。
……嘘です。あの、あの、コミュ障はじっと見つめられるの得意じゃないの。
そんな見つめられると変な汗が出てくるから勘弁して。
「……まあ、システムがあるからには大丈夫か」
どれくらい見つめられていたのか、そしてどういう結論に達したのか、ギュリギュリは「ふう」と息を吐きだすと視線をそらした。
私も緊張から解放された。
けどその言い草、絶対私の言葉を素直に受け取ってないだろ!
私だって四六時中やましいことばっかしてるわけじゃないんだぞ!
ギュリギュリの中での私の評価がどういうものなのか、うっすらと見えてしまった。
「この世界に悪魔はいない。悪魔のような外見の魔物はいるが、あくまで外見だけだ」
そっか、いないのか。
まあ、興味本位で聞いただけのことだしそこまで残念な気はしない。
どうせいたとしても今までの傾向を見るにイメージと違う悪魔もどきだっただろうしね。
「だからといって呼び出そうなどと思うなよ? おそらくシステムによって遮断されて呼び出せないだろうが、それでも危険すぎる。万が一呼び出しに成功してしまったらこの壊れかけの世界では冗談ではなく世界存亡の危機になりかねん」
……あれー?
なんか思ってた以上に悪魔って危険なのか?
そりゃ、地球の神話でも悪魔ってヤベー的な逸話は数多くあるけど、それにしたって世界滅亡の危機って大げさじゃないの?
私が首をかしげていると、ギュリギュリが大きな溜息を吐いた。
「その様子だと本当に悪魔についての知識はないようだな」
だからギュリギュリの中で私の評価は一体全体どうなっているんだってば。
悪魔を利用してなんかよからぬことでもしでかそうとしてるって思われてんの?
失敬な!
ちょっとした雑談を振っただけで陰謀を疑われるなんて、清廉潔白に生きてきた私に対して何たる態度か!
そりゃ悪魔がいるんなら見てみたいなーとか考えてたけど、動物園とか水族館とかに行って動物とかお魚さんを見るのと大差ない感じよ?
悪魔を動物とかお魚さんと同列に扱うなって?
イヤー、この世界の動物ってイコールで魔物だし、そこらへんの感覚はどうも抜けてる自覚はある。
「ハア。変に好奇心を募らせて悪魔召喚などされたらかなわん。悪魔について私が知っていることを話そう」
だからギュリギュリの中で私はどうなっているのかと小一時間。
そんな世界滅亡の危機になりそうな危険物を興味本位だけで召喚しないってーの。
「まず悪魔という種族は大別すると三種、より正確に言えば本物が二種、似て非なるものが一種存在している」
ほーう。悪魔と一口に言っても種類があるのか。
「まず似て非なるものたちだが、実は彼らが広く悪魔と言われている種族だ」
ん?
ギュリギュリは本物二種と言った後に、この似て非なる一種と言ったわけで、表現的には本物じゃない偽物みたいなもんだってことだよね?
それなのに広く悪魔と言われてるのはそいつらだと?
どういうこっちゃ?
「彼らについても細々と種類が分かれるのだが、そこは割愛しよう。彼らは実体を持たない精神生命体、その中でも闇の属性の者たちが悪魔と呼ばれていることが多い」
精神生命体。
そんなのがいるのか。
イヤ、神とかが実在してるんだし、そりゃいてもおかしくはないか。
この世界の魔物だって相当みょうちくりんな生態してるのとかいるしね。
体がない精神だけの生物とかいても驚きはないか。
「実体化できないタイプだとゴースト扱いされることも多いようなので、一概にすべてが悪魔と呼べるかと言えばそうではないのだがな」
ゴゴゴゴースト!?
ゆ、幽霊!?
そ、そういうのもいるのか……。
「ん? ゴーストは苦手か?」
「べべべ別に……」
「苦手なのだな……。意外だ……」
イエ、苦手ジャナイヨ?
……だって、幽霊ってこう、腕力で解決できないっていうか、こう、理屈が通じないっていうか、こう、あれじゃん? 得体が知れないっていうか。
ともかく! ダメなんだよ!
「悪魔にせよゴーストにせよ、多少特殊ではあるがその世界の現地の生物の一種だ。こう言っては何だが、神である我々からすれば脅威ではない。無論、中には神に迫るほどの力を持っていたり、神の領域に到達した個体もいるだろうが、それは稀な例だ」
うん。そう言われてちょっと落ち着いた。
そうだよね、実体がないだけの生物なんだよね。
ジャパニーズホラー的な、訳わかんないうちにうぎゃー! な展開を引き起こす系のやつじゃなければ怖くない!
たぶんおそらくきっと!
