弥生のムラ
少年“はやと”は、丘の下を指さして,なにかいっています。
行こうといっているようです。
「行くしかないね」
夏は妹の手をひきました。
♬ アラビアのロレンス序曲中盤
さきほど上がってきた道の反対側にも小道は続いています。
その小道の両側は、きれいな花がたくさん咲いていました。
そして、どんどん下って行くとたくさんの家が見えてきました。
どれも、わらぶき屋根です。
村のまわりは木の柵で囲まれています。
その外は堀のようです。
「ねえちゃん! ここ変だよ! わらのおうちばっかりじゃん。車とかもいないし」
床の高い家や、大きな丸太の二階建て、見張り台のような高い建物、三角帽子のわらの家。
そう、古代史の教科書に出て来る、あの景色です。
「ここって弥生時代? もしかして私たちは、古代の国に来てしまったの? きっとそうだ」
夏はそう思いました。
小道を下ると広場に出ました。
はやとは、りんの手を引いて、広場をどんどん歩いていきます。
すると村人らしき白い服を着た人たちが、わいわいがやがやと大勢集まってきました。若者の中には槍や弓矢を持った者もいますし顔にイレズミをしています。そしてみんな好奇の目でじっとふたりを見つめています。
見慣れない服を着たふたりの女の子が珍しいのでしょう。
「ねえちゃん!怖いよ」
りんは、大きな目に涙をいっぱいため、今にも泣きだしそうです。
「はやとがいるから大丈夫だよ」
夏は強がりをいいました。しかし、内心は怖くて怖くて、はやとから離れないように、一生懸命ついていきました。
やがて、はやとは広場の奥の大きな家の前で立ち止まりました。どうやら彼の家のようです。
その家から、りっぱな服を着たひげのおじいちゃんがあらわれました。
はやとと、何か言葉をかわしたおじいちゃんは、「ニコッ」と笑うとふたりを手まねきしています。
「中に入れ」といっているようです。ふたりはおじいちゃんについて、おそるおそるワラの家に入りました。
丸い家のまん中には囲炉裏があります。家は、わらと木だけでできていて窓はありません。広場よりも少し低い床は土です。
家の中には、おばあちゃんと、はやとのおかあさんらしき人、それから、りんと同じ年ごろの女の子がいました。
三人は、洋服を着て靴をはいているふたりをみて、びっくりしています。
夏は、ぺこんとおじぎをすると自分を指さして 「夏!」
そして家族を指さし「おじいちゃん! おばあちゃん! おかあさん! 妹!」
そしてもう一度自分を指さして「夏!」
と「はやと」を見ていいました。
はやとはコックリとうなずいてニヤッとしました。
わかったようです。
「りん!」
みんなを見ながら、りんも続きます。
はやとの妹は「なつ?! りん?」とふたりを指さしました。
夏は、ポケットからチョコをだすと、少しかじって、その女の子に手わたしました。
女の子は、夏のまねをするように、チョコを口に運びます。
数秒後、彼女は、目がまん丸になるほどおどろくと、すぐに満面の笑みになりました。
口の周りをチョコレート色にした彼女は、はずかしそうに自分を指さし、小声で「ゆき!」といいました。
どうやら、女の子の名前は“ゆき”のようです。
「おとうさんはいないのかなあ」
夏がりんにそっといいました。
「お仕事に行ってるんじゃないの?」と、りん。
ふたりは家の中を物珍しそうに観察します。
「電気も水道も、おふろもトイレもないよ!テレビも電話も! 何にもないじゃん! これじゃあ生活できないよ?!」と、りん。
片すみには水の入ったかめと、調理用のかまどがあります。そして槍や弓矢、剣が大事そうに置いてあります。
屋根からは肉や果実などの乾燥食品がぶらさがっています。床のすみにはワラを敷いたベッドもあるようです。
やがて夕方になり、囲炉裏に火がつきました。
夏とはいっても日暮れになると冷えてきます。それに火がつくと家の中が明るくなるので、ふたりはホッとしました。
でも火はどうやって点けたのでしょうか? ライターもないようですけど。
「おとうさん、おかあさん、どうしてるかな? 心配してるだろうな。きっとさがしてるだろうな」
外が暗闇に包まれると、ふたりはまた心細くなってきました。
その時、りんのおなかが「グ~」と鳴りました。よく鳴るお腹です。
りんは、おねえちゃんをみて、にがわらい。
囲炉裏に置かれたツボの中身が、グツグツ煮立ちはじめました。
なにが煮えてるんでしょうか? 串に刺されたお肉やお魚も、こんがりと焼けてきました。そろそろ夕食みたいです。
ひげのおじいちゃんが、みんなを手招きしています。
「食事しましょってことだよね」
夏は、りんにささやきました。
全員でいろりをかこみました。まず、お祈りをするみたいです。
お腹を空かせた、りんは待ちきれず合掌すると「いただきま~す」と急に元気になりました。
煮立ったカメの中身は、お米、どんぐり、あわ、ひえ、薬草などを煮込んだおかゆみたいなものです。それを、おかあさんが小さな器によそってくれました。
「おはしはないんだね」「木のスプーンがあるよ」「はあはあ」「このお肉おいしいね。なんのお肉かね」
ふたりはそんな会話をしながら、夕食を平らげました。
おじいちゃんは、そんなふたりをニコニコしながらながめています。
たのしい食事がすんでしばらくすると、おかあさんとゆきが、お片づけを始めました。
おじいちゃんと、はやとは、何やら道具の修理をはじめたようです。
おばあちゃんはつくろいものをしています。
それにしても、電気がないから暗いんです。たぶん夜の八時ころですが、外は真っ暗。
家の中もいろりの明かりだけですから、暗くてあまり仕事はできません。あとは眠るしかないようです。
お片づけのすんだ、おかあさんはふたりに「あなたたちはここで眠るのよ」とでもいうように、わらをしいた寝床(ねどこ)を指さしました。
ゆきが手招きしています。ふたりは靴をぬぐと寝床に横になりました。
ゆきは、不思議そうに靴を見まわしています。みんな靴も、靴下もはいてないもんね。
「チカチカして眠れないよ」
りんがいうのも無理はありません。ワラのベッドはごわごわです。
夏も同感でした。
「そうだ!リュックにバスタオルがあるから、あれを敷(し)いたらいいかも」
夏は、リュックに手を伸ばすとバスタオルを取り出し、ふたりの寝床に敷いてみました。
「ねえちゃん、これなら眠れそうだよ。ありがと!」りんが小声でつぶやきました。
となりで、うす目をあけていたゆきが「くすっ」と笑ったみたいです。
りんは、疲れがでたのか、安心したのか、すぐ眠りにつきました。
「はやとや、ゆきと友達になれたけど横浜にはどうやったら帰れるのかな?」
夏は、目を閉じるとそんなことをしばらく考えていましたが、やがて深い眠りにつきました。
♬ 君を乗せて
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