【さびついた剣】を試しに強化してみたら、とんでもない魔剣に化けました/万野みずき


  <祝福された盾>



「銀髪ちゃんの盾の神器が〜、この町で行われている『神器デザイン賞』の一枠に推薦されました〜!」

「「えっ?」」


 ギルド職員のガーネット・チャームさんの幼い声が、受付窓口周辺に響き渡る。

 同時に彼女は小さな手を叩いて、笑顔でこちらを祝福してくれた。

 だが、何がなんだかわからない僕たちは、その場で黙ったまま呆然と立ち尽くしてしまう。

 受付窓口にはパチパチと虚しい音だけが鳴っていた。


「……じ、神器デザイン賞って何ですか?」

「あっ、お二人はまだ知らなかったのですね〜。そういえば〜、まだこの町に来たばかりですもんね〜」


 そう、僕とダイヤは冒険者試験を受けるために、この町『ホワイトロンド』に来たばかりである。

 試験には無事に合格することができて、今では冒険者としてこの町で活動させてもらっているけれど、その期間はまだ数えるほどだ。

 この町の事情についてはまるでわかっていない。


「神器デザイン賞というのは〜、この町の教会が主催している催し物みたいなものですかね〜。この町で活動している冒険者たちの神器で〜、誰のものが優れたデザインか〜、推薦形式で決めることになっているんですよ〜」

「……ぜ、全然知らなかった」


 そんな行事があったんだ。

 いい形をした神器をみんなで決める催し物。

 結構面白そうかも。 


「その神器デザイン賞に、ダイヤの【不滅の大盾】が推薦されたってことですか?」

「は〜い、そうなのですよ〜。まだこの町に来たばかりで〜、名前もあまり知られていないのに〜、いきなり神器デザイン賞に選ばれるなんてすごいのですよ〜」

「……」


 ダイヤは口を半開きにして呆然としていた。

 まさか自分の神器が推薦されるとは思わなかったのだろう。

 でもまあ、盾の神器ってかなり珍しいし、町を歩いているだけで相当目立つからね。

 それに仲間の贔屓目を無しにしても、ダイヤの【不滅の大盾】は綺麗な見た目をしているし。

 町の人や他の冒険者たちがこぞって推薦してもおかしくはない。


「わ、私は、いったい何をどうすればいいんでしょうか……?」

「銀髪ちゃんは特に難しいことをする必要はないのですよ〜。この神器デザイン賞を受けるかどうかを決めてもらって〜、もし受けるのでしたら表彰式に出席してもらうだけなのです〜」


 おぉ、それなら簡単そうじゃん。

 何か演舞とか神器を使っての曲芸とかを披露しなきゃいけないのかと思ったけど、式に出席するだけなら誰でもできる。


「もし出席しますと〜、受賞記念に特製のバッチと〜、この町の高級スイーツ店『天使のしずく』の食べ放題券をもらえますので〜、出た方がお得だと思いますけどね〜」

「おぉ、食べ放題!」


 当事者でないというのに、思わず僕が反応を示してしまった。

 いいなぁ、スイーツ食べ放題。

 式に出るだけで高級スイーツを食べまくれるだなんて、正直羨ましい。

 それはダイヤも気になっているようで、その話が出てからわかりやすくもぞもぞし始めた。


「高級スイーツ食べ放題……。そ、それでしたら、出てみてもいいかもしれませんね」

「うん、それがいいよ。出席するだけで高級スイーツ店の食べ放題券がもらえるんだからさ」


 と言うと、ダイヤは張り切るように両手でぎゅっと握り拳を二つ作った。

 そして今からスイーツが楽しみなのか、幸せそうな笑みを浮かべていると……

 突如、その笑みを完全に打ち消してしまうかのように、ガーネットさんの口から予想外の台詞が飛び出した。


「そうですよ〜。式に出席して〜、“表彰台に立つ”だけですので〜、と〜っても簡単なのですよ〜」

「「えっ?」」


 受付窓口の前にて、再び僕たちは呆然としてしまった。




 場所を移して冒険者ギルド近くにある激安の酒場。

 その一席にて僕とダイヤは、静かに晩ご飯を食べている。

 ご飯は激安なれどすごく美味しい。美味しいんだけど、前の席に腰掛けているダイヤの表情は浮かない。


「ど、どうしましょうラストさん……」

「うーん、どうって言われても、出たくないなら無理して出なくてもいいんじゃないかな?」


 今にも泣き出しそうになっているダイヤに、僕は至って冷静な答えを返した。

 神器デザイン賞の出席について、ダイヤは最初は出てみてもいいかもしれないと思っていたが。

 今では美味しいご飯も喉を通らないくらい、出席を渋ってしまっている。

 その理由は……


「表彰台に立つの、嫌なんでしょ?」

「……まあ、はい」


 ダイヤはお肉料理の端っこにある細い草をフォークで刺し、のそのそと口に運びながら頷いた。

 ガーネットさんの言っていた出席とは、表彰台に立つことまでを含めた出席だったのだ。

 まあダイヤの内気な性格からして、人前に出るのは相当嫌なことなのだろう。

 僕も同じくらい臆病なのでその気持ちはよくわかる。

 それにたぶん、ただ表彰台に立つだけじゃなくて、“何か一言”とか言わなきゃいけないだろうし。

 ダイヤにはかなり壁が高いだろうな。


「ガーネットさんも強制じゃないから無理はしなくていいって言ってたし、出なくても大丈夫だと思うよ。それなのにどうして……」


 ダイヤはここまで思い悩んでいるのだろうか?

