王都の外れの錬金術師 ~ハズレ職業だったので、のんびりお店経営します~/yocco
<雨の日のお篭りパーティー>
ある日の朝。
私は窓や壁を叩く雨の音で目が覚めた。
窓から様子を眺めると、大粒の雨が窓ガラスを次から次へと打ち付けている。
この国にしては大雨で、とても珍しい天気だ。
……これじゃあ、今日はアトリエにもお客さんが足を運んでくれるようには思えないわ。
私達の国では、ひどい雨の日に仕事などの用事もなく外出する風習はない。
馬車を持つ貴族であれば雨を避けられるかもしれない。
けれど、それ以外に雨除けになる道具や着衣がないのだ。
『日傘』と言う、女性が肌の白さを保つためにさす傘も、あれはあくまで日除け用。
雨には対応していない。きっと、雨に濡らすと傷んでしまうだろう。
だから、今日のように雨が降ると、人々は保存食や備蓄の食料で食事を賄う。
そして外出も、よほどのことでなければしないのだ。
とすれば、今日はアトリエを開けてもお客さんは見込めない。
私が『お休み』と判断した理由はそこにあるのだ。
「マーカス達に、お休みって伝えなきゃいけないから、着替えなきゃ」
そう、私はまだ夜着のままなのだ。
これでは部屋の外に出られない。
私は、洋服ダンスを開いて、ブラウスとスカート、靴下などを取り出して、自分で着替える。
そして、髪を梳かす。
……え? 貴族だから着替えさせてもらうんじゃないかって?
しないわよ。
私は自分でアトリエを開いて、自活するって決めたの。
だから、お城へドレスを着ていかなければならない場合を除いて、自分のことは自分でするわ。
そういうわけで、まずはタライに水魔法で水を張って顔と歯を清める。
そして自分で着替えて、部屋を後にした。
コンコン。
まずは同じフロアのミィナの部屋の扉をノックする。
「はーい」
中からミィナの声が聞こえる。
「そのままでいいわ。今日はこんなお天気だから、アトリエはお休みにしようと思うの。それを伝えに来ただけよ」
ドア越しにそう伝えると、ミィナから、「わかりました!」と返事が返ってきた。
同じ階のアリエルにも、同様に、今日はお休みであることを伝える。
「う〜ん、何しようかなぁ」
アリエルは、突然の休みに、何をして過ごそうかと悩んでいるらしい。
じゃあ、次はマーカスね。
私は階段を降りていく。
そして、二階にあるマーカスの部屋の扉を叩いた。
「はい!」
「あ、そのままでいいわ。連絡だけだから」
そう告げると、扉向こうで慌てているような物音が消えた。
「そうなんですね。ではこのままで失礼します。ご用件はなんでしょう」
「あのね、今日はこんなお天気でしょう? だからアトリエはお休みにするわね」
「ああ、なるほど。承知しました!」
これで全員ね。
……あ! 妖精さんや精霊さんは大丈夫なのかしら?
いつもなら外を回っていくのだけれど、今日は大雨。
畑に続く裏口から様子を見よう。
そう思って、さらに一階に降りて、裏口に嵌められたガラスから外の様子を眺める。
「妖精さん達はいなさそうね」
妖精の仲間である、畑に植っているマンドラゴラさんだけが、雨に打たれながら歌っている。
「あ〜め、あ〜め、降って、降って、あ〜まい雨〜♪」
……不思議な歌だわ。
まあ、でも、あれだけごきげんなら、雨で被害ということもないんだろうな。
妖精さんや精霊さんは、基本みんな避難しているみたいだし、畑も大丈夫ね。
多分、雨が止んだら、素材達は手入れしてあげた方が良さそうだけれど。
◆
そうして、時は移って、朝食時間。
ミィナが用意してくれた、目玉焼き載せパンを食べ牛乳を飲む。
目玉焼き載せパンとは、ひらたく伸ばしたパン生地に、外堀のようにぐるりとマヨネーズを引いて、その上に卵を割って載せたもの。
これをオーブンで焼くの!
ミィナはその辺タイミングバッチリで、黄身がとろーりと、美味しいのよ!
