カドカワBOOKS6周年記念・ショートストーリー集

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お前のような初心者がいるか! 不遇職『召喚師』なのにラスボスと言われているそうです/瀧岡くるじ


  <みんなと食べるから>



 新進気鋭のVRMMORPG『ジェネシス・オメガ・オンライン』、通称GOO。

 日本のエンタメを支配するといわれる大企業『神永エンタープライズ』が母体となって運営されているこのゲームは、これまで多種多様な作品とコラボイベントを行ってきた。

 例えば、哀川圭ことヨハンが愛する、二十年以上前に流行した『バーチャルモンスター』もその一つ。

「プレイヤーはネットワーク上で発見された電子的異世界を探索する」というざっくりとした、他の本格RPGと比べるとどこか薄い世界観も、多種多様なコラボイベントを行いやすくするためだろう。

 大人なら誰もが「懐かしい」と言ってしまう『バーチャルモンスター』のようなキャラクターから、今なお少女だけでなく成人男性たちも沸かせている超大型タイトル『アイドルスターズ』まで。

 様々なコラボイベントを行ってきたGOOであるが、それは何も、キャラクター作品だけに限らない。


「もうすぐ到着ですよ、ヨハンさん!」


 先頭を歩く青い装備の少女ゼッカが元気よく叫ぶ。キャラクターの素早さを司る敏捷ステータスの数値に差があるからか、どうしてもヨハンより、ゼッカの方が早く先に進んでしまう。


「待って。早いわよゼッカちゃん」


 いつものラスボス系装備を外したヨハンが、急ぎ足で追いかける。すると、ヨハンの目にもようやく、目的地が見えてきた。

 霧のような結界で覆われた街は、門を潜ることで、その全容が明らかになる。


「どうですかこの街は!」

「これは……まさにカオスね……」

「あははははっ! ですよね! ここが本日の目的地、カオスシティです!」


 ヨハンの反応が期待していた通りのものだったのだろう。ゼッカは嬉しそうに笑う。


「いや……本当に……なんなのこの街は!」


 ヨハンが驚くのも無理はない。

 カオスシティ。カオスを冠するこの街は、まさに混沌と言っていい。

 中央のメインストリートを境界に、右手にはテレビでしか見たことのないフランス・パリの街並み。

 しかし左手には、雑多な東京の街並み。

 そして案内版を見上げてみれば、少し奥に【中華街】や【アメリカンストリート】、【スフィンクス】があると表示されている。


「滅茶苦茶ね……さながら観光名所キメラと言ったところかしら」


 世界各地の観光名所をツギハギしたような街。これまでのゲームの景色とは違い、目に映るすべてが、TVだったり、雑誌だったりで、見たことがある。いつか行ってみたいと思ったことも、一度や二度ではない。

 だが、いざそれら全部が目の前に現れると、違和感が凄まじい。まるで異世界に迷い込んでしまったかのようだ。

 今日の集まりにあまり乗り気ではなかったヨハンだったが、このカオスな景色に、不思議と胸が躍っていた。


「もきゅもきゅ!」


 その時、相棒の気持ちに呼応するように、ヨハンの頭上に乗っていた召喚獣のヒナドラが興奮した様子で声をあげた。小さいシャチのような姿をした小竜は露店の食べ物に目を輝かせ、今にもヨハンの頭上から転がり落ちそうなほど身を乗り出している。


「私よりヒナドラの方がテンションが高いわね」

「みたいですね。ただ、露店もいいですが、今日の目的を忘れていませんか?」


 吸い寄せられるように動いた体がぐいっと止まる。ゼッカがヨハンの手を掴んだのだ。


「も、もちろん忘れていないわよ?」


 そこでヨハンは今日の目的を思い出す。

 今日の目的。

 それは、超話題のB級グルメ【クリームたこ焼き】の試食だった。


 先述したようにGOOのコラボイベントは、何もキャラクターだけではない。

 飲食業界とも、頻繁にコラボを行っている。

 例えば、とある飲料水メーカーが新商品を開発したとする。その際、宣伝として、新商品を全プレイヤーに1本、無料で配布する。

 VR内に再現された新商品をプレイヤーは無料で楽しみ、気に入ったら現実世界でも購入する。VR内で配る分にはただのデータ。材料費や人件費がかからない分、企業側は気軽に宣伝できるし、プレイヤー側も気軽に新商品を試すことができる。

