追放された転生公爵は、辺境でのんびりと畑を耕したかった ~来るなというのに領民が沢山来るから内政無双をすることに~/うみ
<六角形の秘密>
「なるほど。試してみる価値はあるかもしれないな」
パタパタとフリッパーを上下させ興奮した様子のペンギンを見やり、ポンと手を打つ。
つっても素材を何にすればいいのか。
フリッパーを元の位置に戻したペンギンと目が合う。
アデリーペンギンそっくりな宗次郎ペンギンは、白目に黒い小さな丸ボタンを落としたかのような目をしており何を考えているのかまるで読めない。
彼は元人間だから普通の動物より感情が豊かで、いろんな動作で表現してくれるのだが……目だけはどうにもならないみたいだな。
……なんて思考が横道にそれてしまった。
「ガラムさんたちなら作ってはくれるだろうが、量産することは難しいだろうね」
「素材による、だろうな。金属ならば金型に流し込めばいけるだろうけど、ペンギンさんが想定している紙素材になると……トーレたちに聞いてみないと」
良い案だと思ったんだけど、高価格高品質となってしまいそうだな。
手軽に使えるようにしたいと思ったんだけど、中々。
きっかけは、椅子に座ったことだった。毎日毎日、執務机で「あーだこーだ」と政務に励んでいるわけなのだが、座りっぱなしだとお尻と腰にダメージがね。
そこでクッションをと思ったところで、考えていた構造がアレに使えるのでは、とハタと気付きペンギンを呼んだというわけなのだ。
む。むむ。肩のあたりに湿り気が……。
こいつは雨漏り? いや違う。
「出たな、涎狐」
「(涎は)出ておらんわ。失礼なことを考えておっただろう」
彼女は俺の肩ではなく真後ろにいたみたいだな。開けっ放しの窓から入ってくる尻尾が目の端に映ったんだよね。
いつまでも放置していると飛び掛かってきそうだったので、先手を打ったってわけさ。
「どうやら気のせいだったみたいだ。酸っぱい食べ物を想像すると唾液が出るように錯覚してしまったよ。あはは」
「適当に言って誤魔化そうたってそうはいかんのじゃ」
仕方ないなあ。
ちょいちょいと手招きし、もう一方の手で自分の膝をポンポンと叩く。
はっはっ、と犬のように荒い息遣いこそしていないものの、尻尾フリフリは無表情を装っていてもバレバレだぞ。
澄ました顔のまま迷う素振りも見せず俺の膝の上に座るセコイアであった。
もう一押し。
「セコイアのことだ。俺とペンギンさんの会話を聞いていたんだろ?」
「そうじゃ。さっきからボクに分からぬようワザと『それが何か』を言わずに話をしておっただろ」
涎の気持ちは完全に別のところに向いたな。
ちょろい。は、ははは。
「ハニカム構造についてペンギンさんに聞いていたんだよ」
「ハニカム!?」
とんでもない勢いで喰いついてきた!
しかし、こういうのは俺よりペンギンの方が簡潔に説明できる。
じっとペンギンに目をやると、セコイアもつられてペンギンの方へ首を向けた。
「軽く、丈夫で、かつ素材の節約もできる構造だよ?」
「おおお。ミスリルのようなものか」
どう説明したらいいものか。
今度は「俺が説明するよ」という意味を込めてペンギンに向け右手をあげ、口を開く。
「ミスリルは素材そのものの追求だけど、ハニカム構造は異なる」
「ほおおお。カガクじゃろ。カガクの力で丈夫に軽くするのじゃな」
「科学的に計測して分かったから、科学といえば科学かもしれないな」
「はよ」
コホンと咳を一つ。
ミスリルは鉄より軽く丈夫な素材である。なので、鉄と同じ強度を持たせようとした場合、鉄より厚みを薄くしても強度を確保できるんだ。
回りくどいところから入ってもセコイアはうんうんと頷いてくれる。
「ハニカム構造は素材は同じで形を変えることによって強度を増す作りのことなんだ。紙を重ねて分厚くするのと、間にハニカム構造を挟み込むことで強度が段違いになるんだよ」
「ふむふむ。職人の技の一つみたいなもんじゃな」
