馬酔木に恋して
@eam11j
第1話
時は大正。
文明開花を叫んで久しいこの国の、ある領主の持つ里山の一つで、精霊達が集いを開いていた。
竹林の中にある最古老の山桜の長老と呼ばれる存在がまとめ役になっている。
私は馬酔木から生まれた精で、もう意識の薄れた母木の世話をしたり、精霊達の集いに参加するのが役目だった。
「人間は勝手だ! この里山を潰して工場を建てると言うとった。 わしらには全くお構いなしじゃ」
竹が怒気もあらわに言った。
「あんなに恵をくれてやったのに、恩を忘れる畜生め」
柿の木も怒っている。
恩を忘れるって言ったって、彼らからすれば何百年前のことを言われているんだろうか?
私は他の精と比べて人に近い格好で生み出された。
見た目が似ているだけである程度、興味は湧くもので、いろいろと調べたが、感情と言う面が疎かったりする。
まぁ、保身を考えて、失言を口にすることを避けるだけの自己愛はあるが。
他者への理解は難しい。
他のやつらが怒っているのは何となくわかるが、住処と命を奪われるからそんなに怒っているのだろうか?
みんなして一様に盛り上がる、その熱量がわからない。
サワサワと風に揺れる竹林のいい音色がする。
澄んだ音で竹同士がぶつかり合い、カンカンと音が立つのん私は気に入っていた。
――あぁ、この音色が聞こえなくなるのは残念な気がする。
気に入っている音色を、聴くことができなくなる。
それを残念に思うと言うことはこれが、人がよくいう好きなんだろう。
ただ漫然とこの会に参加しているだけの私に、パキッと細竹を踏みしだくような音が聞こえた。
誰か来る……。
そんな前触れに会に集っていた精霊達はさっさと消えて、残っていたのは私だけになった。
来たのは子供だった。
12、3歳の子供。
栗色の長いウェーブがかかった髪に茶色の目。 可愛らしいブラウスに臙脂のスカートを穿いた少女だった。
「こんにちは」
「……」
少女は首を傾げながら、再度挨拶をしてくる。
「こんにちは」
「……私が見えるのですか?」
そう尋ねると、少女はますます首をかしげた。
「おかしな方、見えてなければ挨拶できませんわ。 幽霊は見えませんもの」
似たようなものなんだがな、思ったが再度黙り込んだ。
「お父様の知り合いの方? 私はクリスティーナ、どうぞクリスと呼んで、よろしくね」
そう言ってスカートの裾を摘んで、軽くカーテシーをする。
私はいつか人間がやっていたみたいに挨拶してみた。
「これはこれはご機嫌麗しゅう、お嬢さん。私はジンと申します。 お見知りおきを」
「ふふふっ、ご丁寧にどうも。 そんな仰々しい挨拶夜会以来だわ」
少女が笑う、おかしな挨拶なのだろうか?
仰々しい……と言うことは一般的な挨拶じゃあなかったのか。
「ジンさんはどうしてここに?」
素直に答えるのは不味いと考えた。 精霊など、言っても信じないだろうし、何より私のことを彼女が人間だと考えていることがありありと読み取れたからだ。
「音を聴きに」
「音?」
「好きなのですよ。 竹と竹が風に吹かれてぶつかる音や、土や苔、落ち葉の香りが」
「そう、それはいいわね。 私も好き。 心地いい気がするし、何よりここの空気が好き」
「空気が?」
「えぇ、うまく言えないけど、懐かしい気持ちがするの。 私は日本生まれだからこの匂いも、この景色も、見慣れて、これが私の故郷なんだと自身を持って言えるわ」
そう言ってクリスは周囲を見回した。
目を細め、頬を緩ませて微笑んでいる。
「クリスさんはこの里山がお好きなのですか?」
「? ええ、そうですわよ」
不思議そうな顔をされた。 私はなら聞いてみたかった質問をぶつけることにした。
「ならば、なぜ里山を潰そうとなさるのですか?」
途端に彼女の顔から微笑みが消えた。
「お父様な事業に口は出せないわ。 私は女で子供ですもの」
「女性であること、子供であることに問題が?」
「大アリだわ! 女で、子供なわたしには、発言権も、自由もないわ。 子は親の道具なのよ」
声を荒げられた。 何故道具ではいけないのか?
自分にとっての創造主なのだから、言う事を聞くのは当たり前の話なのに?
私はわからなかった。 何に対してクリスが怒っているのか。
ここで私は自分にも矛盾を見つけた事に気がついて、目を細めた。
「なんで笑うの⁉︎ ジンさんって嫌な人ね」
そう言いながらクリスはズンズンと歩き出す。
「どこに行くの?」
「帰るわ、さよなら」
言い捨てて、クリスの姿は見えなくなる。
「笑ったつもりはなかったんだけどなぁ」
私はもう会うこともあるまいと、母木のもとに戻った。
馬酔木に恋して @eam11j
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