本物の方の勇者様が捨てられていたので私が貰ってもいいですか?/花果唯


  <日常の中にある特別な日>



 立派な勇者になるために、リヒト君と私は旅を始めた。

 リヒト君にとって、初めての冒険の旅になる。

「歩いて遠出したのは、小学校の遠足くらいです!」と言っていたので、わくわくと同時に不安もあるだろう。

 でも、前世でプレイしていたオンラインゲームの世界に転生し、ハーフエルフの麗しき冒険者マリアベルとして活躍して生きてきた私がついているので安心してほしい。


 出発当初、野宿なんてしたことがなかったリヒト君は、よく疲れた様子をみせていたけれど、半年ほど経った今では大分慣れたようでたくましく過ごしている。

 今日も元気に野宿をした地点から出発し、今は次の町に向けて荒野を移動中だ。

 今のところ魔物と遭遇することなく進めているので、遠足気分で話をしながら歩いている。


「リヒト君は学校の授業で何が好きだった?」

「えっと、僕は国語です」

「そうなんだ! リヒト君、本が好きだものね!」

「はい! 本も好きですけど、漫画も好きです。お姉さんは何の授業が好きでしたか?」

「お姉さんは図工かな。誰とも話さず、黙々と作るのが好きだったわ」


 木と釘を使い、一生懸命ピンボールを作った記憶がある。

 思い起こせば、私は小学生の頃からぼっちだった。

 話す人がいないから、黙々と作るしかなかったのかも……。

 無言でひたすらに釘を打つ姿を見て、きっと担任の先生も怖かっただろう。


「僕も図工が好きです! 絵を描くのも好きでした」

「リヒト君……!」


 前世を思い出してしんみりとしてしまったが、リヒト君に輝く笑顔を向けられて、暗いものはすべて吹っ飛んだ。

 当時の先生もご安心ください。

 私は転生して、光の勇者様に救われています!


「あ、お姉さん。魔物と戦っている人たちがいますね」

「あら、ほんとね」


 順調に進み、町まであと少しというところで戦闘の気配がした。

 一人で旅をしていた時は、気ままに助けたり放っておいたりしたけれど、リヒト君と一緒にいる今は違う。


「町に近いですし、魔物がそちらに流れたら大変ですね! 助けに行きましょう!」

「そうね!」


 いつも勇者として立派な選択をするリヒト君に、お姉さんはどこまでもついて行きます!


 戦闘の場に駆けつけてみると、三人の中年冒険者が魔物の群れに襲われていた。

 何十匹もいるヤギのような魔物は、一体一体は弱いが、統率している群れのリーダーはそこそこ強いかな、という印象だ。

 群れのリーダーさえ倒してしまえば、他の魔物は逃げていくので問題ない。

 冒険者たちもそれなりに実力はありそうだが、囲まれてしまったため、弱い魔物の相手をするので精一杯のようだ。

 囲まれる前に気づけば対処できたはずだが、油断していたのかもしれない。

 冒険者たちはこのままだと体力が尽きて、魔物の餌食になってしまうだろう。

 やはり手助けした方がよさそうだ。


「お姉さん、僕はあのリーダーを倒してきてもいいですか?」

「うん。いってらっしゃい!」


 笑顔で頷くと、リヒト君はキリッとした顔で魔物のリーダーに向かって行った。

 リヒト君ならあの程度の魔物は難なく倒せるだろう。

 「勇者ではない」と言われ、ひどい扱いを受けていた頃のリヒト君だったら、この弱い方の魔物にも勝てなかったと思う。

 魔物を見て驚き、尻もちをついていたリヒト君が、あんな勇ましく駆け出して行くようになって……。

 お姉さんは感無量です!


「おい、子どもが相手をできるような奴じゃないぞ!」


 駆けて行くリヒト君に気づいた冒険者が、リヒト君を呼び止める。

 確かに、普通の少年が一人であの魔物に向かって行ったのなら止めるべきだ。

 でも、リヒト君は普通じゃない。

 こんなに愛らしくて、可愛く麗しい、虫も殺せないような優しい美少年に見えるけれど、立派な光の勇者様なのだ。


「大丈夫よ。あなたたちは自分の心配をしましょうね」


 冒険者たちを囲っていた魔物の一角を魔法で始末し、彼らに声をかけた。


「なっ……! 一瞬であの量の魔物を倒したぞ!?」

「今の魔法って、お前も使えたはずだろ!? どうしてやらなかったんだ!」

「無理ですよ! あれ程の威力を出せる魔力が、俺にはありません!」


 おじさんたちが何やら揉めているが、魔物はまだいますよ?

 私が一部を始末したことで、身動きが取れるようになったはずだから、あとは自分たちでなんとかして下さい。

 私にはリヒト君の勇姿を見守るという大切な使命があるのだ!

 そう思い、リヒト君の方に目を向けたのだが、魔物のリーダーはすでに地面に倒れていた。


「あら、もう終わった?」

「はい! 終わりました!」


 リヒト君ってば仕事が早い!