あんなスカスカに作って強度が上がるのだから不思議なものだ。
日本ではいろんなところで使われている。パッと思いつくのが段ボールとかサッカーのゴールネットとか。
「物理的に考えると至極当然のことなのだがね。幾何学的にも美しい」
「どのような形をしておるのじゃ?」
「三角形の……ではなく六角形の秘密だね」
「六角形?」
「セコイアくんはハチの巣を見たことがあるかい? ハチの巣の構造……六角形の
「ハチの巣がのお」
「素晴らしいものだね。ハチは誰から教えられるわけでもないのに、頑丈な巣を最も効率的に作ってしまうのだから」
三角形と六角形をペンギンが間違えるわけがないので、何かの冗談の一種か。分からん。
ハニカム構造はもちろん万能ではない。板にした方がいい場合も多々あり、メリットとデメリットをちゃんと考えて使わなきゃならない。
どんなものでもそうだけどね……。
「六……心躍る数字だね」
「ペンギンさん、俺は数字だけで萌えるような上級者じゃないから……」
正六角形に想いを馳せ、興が乗り過ぎたペンギンが嘴をパカパカさせる。
興奮した時に彼が見せる仕草で、他のバリエーションはお腹をフリッパーで叩くのとフリッパーを上下させるくらいしかないところが辛いな。
ペンギンで表現するのも大変だ。
一方、唐突な発言にも関わらず顎に小さな指先をあて「ふむむ」と声を出すセコイア。
彼女も彼女で何を納得しているのか、学者気質ってものを理解できない俺には分からん。
「六か……宗次郎は六と聞いて何を思い浮かべるのかの?」
「√3……いや、雪の結晶としておこう」
「ルート? ああ。算術かの。ヨシュアはどうじゃ?」
こっちに振るんじゃない。
√3って何から来てんだろ、何てことを考えつつ……質問を質問で返すことにした。
「セコイアは?」
「感覚器官の数かの」
ち、ちい。即答しやがった。
え。感覚器官って五感のこと?
「五個じゃなかった? 味覚、聴覚、視覚、触覚、嗅覚」
「後は魔覚じゃ。ヨシュアにはなかったか。すまなかったの。あははは」
「マナやら魔力を感知する能力か」
「その通りじゃ。して、ヨシュアは?」
お、おう。
え、ええとな。
――ブーンブーン。
耳元で羽音がして、ギョッとして頭を動かす。
ハチじゃなくてよかった。蚊……でもないな。何だろう、この虫は。
あ、そうだ!
「虫だよ虫。六本足だろ」
「ふむ。六本のものが多いかの。蜘蛛は八本じゃし、クロウラーは無数の脚があるのお」
「六脚亜門の昆虫綱のことだね。通称『昆虫』だ。これらは六足類との別名がある通り、全て六本足だね」
セコイアが聞いたことのないモンスターの名前を口にし、ペンギンが難しい言葉で補足してくれた。
耳元に羽虫が飛んできたから軽い気持ちで答えたんだよ、なんて言えるような空気じゃなくなっているぞ。
二人ともとても真剣に応じているのだから。
「ほら、虫……昆虫は地味に思えるけど、どこにだっているだろ。だから、ほら六と言われて想像したんだよ
「ふむ。確かに。この世界では調査が必要だが、地球の支配種族は昆虫と言ってもいい」
ペンギンの話が飛躍したぞ。もっともらしく返したというのに斜め上に行ってしまった。
俺も話が突然飛ぶことが多いので人の事は言えないけど、いちいち頭を使う内容ばっかで困る。
ペンギンの言わんとしていることは理解できなくはない。
支配者や支配種族というのは、当然ながら人によって考えかたが異なる。
何をもって支配しているとするのか。
地球だと大規模に環境を作り変える事ができるのは人間だけで、人間が殺せぬ生物はいない。獰猛な肉食獣でも巨大なクジラであっても、武器を持った人間には狩られる存在だ。じゃあ、ウィルスや細菌はどうなんだって話もあるけど、議論がややこしくなるので割愛。
さて、件の昆虫に話を移そう。
種と数の多さという点に置いて、昆虫は他を圧倒しているのだ。
人間を含む哺乳類(哺乳綱)はおよそ4300から4600種なのだけど、昆虫はなんと10万種。圧倒的、圧倒的にすぎる。
