聖女じゃなかったので、王宮でのんびりご飯を作ることにしました/神山りお


  <聖女じゃなかった少女、その名はリナ>



 魔物の蔓延るヴァルタール皇国で【聖女召喚】の儀式が行われた。

 だが、それは失敗に終わったのか、聖女とはまるで関係のない1人の少女が、異世界に喚ばれた。

 その少女の名は"野原莉奈"。

 王達は、その少女に謝罪し、手厚く保護する事に決めた。

 そして、莉奈はただの"リナ"として、この国で生きる事となったのである。


 そんなリナが、今日ものんびりと朝食を食べていると、一緒に食べている幼い少年が呟いた。


「俺は、朝から"からあげ"でもいい」


 この国の王弟、エギエディルス皇子である。


「エド、朝からからあげなんて食べてたら、太るよ」


 莉奈は呆れ笑いをしていた。

 莉奈がこの世界に来てすぐに作った料理の一つが"からあげ"だ。

 今までなかった料理に驚愕した彼が、からあげを特に好きなのは知っているが、朝からはちょっと。

 だって、朝からそんなハイカロリーな揚げ物なんて食べていたら、プクプクと肥える。

 子豚な皇子の出来上がりである。

 そう軽く説明したら、莉奈の顔を見て「あぁ~」と妙に納得していた。

 聖女召喚されてすぐは太めだった莉奈がそう言うのだから、そうなのだろうと勝手に納得した様だ。


「エ~ド?」


 その視線の意味に気付いた莉奈は、エギエディルス皇子を失礼極まりないと睨んだ。

 睨めば、慌てて目を逸らすのだから、絶対に太めだった頃の莉奈を思い出したに違いない。


 そんな、やり取りをしながら朝食を食べた後。

 いつもの通りに王宮、銀海宮の厨房に来た。

 食文化の浅いこの世界のために、たまに料理を作っているからだ。

 まぁ、世界のためになんて大層な事を言ってみたが、自分の食べたいものを好き勝手に作らせて貰っているだけである。


「あ、リナだ。おはよう」

「何を作るんだ?」


 厨房に行くと、料理人の皆がエギエディルス皇子に頭を下げながらも、莉奈を一斉に見てきた。

 知らない料理を作るのかもと、ワクワクしているのだろう。


「まだ、何も考えていないよ?」


 コレを作ろうと、厨房に来た訳ではなく、ただなんとなく来ただけだ。

 皆が元気に働く姿を見ていると、こっちも元気パワーを貰えるからね。

 何を作ろうか考えていると、朝食に出ていた桃の皮や種が大きいボウルに入っていた。


「コレ、捨てるの?」

「捨てるよ? え? それでなんか作るの!?」


 莉奈が声を掛ければ、そのゴミを使って何か作るのかと逆に驚かれた。

 以前、鶏の骨、いわゆる鶏ガラから、簡単鶏のコンソメスープを作ったからだろう。

 廃棄するモノから、また何か作り出すのかと思われたらしい。


「え? いや、ゴミだから捨てるのかなと」


 だから、ただ訊いただけである。


「あぁ、なんだ。うん、捨てる物だよ」

「あ、じゃあ。コレ、捨てていい?」


 莉奈はそう言ってボウルを見た。


「イイけど?」


 雑用みたいな作業をやりたがる莉奈を不思議に感じながら、リック料理長は頷いた。


「リナ、それをどうすんだ?」

「え? 捨てるよ?」


 エギエディルス皇子が同じく不思議そうに訊いてきたので、正直に答えた。

 だが、何故か不審な目を向けるエギエディルス皇子。

 何かを作りに来たのに、ゴミを捨てる作業をやる意味が分からない様だ。


「だって、スライムちゃん面白いんだもん」


 莉奈は不審な目を向けているエギエディルス皇子に、笑い返した。

 この世界、ゴミはゴミ箱に入れるのは同じだが……ゴミ箱に処理用に培養したスライムが入っているのだ。

 それがゴミを消化していく姿がまた面白いし楽しいのである。

 スライムは透明なので、うねうね、クネクネと形を変えてゆっくりと消化していくのが、見えるのだ。


「お前、変だよな」

「え? 失礼じゃない?」


 エギエディルス皇子が呆れた様子で言うものだから、莉奈は口を尖らせた。

 スライムなんていない世界から来たのだから、面白いに決まっている。

 興味しかなかった。


 そんな話をしながらも、スライムが溶かさない特殊な石の箱、ゴミ箱に生ゴミを入れた。

 スライムは大口を開けた様にドーナツ型になると、生ゴミを包み込んだ。

 うねうねと動いている。

 背後で呆れ笑いが聞こえる中、莉奈は溶けるまでじっくりと見ていた。

 何が楽しいんだか、と呟く声が聞こえていたが無視する。


 モノによるが、今日は5分くらいで消化してしまった。

