聖夜の狂騒曲・1
アセルスとアルが、学園アルカナに盛られかけた毒に対処しているその頃。
正面には生徒会執行部が土の塀をつくっていた。
【女教皇】のつくる土の塀。それに【女帝】が魔力を加えて強度を高めていく。本来ならば入学式には開け放たれている門の真ん前は、無機質な壁で固められていた。
「それにしても……僕戦闘力皆無なのに、ここに来ちゃって大丈夫? 捕縛したあとくらいにしか、役に立てないよ。しかも相手はゾーンを溶かせるとあっちゃねえ……」
本来は生徒会執行部でもっとも重要な尋問係であるエルナトは、女性陣がカードで土を盛っていく様を眺めながら、少しだけ頬を引きつらせて言った。
「エルナト先輩がいてくれたほうがいいですよっ、私たちでエルナト先輩をお守りしますからね! ねっ、副会長?」
「そうね、他の場所は危険だから、私たちの手元にいてくれたほうがありがたいわ」
「うわあ……格好いい」
強い女性ふたりから守護宣言をされ、エルナトはがっくりと肩を落とした。イシスはクスクスと笑う。
「それに、全員がゾーンを溶かせるとは限らないから。たしかにトートアルカナは私たちの知らない効果があるけれど、基本的な能力は同じはず。だから気を持って」
「はあい……」
そう言って慰めている中。
ジジジジジジジジ…………ッと、不可解な音が響きはじめた。
鐘の音ではない。だが、動物の出す音でもない。この不可解で無機質な音に、場は緊張を高めた。
「生徒会執行部、カード用意! 到着次第、拘束します!」
イシスがそうこの場を任された生徒会執行部に指示を飛ばすと、戦力である生徒会執行部の面々が皆それぞれカードフォルダーを掲げた。
そこで。ようやく不可解な騒音の正体がわかった。
……ドリルだ。そのドリルが抉り込むようにして、門を破壊している。
既に【世界】のゾーンを溶かすことは想定済みだった。だからこそ、【女帝】と【女教皇】の力を使って土で物理的な障壁をつくっていたが、それすらも抉り込むようにして穴を開けていく。
なんとかドリルを止めようと、イシスは必死にカードフォルダーを通して魔力を流し込んでいく。
「……魔力を流し込んで固めた土壁すら、破壊するというんですか!?」
「そんなぁ……そんな無茶苦茶なことできるのって……!?」
土壁の再生が、ドリルの破壊に追いつかない。
遂に大きな音を立てて、ドリルが土壁を決壊させた……。
その瞬間、生徒会執行部の風使いたちが、一斉に破壊された土壁を風で遮るが、ドリルを伴った鋼鉄の車の侵入だけは、防ぎ切ることができなかった。
「鋼鉄製の輸送車ですか……たしかにパトロンを大勢抱えてらしたら、それくらい造作もないのでしょうね」
「ドリルついてる輸送車なんてありなんですかぁ!?」
「ありかどうかはわからないけど……とりあえず輸送車の中身を捕縛すればいいんだよね!?」
「気を付けてください、これがただの見せ罠の可能性もありますから!」
「はい、わかったよ……!」
エルナトはどうにか自身のカードフォルダーを手に、ゾーンを展開させようとする。
手に持つガベルで、輸送車の中身ごとゾーンに閉じ込めようとするが。
それより先に輸送車の扉が開いたと思ったら、太い脚で大きくエルナトの腹は蹴られた。
「ぐっ……!!」
「すまんね。俺ぁお貴族様のような上品な戦いは苦手なんで、ねっ!」
「エルナトくん!?」
「エルナト先輩!?」
真っ白な繋ぎで、目をサングラスで覆った大柄の男は、難なくエルナトを鯖折りにして、その場に投げ出してしまった。
ゾーンを解く方法は二種類。
ゾーンの発動者の気絶、死亡、もしくは行使者に解除するよう促すことである。
つまりは、エルナトを殴り飛ばすことでゾーンの発動を阻害したのだから、理屈としては正しい。が、いくら学園アルカナでアルカナ集めをしていたとはいえど、こんな傍若無人な暴力がまかり通ったことがない。
それにイシスはカードから錫杖を取り出して構えた。
「お止めなさい、彼を離して!!」
「おおっと、美しいお嬢さん。こちらとしても、暴力だけで事を荒立てたくなくてなあ……こちらとしてみれば、【世界】の首さえ取れれば、他の生徒にむやみやたらと暴力を振るう気はないんだがなあ」
「嘘おっしゃい! 彼のゾーンは、相手を傷付けるものではございません!」
イシスが錫杖で彼を殴ろうとする中、イブは自身のカードから巻物を取り出すと、それを投げ紐の要領で投げつけてエルナトを回収していた。
どうにも鯖折りにした際に骨をやられたらしく、エルナトはぐったりとしている。
「エルナト先輩ぃ、大丈夫ですかぁ?」
「うー……心配ありがとうイブちゃん……ちょっとどころじゃなくかなり痛い」
「困りましたねぇ、今ヨハネ先輩どこにいるかわかんないですよぉ……」
彼のゾーンにさえ入れてもらえば治るはずだが、残念ながら神官長としての仕事のある彼は、【黄金の夜明け団】の襲撃の日を前にしても、そう簡単に学園アルカナに戻っては来られなかった。
そして、先程の鋼鉄車から、続々と人が出てきたのだ。
