鍛冶屋ではじめる異世界スローライフ/たままる
<森のお祝い>
「なるほど」
庭先でとっていた食事の最中、ディアナがポンと手を打った。それにリディが続く。
「私たちくらいになると、そういった概念はあんまりないですねぇ」
「エルフは長生きですからね」
リディの言葉にはリケが応えた。サーミャがツッコミを入れる。
「ドワーフも人間族よりは大分長いんじゃないのか?」
「それはそうだけど」
小さくむくれるリケ。だが、本気ではないのは目が笑っていることからも明らかだ。それを少し遠巻きに眺めながら、ヘレンも小さく笑った。
今、俺たちが相談していること、それは……。
「クルルルルル」
若葉色の肌をした、馬より少し大きいくらいの体躯。走竜のクルルが高らかに鳴いた。
「ワン!」
クルルに呼応するように、立派な体躯に流れるような銀の毛並みの立派な狼が一声吠えた。彼女――親と死に別れ、俺たちによって育てられた森狼のルーシーだ。
俺たち家族と、クルルとルーシーが出会ってからそろそろ1年が経過しようとしている。
この1年、のんびりした生活を望んではいたが、なんだかんだに巻き込まれたりなんだりで祝うことのなかったこの出会いを祝おうということになり、それはルーシーにとっては“誕生日”なのでは? と言うことになったのだ。
家族全員で新年を祝うことはしてきたが、“誕生日”は特に祝ってこなかったのだ。これは、うちの家族で自分の誕生日をちゃんと把握しているのがほとんどいなかったことにある。
概ねの季節くらいなら分かっているのだが、どの月のどの日なのかまで分かっているのは伯爵家令嬢であるディアナくらいなものだ。
俺ももちろん把握しているのだが、この世界の暦に当てはめて良いものかは分からないし、風習として細かく祝うことがないことが日々の会話の中で分かっていたので、「よくは知らないんだよね」ということにしてある。
「折角だから、豪勢にいきたいもんだな」
俺が言うと、家族みんなが頷く。クルルとルーシーは俺たちにとって娘のようなものだ。その娘達を祝うならそもそも理由すらこじつけであっても構わないだろう。
そしてそれを豪勢にすることについても、誰も異論はなかった。こうして、“黒の森”の祝宴の開催と、その準備が決定した。
“いつも”の通りに日々の仕事を粛々と進めて、次の納品の時である。
「ふむ、誕生日か」
カミロが口ひげをいじりながら言う。俺は頷いて口を開いた。
「うん。まぁ、ルーシーも正確な日付は分からないんだけど、クルルがいつなのかと思ってな。知ってるならで良いんだが」
「うーん、そういうのは気にして引き取ってきたわけじゃないからなあ」
「分からないなら分からないで大丈夫だよ」
俺は続けた。前の世界ならともかく、この世界でそんなことを気にして動物(竜だけど)を引き取ってくる人物がいるとはちょっと考えにくい。
「その場合はクルルとルーシーは一緒の誕生日にしようってことになってる」
「そうか、すまんな」
「いや、無茶を言ったのは俺だからな」
謝るカミロに俺は手を振って無用を示した。
「しかし、祝いってことは何か用意するのか?」
「ああ。2人は呑めないが、ちょっと良い酒が手に入ればと思ってる」
この世界で「良い肉」という概念はあまりない。そもそも流通している肉はほとんどが燻製肉か干し肉で、売っている肉なら燻製肉が「上等」の部類なのだ。
そもそも新鮮な肉、となればサーミャ達が狩ってくる肉が一番良いに決まってるのだし。
だが、「良い酒」という概念はある。高いから美味い、というものでもないみたいなのだが、これはまぁ気分の問題だ。
「あとは変わった香辛料があればそれも欲しいかな」
賑やかし、というわけでもないが、変わった香辛料で料理ができればそれで1品増えて、食卓が豪華になることは間違いない。例によって調理自体はもらったチートに頼ってということにはなるけれども。
「そうだな……」
カミロは口ひげをいじった。これはあるにはあるってことだな。
「あるにはあるんだが、量が少ないんだよなぁ」
「一食分もあれば十分だよ」
「それくらいならあるな」
「じゃ、それも頼んだ」
「分かった。入れておくよ」
カミロはニヤッと笑って言った。これで特別メニューも確保できそうだ。何を寄越してくれたのかは、あとのお楽しみにしておこう。
カミロの店に納品へ行った翌日、俺は鍛冶場で腕を組んでいた。
「さてさて、そうなるとプレゼントがいるな」
折角の誕生日のお祝いだ、そこにプレゼントがなければ片手落ちというものだろう。
俺と並んで、リケが腕を組む。
「何を作るかですねぇ」
「だなぁ」
一般的なアクセサリーの類いは俺もリケも得意ではない。なのでその場合は都へ行って買い付けてくるのだが、いかんせん我らが娘達は一般的なアクセサリーを身につけることができない。
そうなると、手作りの品、ということになるわけだ。折角の娘達へのプレゼントなので腕にはよりをかけたい。
可能なら最高品質のものを作ってやりたいが……。
「おそろいが良いよなぁ」
「そうねぇ」
次に話に乗ってきたのはディアナだ。一番娘達を可愛がっているだろうことは、うちの家族全員が同意するところである。
