第三章 その2

 実は、「不純異性交遊の禁止」と「純粋異性交遊の推奨・奨励」とは同質なのではないか、と言い出した教員がいる。施行され半年近くなり、実に今更ながらベテラン教員が確認してきたのだ。曰く、かつて赴任していた学校ではとりわけ交際に関して厳しく、詳細に禁止事項が書かれてあった。例えば、「性交の禁止」とあった。だが、とその教員は言う。性交が禁止されているということは、それ以外は禁止されていないという意味ではと。身体接触を避けるためならば、「接吻の禁止」や「抱擁の禁止」も列挙しなければならない。だが、とまたしても教員は続ける。どんな場合の性交を禁止しているのか前提がこの条項からは読めなかった。避妊具をつけていればいいのか、とか性交自体を禁止しているからそういう余談さえもさしはさむ余地はないとか、あるいは手をつなぐのはありなのか、いわゆる恋人つなぎは、それにハグはどうか。つまりはある条文が出来上がる上ではその前提が共有されていなければならず、また出来上がった条文の余白と言うか、Aではない、ノットAの部分がどうなるのかを明確にしなければならないのではないか、と言う意見であった。こんなことを考えたのは、以前のその高校の校則をまさに読み直したからであり、勤務していた時には意識もしなかったということだ。逆に言うならば、校則とは公開されるべきなのではとまで提案してきた。と言うのも、入学して校則を読むなんて律儀な生徒はそう多くはないだろう、いや読まなければならないが、たいていの学校はそれを義務にもしていなければ、読み合わせもしない。どういう意図で制定された校則なのかを知るどころか、理解さえもされていないのだ。存在を認知していたとしても、その内容を知らない、にもかかわらず、それに反すれば処罰される。校則は義務だから。「前髪は眉にかからないようにする」とあれば、前髪を目の下まで伸ばしていれば切ることを強要される。校則にあるから。ならば、逆モヒカンみたいな側頭部にだけ髪があるようなヘアスタイルはどうなるのか。そういうことも事前に知っておけば、中学生は例えば「ソックスは白のみ」という校則のある高校は選択肢から外すかもしれない。制服が可愛いからと入学してみれば、ソックスだけは単色を強いられる。知らなかったから。もはや詐欺である。だから、と教員はすでに熱っぽくなっていた口調を咳払いでごまかしてから落ち着いた口調で言った。改めて条文を作る必要があったのか、と。

「必要です。まさに先生がおっしゃったことは改正されたからこそ表面化した、と言えませんか」

 輪島はちらりと須田を見てから悠然と答えた。「確かに」とその教員は生徒会顧問と目を合わせてから肩をすくませた。学生に校則を強いている側がこれまで大して読み込もうとか解釈しようとかしなかったのである。顧問と出ていく教員はどこかすがすがしさがあり、生徒会一同も大事な荒事にならなくて心底ほっとした。

 こう訴えかけてきた教員は、社会科の公民分野・現代社会や政治経済を教えている教員ではなかった。漢文の一環で法家思想を紹介する国語の担当でもなく、数学教師だった。

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