絶滅耐性も非常に高く、幾度もの大絶滅と呼ばれるフェーズを経ても昆虫は脈々と生を繋いできた。
世代交代が早く、数も多い、そのため環境適応能力が高い。
ペンギンはそういった意味で支配種族と表現したわけだ。
「そうかの? ボクらの生活にあまり関わりがないから、いまいちピンと来ないのお」
「生活か……身近なものだと昆虫は調味料になっていたりするだろ」
「確かにの。どんなものがあったかのお」
「なんだったか共和国産の……辛い粉末の素になるとかあっただろ」
「ほおお。そうじゃの。あれはよいものじゃ。蜘蛛とクロウラーに比べて興味が薄かったのじゃが、なかなかやるものだの」
「食べ物だと惹かれるのか……。そういや、アラクネーって蜘蛛なんだっけ」
「あやつらの前で蜘蛛と言うのは厳禁じゃ。もっとも、ヨシュアにアラクネーを引き合わせるつもりはないがの」
「え、アラクネーって蜘蛛じゃないの?」
「異なる。上半身が人間の娘で下半身が蜘蛛じゃ」
「人間の上半身って大きさもそのままに?」
「そうじゃ」
ひえええ。魔素が外に漏れ出ないようにアラクネーの糸を使ったわけだけど、まさかの知的種族だったとは驚いた。
しかし、あの糸はよいものだ。
砂糖の甘さを想像して涎を流しているセコイアをチラ見して肩を竦める。
「クロウラーってのもアラクネーのような人? なの?」
「クロウラーはキアゲハの幼虫を大きくしたような生物じゃな」
「イモムシかよ……」
「乗れる。穴を掘れる。収納ポケットがあって、馬車ほどとはいかぬが騎乗用によいぞ」
「……いやだ……絶対に絶対に連れてくるなよ!」
想像すると背筋がゾワゾワしてきた。
キアゲハのイモムシって派手派手なやつだったよな。黄緑色に黒い線が入ってオレンジ色の斑点がポツポツとある。
乗れるってことは、五メートルくらいあるのかな……無理。無理ですって。
「イモムシということは成長すると蝶になる。昆虫の一種ではないのかね」
「クロウラーはイモムシに似るがイモムシではないのじゃ。ゆっくりと成長していき最大十メートルくらいまでになるのぉ」
「ひいい」
毛虫とかイモムシを大きくするなんてもってのほかだ。
小さいからまだ耐えることができるのに、巨大化するとなると……。
「どうしたんじゃ? ヨシュア。やはり甲虫の方がよいかの? 空を飛ぶことはできぬが騎乗用の甲虫はいるぞ」
「要らない、要らない。俺は馬でいいからな。あとは気球と計画中の……おっとこれはまだ秘密だ」
「なんじゃ。秘密じゃと!?」
「さて、さっきのハニカム構造の話と繋がるのだけど、軽くて丈夫な素材が必要なんだよ。アルミニウムを魔法金属化しているけど、そっちで行けるかもしれないけどね」
セコイアにがっくんがっくんと肩を揺すられる。
気球に変わる移動手段を計画中でどのような装甲にするのかまだ模索中なんだよね。気球のような繊維にするかもしれないし、いくつか模型を作り実験しなきゃいけない。
「セコイアくん。気球より遥かに速く移動ができ、より高く飛べ、人を乗せることができる船を考えているのだよ」
「ほおお。そいつは
あ、ペンギンがネタバレしちゃったよ。
それならそれでハニカム構造に繋がった意図も説明しておくか。
「そこでハニカム構造の話をしていたってわけなんだよ」
「ほう?」
セコイア。顔が近い。
彼女の顔に両手を乗せて押しつつ、説明を続ける。
「ハニカム構造にすると、中空ができたうえに頑丈になる。なるべく軽くしたい時にはもってこいだろ」
「なるほどのお。いつ完成するのじゃ?」
「そのうち……ガラムは前のめりでくるだろうから」
「うむうむ」
両手を組み、満足そうにこくこくと頷くセコイアであった。
こんなやり取りがあり、その後無事に空を飛ぶ船――飛行船が完成したのはまた別の話。
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