「お疲れさま!」

「ありがとうございます。無事に倒せてよかったです。あ、あちらは大丈夫ですか?」


 リヒト君が未だに戦っている冒険者たちを見る。

 順調に倒せているようだし、放っておいても問題はないだろう。

 彼らのプライドもあるだろうし、必要以上に関与する必要はない。


「大丈夫よ。それより、リヒト君は大丈夫? 怪我はないようだけれど、疲れてない?」

「はい! 今の戦いではなんともないです。でも、たくさん歩いてきた分、少しだけ疲れて――」

「それは大変だわ! お姉さんが町まで連れて行ってあげるね!!!!」」


 リヒト君の口から「疲れた」という言葉が聞こえた瞬間に体が動いた。

 普段弱音を吐かないリヒト君が、こんなことを言うなんて一大事だ。

 「背中に乗って」とお願いしても、遠慮されてしまうことは分かっている。

 だから、リヒト君を横抱きにして持ち上げた。

 いわゆる『お姫様だっこ』というものだが、抱きかかえているのがリヒト君なので『勇者様だっこ』かな。


「お姉さん!? だ、大丈夫ですから、下ろしてください!」


 これでも恥ずかしいのか、顔を赤くして慌てているリヒト君が暴れだす。


「でも、疲れているのよね!?」

「そうですけど、歩けないほどじゃないです! それに、疲れていても歩くのは修行になるので、自分で歩きま……」

「えらい! リヒト君はえらい! でもね! 人助けもしたし、今日の修行はもう十分だと思うの! だからお姉さんのために、勇者様だっこを受け入れて欲しいの!」

「勇者様だっこ? え、待って、お姉さん!?」


 ごめんね、リヒト君。抗議はあとで受け付けます。

 私は慎重に、迅速に荒野を駆け抜け、光の勇者様をお運びするという重要な責務を全うしたのだった。




 町に着くと、急いで宿をとって休憩した。

 小さな町のこじんまりとした宿だが、借りたこの部屋は広く、アットホームな雰囲気で落ち着く。


 リヒト君に休んでもらって、「リヒト君が疲れているなんて大変!」と乱れていた私の情緒もようやく安定した。

 魔物から一撃を食らうより、リヒト君が元気がない方が、私にとってはダメージが大きい。


 お互いに体の調子が整ったところで、私はリヒト君に準備していた質問を投げかけた。


「リヒト君! さて、今日は何の日でしょうか!」


 突然の質問に驚いたのか、リヒト君は私を見ながらきょとんとした。

 こういう表情だと、いつもしっかりしているリヒト君が幼く……というか、年相応に見える。可愛い!


「……今日、ですか? お姉さんの誕生日じゃないし……なんだろう? んー……」


 そう言って、難しい顔で考え込むリヒト君を見て焦った。


「あ、待って、やっぱり発表します!」


 リヒト君を困らせてしまうなんて、私はなんて罪深いことをしてしまったのだろう!

 それによく考えれば、「今日は何の日?」という質問は、されるとウザい質問のトップクラスだ。


「今日は、『リヒト君が光の勇者になった日、ハーフアニバーサリー』です! ぱちぱち~!」


 拍手をしながら高らかに発表したのだが、リヒト君は相変わらずきょとんとしている。

 可愛いけれど、スベったみたいでお姉さんは少し悲しいです……。


「ハーフアニバーサリーってなんですか?」

「!」


 なるほど。お姉さんがスベったわけではなく、それが分からなかったのかと安心した。


「前世でお姉さんがプレイしていたゲームイベントなどで、『半年記念』って意味で使われていた言葉よ」

「そうなんですね! じゃあ、勇者になって半年記念ってことですね。あ、でも、そういうのって、普通は一年じゃないんですか? 『一周年』ってよく聞く気がします」

「もちろん一周年もやるわ! でも、一年も待てないもの! 早くお祝いしたいの! だから今日、ハーフアニバーサリーをやります!」


 そう断言すると、リヒト君がちょっぴり照れたような笑顔で頷いてくれた。


「嬉しいです。ありがとうございます」


 多分、「お姉さんってば、しょうがないなあ」と、心の中では苦笑していると思うが、こうやってにこやかにお礼を言ってくれるリヒト君って天使すぎませんか? と、全世界の人に問いたい。

 もちろん異議は認めない。

 リヒト君は光の勇者様だが、人柄や育ちの良さが溢れていて王子様感も半端ない。

 そんなリヒト君の優しさに甘え、私は計画を進めることにした。


「ねえ、リヒト君。いいよ! って言うまで目をつぶっていてくれる?」

「目を? ……分かりました」


 そう言って、すぐに目を閉じたリヒト君の顔が可愛くて、ときめくと同時に危機感が湧いた。

 こんなに素直に言うことを聞いちゃだめだよ~! 悪い人に連れ去られちゃう!

