加護なし令嬢の小さな村 ~さあ、領地運営を始めましょう!~/ぷにちゃん


  <ツェリシナの誕生日>



 ツェリシナがツェリン村の大樹を見ていると、ふいに後ろから「せーの」とタイミングを合わせる声が聞こえてきた。


「「「ツェリシナ様、お誕生日おめでとうございます!」」」


「――え?」


 振り向くと、ツェリン村の子どもたちがいた。ジゼルを先頭に、総勢五人。その手には大きな花束を持っている。

 ツェリシナは思わずぽかんと口を開けてしまった。だってまさか、こんな風にお祝いの言葉を聞けるとは思っていなかったから。


「……わたくしに? ありがとう、とっても嬉しいです……」


 花束を受け取ると、思わず目が潤んでしまいそうになる。


「ツェリシナ様、それからこれもプレゼントです!」

「わっ」


 ジゼルが手に持っていたマフラーを、ツェリシナの首にかけてくれた。ふわふわで暖かくて、冬の空気に冷えた肌を温めてくれる。


「それね、村の羊の毛で編んだんだよ!」

「みんなで毛を狩るところから準備したの」

「村の羊の毛で作ってくれたんですか? すごい……ありがとうございます!」


 ツェリン村の羊は子どもたちも率先して世話をしてくれている。餌をあげたり、ブラッシングをしてあげたり、一生懸命育ててくれているのだ。

(大切に育てた羊の毛で、私のプレゼントを作ってくれるなんて……)

 どうもこの手のことは涙腺がもろくなってしまって困る。

 自分を大好きで、こうしてお祝いをしてくれる子どもたち。子どもたちがもっと自由になれるように、村づくりに力を入れなければと一層気合が入る。

 ツェリシナが子どもたちのことを褒めると、「えへへ」と嬉しそうに笑ってくれる。

(せっかくだから、何かお返しを……あ!)

 閃いた! と、ツェリシナは再びしゃがみ込む。


「ツェリシナ様?」


 ジゼルがしゃがんでしまったツェリシナを見て、きょとんと首を傾げる。いったいどうしたの? と、その大きな目が言っている。


「素敵な花束とマフラーのお礼をしたいと思いまして」

「――!」


 ツェリシナの言葉に、ジゼルが目を瞬かせる。そしてすぐに、ぶんぶんと大きく頭を振った。


「今日はツェリシナ様のお誕生日だから、お礼なんていらないです!」

「大丈夫ですよ、そんなに大したものではないから」


 そう言うと、ツェリシナは大樹の周囲に咲いている花を摘んだ。本来の開花時期は冬ではなく春なのだけれど、大樹のレベルが上がり、周囲では年中花が咲くようになった。

 ツェリシナは花と柔らかな草を摘んで、それを器用に編み込んでいく。すると出来上がったのは、可愛らしい花冠だ。


「どうぞ、ジゼルちゃん」

「わあぁぁっ」


 ぱっと表情を輝かせるジゼルの頭に、作った花冠を載せてあげる。


「すごい、お姫様みたいっ」

「ジゼルちゃん可愛い~!」

「わあぁ、いいな、いいな~!」


 子どもたちがジゼルを褒めるのを見て、ツェリシナは急いでほかの四人の分の花冠も作ってあげる。


「ちゃんとみんなの分も作るから、安心してね」

「「「わああぁぁ~!」」」


 全員が目をキラキラさせて、出来上がった花冠を頭に載せる。スカートの裾をちょんと指先でつまんで、お姫様のように優雅なお辞儀をして見せてくれた。

 ツェリシナは拍手をして、「とっても可愛いお姫様ですね」と微笑む。

 やはりこの年代の子どもは、お姫様に憧れるものがあるのだろう。

(もしかしたら、屋敷のメイドなんかを募集してみたらやりたい子が殺到するかもしれないわね)

 庶民だとドレスはなかなか着れないけれど、メイドになれば上品で可愛いメイド服が着られるので実は人気がある。しかしメイドは競争率が高く簡単に就ける仕事ではないので、女の子にとって憧れの職業の一つでもあるのだ。

 リンクラート家は今のところ人手は足りているが、ゆくゆくはツェリシナの侍女や屋敷のメイドも増やしていきたいと思っている。そのときに、ツェリン村の子から希望者を募るのはいい案だと思う。

(そのためには、学校もあった方がいいわね!)

