霧の丘
翌朝は濃霧でした
「こんな霧のかかった日はきっと快晴なんだよね」
早くから目覚めていた夏はまだ薄暗い庭先の井戸で顔を洗うと丘の方に目をやりました。
まだ日の出前の大桜の丘はすっぽりと霧に覆われています。
「ねえちゃんおはよー!」
朝寝坊のりんも今朝は早起きしたようです。
同じように井戸水で顏を洗うと
「ありゃ!霧で何にも見えないね」
やっと気が付いたようです。
「朝ごはんの前に丘に行ってみようよ」
「そうだね 少し肌寒いけど行ってみようか」
早速丘に向かう二人
ひんやりしてほの暗い霧の小道を上がりおじいちゃんのお墓に手を合わせるとその先にやがて墨絵のような大桜が見えてきました。
でもきのうと何か様子がちがいます。
♬ ハリーポッターテーマ曲
大桜の下に何だか黒い巨大なものがたたずんでいるのです
「えっ~なんだろう?」
前を歩く夏の足が止まりました。
「何かいるよ!大きな黒いもの!」
そういいながら怖がり屋のりんの方を振り向くと、りんは以外とニヤニヤしているではありませんか
「りん!怖くないの?何かいるよ!」
「私怖くないもん。・・・だってあれは神龍さんだもん。今朝、起きた時、すぐにピアスで神龍さんに連絡したんだよ」
「なんだそうだったの。だから霧がかかっていたんだね。意地悪だね。ねえちゃんに内緒にして!」
そういいながらも夏はニコニコしています。
「神龍さん、おはよー!ちょっと待ってね ゆきに挨拶するから」
そういうとふたりは祠に深々とお辞儀をしました。
「ゆき、おはよう! 昨夜はねえちゃんに弥生時代のこと、いろいろ教わったよ。わたしもっと弥生のこと勉強するからね」
りんがゆきに語りかけました。夏もうなずいています。
「途中でお花摘んできたから置いとくね」
りんは丘の畑に咲いていた黄色い菜の花を祠の花瓶に挿しました。
そしてしばらくの間、二人はもじょもじょとゆきとお話ししているようでした。
しばらくして夏が神龍に問いかけました。
「一つ質問だけどゆきのいた弥生のクニは何というクニだったの?」
「はい ヤマトと呼ばれていました」
「ヤマト国?なの?邪馬台国じゃないの?」
「はい 大陸で漢字をあてがったようですが倭国ではヤマトと発音していました」
(当時の倭国にはまだ文字はなかったようです)
「じゃあ後世の日本の人がその漢字を読むときヤマトをヤマタイと読んだのかなあ」
(実は魏志倭人伝には邪馬台国ではなく邪馬壹國と書いてあるようです。何と読むのが正しいのでしょうか)
「じゃあもう一つ ゆきはみんなから何と呼ばれていたの?」
「はい 幼い時は“ゆきさま”と呼ばれておりましたが成人されてからは、みなさまから“姫巫女(ひめみこ)さま”と呼ばれておりました」
「やっぱりね!それが大陸の人には卑弥呼(ひみこ)さまって聞こえたんだね。
それからねえ神龍さん ゆきは印鑑を持っていなかった?小さな金でできた印鑑」
神龍の顔を見上げながら夏が尋ねます。
「金色の蛇の取っ手の付いた印鑑なら私がいつも身に着けています」
「え~っ!やっぱりあるの!?」
「はい 私の一番奥の歯がそうです。ゆき様から預かったものです」
りんの瞳と口がまあるくなりました。
にやりとした神龍は大きな口を目一杯開きました。
夏がその口に顏をつっこみのぞき見ると確かに奥できらりと光るものがあるようです。
「神龍さん奥歯外せないかなあ。よく見たいのだけど」
「はいわかりました。しばらくお待ちください。取り出しますから」
神龍は口を閉じると、しばらくもぐもぐしていましたがやがて口の中から金色にかがやく3センチ角のものを取り出しました。
「これは大陸の魏の国王から倭国の女王ゆき様に贈られた印です。ゆき様が亡くなられてからは私がお守りしております」
神龍は夏の手の平に金色に輝く印をそっと乗せました。
受け取った印をじっと観察していた夏の横から、りんがのぞきこみ
「ねえちゃん!難しい漢字が刻んであるね。持つところは蛇のデザインみたい」
と物珍しそうです。
夏はその印を朝霧で濡れた草の葉っぱに押し付けました。
「りん ハンカチ出してごらん」
りんのハンカチを受け取った夏は濡れた印を押し当てます。
そしてゆっくりと持ち上げてみました。
するとそこに何やらむずかしい漢字が浮かび上がってきたではありませんか。
* 次回は最終回 「親魏倭王」です
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