悪役令嬢レベル99 ~私は裏ボスですが魔王ではありません~/七夕さとり


  <6つの要素で分かる! 異世界転生の説明書>



「よし」


 私はペンで文字を書く。久しぶりの日本語での文章、タイトルはもう決めてあった。


       ◆ ◆ ◆


『6つの要素で分かる! 異世界転生の説明書』


 地球から来た人こんにちは。異世界に来て戸惑っていますよね? 同じ境遇である私が有用な情報を6つに分けて書き記します。

※英語圏の方向けに後から英語でも書きます。I will write it later in English.


目次

①この世界について

②私について

③レベル上げの方法

④窒素を駆使した恋愛テクニック

⑤スキル不要で月収300万を稼ぐ裏技

⑥古代シュメール人に文明を与えた神々アヌンナキの正体


①この世界について


 この世界は乙女ゲームの世界です。わけの分からないこと言いやがってと思うかもしれませんが本当です。ただ、これを書いている時点でゲームのメインストーリーは終了しています。これから生きる上でゲーム要素は絡んできますが、乙女要素は考慮しなくても大丈夫なはずです。


 ヨーロッパっぽい文化で、科学は発達していませんが魔法があります。

 魔法には属性があり、四大属性と呼ばれる火・風・水・土。そして光と闇があります。四大属性は古代ギリシャの四大元素と同じです。四大元素でピンとこない方は固体・液体・気体・プラズマと理解すると覚えやすいです。


 魔法に加えて、ゲーム的なレベルの概念があります。

 魔物を倒すと体内の保有魔力量が増え、身体能力と魔法の威力が上がります。魔物を倒すと強くなると考えれば大丈夫です。

 魔物は体の全てが魔力で構成された疑似生命体です。一般の生物とは似ても似つかない性質を持っています。


②私について


 こちらでの私の名前はユミエラ・ドルクネスです。バルシャイン王国のドルクネス伯爵家の生まれで、今では当主をやっています。


 前述した乙女ゲームでユミエラが登場します。学園でヒロインに嫌がらせをするチョイキャラで、ストーリーが進むにつれフェードアウトしますが、本編クリア後のやりこみ要素として出てくる裏ボスの役割もあります。

 物理と魔法が高水準なぶっ壊れキャラなので、パーティー全員をレベル99にしても勝利するには運の要素が絡みます。それが私です。


 そんな悪役に転生してしまった私は、レベルを上げすぎたことでゲームの舞台である王立学園では怖がられたりして大変でした。

 でも色々あって魔王を倒したりしました。全て書くと小説一冊分くらいになりそうなので、詳細は省きます。


③レベル上げの方法


 私はレベル上げの第一人者として世界的に有名で、ほとんどの人がユミエラ式レベル上げを実践しています。王国の軍にも正式採用されているほど信頼性が高いですし、学園で習うくらい安全性も高いです。


 魔物と戦うなんて怖そうだし、レベルは上げなくていいかな……と思ったそこのあなたへ。

 絶対にレベルは上げた方がいいです。レベルを上げて損することは一つもありません。私はレベルを99まで上げたことで幸せになれました。レベル上げは幸運を呼び込むので、無課税で遺失物届けの必要がないタイプの三兆円を拾える可能性もあります。たぶん。


 効率を考えるとソロでのレベル上げ一沢


       ◆ ◆ ◆


「そんなに熱心に、何を書いているんだ?」


 集中してペンを走らせていた私は、背後からの声に肩が跳ね上がる。


「びっくりした」


 振り返るとパトリックがいた。あ、パトリックのことも書いておいた方がいいかな? あー、でも、説明書に作者の彼ピッピ自慢があったら嫌だな。やめとこ。


「何回か声をかけたんだが……集中していたのに悪かった」

「だいじょうぶ大丈夫。そろそろ休憩しようと思ってたとこ」


 ③は気合を入れて書き上げたいので、ここで休憩しておこう。

 私の肩越しにノートを見たパトリックは、文字に目を凝らす。日本語で書いてるから読めないのか。


「この文字は?」

「日本語」

「ユミエラがいた世界の……これ、別な種類の文字が混ざってないか?」

「これとかこれとか、カクカクしてるのが漢字。簡単なニョロニョロがひらがな。しばらく書いてないから、漢字は結構忘れちゃってた」


 彼は私の肩に手を置いて、更にノートに近づいた。

 後ろから抱きつかれているような体勢だが、私はこの程度で赤面したりしない。椅子の背もたれがあるので密着はしていないからだ。

 これくらいで「幸せー」ってなるのはお子様くらいですよ。私は大人の恋愛を嗜む大人な感性を持った大人だから全然平気。彼の顔がある左側を向かなければ、冷静な応対が可能だ。


