少年 はやと


 明るくなってよく見ると岩かげの奥は洞窟になっています。


「こんなところに洞窟があったんだ!?」


 夏は、まだ寝ぼけ眼(まなこ)の妹の手を引くと、おそるおそる暗い洞窟に入ってみました。


 数歩進んだ時です。                   ♬ 和太鼓

「あっ! キャー」


 ふたりは突然、すべり台みたいな竪穴に吸い込まれていきました。

                   

 どんどんどんどんすべり落ちて行って、やがて竪穴(たてあな)の底に着いたようです。

 暗闇の中で夏は懐中電灯を点けてみました。竪穴の奥には通路があるようです。


「行ってみようよ。出口があるかも知れないよ。もどれないから行くしかないよ」と


                       ♬ ハリーポッターテーマ曲

 

 怖くて、ことばも出ない、りん。

 ふたりはジメジメした洞窟をおそるおそる進んで行きます。そして数十メートル進んだ時です。

 先の方に、うす明かりが見えてきました。


「やったあ! 外に出たよ~!」


 二人は明るくて少し広い場所に出たようです。 

 光に目が慣れると、そこは、森の中の小さな祠(ほこら)の裏でした。

 祠の表に回ると、小道が森の外に続いています。

 りんは急に元気になり大きな声でさけびました。


「よかったね! ねえちゃん。これでおうちに帰れるね」


 ふたりは小走りで森の外を目指します。

 虫かごと虫あみを持っているのに、りんの早いこと!

 ほどなくふたりは、森のはずれの明るい開けた場所に出ることができました。

 ふたりで小さくガッツポーズ。


 しかし夏は何かが、ちがうような気がしました。


「この景色、見覚えがないのよね~。ここはどこなんだろ?」


 根岸森林公園の森のまわりは、住宅地が広がっており、東方面には東京湾も見えるはずです。でも、ふたりの前には小高い丘が広がっているだけ。


「高いところに上がれば、何か見えるかもしれないね」


 りんの手を引くと、夏は丘の上をめざして歩き始めました。


 森のはずれの小道を進んで行くと小川があり、木の橋がかかっていました。

 川幅は数メートルですが、両岸は急で、川底も深そうです。

 川向うには木の柵が連なっていて、まるで人が来るのをこばんでいるかのようです。

 ふたりはそ~っと橋を渡り、柵の内側に入ってみました。

 丘の上まで小道は続いているようです。

 小道の両側には、両手を広げたくらいの土盛りが、点々と丘の上に向かって続いています。


「なんだろう これ?」

 と「りん」


 途中、太くて高い丸太の柱が立ててありました。何に使うものなのでしょうか。


 さらに小道は上に続きます。

 丘の上はお椀型の大きな土盛りになっているようです。


 丘の上にたどりつきました。ふたりとも息をきらせています。


「ねえちゃん、ここ何なんだろう?」


「お祈りをするための場所かなあ?」


「誰もいないね」


 丘の上に立つふたり。

 風だけがヒュ~ヒュ~吹いています


                      ♬ 風の音 

         

 そしてりんは、ふと上ってきた小道の方を振り返りました。


「きゃ~これどうなってるの? 横浜とは全然ちがうよ!」


                  ♬ アラビアのロレンス序曲前半

 

 丘の下には、砦(とりで)のように木の柵と堀で守られた広いムラが広がっていました。


「ねえちゃん! 遠くに、おうちみたいなものがたくさん見えるよ。ほら、わらのお屋根みたいのが」

 りんがさけびました。


 確かに丘の遥かむこうには、わらぶきの屋根がたくさん見えます。太い丸太で出来た大きな建物もあるようです。いったいここはどこなのでしょうか。

 雄大な景色にしばらく無言でたたずむ二人でした。

                       

「お腹すいたね。朝ごはんまだだったね。パンが残ってるから食べようか?」


 ふと我に返った夏がリュックからパンを取出すと、丘の上に腰を下ろしました。


「おかあさんたちどうしてるかね? きっと私たちを探しているね」


 昨日のことを思い出したのか、りんの目からポロポロッと涙がこぼれました。

 でもパンは、パクパクと食べています。

 夏は、スマホを取り出してみましたが、やはり圏外です。


 その時です。


 ふたりのすわっている丘のうしろで物音がしたようです。

 ふたりは丘の上から音のした方をそ~っとのぞきこみます。

 そこには髪の長い、白い布の服を着た、はだしの少年がいました。

 腰には短剣をさしています。お祈りをしているようです。

 ほかにはだれもいません。


 りんは小さな声で「道を聞いてみたら?」と夏にいいました。


「そうだね」


 夏は丘のうえからそっと声をかけました。


「あの~すいません。道を教えてください」


 その声に少年は飛び上がらんばかりにおどろき二人を見上げました。

 夏と同じ年ごろの少年です。


 少年の前には大きな石の扉のようなものがあり、たくさんのお花やお供えが置いてありました。

 少年はびっくりして、言葉もなく、その場で固まっています。


「お墓まいりにきたのかな? 私たちは、お墓のうえにいるの?」

 夏は、なんとなくそう感じました。


「あの~道に迷ったんですけど横浜の山手に帰るにはどうしたらいいですか?」


 夏たちは、丘をおりてゆき不思議なすがたの少年に問いかけました。

 少年は「きょとん」としたまま動きません。

 そして何かを口にしたようですが・・・聞き取れません。


 言葉が通じないのかな?と夏は感じました。


「ねえちゃん! チョコあげたら?」


「そうだね」


 夏は少年に近寄るとチョコを一つ、ゆっくりと差し出しました。


「チョコおいしいよ!」


 少年は少し後ずさりしました。


「おいしいよ!」


 夏は微笑(ほほえ)みながらかじってみせると、もう一度チョコをさしだしました。

 少年は後ずさりしながら、不安げにチョコを受け取ると、ほんの少しだけ口にしました。

 夏は、ニコニコしながら少年を見守っています。


 次の瞬間、不安げだった少年の表情が、おどろきの表情に一変し「ニコッ」と笑い返しました。


「おいしい?」と夏。


「おいしい?」とりん。


「チョコ」だよ。

 りんがチョコを指さします。


「ちょこ?おいしい?」

 少年は反復していましたが、やがてニッコリとうなずきました。


 夏は「夏!」と自分を指さしていいました。


 りんも「りん!」とまねしてさけびます。


「なつ? りん?」


 少年は小声でくりかえしていましたが・・・


 しばらくして自分を指さし「はやと!」とさけんで笑顔になりました。


「この子は “はやと”って名前なんだね」と夏。


「よかった~友達になれたね」と、りんも笑顔です。

 

 夏は、なんだかほっとしました。

  



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