『私は出ません!』の一言で済む話だと思うんだけど?

 あっ、もしかして……


「スイーツ食べ放題が惜しいとか?」

「ま、まあ、それも確かに食べてはみたいですけど、でもそれ以上に“出たい理由”がありまして……」


 式に出たい理由?

 人前に出ることが確定している式に、人見知りのダイヤが出たがっているとはどういうことだろうか?

 そう不思議に思っていると、ダイヤは不意にテーブルの横に立てかけている【不滅の大盾】に手を添えて、まるで愛玩動物を愛でるように撫で始めた。


「表彰されるのは私ではなく、“この子”の方なんですよ。それならたとえ恥ずかしさを味わったとしても、式に出るべきだと思いまして」

「なんで、そこまでして……?」


「今まで守ることしかできない神器と言われて、この子は誰の目にも留まることがなかったんです。でも初めて冒険者試験の時にラストさんに見つけてもらえて、今度はさらに大勢の人に認めてもらえるかもしれません。その機会を得ることができたので、どうかこの子に祝福を受けさせてあげたいんですよ」


 なるほど。

 神聖力がないせいで、魔物を討伐することができない神器。

 誰の目にも留まることのなかったそれだけど、今回の神器デザイン賞で多くの人に認めてもらうことができるかもしれない。

 だからダイヤは式に出たがっているのだ。

 でも……


「人前に出るのはやっぱり怖いから、こんな風に悩んでいると」

「は、はいぃ……」


 堂々巡りである。

 すでにたくさんの人に推薦してもらっている時点で、神器を認めてもらっているのと変わりはないんだから、無理をする必要はないと思うんだけど。


「ラストさん代わりに出てくださいよぉ」

「いや、僕が出ても仕方ないでしょ。神器の持ち主はダイヤなんだし、それに僕にも大切な相棒がいるんだから」


 浮気するような真似はしたくない。

 仮に僕が【不滅の大盾】の持ち主として出席したとしても、推薦してくれた人たちにはすぐにバレちゃうんじゃないかな?

 本来の持ち主と違うじゃないかって。そうなった時、神器デザイン賞の受賞がどうなるかわからない。

 というか僕を代わりに出してまで、【不滅の大盾】に賞を受けさせてやりたいと思っているのか。


「そういえば、ラストさんの神器は推薦されなかったんですね」

「えっ?」


 ダイヤの唐突な発言に、僕は思わず苦笑を漏らしてしまった。


「それはまあ、普段はこの通りただの【さびついた剣】だからね。これを見て『優れたデザインだ!』って思う人はさすがにいないんじゃないかな」

「そういえば、町の中ではずっとその姿でしたね。それなら仕方ないかもしれませんけど、もし町の人たちが【呪われた魔剣】のことを知っていたとしたら、たぶん推薦されていたんじゃないですか?」


 それは……どうだろう?

 確かに【呪われた魔剣】の見た目はかなり独特で、人の目を引くデザインだとは思う。

 でもそれは悪い意味で目を引くというだけで、良質なデザインかと問われれば素直には頷きがたい。

 だって、魔人の持っている神器みたいだし。神器デザイン賞とやらの趣旨とは合致していないんじゃないかな?


「私は【呪われた魔剣】の見た目、とっても好きですよ。すごくかっこいいと思います」

「……その一言をダイヤからもらえただけでも表彰されたような気分だよ。他の人から褒めてもらえなくても充分嬉しい」


 僕は正直、自分の神器の見た目を気に入っていないからね。

 周りの人に怖がられてしまうんじゃないかと、いつもビクビクしているくらいだから。


「でも、ダイヤの【不滅の大盾】は、町の人たちから確かに認められた神器なんだから、ダイヤの言った通りちゃんと祝福を受けさせてあげた方がいいと思うよ。少しだけ頑張ってみたらどうかな?」

