勇者の孫の旅先チート ~最強の船に乗って商売したら千の伝説ができました~/長野文三郎


  <船長のお仕事>



 後方の水平線から太陽が顔を出し、海と空が色を取り戻しつつある。僕らはいまイカルガという船で東のファンロー帝国から西のコンスタンティプルへと航行中だ。お客さんはファンロー帝国の使節団や商人、留学生たちで、その数は3000人を超えている。

 僕はレニー・カガミ、13歳。『船長』という固有ジョブを持っているおかげで様々な船を召喚することができる特殊能力者だ。小さいものなら二人乗りの手漕ぎボートから、大きなものだと艦載機をたくさん乗せた輸送艦なんかも召喚できる。

 そんな僕が今乗っているのは全長362mもある超大型の豪華クルーズ客船だ。名前はイカルガⅡ。9層のデッキをもち、5000人以上の乗客を乗せることができるんだ。レストラン、ラウンジ、バー、多目的ホール、プール、スパなどがそれぞれ複数用意されていて乗客は自由に食事やお酒を楽しめる。

 それだけじゃないよ。他にも甲板公園、スケートリンク、各種競技が可能なグラウンド、サーフィンが可能なプール、劇場、遊園地、フィットネスクラブ、図書館、ショッピングモールとなんでも揃っている。動くリゾートとして快適でラグジュアリーな船旅が楽しめるようになっているんだ。

 海の景色というのは刻々と変わっていくものだけど、僕は朝のこの瞬間の眺めがいちばん好きだ。世界は目まぐるしく、ドラマチックに色づいていく。


「ん……、もう朝か?」


 隣のシートで仮眠を取っていたシエラさんが目を覚ました。


「まだ夜明けです。もう少し寝ていてかまいませんよ」


 僕の当直時間が終わるまで、もうしばらくの時間がある。


「いや、もう起きてしまおう」


 シエラさんはにこやかにほほ笑んで体を起こした。


「それじゃあ、セーラー2にコーヒーを持ってきてもらいます。一緒に飲みましょう」

「レニー君と夜明けのコーヒー……また一つ夢がかなってしまった……」


 セーラー2はイカルガで働くゴーレムのことで人間によく似た外観をしている。彼らが500体で24時間頑張ってくれるおかげでイカルガは運航することができるのだ。


「お待たせいたしました」


 しばらく待っているとコーヒーの入った銀ポットを持ったセーラー2が現れた。そして人間より優雅な手つきでコーヒーをカップに注いでくれる。


「問題は起きていない? ランドリールームの方は大丈夫?」


 一般には知られていないけど、巨大客船には大きな洗濯室がついている。そこでシーツやテーブルクロスを洗ったり、お客様の洋服だって預かったりするのだ。乗客乗員を合わせると4000人くらいはいるから、せんたくだけでも膨大な量になる。


「故障もなく動いております。ご安心ください」


 洗濯室は海より低い場所にあるから海水の温度の影響を受けやすいんだ。


「船長、それよりも今日の新聞の原稿をいただきたいのですが」


 セーラー2に言われて思い出した。


「いけない、すっかり忘れていたよ」


 新聞というのはイカルガで毎日発行している『イカルガ日報』だ。内容は今日の航路と天気、次の停泊地の詳細な情報、レストランの新メニュー、劇場の公演案内、などなど、様々だ。


「ここでまとめちゃうからちょっと待ってね」


 僕は書きかけの原稿をテーブルに広げた。

『気象予測』と『地理情報』、これまで本で集めた知識を総動員して記事を書いていく。次の停泊地はクダンという小さな補給港なので名産は少ない。天気は……、曇りのち晴れだな。波も穏やかだから船上プールに人が集まりそうだ。


「そう言えばミーナがクダンでウナギを仕入れたいと言っていたぞ」

「ウナギをですか。どうしてまた?」


 ウナギは僕の故郷を流れるセミッタ川でもよく取れる。ファンローでもよく用いられる食材だ。馴染みの食材をだしたいのだろうか?


