世界最強の後衛 ~迷宮国の新人探索者~/とーわ


  <迷宮国の収穫祭>



 迷宮国の各区の気候は、その区に分布する迷宮の影響を受ける。迷宮の入り口は転移扉で迷宮国側と隔てられているが、それでも影響があるというのは、転移扉が常に開いたままで、迷宮内から空気などが流れ出していることを示す。


「……らしいんですけど、お祭りとかで季節を感じたりもできるんですね」


 五番区の大通りを練り歩く、巨大な女神像を載せたような荷車を見ながら、ミサキが言う。

 俺たちは今、五番区で開催されている『収穫祭』に参加している。迷宮国内の食糧事情を支えている農業や牧畜といった産業に従事している人たちに感謝する行事だが、迷宮からもたらされる恵みに感謝するという意味合いもあるらしい。


「収穫祭って、普通は秋にするものでしょう? 五番区が温かいからって、みんな大胆な格好で歩いてるわね……」


 まるでリオデジャネイロのカーニバルのように、女性たちが女神像の荷車の周りで踊っている。布地の少ない水着のような衣装を見て、五十嵐さんは自分のことのように心配していた。


「私たちも参加しませんかと、収穫祭の運営委員会から連絡がありましたが、丁重にお断りさせていただきました」

「そ、そうですね……それは確かに……」

「ルイーザがあの衣装を着たら、少し歩いたらこぼれる」

「メ、メリッサ様、そんなことは……ちゃんと対策はしているんですよ、いつもの服でも」


 受付嬢の制服自体胸がこぼれそうなのだが、『対策』とは一体――と、そんなことに関心を示していたら、テレジアに袖を引かれる。


「…………」

「……ん? どうした、テレジア」

「アリヒトがあの衣装に興味があるのか……っていうことじゃない? サンバの衣装みたいだけど、何というか……情熱的よね」

「ああいった衣装にはシャーマニズムというか、そういう意味もあるんでしょうか」


 巫女のスズナは露出の多い衣装を見て遠慮するということもなく、儀礼的なものなのかに興味があるようだった。


「スズちゃん、あの『天の乙女の羽衣』だっけ? あれも着るときかなり大胆になっちゃいそうじゃない?」

「そ、そうね……あれは対策をしないと、透けちゃうわね。色々と」

「い、いえ、私じゃなくて、キョウカさんが装備するかもしれないですし」

「えっ……」


 五十嵐さんが言葉に詰まる。『ヴァルキリー』の五十嵐さんに、あの薄い布地の羽衣は適していないのでは――と思うが、『戦乙女の艶舞』という技能があったりするので、羽衣で効果が増したりということもあるかもしれない。


「……後部くんも、その……私に、羽衣を着て欲しいの? それならじっと見なくても、そう言えばいいのに」

「っ……い、いや、あくまで装備として、効果などを踏まえて……」

「あの羽衣は破れているので、直してみないとどなたが装備できるのかは分かりませんが、お姉さんたちならお似合いになると思いますっ」


 マドカが良かれと思って元気に言ってくれるが、みんな顔を赤らめている――俺を見られても困るのだが、黒一点ということで仕方がないか。


「それにしても、あの女神像ってやっぱり秘神……って大きな声で言っちゃ駄目ですけど、何か関係あるんでしょうか?」


 ミサキがセラフィナさんに聞くと、彼女は少し考えてから答えた。


「そうですね……迷宮国で崇められている神は、やはり秘神であると考えられます」


 アリアドネは創造神によって創り出されたと言っていたが、それは迷宮国のほとんどの住人、そして探索者たちは知らないことだと考えられる。


「お兄ちゃん、屋台で色々売ってますよ。せっかくだから何か食べてみます?」

「そうだな、みんな好きなものを買ってくるといい」

「……アリヒトの食べたいものは?」

「俺は……あれはちょっと気になるな」

「アリヒトさん、甘いものが好きなんですか? ふふっ……」

「なんかクレープ……ともワッフルとも違うけど、生クリームは入ってるよね。うわ、すっごい甘い匂いしてる。駄目、ダイエット中なのに引き寄せられていくぅー……」

「バウッ」


 ミサキがふらふらとスイーツらしいものを売っている屋台に近づいていき、シオンもついていく。護衛犬が食べられなさそうな食材を使っていなければ、食べさせても大丈夫だろうか。