そんな彼女がうんと言えば、これはお墨付きをもらったも同然なので、彼女がそうするようなものを提案せねば。
「この“黒の森”で迷子も考えにくいけど、そろそろ考えてもいい頃か」
クルルとルーシーが来て1年、特にルーシーがこの森へ帰っていくというなら、それも受け入れるつもりだったが、一向にその気配はない。
2人とも俺たちと一緒に暮らしていってくれるつもりらしいと思った俺は言った。
「彼女達の名前の入った首輪はどうだ?」
「首輪かぁ……」
ヘレンがおとがいに手を当てた。首輪だといかにもペット然としてしまうので善し悪しだが、おそろいのデザインにできるだろうし、ネームプレートは鍛冶のチートがきく範囲だ。
家族の視線がディアナに集中する。ディアナは一瞬たじろいだが、ヘレンと同じようにおとがいに手を当てる。
鍛冶場に静寂が訪れた。火がおこり、パチンと爆ぜる音が大きく響く。
すぐにディアナはとびきりの笑顔を見せて言った。
「良いんじゃない」
炎が一瞬巻き上がり、ゴウという音を立てる。俺たちはそれに合わせるかのように、全員でハイタッチをした。
これで2人へのプレゼントは決まった。後は作るだけだ。
数日後、納品物の目処がついたらすぐ作ることにして、この日はいつもの仕事に移った。
プレゼントはネームプレートを俺とリケが、首輪部分をサーミャにディアナ、そしてリディとヘレンが作ることになった。
首輪はサーミャが見つくろってきた“とっておき”の雌鹿の革をなめしたあと茶色く染め、細くしたものを、リディに教わりながら編み込んで作る。
その表面には“黒の森”を示すように、葉っぱのデザインをナイフで入れている。
ネームプレートは形自体は単純だ。首輪の幅に合わせて、楕円形の薄い鋼の板を作り、そこにタガネで2人の名前を彫る。名前の周囲には花の文様を入れて少し豪華に、そして片隅にはうちの工房のマークである「デブ猫印」も入れておいた。
組み合わせると、茶色く染めて編み込んだ首輪はちょうどこの森の木の枝のようにも見える。そこにキラリと光るネームプレート。花の文様もあってまるで木の枝に咲く花のようだ。
これでこの首輪をつけている2人はうちの者だと分かる。組み合わせた大小2つの首輪を見て、家族全員が満足そうな笑顔を浮かべる。
これでプレゼントは整った。あとはいよいよパーティーだ。
首輪ができた翌日。家の外の、庭のようになっているあたりに柱がいくつか立てられ、その間には縄が張られている。
その縄には「クルル」「ルーシー」「お誕生日おめでとう」と書いた横断幕が垂れ下がっている。これはこの森の中だけでなら良かろうと、前の世界の雰囲気で俺が用意したものだ。
その下には運び出したテーブルと椅子。テーブルの上には俺が腕によりをかけた(少し家族の皆にも手伝ってもらったが)料理の数々が並んでいる。
そのうちの一皿を指さしてサーミャが言った。
「これは? なんかいつものと違うな」
「こいつは生姜焼きだな。俺が言うのもなんだが、美味いぞ」
「へえ、楽しみだな」
サーミャに聞かれて、俺は答えた。今回カミロが用意してくれたのは生姜だったのだ。醤油が比較的安定して手に入ることもあって、猪肉を生姜焼きにしてみたのである。
他には定番の木イチゴとワインソースのものや、シンプルな塩コショウのみのものなども用意してある。
もちろん、主賓であるクルルとルーシー用に何も味をつけずにじっくり焼いた塊肉も準備した。
空を見上げると、抜けるように青かった空も少しだけ橙色になってきている。準備も終わったことだし、そろそろ始めるか。
「クルル、ルーシーおいで」
俺が呼ぶと、邪魔してはいけないと思っていたのか、少し離れたところにいた2人がいそいそとやってきた。
どことなくウキウキしているように見えるのは、俺の気のせいだろうか。
やってきた2人は家族全員に撫でられて嬉しそうにしている。だが、喜ぶのはまだまだこれからだ。
「よし、先にプレゼントをあげようか」
俺の合図で、リケとディアナがそれぞれ首輪を手にした。
そして、息を合わせ、家族全員で言う。
『お誕生日おめでとう!』
そして、リケはクルルに、ディアナはルーシーに首輪をつける。2人とも首輪をつけられている間、じっとしていた。
首輪をつけると、まるでこの森の木が2人を彩っているかのようにも見える。
「似合いますね」
「かわいい!」
そうみんなで口々に褒めそやす。クルルもルーシーも、祝われているのはよく分かるようで、
「クルルルルルル」
「ワンワン!!」
辺りを駆け回りながら喜んでいる。嫌がったりしないようだし、これは作った甲斐があったな。俺はそう思い、胸の中に熱い何かがやってくるのを感じた。
それを少し振り払うかのように、俺は酒を注いであるカップを手に言う。
「それじゃあ次は食事だ! かんぱーい!」
『かんぱーい!』
「クルルルル!」
「ワン!」
こうして、夜が黒を連れてきてかなり経つまで、“黒の森”の小さな祝宴は、森全体に喜びよ届けと言わんばかりに続くのだった。
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