 この試みは成功しているらしく、今や多くの企業がVRゲーム内にて、自社の商品のPRを行っている。

 ただ、やはりこういったPRを目的にしたコラボイベントは、どのゲームでもできることではない。

 世界観が緩く設定されたGOOだからこそなのだ。


「お待たせレンマちゃん」

「……遅いよ二人とも」


 無駄にお洒落なたこ焼き屋台の前に、白いゴリラの着ぐるみを着た少女が立っていた。通りすがる人々全員が振り向くほど奇抜な格好をした少女の名は、レンマ。

 ゼッカ同様、ヨハンがGOO内で知り合ったプレイヤーである。

 腕を組んだ着ぐるみゴリラの顔は困り顔。怒っているというよりは、一刻も早くクリームたこ焼きを食べたくてしょうがないといった様子である。


「ごめんごめん。さ、早く交換しちゃいましょう」

「そうですね!」


 三人は、ストレージから先日配布された交換チケットを取り出す。それを、無駄にお洒落な屋台の店員に渡す。


「へいまいどありー!」


 店員とは言っても、NPCのようだった。差し出したチケットは、店員が受け取る前に消滅する。


「え? え?」


 ヨハンがあわあわとしているうちに、再び店員の「へいまいどありー!」という声と共に、ヨハンの手に熱い透明なパックが載せられた。その中には六個のたこ焼きが詰まっている。

 店員NPCは一度もこちらと目を合わせることはなく、ひたすら目の前のたこ焼きをひっくり返し続けていた。


「いつか……現実でもロボットが接客をするようになったら、こんな感じなのかしら」


 どこか釈然としない思いをヨハンが抱いていると、すでに店から遠ざかっていた二人の声がする。


「……どうしたのお姉ちゃん?」

「ヨハンさーん、こっちにいい景色の場所があるんです。そこで食べましょう!」

「……私って古い人間なのかしら」


 別段店員NPCとのやり取りを気にした様子もない二人を見ながら、ヨハンはぽつりと呟いた。


「どう思うヒナドラ?」

「もっもっ」

「わかったわかった。貴方も食べたいのね……いいわよ、行きましょう」


 そんなことよりたこ焼きだ! と言わんばかりに、ヒナドラに頭をぽむぽむ叩かれたヨハンは、急ぎ足で友人たちの後を追った。




「良かった、人居ない!」


 ゼッカたちの後に続き、白い石でできた階段を上り切った先。高台のテラスのようなその場所からは、カオスシティの様子が一望できた。


「凄い景色ね……」


 眼下に広がる、街に詰め込まれた世界各地の観光名所を見ていると、不思議と世界の王になったような気さえしてくる、そんな不思議な光景だった。


「街中がライトアップされているのに、田舎並に星空が広がって……現実ならありえないことだけど……流石ゲームといったところかしら?」

「……ゼッカ、よくこんな場所知ってたね?」


 着ぐるみゴリラフェイスの下から元の美少女フェイスを露出させ、たこ焼き捕食モードに移ったレンマが尋ねた。


「いや、今日は普通に運がいいですよ。普段はもうちょっと人が多いから。まぁともかく座りましょう」

「そうね、早くしないと、クリームたこ焼きが冷めちゃうわ」

「……お姉ちゃん。ここはゲームだから、料理は常に一番美味しい状態、つまり熱々の状態で固定されているよ?」

「え……私、料理ってちょい冷めくらいの方が好きなんだけど」

「いいから二人とも。早く座ってくださいよ~」


 テラスに設置されている木製の椅子に座ったゼッカが声をあげた。テーブルにはゼッカのたこ焼きの他に、紙コップが人数分並べられている。

 ゼッカはストレージから、おそらく試供品なのだろう、見慣れない銘柄のサイダーを取り出すと、三つの紙コップに均等に注いでいく。

 そして、三人一斉に手に取ると、


「「「乾杯~!!」」」


 と言って、軽くコップをぶつけ合う。


「もっもっ」


 ヨハンが久々のサイダーの味を楽しんでいると、いつのまにか頭上からテーブル上に移動したヒナドラが騒ぎ始めた。


「……ヒナドラも食べたいんだね」

「意外と食いしん坊ですよねこの子」

「そうねぇ……じゃ、一個食べてみる?」

「も~」


 目を瞑って口を開いたヒナドラに苦笑しつつ、ヨハンは楊枝でクリームたこ焼きをプスリ。あふれ出てきたカスタードクリームが零れないように注意しながら、ヒナドラの大きな口の中に放り込む。


