役立たずと言われたので、わたしの家は独立します! ~伝説の竜を目覚めさせたら、なぜか最強の国になっていました~/遠野九重
<タイヤキをはんぶんこ>
「ぱんぱかぱーん!」
「かどかわぶっくす、ろくしゅうねんおめでとー!」
「おめでたいから、たいやきをよういしたよ!」
えーと。
いったい何が起こっているのでしょうか。
私ことフローラリア・ディ・ナイスナーは庁舎の執務室で書類仕事をしていたのですが、ポン、ポン、ポンと白い煙が弾けたかと思うと、三匹のネコ精霊が現れて騒ぎ始めたのです。
かどかわぶっくす……?
いったい何の話をしているのでしょうか。
よく分かりませんけれど、ここは空気を読んでおきましょう。
六周年おめでとうございます。
「たいやきをくばるよ!」
「ぜんぶでむっつあるよ!」
「ぼくたちがいっぴきずつたべて、フローラさまにいっぴき、おうさまにいっぴき。……あっ、いっぴきあまっちゃった!」
タイヤキが六つあるのは、六周年だからでしょうか。
この部屋にはネコ精霊が三匹と、私、そしてソファで寛いでいるリベルの二人がいます。
確かにタイヤキ、一匹余っちゃいますね。
「リベルは王様ですし、二匹とも食べたらどうですか」
「いや、遠慮しておこう」
リベルはそう言って首を横に振ります。
「フローラ、汝こそ仕事で疲れておるだろう。何なら、我の分も含めて三匹とも受け取るがいい」
「さすがにそれは貰い過ぎですよ。晩御飯が入らなくなっちゃいます」
今夜のメニューはスキヤキですからね。
解いた卵に牛肉を付けて、白米と一緒に食べた時のおいしさは、思い出すだけで「はぁ……」とため息が漏れてしまいます。
しっかりとスキヤキを味わうためにも、お腹は空かせておきたいところです。
私が思い悩んでいると、ネコ精霊たちがタイヤキの味について教えてくれます。
ふむふむ。
なるほど、なるほど。
どうやらツブアンが二匹、コシアンが二匹、カレー味が二匹のようです。
私たちが先に選んでいいとのことですが、さて、どうしましょうか。
……あっ。
思いつきました。
私はポンと手を打ってからリベルに告げます。
「私がツブアン、リベルがコシアンにして、カレー味をはんぶんこしませんか」
「ほう」
リベルは片眉をあげると、興味深そうに声を上げました。
「それは名案だな。カレー味は前から食べてみたいと思っていたところだ。……だが、汝が食べる分が減ってしまうぞ。構わんのか」
「はい。さっきも言いましたけど、二匹も食べたらお腹がいっぱいになっちゃいますから」
それに、と私は続けます。
「二人で同じ味を食べたら、感想を言い合えますよね。それって楽しくないですか」
「……ふむ」
リベルはフッと口の端に笑みを浮かべます。
「確かにその通りだ。では、いただくとしようか」
私はカレー味のタイヤキを受け取ると、胴体のところで半分に割りました。
それから、頭の方をリベルへと渡します。
「我は尻尾の方でよいぞ。頭の方がカレーが多かろう」
「リベルがカレー味を食べるのって、今回が初めてですよね。私は前に食べたから、少なくてもいいですよ」
前というのは、聖地でのことですね。
お父様に戴冠を行ったあと、カレー味のタイヤキを食べています。
もう半年ほど前のことですが、なんだか懐かしいですね。
その後、私とリベルは互いにタイヤキの頭側を譲り合っていましたが、最終的にリベルが折れる形となりました。
「まったく、汝は本当に強情だな」
リベルは苦笑しながら、タイヤキの頭側を受け取ります。
私が満足な気分で頷いていると、すぐ近くでネコ精霊たちが楽しそうに声を上げました。
「フローラさまとリベルさま、きょうもなかよしだね!」
「おやつをしぇあ! いんすたにあっぷ!」
「いいねがいっぱい! うれしいな!」
ネコ精霊たちの発言は、あいかわらず不思議だらけですね。
いんすた、ってなんでしょうか。
ともあれタイヤキを食べましょうか。
まずはカレー味から。
もぐもぐ……。
「スパイシーで美味しいですね」
「ピリピリするな。だが、心地いい刺激だ」
私とリベルは互いに感想を交わしながら、カレー味のタイヤキを食べていきます。