そんな美味しい朝食をみんなで食べながら、「今日は何をして過ごそう」というのが話題になった。
マーカスは実験して家に篭る時間を費やせるという。
そしてミィナは前日に減らしたとはいえ、パン生地が余って困っているのだという。
さらに困ったことに、アリエルはすることがないと言う。
……どうしようかしら。でも、まず食材を無駄にしないようにミィナの問題は解決しないと……。
あ! そうだわ!
「お昼は、その余った生地を使って、好きな具を載せたパンを楽しむ、パンパーティーでもしましょうか!」
いい案発見! とばかりに、私はパチンと胸の前で両手を叩く。
「……パンパーティー!」
マーカスが、思いもよらなかったのか、目を瞬かせている。
「それなら、生地も無駄にならなくて済みます!」
ミィナはとても嬉しそう。
「ミィナさん、パンの具材とかだったら私にもお手伝いさせてください! パン、パン、パンパーティー♪」
歌い出したアリエルも、きっと嬉しいってことね!
「じゃあ、私、すぐに使えそうな食材を見繕っておきますね!」
そう言うわけで、今日の昼食はパンパーティーをすることに決まった。
◆
お昼になって、厨房に顔を出すと、テーブルの上にたくさんの食材が並べられていた。
作り置きのトマトソースに、バジルソース、ドライトマト、いろんな果物のジャム。
カットしたチーズ。
クレーム・シャンティに、カスタードクリーム。
保存食のハムやサラミ、ベーコンなんかが、切ってお皿に盛られていた。
そして、すぐに焼けるように、オーブンも熱して準備済み。
「いろんな味を楽しめるように、生地は小ぶりにしましたよ!」
ミィナの言うとおり、お皿の上にたくさん重ねられた生地は薄くて、さらに私達の手のひらよりも少し小さいくらいだ。
「私はまず定番の味がいいですね」
そう言うのはマーカスで、自分の皿に生地を一枚取り寄せる。
そして、トマトソースを生地に塗り、ベーコンとチーズを散らす。
そこで手が止まり、彼が悩み込んでいた。
「どうしたの? マーカス」
「ええ。バジルソースをさらにトッピングしようか、悩みまして……」
それを、贅沢すぎやしないかと悩んだのだと言う。
「パーティーなんだもの! 載せちゃえ!」
そう言って、私が新しいスプーンを手に取って、バジルソースを掬って、マーカスのパンに散らす。
「じゃあ、一枚目、焼きましょうか!」
ミィナがそう言うと、マーカスの生地をオーブン用のサーバーの上に乗せて、中に入れた。
「私は、ハムとチーズいっぱいがいいです!」
「じゃあ、私もそれにする。一緒にミィナの分も作るわ!」
「ありがとうございます!」
こうして、二枚がオーブンに追加された。
「私はこれです!」
そう言って、アリエルが作ったのは、バジルソースの上にドライトマトとサラミを散らしたものだ。
「これも美味しそうですね!」
そして、順番に焼き上がる。
「うわ、あつつ……」
「おいひ〜!」
「とろとろですね〜!」
「ドライトマト美味しいです!」
みんなが、それぞれ具を選んだパンを熱い熱いと言いながら笑顔で食べる。
「ねえ、次は生地だけ焼いて、甘い具を載せたデザートパンにしませんか?」
ミィナが提案する。
「「「賛成!」」」
全員一致で、次はデザートパンにすることにした。
焼き立ての素のパンに、クレーム・シャンティやら、カスタードクリーム、好みのジャムを載せる。
「ちょっと、アリエル、載せすぎ!」
マーカスに注意をされているアリエルのパンを見ると、クリーム類もジャムも載せ載せだった。
「あ、こぼれるって!」
結局アリエルは食べようとすればするほど、端からいろいろ載せたものをこぼしていく。そして、口の端っこもクリームがくっついたままだ。
「まったく、しょうがないですねえ……」
そう言いながらも、ミィナはアリエルの手や口周りを、ハンカチで拭ってやっている。
周りはそんなアリエルを見て、大笑い。
こうして私達は、雨の憂鬱さも吹き飛ばすような、楽しい時間を過ごしたのだった!
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