第三章 その6

 輪島法子は自己嫌悪にさいなまれていた。

「輪島さん、さすがにそれは」

 名村がたしなめるくらいだった。ファミレスの背もたれに脱力して体を預けていた。

「誰がゾンビよ」

 重そうに体を起こす仕草は映画に出てくるゾンビそのものだった。が、名村がそれを言うことはなかった。言えば輪島の感情をさらに逆なでする、そういうことではなかった。否定があまりに無力だと、名村には思えたからである。

「法の目をかいくぐっての報いよね」

「もう少し分かりやす、ああ、俺以外分からないですからね、それ。てか、かいくぐってはないでしょ。悪よ、もとい援用したと言った方が正確では」

「言葉の選択があまりに巧みだわ。さすが私の彼」

「仮の、ですけどね」

「公の場で言わない、そういうこと。どこで誰が見聞きしてるか分からないんだから」

 氷のたっぷり入ったグラスからメロンソーダを啜ると、あたりをうかがう素振りをする。そんなことをしなくても、近くには他に生徒はいない。何席か離れた窓際の二人掛けには男子が、おそらく部活帰りでもないのにがっつり食っているのが同じ学校の生徒くらいで、制服の違う学生が何組かいるだけで、他は大人の方々である。

「もしあの校則を作らなかったら、友和はOKだったんですか?」

「仮定の質問には答えません。やらなかった? 英語で仮定法。答えようないもの」

「あんなに苦労したってのに」

「だからよ」

 しんみりした声。グラスに刺したストローをもてあそぶ。照明が当たっても爪はつややかなかった。

「ああいうことは、本当に好きな人のためにはしちゃいけない」

「まあ、気づきますよね」

 名村は遠い目をする。同じ中学で過ごした思い出や、輪島の進学先を知って同じ高校を選んだことや、生徒会に入ると知って自分も役員になると言い出したことやら。そばにいれば須田の変化など読み取れる。ペットが懐く程度ではない。金魚の糞みたいに唯々諾々と従うSとⅯの関係でもない。憧れと言う語の振れ幅は大きい。素行や言動を見習う相手、と言う意味から夢想とほぼ同意の願いというような。それを知ってか知らずか、須田は最初から輪島へは憧れと言っていた。あるいは敬意とかとものたまわっていた。もっとシンプルになればいいようなものを、変なところで頭が固い。だから定義だとか意味だとかに頼る。挙句の果ては校則まで変えてしまった。拗らせ方が幼稚なのか、思春期真っ盛りだからなのか。アホな堅物と匙を投げられないのもそういう点のせいでもある。目が離せない、良い意味でも悪い意味でも。だから、校則を変えると言い出した時はきっと思いつきでしかないと高をくくっていた。一抹のよもやがとんとん拍子で進んで行くと、止めた方が良いとは頭をよぎった。よぎっただけですぐにまあいいかと結論付けた。言って止まるなら冗談かと思った最初の段階でそうしているし、友人が自分の打開策を見つけたのだ。運命の赤い糸など、おそらく信じないであろう、一介の男子高校生が、ありもしないものを期待するよりも、できることから実行したもの。それが悪に類するものでないのなら、黙視しているよりほかになかった。つまりは、

「俺も同罪ですね、二つの意味で」

「二つ?」

「友和を放っておいた、輪島さんの共犯者になった」

「それなら私も二つじゃない」

「墓の下まで持ってくしかないかなあ」

「恨んでいいからね」

「え?」

「重荷を背負わせたんだから、恨んでいいのよ」

「それこそ俺もですよ、でも俺は輪島さんに恨まれたくないけど」

「なにそれ」

 二人して乾いた笑いをした、小さく。

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