「こんな複雑な文字、よく書けるな」


 パトリックが喋ると同時に、左耳に吐息がかかった。


「幸せー」

「ん?」


 これ以上はくすぐったいので私は椅子から立ち上がる。椅子を引けなかったので机との隙間からぬるりと抜け出した。

 代わりに椅子に座るよう促すと、彼は素直に従う。これで立場が逆転だ。

 パトリックの後ろから、私は耳元で――


「あっ!」


 でかい声を出してしまった。彼は耳を押さえる。


「っ!?」

「ごめん。漢字間違ってて、つい。耳大丈夫?」


 誤字を見つけた。書きかけの最新部分、一択と書きたかったのが「一沢」になっている。何だよ、いちさわって。


「大丈夫だ、慣れている」

「慣れてるって……耳元での大声に?」

「突然大声を出す人間に」

「そっちかぁ」


 普段の私の行いが原因で、パトリックは、鼓膜が破れなければセーフみたいな価値観になってしまった。

 耳は割と大丈夫そうだ。過ぎたことを考えても仕方ない。

 私はパトリックの肩にあごを乗せて、反対から腕を回して文字を指差す。もちろん抑えめの声で言う。


「これは異世界から来た人向けの説明書。この世界の常識とか、役立つ情報を書いてるの」

「なるほど、それで異世界の文字か」

「もし、私と同じ境遇の人がいたら苦労してるだろうから、少しでも役に立てばと思ってね」


 私がそう言うと、パトリックは乾いたインクの上をそっと指でなぞった。読めないはずなのに、一文字ずつ追っていく。そして、最新部分の近くにある「レベル」の文字を示した。


「この三文字が頻出するようだが、どういう意味なんだ?」

「レベル」

「……書き終えたこれは、大事にしまっておこう」


 人類の財産が封印されてしまう。私が非現実的で適当な内容を書くとでも思っているのだろうか。これを遺すことが出来れば、全人類がレベル99になることだって可能なのに。


「しまっておいても意味ないでしょ? 大量に……100万部くらい刷って世界にバラ撒かないと、読んで欲しい人に届かないじゃない」

「読めない文字が書かれた本を、世界中に流通させるのは難しいと思う」


 確かに。ヴォイニッチ手稿は大好きだけど、実物を買うかと言われれば微妙なラインだ。

 ヴォイニッチ手稿は1912年にイタリアで発見された、世界に存在しない文字で書かれた謎の書物だ。文法も不可思議でありながらデタラメに書かれたわけでもないらしい。不思議な植物の絵が描かれており、植物図鑑であるという説はもちろん、世界の真実が記されているという考えも……あ、ひらめいた。


「これを解読すれば、世界の真理とか金銀財宝の在り処が分かる……って触れ込みで流通させればいいんじゃない? みんな必死に写本するだろうし、解読するだろうし。どこに現れるか分からない異世界人の目につく可能性はグッと上がるはず」


 ちょっと古い紙を用意して……いや、原本は失われた設定にして、オリジナルを写本だと偽れば問題ないか。空前の古文書解読ブームがやってくるぞ。

 私の名案を間近で聞いたパトリックはため息をついて肩を落とす。肩に乗っていた私の頭も同時に下がった。


「どうして、こういうときに限って知恵が働くんだ」

「頻出する文字列を見つけるのは未知の言語解読のスタートだから、パトリックは才能あると思うよ。レベルの存在を見つけたんだからね」

「普通の文章に、レベルという単語は頻出するものじゃない」

「いやいや、私がいた世界にレベルなんて無かったんだからね? ここ特有の概念を説明するのは当たり前じゃない?」


 ゲームをやらない人からすると、魔法よりもレベルに拒絶反応が出るかもしれない。レベルを懇切丁寧に説明するのは、異世界指南書に必要不可欠だ。

 彼も納得するはずだけど、間近の横顔では表情は分からなかった。


「ただの説明だけか? これは何と書いてあるんだ?」


 疑われていた。

 本当にただの説明だって。推敲も兼ねて、私は自分の書いた文章を読み上げる。

 異世界から来た人向けであると分かる前置き。目次は飛ばす。①は魔法やレベルなど世界の相違点について、②は著者本人である私の説明。順に、こちらの言葉に訳しながら読み上げていく。


「意外とまともだな」

「ね? だから言ったでしょ? じゃあ続きね。③レベル上げについて」

「ん?」

「私はレベル上げの第一人者として世界的に有名で、ほとんどの人がユミエラ式レベル上げを実践しています。王国の軍にも正式採用されているほど信頼性が高いですし、学園で習うくらい安全性も高いです」