 いや、でも、誰の言うことでも聞く、というわけではないはずだ。

 それだけ私のことを信頼してくれているということに喜びが……って早くセッティングしなければいけないのに、また脱線してしまった。

 いつもリヒト君の『良さ』に引き寄せられ、気が散ってしまう。

 この日のために準備をしてきたのに、失敗するわけにはいかない。

 宿備え付けのテーブルに、用意していたお祝いの料理を並べた。


 食べ物でもアイテムボックスにしまっておけば、できたての状態を保てる。

 だから私は、リヒト君が喜んでくれるようなごちそうを作っておいたのだ。

 いつも一緒にいるから、彼の目を盗んで作っておくのは大変だったけれど、どうしてもサプライズがしたかった。


「じゃあ、目をつぶったまま、こっちに来てくれる?」


 リヒト君の手を取って誘導し、テーブルの前の椅子に座ってもらった。

 これで準備万端だ。


「では、お待たせしました。目を開けてもいいよ」

「! わあ……日本のごはんだー!」


 私がテーブルに並べたのは、ちらし寿司と天ぷら、そしてお吸い物だ。

 本当は祝い膳にしたかったのに、私の料理スキルが低くて上手に作れず、ただの和食定食みたいになってしまったことが申し訳ない……。

 ああっ、不甲斐ない!

 でも、リヒト君が目をキラキラと輝かせてくれているからよかった。

 日本のご飯が懐かしくなっているんじゃないかと思って、お姉さんは頑張りました!


「すごいですね! ちらし寿司だ!」


 やっぱり、日本人と言えばお寿司でしょう!

 そう思い、私は魚を釣るところから頑張った。

 色々と大変なことはあったが、中でも苦労したのが魚を捌くことだ。

 鮮度を保つため、釣り上げてからすぐに取り掛かったのだが、ピチピチ跳ねるのでびっくりした。

 フォレストコングを余裕でソロ討伐する私が、一匹の魚に後れを取るなんて不覚!

 そして不器用な自分が憎い。

 本当は握り寿司にしようとしたけれど、できた握り寿司があまりにも不格好だったからちらし寿司にしてごまかしたなんて、リヒト君には言えない。


「懐かしいなあ。家でお祝いをするときも手巻き寿司とかちらし寿司でした」

「そうなんだ!」


 私の不器用からこうなったが、リヒト君に懐かしんでもらえたから結果オーライだ。


「じゃあ、さっそく食べちゃう?」

「はい!」


 私もリヒト君の向かいに腰を下ろす。

 一人で食べるのは寂しいから、もちろん同じメニューで私の分も用意してある。


「それじゃ、ジュースで乾杯でも…………リヒト君?」


 ふと前を見ると、ついさっきまでキラキラと輝いていたリヒト君の表情が曇っていた。


「あ……なんでもないです!」


 声をかけると、一瞬ハッとしたリヒト君だったが、すぐに笑顔に戻った。

 でも、さっきの表情は……なんだかとても寂しそうで気になった。

 何かつらいことを思い出したのだろうか。


「……ねえ、リヒト君」

「は、はい」


 私が心配している空気を察知したのか、リヒト君は何かをごまかすように笑っている。

 その様子もどこか痛々しく見えた。


「私、リヒト君には笑顔でいて欲しいの。お姉さんにできることがあるかもしれないから、つらいことがあったら教えて欲しいな。言いたくなかったら無理にとは言わないけどね。お姉さんがそういう風に思っていること、覚えていてくれたら嬉しいな」

「…………」


 私の言葉を聞いて、リヒト君は黙り込んでしまった。

 今は無理に言わなくても、今後つらいことがあったときに寄り添いたいなと思って出た言葉だったのだが、余計に追い詰めてしまっただろうか。


「お姉さん!」


 気を取り直して乾杯をしようとしていると、リヒト君が真っ直ぐに私を見て話し始めた。


「えっと……。僕の家でも、お祝いをすることはよくあったんです。でも、ほとんど弟がサッカーの試合で活躍したお祝いばかりで、僕は年に一回の誕生日だけでした。あと、こちらの世界に来てからも、ルイ君はごちそうを食べて、何かのお祝いをしてもらっていたんですけど、僕はしてもらえなくて……。そういうのを思い出したら、ちょっと悲しくなっちゃったんです。でも、今はお姉さんがいてくれて……こうして誕生日以外でもお祝いしてもらえて嬉しいです!」

「リヒト君~~~~‼」


 私は思わず立ち上がり、リヒト君の元に駆け寄った。

 つらかった思い出を話してくれたことが、まず嬉しかった。

 でも、その内容を聞いて、たまらなく悲しくなった。

 絶対にもう、そんな寂しい思いをさせたりしない!

 リヒト君の手を握り、私はそう心に誓った。


「リヒト君! これからもお姉さんといっぱいお祝いしようね! 毎日お祝いしよう!!!!」


 真剣に力いっぱいそう話す私に、呆気に取られていたリヒト君だったが、少しするとクスクスと笑い始めた。


「毎日しちゃうと、お祝いじゃなくなっちゃいますよ」

「! 確かにそうね……。でも、リヒト君といると、毎日お祝いしたいことばかりよ!」


 そう言って私も笑った。


「今はこのお祝いを楽しみましょう」

「そうですね!」


 過去も大事だけれど、これからのことはもっと大事だ。

 私は光の勇者様として成長していくリヒト君を支え、幸せにする所存!


 これからも記念日を祝いつつ、そして記念日にできる日を増やしていこうね!

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