痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。/夕蜜柑


  <防御特化とゲームの秋。>



 まだ暑さは少し残るものの、夏に比べれば随分と過ごしやすくなって秋がやってきた頃。

 これで登校も楽になったと、二人は学校までの道を少しゆっくりと歩いていた。


「秋だねー」

「涼しくなったね!」

「うん。って言っても今度はすぐに寒くなってくるんだけど……」

 

 秋は短いものである。その割にはイベントが多かったりする忙しい季節でもあるのだが。


「もう紅葉がすごいってTVでやってたよ!」

「そうなんだ。登校途中で見る機会ないからなあ」


 あいにく二人の通学路にはそのようなスポットはない。紅葉を楽しむためには遠出する必要が出てくるだろう。


「この辺りにはないもんねー」

「うん、残念だけど。でも秋といえばってものは他にもあるし」

「何とかの秋っていうのだね!」

「楓は食欲かな?」

「うーん、どれかっていうとそうかなあ。理沙はスポーツ?」

「芸術とか読書はそんなに……だからそうなるかも」

「秋は期間限定の食べ物もいっぱい出るよ!」

「……新発売の変な味の時々買うよね」

「えへへ、期間限定って言われると試してみようかなって思っちゃう」


 そういうものは大体買ってから失敗したと思うものだが、話題作りにはなるだろう。


「ま、でも私は何よりゲームの秋かな」

「えー? いつもじゃない?」

「ふふふ、ちゃんとゲームの中も秋になってるみたいだよ」

「えっ!? そうなの?」


 楓はアップデートの情報を逐一追っているわけではないため初耳だったが、ナンバリングされている大きなイベントとは別にちょっとした変化やイベントは時々行われている。

 今回は一部の森が色付き、現在の料理やアイテムの見た目を季節に合わせて変えたものが実装されたとのことだった。


「きのこの槍とか紅葉の杖とかあるらしいよ」

「へー! 見てみたいかも! レアアイテムなの?」

「ドロップ品もあるみたいだけど、店で売ってるのとか作るのもあるらしい」

「ふんふん、じゃあ店で売ってるのはすぐ手に入るってことだよね」

「多分ね。一番新しい層まで行ける私達なら手に入らないってことはないと思う。ね、今夜どう?」

「おっけー! ゲームの秋だね! 冬になっちゃう前に行ってみないと!」

「じゃあよろしく」

「うん!」



 そうして学校で一日を過ごして下校し、今度はゲームの中での再会となる。

 ギルドホームで合流した二人は早速今日の目的のために動き出す。


「よしっ! サリー、どこから行く?」

「どうせなら全部集めたいよね。今日だけっていうのは無理だろうけど、忘れないうちに簡単なところからかな?」


 今日の方針を話していると二人がギルドホームにやってきたことに気づいたのか、奥の工房にいたイズが出てきた。


「二人ともイベントの相談かしら?」

「あ、イズさん!」

「はい。せっかくなので見て回ってみようと思ってます」

「フィールドに出てモンスターを倒せば限定素材が手に入るみたいなの。それがあれば二人に何か作ってあげられると思うわ」

「本当ですか!」

「ええ、もちろんよ。頑張って集めてきてね」

「はい!」

「他の皆の分も集めるくらいの気持ちで集めます」

「頼もしいわね。あればあるだけ助かるわ」


 素材はいつも通りイズに渡してアイテムに変換してもらうことにし、二人は見送られて町へと出ていく。まずは店売りのアイテムの確認からだ。


「どのお店でもいいの?」

「武器防具が手に入ればね」

「じゃあ近くのお店に入ってみよう!」


「おっけー」


 NPCが営む店の中へ入り品揃えを確認すると、確かに新たな商品が追加されていることが分かる。


「あっ! これサリーの言ってた槍?」


 メイプルは先端が赤と白のキノコになった槍を手に取って掲げてみる。


「おっ、それそれ。一応毒を与えられるスキルもついてるらしいよ。メイプルの【毒竜】と比べるとなんてことないけどね」

「見た目通り毒キノコなんだ」

「みたいだね。こっちに言ってた紅葉の杖もあるよ」


 そういうとサリーは水晶玉が先端に仕込まれた杖を手に取る。紅葉をイメージした赤と橙をベースとした色と、水晶玉の中には同じように色付いた葉が入っている。


「おっ、特殊なエフェクトもついてるみたい」

「どんなの?」

「普段は魔法を発動する時に出るみたいだけど、お試しで見られるから……よっと!」


 サリーが杖を振ると水晶玉が少し光って、風に舞うようにふわっと紅葉のエフェクトが発生し、サリーの周りをぐるっと回ってぱっと消える。


「おおー!」

「お試しって言ったけど、一応戦闘以外でも発動できるみたい」

「じゃあいつでも見られるね!」

「うん、そこまで高くもないし」

「期間限定のものは買っておかないと!」

「それに当たり外れもないし」

「えへへ、そうだね!」


 妙な期間限定食品と違って、綺麗なことを確かめてから買えるのだから間違いはない。


 サリーからあることを聞いていた装備二つを早くも手に入れ、そのまま売られていたアイテムをいくつかさらに買って店から出てくると、早速買ったアイテムを取り出す。


「……美味しいかなあ?」

「いや、私は微妙だと思うけど……というか味の想像がつかないけど? その、紅葉ソーダ?」


 メイプルが取り出したのはオレンジ色の液体の詰まった瓶である。装備の他にも限定アイテムはあり、ポーションの互換として実装されたのがこのソーダというわけだ。


「飲んでみるかー……こんな時でもないと買わないし」

「じゃあせーので飲もう!」

「いいよ」