全員が手にしているカードフォルダーに収められているのが、トートアルカナ。
そして彼らが目に浮かんでいるのは、学園アルカナの者たちに向ける嫌悪、憎悪、嫉妬、侮蔑……。
それらは下町を知らぬものからしてみれば、飢えた野犬が見せる、ギラギラとした脂じみた光だった。真っ白な服は清潔感極まりないが、彼らの持つ強い脂じみた光を消し去る威力はなかった。
最後に出てきた真っ白な乗馬服の少女は「もーう!!」と大男に向かって叫ぶ。
「ラストさぁーん、いくら貴族が嫌いだからって、出会い頭に骨折るとかやめてくださいよぉ。これじゃあたしたちチンピラじゃないですかぁ。あたしたち、別に【世界】の首以外いらないでしょう?」
「おう、綺麗事が好きかぁ、アテュ?」
「ラストさんよりは」
ふたりが軽口をかわしている間に、イブは錫杖を大きく振りかぶって、ラストと呼ばれた大男を殴り飛ばした……はずだったが。
それより先にアテュと呼ばれた少女がカードフォルダーを取り出すと、いきなり剣と天秤を取り出し、それをブンッと投げたかと思ったら、彼女はそれを打ち消して錫杖を手に取った。
イブは自身の振るっていたはずの錫杖が消え、代わりに剣と天秤が振ってきたのに、慌てて後ろに下がって避ける。
アテュはぶんぶんと錫杖を振り回したあと、地面に投げ捨てた。
「あんまりあたしの扱える武器じゃないっすね。それじゃあラストさん、ここ頼みますよ。皆ー! 行くよお!」
彼女はそう言って、【黄金の夜明け団】の面々を引き連れて走り出した。
それを眺めていたイブは「あの力……」と自身のカードフォルダーを握りしめた。
「あの力……【正義】に……ルヴィリエちゃんのものに似てる……?」
ルヴィリエが力を振るうのは、大概は友達のためだが。
あのアテュが引き連れている者たちはどう考えてもいかつくて、周りに厄災をばらまく類いのものだ。
そして残されたラストとかいう大男。
……もしイブの推論が当たるとすれば、【女帝】や【女教皇】の土の使役を難なく突破したドリルの力を付与したのは、彼のものだ。
(どうすりゃいいんですかぁ……皆が全滅しちゃいますぅ……)
普段であったらオシリスがいるが。オシリスは今、別方面に回っていてこちらにはおそらく来ない。
しかしあの大男を止めなければ……現に、イブは戦いはじめたが、明らかに相性が悪い。
彼女が土壁の破片を砕いて、ラストの目潰しをはじめた。ラストが一瞬だけ怯んだ隙に、火の玉やかまいたちが飛んできて、ラストを攻撃するが。彼は拳ひとつで、火の玉を掻き消し、かまいたちすら相殺してしまう。もう力の加減がでたらめなのだ。
生徒会執行部の面々の大半は貴族であり、イブのような騎士団家系の人間は少ない。騎士団家系の者たちはかろうじて前のめりでカードを使い続けているが、彼の暴力の前で、だんだん心が削れていってしまっている。
魔力は心の力だ。心が折れた時点で、どれだけ強いアルカナだって、使い物にはならなくなる。
まだイブは心折れることなく、アテュの捨てていった錫杖を構えてラストと対峙してはいるが、それでも彼の腕の振り、太い脚の蹴りで、だんだん押されはじめた。
「副会長……!」
「……イブちゃん。皆の指揮を執って……もしここで彼を取り逃がしたら……次は間違いなく、寮がやられるわ」
「……っっ!!」
いくら寮母のゾーンに守られているとはいえど、【黄金の夜明け団】にはゾーンを溶かせる相手がいるはずなのだ。
この場にはそんなアルカナの使い手がいなかったみたいだが……もしアテュが連れて行った面々の中にいて、ラストが彼らに追いついたとき。
寮は格好の狩り場になってしまう……アテュ自身は学園アルカナの生徒たちを害するのに乗り気ではないみたいだが、他が彼女と同じとは限らないのだから。
イブは涙目になりながらも、骨の折れているエルナトをどうにか端に寄せて寝かしつける。
「すみません、エルナト先輩……」
「あんまり気にしないでよ。僕……こういうのじゃ役立たずだし」
「終わったあと、活躍しますからぁ……」
そう言いながら、どうにか指揮をしようとしたときだった。
「……正面回れって言ってたのは、こういうことかい?」
普段であったら、生徒会執行部からは忌々しく聞こえる声だが、皆は彼女の強さを知っている。
デネボラがカードフォルダーを掲げて、イブのほうにまで走ってきたのだ。
「選手交代だ。あいつら追いな。その怪我人は終わったら運んでやるから」
「あなたは……!」
「……あんたんとこの会長とうちのんが結託してんだよ。いいから」
ラストはデネボラの頭のテッペンから爪先までを見て、彼女の持つ艶めかしさに舌舐めずりをした。
「なんだ、かしこまったお坊ちゃんお嬢ちゃんしかいないのかと思ったら……こんないい女がいるんじゃないか」
「うるさいねえ、あんたも。目をどこにつけてんのかわかりゃしないよ」
今は彼女の強さが、頼もしかった。
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