 見たりないなと思った莉奈は、辺りをキョロキョロとして生卵を一つ手に取った。


「お前、まだ何か入れるのかよ」


 飽きないのかと、エギエディルス皇子が呆れていた。


「生卵で最後にするよ」


 と莉奈はそれをスライムのゴミ箱に放り込んだ。


 生卵を入れた途端に、スライムが口を尖らすみたいに姿を変え、プッと勢いよく吐き出した。


 ――ベシャ。


「なっ!?」


 入れた莉奈の顔面に、生卵が当たり、見事にグシャリと割れた。

 莉奈の頭から鼻先まで、割れた卵の黄身や白身がダラリと垂れていた。


「……ぷっ!」


 それを見た誰かが、笑い声を漏らした。

 まさか、スライムが生卵を吐き出し莉奈に当てるとは思わなかったのだ。

 生卵まみれの莉奈が面白くて、ほかの料理人の皆も笑い転げていた。


「なんで、吐き出すのかな!?」


 顔面が生卵まみれの莉奈は、ご立腹である。


「し、知らねぇ」


 エギエディルス皇子は、笑い過ぎて泣いていた。

 意思のないスライムが、物を吐き出すなんて事は今までなかったからだ。

 莉奈がスライムに揶揄われていると、エギエディルス皇子は笑いのツボにハマっていた。


「……」


 莉奈だけが、不機嫌であった。

 スライムをひと睨みすると、魔法鞄マジックバッグをゴソゴソと漁った。

 何か仕返しをしてやろうと。


「よっこらしょ!」


 莉奈は魔法鞄マジックバッグから取り出した"何か"を、豪快にドカンとスライムのゴミ箱に入れた。


 ――ゴボッ。

 スライムが咽せる様な音が聞こえた。


 ――ゴプ。

 また、変な音がしたので、莉奈が恐る恐る覗き込むと、スライムは変色していた。

 いつもは綺麗な水色で透明なスライムが、赤黒くなっている。

 以前、壊れたタンスを放り込んだ時は薄く汚れた緑の様な色だった気がする。

 赤黒いのは、なんだろう?

 莉奈は不思議に思いつつも、良い感じではないことは理解できた。

 アレ? もしかしなくても"岩"を入れてもダメなのかな?

 莉奈は考えるよりも先に行動したことをノミ程だけ後悔した。


 ――プゥゥ~ッ。

 少し静かになっていた厨房に、奇妙な高音が響いた。


「まさか、リナ?」


 皆の視線が再び莉奈に集まっていた。

 スライムが鳴らしたのだが、スライムが音を出したと知るのは、スライムの側にいる莉奈だけ。

 他の人達は、大分離れているので音の原因を知らない。

 しかも、スライムがそんな音を出したこともないし、想像したこともなかった。

 だから、音の原因は莉奈だと決めつけたのだ。


「は? 私じゃないし!!」


 失礼極まりないと、莉奈は怒って言った。

 こんな人がいっぱいいる所で粗相オナラなんてしない。

 一斉に見る皆に、失礼だと猛抗議する。


 ――プゥ。

 またスライムが鳴らせば、皆の視線にさらに疑いが混じる。


「マジで、失礼だからね!!」


 莉奈がそう叫んだ時、異様な臭いが厨房に充満し始めた。


「うぇぇ~っ!?」

「クッサッ!!」

「おぇぇーーっ!!」


 異様にクサイ臭いに、料理人達が鼻を摘んでえずいていた。

 さすがに、莉奈が粗相をした臭いだとは思わなかった料理人達は、やっとスライムが音を出していると気付いた。


「クッセェーーッ!!」

「吐く吐く吐くーー!!」

「気持ち悪っ」


 皆はえずきを抑えながら、雪崩れ出る様に厨房から飛び出していた。

 とにかく臭い。

 とんでもない悪臭である。


「リナだ」

「また、リナがやったに違いない」


 倒れる様に廊下に這い出た料理人達は、今度は先ほどまでとは別の意味で、口々に莉奈が原因だと呟いていた。

 絶対に犯人は莉奈だと。


「「「リ~ナ~」」」


 皆が莉奈を捜せば――。


 ――莉奈の姿は、見当たらなかった。


「出たよ」

「また、やり逃げだよ」

「逃げ足はっや」


 料理人達は痕跡もなく逃げた莉奈に、怒る気もなく逆に笑い始めていた。

 素早過ぎて、笑えたのだ。あそこまでやらかして、サッサと逃げる速さに、怒る気になれなかったのであった。

 だが、忍びよる足音を聞いて彼らが怯えるのもそろそろだろう。

 騒ぎと異臭に気付いた"氷の執事長イベール"の静かな雷が落ちるのも、時間の問題だからである。

 そんなことにはちっとも気付かず、莉奈のやらかしを、皆は楽しく笑い合うのであった。

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