聖夜の狂騒曲・2
デネボラの言葉に、イブはカードフォルダーを構えて訴える。
「ひとりで戦うなって言われてるじゃないですかぁー! しかもそれ、あなたのとこの長ですよ!」
「あんたにそいつは役不足さね。あんたは大物追いかけてったほうがいいよ」
「でもー!」
それにうずくまっているエルナトが、ボソリと声をかけた。
「イブちゃん、イシスちゃんから言われたでしょ。ちゃんと皆の指揮を執ってきなよ。君も、突っ込むだけは卒業するんでしょう?」
「エルナト先輩……わかりました。あなた、エルナト先輩を背後に抱えているんですから、ホントーッウに、勝ってくれないと困りますからね! 副会長、よろしくお願いします!」
イブはようやく意を決して、デネボラとエルナト、イシスに頭を下げてから、残りの生徒会執行部と一緒に、【黄金の夜明け団】を追いかけていった。
デネボラはピキポキと指を鳴らす中、ラストも太い指をピキンパキンと鳴らす。
「いいねえ、先輩後輩の仲っつうのは……」
「あの子は生徒会の子。あいつらのとこの子さね。あたしとはただの腐れ縁だよ」
そう言いながら、デネボラは流れるように脚でラストの腹目掛けて蹴りを入れるが、それは難なくラストに受け止められた。
掴まれた脚に力を込め、デネボラはラストの太い首にもう片方の脚を掛けて締め落とそうとするが、それより先にラストがデネボラの絡められた脚を取り、それを投げ飛ばす。デネボラはコロンと転がった。
拳、蹴り、掌底、隙を見ての脇腹。
互いの攻撃は、かつてデネボラがタニアとやり合ったものは流麗な舞踏のように見えたというのに、ラストとのやり合いは、獣と獣の噛み付き合いで、互いの縄張りをかけての獰猛な殺し合いであった。
イシスは普段であったら土壁をつくって補助をするが、とてもじゃないがこのふたりの間に入ることができず、仕方がなく土を固めて杖をつくり、それをエルナトにあげることしかできなかった。
「……タニアさんは素手でデネボラさんとやり合っていましたが……彼女は普通に武術を仕込まれていましたが……これは……」
「見境がないね。それに彼」
デネボラが寸でのところで避け、カウンターを決めているからわかりにくいだけで、ラストは明らかに彼女の鳩尾、顎、胸を狙っている……これらの共通点は激痛。明らかに喧嘩の戦い方であって、武術のようなさっさと相手を仕留める戦い方ではないのだ。
しかし本来、デネボラは【力】のアルカナにより、魔力で筋力を補強しているのだから、正統な武術でも嗜んでいない限り、筋を痛めてもおかしくはない戦い方なのだが、彼にはそれがない。
デネボラはすっと目を細めながら、彼のサングラス目掛けて蹴りをかました。途端に、存外に綺麗な碧い瞳が出てきて、軽く口笛を吹かれる。
「やるねえ、いい女は強いもんだ」
「あんた……トートアルカナで強化されてんね?」
「おまけにとびきり頭がいいと来たもんだ」
それにイシスは息を飲んだ。
「これは……トートアルカナの置き換え?」
事前にユダから説明は受けていた。
トートアルカナは、魔力性能の凶悪さに加え、一部のアルカナは内容を置き換えて運用されていると。
前にルヴィリエの持つ【正義】と置き換えられた【調整】と遭遇したように。
ラストの持つアルカナもまた、【力】の置き換えられたアルカナの可能性が高い。ラストはニヤリと笑う。
「だがなあ、使えりゃいいんだよ。そんなもんは、よぉ……!」
ラストはデネボラの長い髪を掴んだ。彼女が相手に髪を掴ませることなんて滅多にない。
彼は獰猛な笑みを浮かべたまま、彼女に激しく頭突きをかましたのだ。さすがのデネボラでも、頭蓋骨までは強化は施されていない上に、頭の衝撃で、フラフラとして体幹が崩れた。
途端にラストは笑いながらデネボラの髪を掴みっぱなしで、彼女の脇腹をエルナトと同じく踏もうとするが。
途端に彼女の髪が、ズルリと彼の指から擦り抜けた。
「ウゥゥゥゥゥゥゥ…………」
獣の嘶きが響き渡る。
それにラストは「あん?」と首を捻った。それにイシスは我に返り、土壁をつくって自分たちとラストたちに境をつくった。もしラストが五体満足であったら突破されてしまうかもわからないが、今はこれで精一杯だ。
「……デネボラさんには恩義がありますから。服を調達してきましょう。あとエルナトくんも手当てを」
「あー、僕多分ここから動かないほうがいいかもー」
心底痛そうな顔をしているものの、イシスの使った杖にもたれかかって、軽く首を振った。首を振るたびに痛そうに顔をしかめるのに、慌てて彼女が「お止めください」と制する。
「彼から事情聴取するとき、僕のゾーンがあったほうがいいでしょ? いくらゾーンを溶かせるアルカナがあるからと言っても、多分彼の持つアルカナはそうじゃない」
「ですけど……」
「それにデネボラさん。彼女を正気に戻してあげるには、カウスくん連れてきてあげたほうがよくない? いくらなんでも、僕たちで彼女を止められないし……あれはあのふたりだからできることであって、どんなに覚悟があっても、普通だったら人をはねたりはできないよ」
デネボラがライオン化した場合、アルカナで強い衝撃を与えなければ元に戻すことはできない。理屈としてわかってはいても、感情として彼女を元に戻せる人間なんて、そう多くはない。
土壁の向こう側。既に獣の嘶きが轟いていた。
ラストが生き残るか、理性の蒸発したデネボラが食い殺すか。
それがわからない以上、急がないといけない。
イシスは「もし危なくなったら、本当に逃げてください」と言い残し、彼女は急いで走って行った。
残されたエルナトは、どうにかよろよろと杖をついて、デネボラとラストの戦いを土壁越しに見届けようとした。
ラストは脂汗をかきながらも、かろうじてデネボラに食い殺されてはいないが。口こそ掴んで必死に取り押さえているが、鋭い爪は止め切れていない。
「くぅぅぅ! いい女が、どうして化け物に……!」
「……彼女は化け物じゃないよ。ただ【力】に飲まれただけで」
先程まで暴力で場を荒らしたラストが、悲鳴を上げている。それを聞いてエルナトは確信した。
(彼、アルカナの知識がない……)
大アルカナの知識すらない以上、彼は本来は小アルカナだったのでは、と痛む体を抑えながら、ふたりの戦いを観察した。
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