「ワンちゃんは虫歯になりやすいから、甘いものは駄目よ」


 俺よりも犬を飼うことに詳しい五十嵐さんがアドバイスしてくれる。結局、メンバーのほとんどがスイーツに興味があるようで、全員で同じものを買ってみることになった。


「おや、あなた方は……」

「あ、あのっ、お父さんと私のこと、助けてくれてありがとうございます!」


 スタンピードが起きたときに、シオンが『緊急搬出』の技能で助けていた親子――お父さんがカートさんで、娘さんがフランさんだったか。

 二人とも無事で、今回は母親も一緒に収穫祭を楽しんでいるようだ。俺たちも楽しんでおきたい――『猿侯』との戦いを終えた後の、貴重な休日なのだから。


   ◆◇◆


 祭りの熱気が冷めやらぬ中、俺たちは夕方になるまでには宿舎に戻った。


「ふう……」


 珍しく一人で風呂に入れることになり、湯船に浸かって考えるのはやはり今後のことだ。

 五番区に滞在できる期限いっぱいになったら、その後はどうするのか。俺たちは六番区に上がる資格を得ているが、正式に五番区に上がったわけではない。

 だが、俺たちのもう一つの大きな目標である、四番区まであと少しのところまで来ている。それでも急がず、五番区の魔物たちの強さを鑑みて、六番区で十分にレベルを上げるべきか。

 今日は祭りということでクーゼルカさんたちと話はできていないが、明日はギルドセイバー本部から招集がかかるだろう。全てはそのときに決まることだ――と、俺が最後に風呂に入ることにしたのだが、皆はさっきから何かそわそわしている様子だった。


「まあ、今は英気を養う時だからな」


 何となく独りごちつつ、風呂から上がる。

 脱衣所の姿見を見ると、サラリーマン時代とはだいぶ印象が変わっている――無駄な肉が削ぎ落とされたというか。転生してから健康的な肉体を手に入れるというのもちょっとした皮肉ではあるが、もっと鍛えなければという気分にもさせられた。ルカさんやホスロウさんといった男性の知人は、サイズの違いはあってもいずれも筋肉がついている。

そんな憧れを持っていると知られたら、パーティの仲間たちはどんな反応をするだろう――いつもストイックにトレーニングをしているセラフィナさんなら、何かアドバイスをくれたりするんだろうか。


 風呂から上がって居間にやってきたが、居間は真っ暗になっていた。テレジアもいないようだ――ということは、今日はみんなと一緒に寝ることにしたんだろうか。


 スパーン! パン! パパン!


「うぉっ……!?」


 いきなり部屋の明かりがつき、破裂音が鳴り響く。クラッカーのようなものが迷宮国にもあるのか、と感心している場合ではない。


「ぱんぱかぱーん! お兄ちゃん、お待ちしてました!」

「え……?」


 ミサキが飛び出してくるところまでは、何となく展開は読めていたが――それでも呆然としてしまっている理由は。


「……ミ、ミサキちゃん、やっぱりアリヒトさんが呆れて……」

「そ、そうよね、年甲斐もなくこんな格好しちゃったりして……ごめんなさい後部くん、すぐに着替えてくるから……っ」

「あ、い、いや、そうじゃなくてですね……」

「そうじゃなくてって、どういうことですか? にやにや」


 ミサキがとても楽しそうだが、スズナや五十嵐さんだけではなく、ミサキ自身も恥ずかしがるところなのではないかと思ってしまう。

 要は、こういうことだ――居間に集まったメンバーのほとんどが、祭りで見た女性たちのような仮装をしているのだ。リオのカーニバル衣装とまではいかないが――いや、五十嵐さんは胸が大きいこともあり、水着のような衣装を身に着けたことで色々と危ういことになってしまっている。ルイーザさんの方が今回は防御力が高めの衣装だ。


「キョウカお姉さんしかこんなの着られないですよ、私たちって平均的ですからね、よくも悪くも。お兄ちゃんだって全然落ち着いてるしー」

「ま、まあ……祭りらしい衣装でも、みんなそれぞれに似合ってるものがあるから」

「そうですね……キョウカさんに対するアトベ様の反応を見ていると、私もやはり、もう少し開放的な装いの方が……い、いえ、見せたいというわけではないのですが」

「……こういうとき、セラフィナは大人しい」

「っ……い、いえ、そのようなことはありませんが。華やかな装いというもの自体に、日頃はあまり意識が向かないもので……」

「セラフィナ中尉は素材はいいんですから、おめかししたら見違えちゃうんですけどね。今日はこれくらいしかさせてもらえなくて……」

「アデリーヌさんは自然に着こなしちゃってますね、お祭りの本場から来られたんですか?」

「あはは……まあ、地元でもあんな感じでしたね。情熱の国って言われることもありましたし」


 アデリーヌさんは肌の色から、南米などの出身ではないかと思うが、確かにカーニバルの装いが良く似合っている――と、あまり目を向けられるような露出度ではない。室内だからといって、俺がこんなところに立ち会っていてもいいんだろうか。