なんだか、以前に一人で食べた時よりもおいしいですね。
リベルと一緒に同じものを食べているからでしょうか。
「あ、なくなっちゃいました」
「美味であった。では、口直しにコシアンを味わうとしよう」
「私はツブアンですね。……これも半分こして、交換します?」
「悪くない提案だ」
リベルは私の言葉に頷くと、自分のタイヤキを半分に割りました。
そして頭側の部分を、こちらへ差し出してきます。
「ならば我のコシアンをやろう。さあ、口を開けるがいい」
「リベルって、私に食べさせるの好きですよね」
「うむ。理由はよく分からんが、満足感があるな」
「まったく、仕方ないですね」
私は苦笑しつつ、はむ、はむ、とタイヤキの頭を食べていきます。
「ごちそうさまでした」
「よい食べっぷりであったぞ。味はどうであった」
「思ったよりおいしかったです。たまにはコシアンもいいですね」
私は答えながら、今度は自分のタイヤキを半分に割ります。
そして頭側を、リベルの口元へ差し出します。
「じゃあ、次は私の番ですね。あーん、してください」
「ぬ……」
リベルが戸惑ったような表情を浮かべます。
「まさかこの精霊王にタイヤキを向けてくる者がいるとはな……」
「ふふふ、油断しましたね。さあ、口を開けてください」
「まあいい。たまにはよかろう」
リベルは口を開くと、私が差し出したタイヤキを食べていきます。
おお……。
なんでしょう、この感覚。
もぐもぐとタイヤキを齧るリベルの姿を見ていると、なんだか胸が高鳴ってきます。
「かわいい……」
「汝は何を言っておるのだ」
リベルが眉を顰めながら、私に視線を向けてきます。
「我は精霊の王にして最強の竜だぞ。可愛いわけがなかろう」
「でも、なんだかキュンと来ましたよ」
「心臓の病気かもしれん」
「《リザレクション》!」
魔法を発動させると、私の身体を温かな光が包みました。
「これで大丈夫ですね」
「その返し方はさすがの我も予想外だ」
「私の勝ちですね」
ふふん。
私は胸を張ります。
ちなみにネコ精霊たちはそれぞれタイヤキを齧りながら、
「おくさん。おたがいに、あーん、してましたわよ。あーん」
「あつあつですわねえ。おほほ」
「くちのなかが、あまあまですわー」
などと囁き合っていました。
マリアのモノマネでしょうか。
……なかなか似てますね。
その後――
私、リベル、そして三匹のネコ精霊はほぼ同時に食べ終えました。
「ごちそうさまでした」
「うむ。我は満足だ」
「おいしかったね!」
「もういっぴきたべたい。そんなときこそ、がまん、がまん」
「だいえっとのこつだよ! もぐもぐ」
あれ?
さらにもう一匹、食べてる子がいませんか。
「あんまり食べすぎると、太っちゃいますよ」
つんつん。
私は身を屈めると、二匹目を食べているネコ精霊のお腹をつつきます。
「きゃー」
「ぷにぷにしてますね」
「だ、だいえっとはあしたからー」
「それ、永遠にやらないやつですよね」
「ざんこくなしんじつ! ぴえー」
ネコ精霊は鳴き声、というか泣き声をあげると、タイヤキを一気に食べ終えました。
「ごちそうさまだよ!」
「ちゃんと言えてえらいですね」
よしよし。
私が頷きながら立ち上がると、他の二匹のネコ精霊が声をかけてきます。
「たいやきもたべおえたところで、しめのあいさつだよ!」
「フローラさま、これをよんでね!」
そう言ってネコ精霊はニホンゴの書かれた紙を差し出してきます。
締めの挨拶……?
これ、何かのイベントだったのでしょうか。
タイヤキを食べていただけですよね。
疑問は尽きませんが、とりあえず、読み上げましょうか。
「『改めまして、カドカワBOOKS六周年おめでとうございます。次の一年がさらなる飛躍に繋がることを心から願っております。今後ともよろしくお願いいたします』……これでいいですか」
というか結局、かどかわぶっくす、って何でしょう。
気になって今夜は眠れそうにありません。
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