「もっ……もっ……」

「熱いから気をつけてねヒナドラ」

「いやヨハンさん。その子、火を吐きますし、大丈夫なんじゃ? 熱っ」

「言われてみればそうね」


 言いつつ、頬張ったたこ焼きを熱がるゼッカと、妙に納得するヨハン。


「もっ……もっ……もっきゅん。もきゅ~」


 たこ焼きを飲み込んだヒナドラは恍惚の表情。そして「次」と言わんばかりに口を開いた。


「はい」

「もっ……もっ……もっきゅん。もきゅ~」

「はい」

「もっ……もっ……もっきゅん。もきゅ~」


 ……。


「もっ……もっ……もっきゅん。もっきゅっ!!」


 たこ焼きを六個食らったところで満足したのか、ヒナドラは「美味かったぜ」と言わんばかりにサムズアップ風に手を突き出した。


「……いや、もっきゅっじゃないよ、ヒナドラ」

「も?」

「ヨハンさんのたこ焼き全部食べちゃって……お前ってやつは~!」

「もきゅぅぅううう!?」


 ヒナドラはムンクの叫びのように驚愕し、申し訳なさそうに目を潤ませる。


「しまった、あまりにもヒナドラが幸せそうだったから、つい全部差し出してしまったわ」


 ここで我に返るヨハン。


「あはは。でも……大丈夫よ。私、実はあまり食事とかに興味あるタイプじゃなくて」


 それは、本当だった。

 TVで話題の料理やスイーツの特集を見て「美味しそう」と思っても、わざわざ食べに行くことはない。

 日々の食事は味よりも栄養に気を遣っていたし、週に一回の高カロリーな食事も、コンビニやジャンクフードで済ませることが多い。

 寧ろ、社会人として忙しいヨハンにとって、食事とは面倒な事柄だった。特に仕事が修羅場の時は、食事がただ異物を胃に流し込む行為にすら感じられ、苦痛に思うこともあるくらいだ。早くSFのようなカプセル型の完全万能食ができないかと思うこともあった。

(あれ? そういえば私、いつからこんな風になったんだっけ?)

 果たして若い時からそうだっただろうか? それとも社会人になってからか?

 ヨハンには思い出せなかった。


「はい」


 一人思い悩んでいた時。ふと目の前に、クリームたこ焼きが差し出された。楊枝を持ったゼッカがニコニコしている。


「……? えっと、ゼッカちゃん?」

「口を開けてください。私の分を分けてあげますから。はい、あーん」

「は、恥ずかしいわ」

「いいからいいから。はい、あーん」

「う、うん」


 少し照れながら、小さく開いた口に、たこ焼きがねじ込まれた。ヨハンはそれを、ゆっくりと咀嚼する。

(……甘。でも)


「おいしい」


 ヨハンの言葉を聞いて、ゼッカとレンマはにこりと笑った。そんな何かをやり遂げたような、誇らしげな友人二人の笑顔を見て、ヨハンの胸も温かくなった。

 眼下に広がるライトアップされた異国の景色も。頭上に広がる満天の星空も。どこか、さっきよりも輝いて見えた。

(久しぶりだな、こういうの。本当に)

 友人と同じ場所で。同じものを食べて。同じ時間を共有する。

 たったそれだけのことが、ヨハンにとってはとても久しぶりで。

 とても懐かしかった。


「もっきゅ」


 ふと見ると、相棒のヒナドラが優しい瞳でこちらを見つめていた。そんな相棒の額を軽く撫でながら呟く。


「楽しいね」

「もっきゅ!」


 ヒナドラはにっこりと笑う。

 その後、味を気に入ったゼッカと所詮はB級グルメと味が気に入らなかった様子のレンマ、二人のじゃれ合うような言い争いを、ヨハンとヒナドラは満ち足りた表情で見守っていた。

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