「アリヒトお兄さん、ミサキさんがお祭りをもっと楽しみたいっていうことで、衣装を買うことになったんですが……」

「ああ、それ自体は全然構わないよ。ある意味で、必要な出費だからな。ミサキの提案で手数をかけたな、マドカ。お疲れ様」

「い、いえ、私もお祭りを見ていて、楽しそうだなって思っていたので……」


 マドカもしっかり祭りらしい服装に着替えている。露出は抑えめにしてあるが、そのあたりは女性陣で行きすぎないようにとセーブがかかるようなので、その点においては安心だ。


「……お母さんも楽しそう。お父さんはお酒を飲んで寝ちゃったから、アリヒトはいちおう内緒にしておいて」

「ニャ」

「ライカートンさんにはいつもお世話になっていますから、ゆっくり休んでくださいとお伝えください」

「さすがアトベ様……と言っていいのでしょうか。フェリシア様はやはり前線で戦っている探索者ですから、引き締まっていらっしゃいますね」


 フェリスさんの身体の多くは猫のようにモフモフとした毛で覆われているのだが、テレジアと同じように肌が見えている部分も多い。服装が変わって初めて分かることもあるものだ――と、俺はいったい何に感心しているのか。


「お兄ちゃん、マリアさんがパーティの準備をしてくれてるので、今日はちょっとだけ付き合ってもらってもいいですか?」


 ミサキとしては、問答無用でパーティを開催するということでもないらしいが――みんなに緊張した面持ちで見られては、つれない返事などできるわけもなく。


「ああ、俺は大丈夫だけど。こんな普通の格好で混ざってると浮いてないか?」

「ほ、ほら……アリヒトはこういう、あまり浮かれたようなことは好きじゃないんじゃないかって言ったのに……」


 エリーティアの声はすれど、姿が見えない――それもそのはずで、彼女はカーテンの裏側に隠れて、顔だけ出してこちらを見ていた。やはり祭りの装いをしているのか、髪型がいつものツインテールではなくなっている。


「……ルウリィが、療養中なのにお祭りが気になるっていうから。私には楽しんできてって言うし……楽しむっていうのは、つまり、こういうことで……」

「エリーさんも恥ずかしがることないですよ、もうめちゃくちゃ可愛いので」

「あっ……ひ、引っ張らなくても行くからっ……」


 カーテンに隠れていたエリーティアが、ミサキに手を引かれて出てくる――せっかく参加するならばということか、メンバーの中でもかなり本格的な衣装を身に着けている。そして恥ずかしがるだけはあって――と、これ以上マジマジとは見られない。


「……せっかくだから、アリヒトにも見てほしいんだけど……そんなに目をそらすほど、似合ってないっていうこと?」

「い、いや、似合うと思うけど、そうストレートに言っていいのかどうか……」

「お兄ちゃんは大胆な方が好み……と」


 ミサキが何やらメモを取っているので、風紀を守るべく注意しようとするが――そこに、マリアさんが居間に入ってくる。

 彼女はさすがに水着のような格好ではない――という俺の予想は、見事に裏切られた。エリーティアに負けず劣らずの装いで、肌が白い彼女がそんな格好をすると、目が痛いくらいに眩しく感じる。


「お飲み物と、お菓子などをお持ちしました……アトベ様、いかがなさいましたか」

「マリアも凝り性なのよ……アリヒト、私の時とは反応が違うんだけど?」

「いや、全くそんなことは……マリアさん、お疲れ様です。こうなったら、パーティだけでの後夜祭と行くか」

「……アリヒトさん、その言い方は少し……」

「エッチじゃないです?」


 スズナとミサキの合わせ技の突っ込みにも、俺はもはや動じなかった――開き直らなければ、この肌色が多めの空間に、平静を保って混じっていることなどできない。

 そんな俺たちならではの収穫祭を、アリアドネたちがどう見守っているのかと言うと――こんなことになっているとは、その時は思いもしなかったのだった。


『アリヒトの心拍数が上がっている。契約者の生命管理に支障を感じる』

『生命の本能としては、当たり前のことなのではないか』

『ムラクモも落ち着いているようで、彼女たちの中に加わりたいという思念を感じる』

『あのような防御力の低い装いを見ていると、鎧としての務めを果たしたくなる。戦士は肌を見せないものである』

『……総合して、現在は状況を静観することとする』

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