「なんでもコウスケ殿のレシピを読んで、作ってみたい料理が出てきたそうだ」


 コウスケというのは僕のじいちゃんのことで、異世界にある日本という国から転移してきた勇者でもあった。じいちゃんは魔物との戦いで村のみんなを守るために命を落としている。じいちゃんのウナギ料理といえばあれしかない。


「ミーナさんはうな重を作るつもりだな」


 うな重と言えば、ホカホカのご飯の上に甘い醤油タレのかば焼きを乗せた料理だ。ファンローの人はお米を食べ慣れているのできっと気に入ってくれると思う。僕が所属するロックナや、これから向かうコンスタンティプルの人にも受け入れられる味じゃないかな? それくらい世界的な味だと思う。


「うな重のことも新聞に載せておくとしましょう。それから……」


 小さな新聞とはいえ紙面はなかなか埋まらない。


「昨日あった戦闘のことを書くのはどうだろう? レニー君と私がスザクとセイリュウで夢の競演を果たしたあれだ」


 昨日は魔族の襲撃があったけど、僕とシエラさんが魔導モービルで出撃して事なきを得ている。僕らの連携はさらに練度を深め、さらなる境地へと至った感じではあった。


「確かに昨日の戦闘はできすぎでしたよね。でもそれはまずいんじゃないでしょうか? スザクもセイリュウも、その姿は見られていますが一応軍事機密ですよ。ファンローの高官に詳細を知られるのはちょっと……」

「うむ、そうであった。私としたことがついはしゃいで……」


 シエラさんは恥じ入るようにうつむいてしまう。


「どうせならレニー君の英雄譚を新聞連載したいくらいなのに……。自分で書いて、自分で購読するぞ、私なら!」

「恥ずかしいから本当に辞めてくださいね」


 シエラさんはいつだって真剣な顔で冗談を言うので、たまに本気じゃないかと怖くなる。

 劇場の新しい出し物や、サーフィンプールで何時にビッグウェーブを起こすかなどのお報せを書いて、どうにか記事を埋めることができた。


「セーラー2、これを印刷しにまわして」

「承知いたしました。いつものように1500部印刷します」


 イカルガには印刷室もあるのだ。この新聞は紙媒体だけではなく、船の随所に取り付けられたマジックパネルにも表示される。みんなが楽しみにしていてくれるので頑張っているけど、そろそろ記事を書くのに疲れてきたなあ……。


「そうだ、今後は読者投稿欄を充実させて、乗客の皆さんの交流をお手伝いするのもいいかもしれませんね」

「ほう、たとえば?」

「ダンスのパートナー募集とか、読書会を開きますとか、需要はいろいろあると思いますよ」


波が穏やかなら毎晩のようにダンスパーティーは開かれるし、図書室の利用も多い。


「ひょっとしたらこの新聞がきっかけで、なにがしかのロマンスが生まれるかもしれません。そう考えたらわくわくしませんか?」

「ダンスパートナー……、それは私が募集をしてもいいのかい?」

「もちろんです」

「だったらレニー君を誘うので、新聞に載せてくれ!」


 シエラさんたら、またそういうジョークを……。


「もう、笑わせないでくださいよ。ダンスのお誘いなら直接僕にしてくれればいいじゃないですか。目の前にいるのですから」

「えっ……? あっ!」

「どうしていつも僕を笑わせようとしてくれるんですか?」

「私は本気だ! じゃなかった……やはり笑いは人生を豊かにするからな……(レニー君と踊りたい、死ぬほど踊りたい、踊れたら死んでもいい)」


 シエラさんは誰もが一目置くほど強い騎士なのに、いつも冗談ばかり言って僕の心を和ませてくれる。本当に優しくて器の大きな人だ。

 僕は大きく息をついてカップに残ったコーヒーを飲み干した。


「それでは操舵室はシエラさんにお任せしますね。あとのことはブリッジのセーラー2たちとよろしくお願いします」

「レニー君は巡回かい?」

「仮眠をとる前に一回りしてきますよ」


 船の上では船長に警察権もある。乗客が困っていないか、トラブルなどはないかを見回るのも大切な仕事なのだ。朝日は昇ったばかりだ。今日も船長として僕は忙しく働いている。 

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