 あ、やべ。ちょっと盛ったとこ読んじゃった。ちょっと、ほんの少し大げさに言ってるだけだから、パトリックもスルーしてくれるかもしれない。


「レベル上げの話題になった途端、嘘しか言わないな」

「翻訳の関係でオーバーに聞こえただけ。サークルで副部長だったのに、面接で部長って言っちゃうくらいの、みんなやってるアレだから」

「そのサークル? が存在すらしないのに、部長だと言ってしまうくらいの作り話だったぞ」


 パトリックが冷静な指摘をした。

 椅子に座る彼にもたれかかったまま、私は弁明の言葉を探す。

 本当は、ユミエラ式レベル上げをやってる人はほとんどいない。ソロでダンジョン深層に潜ったり、魔物呼びの笛を吹いたり、生命が担保される守護の護符より経験値が増加する成長の護符を付けたり、ダンジョンボスを高速周回したり。それら全ては、レベルを上げる一点において最高効率なはずなのに、肯定されたことは一度もない。


 ただ、一人だけ、私のやり方を否定しつつも、半分くらいは実行してレベル99になった人物がいる。その彼を、私はギュッと背後から抱きしめて言った。


「間違っているのは、私たち? それとも、世界?」

「私たち? 感傷的な言い方で、俺をユミエラ側に巻き込むな」

「世界中が敵になっても味方になるって。パトリックの言葉、今も憶えてるよ」

「特にレベルに関する事柄は、ユミエラより世界が正しいからな?」


 雰囲気の力ではどうにもならなかった。

 なんか、シリアスな感じで、薄幸美人さを醸し出せば誤魔化しきれると思ったのに。

 ユミエラ式レベル上げを世界に広めるためには、手段を選んでいられない。本当の本当に悲しい気持ちを、私は語彙の限りを尽くして表現する。


「ピが塩対応でつらたん」

「は? ピ?」


 ピじゃ伝わらないか。彼氏、彼ピ、彼ピッピ、ピ……この変化は私も正直理解しかねる。

 長くしたいのか短くしたいのか、発案者の意図が不明瞭なのだ。おこ、激おこ、激おこプンプン丸の流れも同様だ。略語を作ろうとする当初の意思は捻じ曲げられ、肥大化した歪な怪物が残るさまは、絶望取り巻く世界で希望溢れる年頃を過ごした若者の、矛盾した精神性が反映されていると考えるべきだろう。

 言葉の悲しき成れの果てを、選ぶ権利くらいはあるはずだ。ということでアンケートを取ります。


「ピ、彼ピッピ……パトリックはどっちで呼ばれたい?」

「普通にパトリックでいい」

「分かった。じゃあ、パトたゃ」

「絶対にパトリックがいい」

「次は、たやが私をなんて呼ぶか決めてね。ユミたん、ユミたむ、ユミたそ……どれ?」

「俺はいつ地獄に迷い込んだんだ?」


 立ち上がろうとするパトリック改め、パトたゃを椅子に押さえつける。このときの為に彼を座らせて、後ろから抱きついていたのですね。

 たやは、すぐに抵抗を諦め大人しくなり、脱力して言った。


「まだレベルの話をしていた方がマシだった」

「あ、これのこと話してたね」


 盛り上がってしまい、異世界の説明書を書きかけだったことを、すっかり忘れていた。

 これはちゃんと完成させなければ。絶対に使いたくない若者言葉を多用するルールの、くだらない遊びをしている場合ではなかった。

 パトリックの押さえつけを止めて、私は改めて紙を見る。


 …………なんか、続き書くの面倒になってきたな。


「パトリックはこれ、役立つ人に届くと思う?」

「変な呼び方はどうした?」

「飽きた」

「……そうか。まあ良かった。これが活躍する場面は、正直無いと思う。ユミエラが五歳のときに、これが出回っていたとして、読むか?」


 そう言われて、私は前世の記憶を思い出した直後を想像した。屋敷の本棚に日本語の本があれば読んだだろうけど……普通は家に無いもんね。もし異世界説明書があったとしても、私が読むのはだいぶ大きくなってからだろう。その頃には、この世界の常識は何となく分かっていたし、ユミエラ式レベル上げ理論も完成していた。

 つまり、異世界説明書は無くても問題ない。やる気ゼロです。


 パトリックに椅子を空けてもらって、私は未完の説明書に数行だけ書き加えた。

 続きはそのうち、四千年に一度とかのやる気が出た日に、一気に終わらせる。それまでは机の引き出しの奥に眠らせておこう。


       ◆ ◆ ◆


 色々あってモチベーションが無くなりました。


④窒素を駆使した恋愛テクニック

⑤スキル不要で月収300万を稼ぐ裏技

⑥古代シュメール人に文明を与えた神々アヌンナキの正体


 以上の三つはそのうち、やる気が出たときに書きます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る