 二人は蓋を開けると中身をぐいっと飲み込む。


「お、美味しい」

「今回は当たりだったね!」

「色通りオレンジ味のソーダかな? 本当に紅葉の味とかじゃなくてよかった。どんなのか知らないけど」


 メイプル曰く虫や毒キノコ、果ては毒竜にも味はついているのだから、サリーはどんな味でもおかしくはないと思っていたのだ。


「ポーションの代わりになるしいくつ買ってもあとで困らないね!」

「そうだね。値段も変わらないし損はしないと思う」


 店売りのものを確認した二人は、次はフィールドに出てドロップ品を探しつつ素材集めをすることに決めた。


「シロップに乗って行こう。山が色付いてるって話だから多分遠目に見ても分かるはず」

「じゃあシロップ呼ぶね」


 メイプルはシロップを呼び出し巨大化させると、サリーと二人甲羅の上に乗って空へ浮かび上がる。


「あっ! あれかな?」

「そうみたい。遠目でも分かるから迷わなくていいね」


 町から出てすぐ空に浮かび上がった二人は高い場所からフィールド全体を見渡し、すぐに変化を見つけた。

 そこでは森が鮮やかな赤や黄色に変わっており、これまでになかった景色であることは間違いない。


「じゃあそっちに向かってしゅっぱーつ!」


 メイプルはシロップの向きを変えると目的地を紅葉する森に定めて移動を開始した。


 しばらく空を移動し、目的地が近づいたところでメイプルはシロップを地面に下ろして元のサイズに戻す。


「今日は一緒にお散歩だよー」

「モンスターもそんなに強くないらしいし、シロップなら大丈夫かな。並のモンスターよりよっぽど強いしね」


 サリーも朧を呼び出すといよいよ森の中へと足を踏み入れることにした。

 いつもの森とは違って見渡す限り赤や黄色に染まったその場所は、色付いた葉によって、まるでカーペットを敷いたように地面も彩られている。時折吹く風はわずかに枝葉を揺らして静かな森に心地よい音を響かせており、木漏れ日は色鮮やかな葉を通して同じように色づいているように見えた。


「ここまで染まってると圧巻だね」

「うん! ゲームってすごいね! 簡単にこんなに綺麗な場所に来れちゃった!」

「ここまでリアルになれば現実にだって引けを取らないんじゃない?」

「本当にそうかも!」


 美しい紅葉の森を歩きつつ、二人は目的だったアイテム探しをする。


「木に普通より大きい葉が付いてることがあって、それは素材になってるらしい」

「へぇー……見つけられるかな?」

「注意深く探さないとね」


 ただ森の中を歩いているだけでは見逃してしまうような違いなため、メイプルは木を一本一本しっかり確認していく。


「あっ! あれじゃない?」

「どれどれ……そうみたいだね。取ってみよう」


 高い位置にあったため、サリーが身軽に素早く木を登りそれを手に取って帰ってくる。


「っと、まず一枚目」

「皆の分もだと、もっと集めないとだね!」

「そうなるね。ドロップ品も探すつもりで……って言ってたら来たね!」


 何本かの木が風によるものとは明らかに違う揺れとともに動き出し、こちらの方を向く。それらは紅葉仕様になったトレント達だった。


「おおー! ちゃんと色変わってるんだね!」

「変わってるだけとも言うね。強くなってはいないはずだから、メイプルやっちゃって!」

「おっけー! 毒竜……だと景色が台無しになっちゃうからっ」


 メイプルはこの綺麗な空間に毒を撒き散らすことはやめて、盾を構えてぱたぱたと走っていく。触れれば死は免れないそれを初めて相対するモンスターは認識できておらず、迎え撃つとばかりにメイプルに接近していく。


「えーいっ!」


 近づいてきたトレントの胴体、太い木の幹に大盾を叩きつけるように横に振るうと、それは抵抗なく幹に沈みこみ、横並びになったトレントは順に上下に分かたれていく。

 体がバラバラにされて耐えられるようなモンスターではなかったため、その一撃を持ってトレント達は光になって爆散していく。


「うーん……ボスでもない限りは耐えられないね」

「えへへ、十回しかできないけどね」

「十分。で、ドロップ品だけど」

「そうだった! 何かあるかな?」

「あるねー。葉の残った枝に、ドングリでしょ」

「何かキノコも落ちてるよ!」

「ドロップ品だからねー。あ、種類違うのにイチョウの枝も落ちてる」


 ドロップ品は秋を詰め込んだようなものになっている。それぞれを探し回らずとも、一つの場所、それもモンスターからドロップするのはゲームの中ならではだろう。


「この調子で集めればイズさんに何でも作ってもらえるかもね」

「じゃあどんどん集めよう! えーっと……」

「?」


 メイプルは何やらインベントリを操作すると、少しして背負うタイプの大きな籠を取り出した。


「これいっぱいになるくらい!」

「面白いの持ってるね。ゲームはインベントリあるけどこういうの売ってるんだ……」


 雰囲気が出るからこれもいいと、サリーはメイプルが背負った籠に今のドロップ品と、木の上から手に入れた紅葉の葉を放り込む。


「じゃあもっと秋を探しに行きましょーう!」

「おっけ。籠いっぱいになるまで集めて、イズさんを驚かせよっか」


 こうして二人は並んで歩いて、あちこちにあるアイテムを集めながら、秋一色の森の中を奥へ奥へとのんびり進んでいく。


「ゲームの秋もいいね!」

「……冬も、春も、夏もいいよ」

「えへへ、楽しみになってきたかも!」

「そっか。ならよかった」


 こうして、過ぎゆく季節の楽しみ方がまた一つ増えたらしいメイプルなのだった。

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