「少し、だけ……」


 僕はダイヤの背中を押すように、最後にこんな提案をした。


「それに当日は、僕がずっと側にいてあげるからさ、不安があったらいつでも僕にぶち撒けていいからね。まあ、それで元気付けてあげられるかはわからないけど」

「……ラストさん」


 その提案が功を奏したのだろうか。

 ダイヤは神器デザイン賞の出席を決意した。




 表彰式当日。

 会場となるホワイトロンドの教会には、それなりに多くの人たちが集まっていた。

 町の人たちはもちろん、この町で活動をしている冒険者たちもそこそこ見受けられる。

 どうやら僕たちが知らなかっただけで、結構大きめな行事らしい。

 そしてみんなが見守る中で、式はつつがなく進められていった。

 神器デザイン賞に選ばれた神器と、その持ち主たちが、次々と壇上に登って挨拶をしていく。

 そしていよいよ、ダイヤの番が回ってきた。


「それでは続きまして、この町で活動を始めたばかりの新人冒険者、ダイヤ・カラットさんの神器です!」


 進行係を務めている女性司会者さんが、大きな声でダイヤの名前を呼んだ。

 それに対して、僕の目の前にいるダイヤはビクッと肩を揺らした。

 いまだに緊張しているらしい。体も僅かに震えているみたいだ。

 このままでは大勢の集団の中に紛れたまま、動き出すことができないかもしれない。

 そう思った僕は、小さな声で『大丈夫』と言い続けた。

 それが効いたのかどうかはわからないけれど。

 やがてダイヤは意を決した表情で、【不滅の大盾】を構えて表彰台に向かっていった。

 ゆっくりと壇上に登ると、周囲からパチパチと手を叩く音が聞こえてくる。


「ご覧ください、こちらが世にも珍しい盾の神器となっております。それだけではなく透き通るように綺麗で真っ白な外見、盾として完璧に整えられた形、今年の神器デザイン賞に相応しいという意見が多数寄せられています」


 盾の紹介を終えると、続いて今度は持ち主のダイヤに視線が集まった。


「本日は出席していただいてありがとうございます。では、神器の持ち主であるダイヤ・カラットさんから、何か一言ちょうだいできればと思います」

「あっ、その……」


 多くの人たちから視線を浴びて、ダイヤは見るからに萎縮してしまった。

 けれど、すぐに表情を引き締めて、ダイヤにしては割と大きな声で一言述べた。


「た、たくさんの神器がある中で、私の【不滅の大盾】を選んでいただいて、その、あの……ありがとうございます」


 台詞が段々と先細りになってしまったが、ダイヤはきちんと言うことができた。

 そしてたくさんの拍手に包まれながら、ダイヤの表彰式は終わったのだった。




 神器デザイン賞の表彰式が終わった後。

 教会前のベンチに座っていると、人垣を掻き分けるようにしてダイヤがやってきた。

 彼女は心身ともにやられたように、ふらふらになりながら僕の隣に腰掛けてくる。

 そんなダイヤの手には、受賞記念に渡された教会特製のバッチと、高級スイーツ店『天使のしずく』の食べ放題券がきらりと光っていた。


「お疲れ様ダイヤ、よく頑張ったね」

「も、もう懲り懲りです……」


 魂でも吸われてしまったかのように、ダイヤはベンチにもたれかかってしまった。

 本当にお疲れ様である。あの気弱で臆病だったダイヤが、人前に出て喋っただけでもとてつもない前進だ。

 ……まあ逆に新たなトラウマが生まれてしまったかもしれないが。


「でもおかげで【不滅の大盾】をたくさん褒めてもらえたし、何より高級スイーツ店の食べ放題まで行けるわけだしさ、そこで思い切り疲れを吹き飛ばしてきなよ」

「あっ、えっと、そのことなんですけど……」


 ダイヤは不意に、手にしていた食べ放題券を目の前に掲げてきた。

 見ると、その食べ放題券はなんと、二枚あった。


「どうやらこの食べ放題券なんですけど、二枚一組になっているみたいで、二人で行けるみたいなんですよ」

「二人?」

「あの、だから、その……」


 ダイヤは言い淀みながらも、最後は意を決したように提案してきた。


「げ、元気付けてくれたお礼に、一緒に行きませんか?」


 スイーツ食べ放題に? 一緒に行っていいってこと?


「……僕と一緒でいいの?」

「ほ、他に誘う人もいませんし、そもそも式に出席できたのはラストさんのおかげですから」


 ダイヤはそう言うと、なぜかいまだに緊張した様子で僕を見てきた。

 それにどのような意味があるのかはまったくもってわからなかったけれど。

 僕はダイヤからの誘いに、笑顔で答えた。


「うん、それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」


 せっかくのスイーツ食べ放題だし。

 何よりダイヤから食事の誘いを受けることは滅多にないから、この機会を逃すのは勿体無いと思った。

 するとダイヤの頬にも、ようやく笑みが咲いてくれた。

 次いで彼女は疲れが取れたのか、ベンチから勢いよく立ち上がる。

 そしてこちらを見つめながら、一層嬉しそうな笑顔で言った。


「今日は私、とても勇気が出せたと思います」


 その証と言わんばかりに、教会から受け取った表彰バッチが、きらりと光を放った。

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