桜の丘 女王伝説
広浜さち
第一章 横浜から弥生のクニへ
森林公園
横浜市中区山手の小高い丘の上にあるマンションの屋上で、東京湾上空の飛行機をながめている少女がいます。
名前は“夏”10才。
♬ ジェット音
「今上がったのはシンガポール航空の530便だね。つぎは広島行きANA727便のはずだけど」
羽田国際空港を飛び立つ飛行機を観察している“夏”は、大人になったら旅客機のパイロットになるのが夢です。
そのそばで5才年下の“りん”はお絵かきに夢中です。
「ねえちゃん。夏休みになったんだから、どこかに遊びに行かない?」
「そうだね。根岸の森林公園に虫取りにでも行こうか。りんの大好きなお花も咲いているかもね」
「やった~! 虫取りとお花つみね。じゃあおかあさんにお弁当作ってもらおうよ。それから虫かごと虫あみも用意しなきゃあね」
りんは、ルンルンです。
お昼前、お弁当をつくってもらったふたりは,
元町のパン屋さんへパートに出かけるおかあさんの車で、近くの根岸森林公園まで送ってもらいました。
「お店が終わったらここへ迎えにくるからね。あまり遠くには行かないのよ。リュックにはお弁当とかパンとか、いろいろ入れてあるからね。ケガしないでよ。何かあったらスマホで連絡してね」
おかあさんはそういうと、ふたりを車から下ろし来た道をもどっていきました。
ふたりはとりあえず芝生広場の木かげにすわってお弁当をひろげました。
ここは自宅から車で5分の場所で休日には家族で時々遊びに来る森林公園です。
元競馬場だった広い敷地には芝生広場やジョギングコースがあり、周りには森が広がっています。
「ねえちゃん、森の中のクヌギの木には、カブトやクワガタがいるんじゃないの? 広場じゃあ暑いし何もいないよ」
「うん、そうだね」
広場の木かげで、お弁当を食べ終わったふたりは普段は入らない森の中に入ってみることにしました。
♬ 風の通り道(ピアノ)
りんは、虫が大好きです。うれしさのあまり虫かごと虫あみを持つと、どんどん森の奥に入っていきます。
リュックを背負った夏は、後を追うのが精いっぱい!
「そんなに先に行っちゃだめだよ! 帰り道わかんなくなるよ」
「大丈夫! 来た道わかるもん」
かなりの時間が経過し、ふたりは、たくさんの虫を取りました。
それにかわいい野の花も、山ほどつむことができて大満足!
虫取りが一段落したところで「さあ、そろそろ帰ろうよ」とふたり。
ところがです。
「ねえちゃん! 帰り道どっちかわかる? 私、わかんないよ!」
「かなり歩きまわったからねえ。それにしてもここはどこなんだろう? 困ったな~」
♬ ハリーポッターテーマ曲
歩いても歩いても、森の出口がわかりません。
夏がスマホをチェックすると、なぜか圏外です。
「誰かいませんか~、帰り道どっちですか~」
ふたりはさけび続けますが・・・返事はありません。
そのうちあたりは、だんだんと暗くなってきました。
森の中で途方に暮れるふたり。
そしてついに、森は暗闇につつまれてしまったのです!
夏は、リュックの中に懐中電灯があるのを思い出すと、手探りでとりだしスイッチを入れました。
すると、暗闇の中から、不気味な森が照らし出され、黒いかたまりが頭の上からおおいかぶさってきそうです。
「ねえちゃん、怖いよ、怖いよ!」
りんは夏にしがみつくと、めそめそと泣き出してしまいました。
夏も怖くてたまりません。
でもおねえちゃんらしく
「私がいるから大丈夫だよ。なんとかするよ。チョコレートでも食べて元気出して!」とリュックからチョコをとりだしましたが、りんは食べる元気もありません。
懐中電灯であたりを照らすと、岩かげがあります。ふたりはとりあえず岩かげに身を寄せました。
「りん、今夜はここで夜を過ごすしかないね。リュックの中にキャンプで使ったライターがあったから、これでたき火をして朝になるのを待とうよ。ねえちゃんがいるから大丈夫だよ。朝にはおとうさん、おかあさんが探しに来てくれるよ」
半べそをかいている妹を励ましながら、岩かげにすわります。
「じゃあ今からたき火するからね。手伝ってね」
ふたりは、近くから枯れ枝を集めると、たき火の準備をします。
「田舎のおじいちゃんが、よくたき火してたよね。かわいた細い枝とか、葉っぱから燃やすんだよ。最初の小さい炎が大事だよ」
夏は、一枚の枯れ葉に火を着けました。
その小さな炎に、細い枝や枯れ葉を少しずつ重ねていきます。
はじめは、なかなか燃え上がらなかった枯れ枝ですが「ふ~っ」と息を吹きかけると「ポッ」と音がし見る見るあたりが明るくなるほどに燃え上がってきました。
「ねえちゃん、たき火上手だね! ありがとう!」
炎が大きくなると、りんは少し元気になったようです
♬ パチパチ焚火の音
たき火のおかげで、少し落ち着いてきたその時
「グ~」 りんのお腹が鳴りました。
まだほほの涙がかわかないまま、てれくさそうにいいます。
「ねえちゃん、お腹すいた!」
夏は、リュックからパンとジュースを取り出すと
「たくさん歩いたから、お腹がすいたね。さあこれ食べて元気だして!」
りんは、コックリとうなずくと、パンをおいしそうにほおばります。
たき火で体が温まり、お腹も満たされると、泣き疲れも出たのか、りんはそのうち虫かごを抱いたまま眠ってしまいました。
でも、夏はほんとうは怖くてとても眠れません。
たき火を絶やさないようにしながら朝が来るのを待ち続けました。
長く怖い夜が明け、あたりがすこしずつ明るくなってきました。
♬ ちっちっち 小鳥のさえずり
少し安心した夏は「朝だよ。起きなさい」と、妹を起こします。
ほっぺに虫かごの痕(あと)をつけ、まだ眠そうに起き上った、りん。
「あっ、ここ森の中だったんだね」とまた心配になってきたようです。
「今日こそ、絶対に帰ろうね。みんな心配しているよ」
朝まで眠らずに燃やし続けた、たき火の後始末をすると、夏はリュックを背負いました。
りんは、虫かごと虫あみを大事そうに持ちます。
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