 村の運営のことを考えるとやりたいことが無限にありすぎて、どこまで突き進んでも終わりが見えそうにない。


 しばらくみんなと話をしていると、「ジゼル~」と子どもたちを呼ぶ大人の声が聞こえてきた。


「あ、いけない! お手伝いの時間だった」


 もっと話していたかったのにと、ジゼルが少しだけ頬を膨らませる。けれど、お手伝いが大切だということも知っているので、すぐに「はーい!」と大きな声で返事をした。


「ツェリシナ様、またお話ししてくれますか?」

「もちろんです。お手伝い、頑張ってくださいね」

「はいっ!」


 ツェリシナが笑顔で励ましの言葉を送ると、ジゼルたちは満面の笑みを浮かべて頷いた。そしてそのまま、手伝いへ走っていった。


(みんな元気があってすごいなぁ)

 自分はちょっと疲れたかもしれないと、ツェリシナは苦笑する。立ち上がってぐ~っと伸びをすると、「ツェリ様」と自分を呼ぶ声がした。


「――ヒスイ!」

「子どもたちと話をしていたんですか? 屋敷の準備が整ったので、次はツェリ様の準備ですよ。主役なんですから、ドレスに着替えないと」

「私はこの服が気に入ってるのに……」


 ヒスイの言葉に、ツェリシナは着ている服を見る。ローズレッドのワンピースは、ツェリン村で来ているツェリシナの普段着だ。動きやすいので、愛用している。


「旦那様も来るんですから、ちゃんとしてください」

「……はーい」


 今日はこれから屋敷でツェリシナの誕生日パーティーが開かれるため、その準備をしなければならない。

 ついつい、もっと気楽にできたらいいのに……と、ツェリシナは思ってしまう。

 ヒスイに背中をぐいぐい押される形で、ツェリシナは屋敷へと戻った。


   ***


 先にツェリシナが一人で部屋に戻ると、机の上に小箱が置かれていた。


「……?」

(なんだろう)


 出かけるときは、こんなものはなかったはずだ。もしかして、ドレス用の装飾品だろうか? そう思って小箱を手に取り蓋を開けると、綺麗な音色が流れ始めた。


「あ、オルゴール?」


 しかも曲は、誕生日ソングだ。


「いい音色」


 ツェリシナの部屋に無断で入ることができるのは、ヒスイとお世話をしてくれているオデットの二人だけだ。

(……誰からのプレゼントか、わかっちゃった)

 オルゴールを見て、ツェリシナは頬が緩む。

 すると、部屋にノックの音が響く。


「どうぞ、ヒスイ」

「……どうして私だってわかったんですか?」


 普通なら、支度のためにオデットが来ると思うはずなのにと、ヒスイが肩をすくめる。ちょっとしたサプライズのつもりだったが、ツェリシナにはバレバレだったようだ。

 そんなヒスイの問いに、ツェリシナはあっけらかんと答える。


「だって、オルゴールは嗜好品だもの」

「……?」


 ツェリシナは「知っているのよ」とヒスイに微笑む。


「ヒスイは、休みの日に街へ出ていろいろなお店を見たりして勉強しているでしょう? これは貴族が行くようなお店にしか置いていないから、ヒスイが勉強の合間に知ったんだと思ったの」


 オデットが普段行くようなお店には、オルゴールは置いていない。

 なのでこれは、ヒスイが普段から勉強しているからこそ選ぶことができた誕生日プレゼントなのだ。

 ヒスイはツェリシナやツェリン村のために、ハンドクリームなどの商品や、流行などに関する勉強や調査も自分でしていることをツェリシナは知っている。

 ツェリシナの推理を聞いて、ヒスイはなるほどと頷いた。そして同時に、ツェリシナが自分のことを見ていてくれたことが嬉しかった。


「――というわけで、ヒスイしかいないってこと」

「ツェリシナ様を驚かせようなんて、思うものではないですね。……喜んでもらえそうなプレゼントを考えるだけで、精一杯でした」

「ヒスイ……」


 自分はまだまだですと言うヒスイに、ツェリシナは「そんなことない!」と拳を握って力説する。


「誕生日のメロディーが流れる可愛いオルゴールだよ、嬉しくないわけない……! ありがとうヒスイ、最高のプレゼントだよ」


 ふんふん♪ と口ずさむと、ヒスイが笑う。思わずオルゴールと一緒に口ずさんでしまうほど、ツェリシナは嬉しいのだ。


「なら、よかったです」


 はにかむようなヒスイの顔に、ツェリシナもつられる。これはヒスイの誕生日も、気合を入れてお返しをしなければいけない。

(ヒスイには、上着とか?)

 どんどん背が伸びているので、ヒスイの体にフィットする服をプレゼントするのもいいなと思う。悩んでいると、ヒスイに呼ばれた。


「ツェリ様、お誕生日おめでとうございます。これからもよろしくお願いします」

「――もちろん。これからもよろしくね、ヒスイ!」

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