横浜に帰りたい
その日の夜です。わらの寝床で、すすり泣く声が聞こえます。りんです。
♬ ハリーポッターテーマ曲
「横浜のおうちに帰りたいよ。おかあさん心配してると思うよ。どうしたら帰れるの? 早く帰りたいよ。丘の向こうに行ったら帰れるんじゃないの? ねえちゃん、あしたは丘の向こうに行ってみようよ」
小声で、夏にうったえます。
「ねえちゃんも早く帰りたいよ。 横浜に帰るにはあの森に行くしかないかもね。 明日の朝、行ってみようか?」
りんの耳元で、やさしくささやきました。
「早く帰って、おかあさんにおいしいごはん作ってもらって、おとうさんとおふろ入って、あったかいおふとんでねるんだ~」
少し安心したのか、うれしそうにそう言うと、りんは小さな寝息をたてて眠りについたのでした。
ゆきは、ふたりのことばがわからないまま、となりの寝床で心配そうにしていまし
た。
♬ 小鳥のさえずり
朝になりました。めずらしく、りんが早起きして、そわそわしています。
夏は、朝の水汲みをすますと、そっと、はやとにささやきます。
「はやと、私たち帰る。わかる? 帰る」
そしてあの丘を指さしてもう一度いいました。「帰る」
彼は、かしこい少年です。
「なつ、かえる」と小声でいうと、丘を指さしました。
夏は、小さくうなずきます。
りんも、うなずきました。
雰囲気でなんとなくわかったのか、ゆきも外に出てきました。
夏は、大事にしているガラスの首飾りをはずすと、はやとの首にかけました。
はやとは、胸のみどり色の勾玉(まがたま)を夏に手渡します。
それを見たりんは、あわててリュックを持って来ると
「これ、ゆきにあげる」といって、手鏡をさしだしました。
びっくりしたように、りんを見つめていたゆきは、うれしそうに、でもすまなさそうにそれを受け取ると、ポケットから小さなものを取り出し、りんに大事そうに手渡しました。
それは桜貝の貝がらでした。ゆきが大切にしている宝物です。
「ゆき! ありがとう! 大事にするからね」
りんは、ていねいにおじぎをして、桜貝をハンカチにくるみポケットにしまいこみました。
そしてしばらく見つめ合う四人。
♬ 今日の日はさようなら
夏とりんが”ムラ”とお別れする時が来ました。
夏は、リュックを背負うと、はやとに目くばせしました。
はやとは、大きくうなずきます。
ゆきは両手をぎゅっとにぎりしめて、涙をこらえています。
夏は、しゃがむと、ゆきの頭をなでなでしました。
りんも、まねっこします。
ふたりは家族に、ていねいに一礼すると、いろんな体験をした”ムラ”をあとにして丘に向かって歩き始めました。
♬ さよならの夏
丘につづく小道は、今日もたくさんの花が咲き乱れています。
そして、丘の真ん中あたりにさしかかった時です。
「なつ~! りん~!」
ふたりを呼ぶ声に振り向くと、はやとたちが必死に走ってくるのが見えます。
「はやと~! ゆき~!」
夏とりんも、思いっきり、ふたりの名を呼ぶと懸命に手を振りました。
息を切らせ、はやとたちが追いついてきました。ふたりともうれしそうです。
「そうだ! ねえちゃん お墓参りしようよ。四人そろったし」
りんのことばに、みんなも分かったようで、顔を見合わせ大きくうなずきました。
りんは、「よし!」と気合いを入れると花をつみはじめました。
ひとしきり小道のそばで花つみをした四人は、花束をかかえて頂きにむかって歩き始めます。
お墓参りだというのに、ゆきは少しうれしそうです。
丘の上のお墓につきました。
花をお供えするとみんなで手を合わせます。
「はやとのおとうさんはここで眠ってるんだね。なんで亡くなったのかはわからないけど、ふたりを見守ってください」
夏は、心の中でそうつぶやきました。
りんも、合掌して何かブツブツいっています。
お参りがすんだ四人は、来た道を振り返ってみました。
丘のお花畑の向こうに、なつかしい”ムラ”が見えます。
そして右手には・・・あの森が広がっています。
しばらく丘の上からムラをながめていた四人ですが、そろそろ洞窟を探しに行かなければいけません。
森の中の祠(ほこら)の裏が、きっと横浜への帰り道のはずですから。
「さあ 行こうか!」
夏を先頭に、四人は森にむかって丘を下り始めます。
丘の下にある橋を渡って右にまがると森が近づいてきました。
このあたりまでくると四人は、すっかりだまりこんでいます。
別れが近いことを感じているのです。
はやとたちは、どこまでついてくるのでしょうか。
夏は、心強いような、悲しいような複雑な気持ちでした。
りんとゆきは、ずっと手をつないでいます。
♬ ハリーポッターテーマ曲
見覚えのあるところまでやってきました。
「ここだよ。森の入口は」
夏が立ち止まり、指さした先には・・・暗い森が広がっています。
四人はおたがいうなずきあうと、夏を先頭に森の中に入って行きました。
りんは、ゆきの手を強くにぎりしめて離しません。
森で迷子になったことを思い出して、怖くなってきたのです。
記憶をたどりながら夏は、うっそうとした森を進みます。
やがてちいさな祠(ほこら)が見えてきました。
「やっぱりここだったね。この祠(ほこら)の裏に横浜へ帰る洞窟があるはずなんだけど」
夏は、ひっそりとした祠(ほこら)の裏に、そ~っとまわり込んでみました。
「あった!」
そこには不気味な洞窟が、ぽっかりと口を開けています。
夏は、うしろを振り向くと、“はやと”と“ゆき”の肩を抱き、“もう来なくていいから”という仕草をしました。
ふたりは、不安そうにうなずきます。
ほんとうにここでお別れになるかと思うと、夏はさみしくなりました。
りんも、ウルウルしながら、ふたりにお別れのハグをしています。
そしてずっと大事にもっていた、虫かごと虫あみを「使ってね」といって、ゆきに手渡しました。
恐怖と悲しみに固まるりん。
夏は
「怖いけど、行くしかないね。がんばろうね」と、りんに声をかけると、振り向いて“はやと”と“ゆき”に笑顔で一礼しました。
りんも、顔をくちゃくちゃにしながら“ぺこり”とおじぎをしますが、悲しくて顔があげられません。
そして、夏は、決心したかのように、りんの手を引くと、ゆっくりと・・・洞窟のなかに入って行きました。
真っ暗です。
ひんやりしています。
少しジメジメした洞窟の中を数歩進んだ時です。
「わ~っ! きゃっ~」
突然、すべり台に乗ったみたいに、地面に“吸い込まれ”ました。
♬ 和太鼓
ふたりは、落ちていくこわさを感じながら「はやと~! ゆき~! さようなら~」とさけび続けました。
「なつ~! りん~!」
遠くから呼び返す声が、小さく聞こえます。
やがて、その声も聞こえなくなり、気がつけば、ふたりは、いつのまにか明るい森の斜面に倒れこんでいました。
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