「そういった者たちが悪魔の一種として現地の人々からは扱われている。これが似て非なるものたちだ」
ふむ。
現地の人々から、とあえて言っていて、さらに似て非なるものという表現。
そして本物二種。
ここまでの情報を吟味するに、似て非なるものの悪魔というのは、現地の人々にとっての悪魔なのだろう。
そして、ギュリギュリのような神から見ると、本物の悪魔とは似て非なる存在。
偽物と言わないのは、本物の悪魔ではないけど生物としてはれっきとした本物だからかな。
そりゃ生物としてちゃんと存在してるんだから本物も偽物もないわな。
現地では本物の悪魔扱いされてるんだろうし。
ただ、それでもギュリギュリが「本物」と称する悪魔がいるわけだ。
「本物の悪魔を語るには、天使の話をせねばならない」
天使、ねえ。
まあ、天使については全く知らないわけでもない。
なんせ女神サリエルが天使なわけだし。
正確に言えばはぐれ天使らしいけど。
「天使は突如この世界に出現した神を狩る神だ。なぞの多い種族だが、奴ら自身、自分たち天使という種族のことを理解していない。ただひたすら愚直に使命と呼ばれる命令に従うことが知られている程度だな」
うーん、何ていうか、天使って神様の使い的なイメージが私の中にあるから、その天使が神って言われるとすごい違和感がある。
でも、ギュリギュリとかの神々と渡り合えるんだから、カテゴリーで言えば神だよねぁ。
「天使は基本的に一つの集団に属している。そのまま天と呼ばれている、神々の三大勢力の一角だ。が、この天に属していない天使も存在している。一つははぐれ天使。サリエルのような天使だな」
女神サリエルははぐれ天使。
はぐれ天使とは、何らかの理由でその天という天使の集団からはぐれた天使。
まんまやね。
女神サリエルの場合、この星の生物の保護っていう使命をずーっとこなしてたんだけど、なぜか天からの連絡が途絶えてそれっきりらしい。
ただ、こういうケースは割とよくあるらしく、音信不通になりながら、それでもずーっと使命をこなし続けている天使は多いんだとか。
健気というか、バカというか……。
「もう一つが堕天使だ。そしてこの堕天使が本物の悪魔の一種だ」
おっと、ここで悪魔ですか。
まあ、地球の神話でも悪魔と堕天使ってイコールっぽい印象だしね。
「堕天使ははぐれ天使と違い、自らの意思で天を離脱した者たちだ。基本使命に忠実なはずの天使が、それを破ってまで離脱することからもわかるだろうが、堕天使は天使と違ってかなり確固たる自意識がある。そして面倒なことにそれに妙なこだわりがある。そのこだわりは使命に固執する天使に通ずるところがあるな。……まあ要するにどいつもこいつもキャラが濃いということだ」
うわぁ……。
私は天使なんてそれこそ女神サリエルしか知らないけど、その女神サリエルは使命を全うするために自分の身さえシステムの核に捧げちゃうような奴なんだよなぁ。
その使命に対する意気込みというかなんというかが、そのままキャラに反映されてるって?
絶対濃い。
ちょっとお知り合いになりたくないとそれだけでわかるくらい。
しかしなんだろう……。
今の話を聞くと真面目な優等生が上からの命令に逆らって組織から抜けた結果、はっちゃけちゃった的な……。
真面目な奴ほどはっちゃけちゃった時は反動が大きいからなぁ。
なんかそう考えると堕天使のイメージが変わるな。
「そいつらも問題と言えば問題なんだが、あくまで天使の中のごく一部でしかないから数は多くない。本来なら種族と呼ばれるまで数が増えるはずもなかったんだが、そこで登場するのがもう一種の悪魔だ」
ふむふむ。
「もう一種の悪魔は魔界と呼ばれる無数にある異界に生息している精神生命体だ。それだけならば似て非なるものたちと特徴はさほど変わらないのだが、明確に異なる点が一つある。それは強さだ。奴らは神々に抗しえる力を持ち、上位の連中に至っては完全に神の領域の力を持つ。単純に悪魔と呼称する時に指すのはこの連中だ」
魔界に住んでるっていうのはまんま悪魔のイメージ通りだな。
てか、魔界って無数にあるのか。
その魔界が無数にあるってことは、そこに住んでる悪魔も無数にいるわけっしょ?
ギュリギュリの言い草からしてメチャクチャ強い連中が。
……ヤバー。
たしかに、そんなのが召喚された日には、世界滅亡の危機だわな。
「悪魔は堕天使から派生した種族だと言われている。力ある神が死ぬと世界がその存在を取り込み、現世で生きる生物に影響を与えることがあるのだが、悪魔の場合それが顕著に出た例だな。なんせ堕天使は天使から見れば裏切り者で、他の神々から見ても厄介者だった。多くの堕天使が短期間のうちに打ち滅ぼされた結果、悪魔という種族が生まれてしまったというわけだ。天使が突如出現したようにな」
え!? 神って死ぬとそんなことになるの!?
何それ怖!?
迂闊に神を殺せないし、死ねないじゃん!
「ああ、言っておくが大昔の話だ。私が生まれた時にはすでに神が死してもそのようなことが起きないよう対策が講じられていた。とある力ある神が冥界という異界を作り出し、そこで死者の魂を選別して、そのままにしておくと危険な魂をより分けることによってな。より分けられた魂は地獄と呼ばれる異界に送られ、無害な状態になるまで分解されるという話だ」
え? それって神は死んだら強制的に地獄行きって聞こえるんだけど?
ていうか、冥界とか地獄とか、なーんかどっかの神を連想させるんですが……。
「冥界や地獄を管理しているのはDだ」
ですよねー。
あいつ、そんなことしてたのか……。
ていうかそんな重要な仕事ほっぽりだして遊んでたのか。
そりゃ、あの謎のメイドさんも怒るわけだ。
悪魔の話から思わぬところでDの仕事を知ってしまったわ。
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